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おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~  作者: 天岸あおい
二章 『好き』は一日一回まで
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簡単に好きを出すな

   ◇ ◇ ◇


 午後三時を過ぎて俺は仕事を終え、帰宅の途中にスーパーへ寄っていく。

 当然ライナスも一緒だ。一九〇越えの金髪の異邦人がニコニコとしながら、俺の隣を歩く――田舎のスーパーではよく目立つ。


 店員も客も、何食わぬ顔をしながら俺たちを窺う気配が伝わってくる。落ち着かない。しかし気にするだけ余計酷くなる。だから鈍いフリをしてやり過ごすしかないというのに、わざとなのか分かっていないのか、ライナスは普段通りの態度で俺に話しかけてくる。


「今日、ワタシが料理作ります! カツミさん、好きな物はありますか?」


「……俺が作る。しばらく手を労え」


 厳しく突き放すにしても、さすがに指先が絆創膏だらけのヤツに料理を作らせるのは気が引ける。


 一人の時と同じように、俺は野菜炒めや鍋を作る気でキャベツや長ネギなどをカゴに入れていく。あると便利な玉子は二パック。非常食用の冷凍食品や食パンも購入しておく。


 レジへ行く前、ふとライナスへ尋ねかけて俺は口を閉ざす。


『何か食べたいものはあるか?』


 追い出すつもりでいるのに、居心地を良くするようなことを言ってどうする。半端に優しくするだけ、ライナスが俺の所から出て行く判断を鈍らせるだけだ。ましてや恋愛対象として見ているなら尚更だ。


 情けは無用。それがライナスのためになる。なるべく距離を縮めないようにしようと考えていると、商品をレジに通した後、ライナスが買い物袋を持ち上げた。


「おい、手を労えと――」


「指先は使っていないので大丈夫です。少しでもシショーの役に立ちたいです」


 ライナスが朗らかに笑う。顔が無駄に良過ぎて眩しい。周りにいる主婦たちから感嘆のため息が聞こえてくる。


 明るくて顔が良くて根性あり。モテるだろう。男女問わずで選びたい放題だろ。なぜ俺を選ぶ? ライナスの好みが残念だ。


 内心ざわつきを覚えながら、俺は「痛くないなら頼む」と言って店を出た。




 夕食は言った通り、俺が作った。キャベツともやしと長ネギ、豚バラ肉を使った野菜炒め。インスタントの味噌汁。近所の米屋で買った今年の新米。


 適当に作った日常の食事。それを居間のこたつテーブルに並べれば、ライナスが表情を輝かせた。


「美味しそうです! カツミさんの料理、嬉しいです」


「大したものじゃない。まあ食え」


 俺に促され、ライナスは手を合わせて「いただきます」と口にしてから料理を食べる。ひと口ひと口、心から美味しそうに食すライナスを見ていると、今日の料理は会心の出来だったのかと思いそうになる。


 だが、いざ口に入れてみれば俺の日常の味。不味くはないが、口にする度に歓喜するほど美味な訳じゃない。食事が進むほどに疑問が膨らんで、思わず俺はライナスに尋ねてしまった。


「そんなに美味いか?」


「美味しいです。今まで食べた料理の中で一番好きです!」


「お、大袈裟な……」


「家庭の味に、憧れてましたから」


 明るい笑みを浮かべたまま、ライナスの表情が翳る。


「ワタシの家族、料理を作りませんでした。料理を温めることすら嫌がっていました。だから料理に温度がある。それだけで嬉しくなります」


 敢えて聞かなかったライナスの過去が覗く。料理の温度で喜べるなんて、どんな幼少期を送ってきたんだ?


 気になったが深入りしないと心に決めている。俺は素っ気なく「そうか」と話を区切り肉を頬張る。そんな俺をライナスが目を瞬かせて見つめてくる。


 ――フッ、と。口元は微笑みながら、青い目が潤んだ。


「やっぱりカツミさん、好きです。変に同情しない。嬉しいです」


 んぐっ。危うく俺はメシを吹き出しそうになった。


「ゲホッ、おま、食事中にいきなり言うな!」


「あ、すみません。言葉はダメでしたね。じゃあ今そっちに行きま――」


「余計にダメだ! 態度で示すな! 少しでもこっち来たら破門するからな」


 距離を詰められる前に先手を打てば、ライナスの眉が八の字になる。心底残念そうだ。


「せめて言葉か態度、どっちかOKにして下さい!」


「どっちもNGだ。俺は男と付き合う気はない。恋愛対象には絶対選ばん。だから潔く諦めろ」


「……」


「目で訴えるのもやめろ」


「分かり、ました。ガマンします」


 そう言いならライナスはうつむき、長々と息を吐き出す。


「いきなり受け入れてもらえるなんて、思っていません。近くに置いてくれるのはキセキ。分かっています……でも、好きを伝えられないの、辛い……」


「言うだけ俺を怒らせるだけだ。脈はないんだ。黙っていろ」


「ただカツミさんに言いたいだけです。他は何も望んでないです……」


 言葉の意味は分かるが理解し難い。日本語をよく喋れているが母国語ではないせいか、細かなニュアンスが伝わってきにくい。


 俺が白米を掻き込んでいる最中、ライナスは顔を上げて俺を見据えてきた。


「せめて、カツミさんを称えさせて下さい。シショーは素晴らしい、と」


 ……それも恥ずかしいんだが。

 やめろと言いかけて俺は言葉を飲みこむ。ライナスの眼差しが重い。お世辞や浮かれた想いではない。真剣な目だ。


「言い過ぎないなら……それぐらいは、いい」


「ありがとうございます! カツミさん、好きです!」


「それは違わないか!? 好きって言葉を幅広く使わないでくれ」


 以降、話し合いを続けたが、結局ライナスの好き発言を全面禁止することは無理だと悟った。


 妥協案は、『好き』は一日一回で収めること。恋愛的な意味は含めないこと。


 俺としてはかなり譲歩したほうだと思う。ライナスは渋々だが、言える機会があるなら……と受け入れてくれた。


 今までに比べれば、『好き』を耳にしなくても良くなる。比較すれば耐えられる範囲。だが今まで無かった所に与えられる愛情。


 聞き流せばいいだけだと自分に言い聞かせながら、俺は終始落ち着かないまま食事を続けた。



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