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おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~  作者: 天岸あおい
三章 ライナスのぬくもりに溶かされて 
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付き合う理由

   ◇ ◇ ◇


 翌朝、俺は目を覚ました瞬間に硬直した。


 ほんのりヘクサの臭いがする中、それはもう幸せそうに微笑みながら眠るライナスの顔が俺の目の前にある。


 どうして俺はコイツと一緒に寝ているんだ?

 訳が分からず何度も瞬きして昨夜のことを思い出す。


 ……そういえばライナスに抱き締められて、無防備に寝てしまったんだ。必死に雪かきしたり、雪の中を歩いて来たライナスを慌てて家へ入れたりして、心身が疲弊したせいだ。人肌のぬくもりが心地良かったせいじゃない。


 俺は体を起こして布団から出ようとする。だが、あまりの寒さに固まってしまう。

 ライナスが起きる前に離れなければいけないのに、寒すぎて布団から足を出せない。むしろ寝直して、ぬくもりの中へ潜り込みたいところだ。


 躊躇していると、もぞ……とライナスが寝返りを打つ。


 その直後、ライナスの温かな手が俺の袖を掴んだ。


「……っ」


 思わず叫びかけたが、どうにか声を殺す。


 無様な姿を見せたくないという悪あがき。しかしライナスの目はうっすらと開き、俺を視界に入れていた。


「おはよ……ございます、カツミさん……」


 寝ぼけ眼をこすりながら体を起こしかけたが、ライナスはすぐに布団へ戻ってしまう――俺を道連れにして。


 ぼふっ、と全身にぬくもりが広がり、俺は慌ててライナスの胸を叩いた。


「こらっ、俺を巻き込むな! あと人を勝手に自分の部屋へ連れ込むな! ここまで許した覚えはないぞ」


「す、すみません……ホントはカツミさんの寝室に行こうとしましたが、寒くて風邪を引かせそうで、それで……」


「俺は長年ここに住んでいるんだ。だからこれぐらいの寒さで風邪なんか――」


「でも寒いですよね?」


「そ、そりゃあ冬だからな」


 布団の中で抱き締められたまま言葉を交わし、温かいが熱いに変わってく。昨夜の羞恥を引きずってしまう。


 寒いなんて言ってられないと、外へ出る気力を蓄えていると、


「カツミさん、今日から一緒に寝ましょう」


「い、いきなり、何を言い出す?」


「部屋でひとり、寒いです。昨日も今日も、寒くて寝にくかったです。カツミさんに、そんな思いをさせたくないです」


 あくまで俺のためだと言う気か? こんなことを毎日されたら俺がもたないというのに。


 俺は小首を振って訴える。


「付き合ってもいないのに、一緒に寝られる訳がないだろ」


「じゃあ冬の間だけ、付き合って下さい……カツミさんを温めたいです」


 言われた瞬間、俺の脚にライナスの脚が絡み、手は背中と腰へと回され、体を密着させられてしまう。


 ……ああ、逃げられない。

 俺が涙目になりかけていると、ライナスの頬が俺の頬に当てられ、顔でも温めようとしてくる。滑らかな肌の感触に年の差を痛感する。若い。加齢臭がしそうなおっさんと違う、良い匂いも漂っている。


 温めたいなんて理由で付き合う? おかしいだろ。

 拒むしかないのに、俺の口は思い通りに動かない。唇をまごつかせてしまう俺の頬へ、ライナスがキスを落とす。


 熱い。恥ずかしさで全力で逃げ出したくなる。それでも逃げる理由は羞恥であって、嫌悪ではない。


 その事実に俺はもう認めるしかなかった。


「暖を取る、だけだからな」


「カツミさん? 良いんですか?」


「冬の間だけだぞ」


 ひゅっ、とライナスから息を引く音が聞こえてくる。

 しばらく俺を抱き締めた後、ライナスが囁く。


「一回だけ、キスを許して下さい」


「さっき頬にしただろ」


「いえ、ここに……」


 ライナスの人差し指が、俺の唇に軽く触れる。

 駄目だと言いたくなるのを抑え、俺は息をついて覚悟を決める。


「……好きにしろ」


 現実を知って落胆してくれと頭の片隅で願いながら許してやると、ゆっくりライナスが顔を上げて俺を覗き込む。もっとニンマリするかと思ったが、その顔はどこか切なげで、見ているこっちが苦しくなった。


 ゴクリと大きく喉を動かした後、ライナスは俺に顔を寄せていく。

 唇が触れ合う直前にまぶたを閉じれば、一秒遅れで生々しい柔らかさとぬくもりが俺の口を覆う。


 ただ重ねるだけなら意外といける。恥ずかしくてたまらんが。

 これぐらいなら、まあ、うん……と絆されかけたのは最初だけ。不意に舌を唇の奥へ差し込まれた瞬間、俺は咄嗟にライナスの肩を叩いた。


「ん……っ、ンん……!」


 一気にことを進めようとするな。心の準備がまだできてない――ああこの野郎。ここぞとばかりにがっつりやりやがって!


 ようやく唇が解放された時には、俺は訴える気力を根こそぎ奪われ、ライナスの下でぐったりとするしかなかった。


「……馬鹿野郎。散々やめろと訴えたのに」


「え? あれはもっとして欲しいと、リクエストしていたのでは?」


「違うっ。やりすぎだ」


 とんだ誤解をされたが怒りはなかった。腹を立てる力を奪われたせいで、呆れた息を大きくつくことしかできない。


 本当に誤解していたらしく、ライナスがシュンとなってうつむく。しかしすぐに顔を上げ、俺の頬に手を添えた。


「やりすぎ、ごめんなさい。でも、カツミさんがあったかくなって良かったです」


 確かに熱くてたまらんがな。この熱さなら部屋の寒さが丁度いいぐらいだ。

 俺は体を起こして今度こそ布団から抜け出す。冴えた空気でもなかなか下がらない熱を自覚しながら、俺はライナスに背を向けたまま告げる。


「ここはヘクサが多い。一緒に寝たいなら朝飯食べた後、俺の部屋に布団を移しておけ」


「は、はいっ、嬉しいです!」


 ライナスの声が明るい。振り返らなくても、今は顔が悦びで輝いているだろうと確信する。


 なぜこんなおっさんとキスして、ここまで喜べるんだ?

 考えるだけ深みにハマってしまう気がして、俺は小首を振って思考を止め、部屋を出た

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