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星誕のオレオール  作者: 志山ミヲ
第一夜
8/12

間抜けな計画(2)

 大きな天蓋付きのベッドに、極上の品々を集めた家具。黄金や宝石が散りばめられた部屋は、最上級の来賓用なのだと解釈できる。


 魔法石に複雑な術式を込めて作られた、シャワー付きのお風呂も部屋に備え付けてある。そこで入浴し、服も着替えた。ビビアンが着替えなどは手伝ってくれる。


 その後は兄と共に部屋で過ごしていたセリーナのもとに、皇后の侍女たちが訪れた。


「皇后の侍女たちが参りました。追い返すか、斬り殺すか……何なりとお申し付け下さい」


 外で待機していたビビアンが報告に来る。ユーモアのつもりなのだろうが、真顔で物騒なことを言った。


「追い返せと言いたいところだが、俺たちはスィム卿とは共謀していないことになっている……入れてやれ」


 訪問の予定を入れた時から今まで内密に出来たのがすごいことだ。ルカーシュも真顔でそう返し、侍女たちを迎え入れることにする。


 侍女たちが部屋に来るまで、二人は緊迫した様子で話をした。


「堂々としていていいわよね。今の私たちは公式に訪問の手紙を出したわけだし、伝わっていないのは内々のことだもの」


「あぁ。態度としてはそれで問題ない。普通に接しておけ」


「そうね。今度は何を企んでるのかしら」


「スィム卿が言うには、皇太子はお前を欲しがっている。この国では皇后よりも皇太子の方が権限が多いんだ。駄々を捏ねるバカ息子を手懐けるためにも、皇后はどんな手を使ってもお前を手に入れようとするだろうと……」


「そういうことなのね……寒気がしてきたわ」


 今は何も知らない来賓を演ずるためにも、拒絶することはしなかった。


 皇后の侍女たちは一緒にいたルカーシュに釘付けになる。


(意識の低い侍女たちだわ……お兄様が鈍いからいいけど、相手によっては不快感を与えかねないわね)


 女が兄に見惚れるのは何万回も見てきた光景だが、それでも高貴な人の侍女として異国の皇太子に対して示していい態度ではない。思っていても顔に出さないのが普通である。


 侍女の対応を見ても、皇后がまともだとは思えないのだ。


「皇后陛下より献上品を持って参りました」


 贈り物として献上されたのは、この国の伝統工芸品である油差しランプだった。白金にピーコックブルーの綺麗な宝石が散りばめられた、これもまた最上の品である。


 ブリタニカでいうとティーポットのような形状だが、これに油を入れて注ぎ口のような場所に火をつけることでランプの役割を果たすらしい。


「あ、あの、皇太子殿下、今夜は……」


 侍女たちの興味は最初からルカーシュにしかないようだ。或いは、誘惑してくるよう言われているのかも知れない。


 ペルシラビアでは身分がいくら低くても、身分の高い男との間に子を宿せば夫人として扱われる。そんな文化であるため、高貴な相手とはチャンスさえあれば近付きたいのも無理はない。


「どうしてそんなことが気になるんだ?」


 しかし、恋愛事に鈍いルカーシュは怪訝そうに言った。誘われたという意識はないが、セリーナに危害を加えられるのではないかと感じたのだ。


「無礼よ。お兄様は清廉潔白な騎士……見ず知らずの女性を寝室に招くことはないわ。用が終わったのなら戻りなさい」


 見かねたセリーナは扇子を開いた。ここは妹が悪役になり、ぴしゃりと不快感を告げる。


 侍女たちは露骨に不快そうな顔をした後、逃げるように部屋を出て行った。


 彼女たちが出て行くと、ルカーシュは不思議そうな顔をする。


「あぁ、そういう誘いだったのか。関心がなさすぎて気付かなかった」


「お兄様は未来でも結婚してなかったのよ。そろそろ適齢期でしょうに……婚約者くらい置いておいたらどう?」


「相応しいのはビビアン公女くらいだと思うが、彼女は皇太子妃になればお前より上になってしまうから嫌だそうだ」


「お兄様の妃の座を断るのはビビくらいのものね。他に縁談はなかったの?」


「あったが、断った。お前と並べる実力者でなければ、妃が民衆から尊敬されるのは難しい。なおかつ、俺が寵愛せずとも気にしない相手……その条件だと、今のところ公女くらいしか適任がいないだろ。妹が優秀すぎるから仕方がないな」


 未来でもルカーシュは最期まで妻や婚約者を持たなかった。彼の提示した条件に当てはまる女性がいないからだ。


 それなりの実力者であり、功績を上げ、なおかつ美人でなければならない――高い理想を持つのは彼なりに理由があり、妃になる人が皇女に見劣りするのは良くないと考えたからだった。


 この三点に該当するのがビビアンくらいしかいないが、彼女はセリーナの下で働きたいために拒否し続けている。


 そして、面と向かってそんなことを言う程度にはシスコンなのだ。


「また私のせいにしてる。でも、今回の人生では……お兄様の相手が見付かればいいわね」


 皇后からの献上品を調べるルカーシュを眺めながら、セリーナはしみじみと言った。皇太子妃がいつまでも見つからないのは、さすがにセリーナも困るのだ。


「そうか? 世継ぎはお前やロビンの子どもでいいし、俺は独身のままでも構わん。政略結婚などせずとも、権威が揺るがないようにすればいいだろう」


 興味なさそうにランプと睨めっこするルカーシュは、独身でも咎められない自信があったのだ。そもそも勇者たる初代皇帝は独り身を貫き、その弟が国を継いだとされているし、歴代も結婚しなかった皇帝は何人か存在する。


 調べたところ、献上品には薬品のようなものも油すらも入っておらず、中はただの空洞だった。


 魔法石は装飾品の役割で、術式が組み込まれているようには見えない。この国では伝統工芸品として扱われており、実は先ほどライムーンからも似たような品をもらっていた。


「このランプに現代魔法の仕掛けはなさそうだが……古代魔法の懸念がある」


「古代魔法って、要は女神がもたらした品にしか施されていないわよね? 秘宝レベルのものになる筈よ。そんなもの渡してくるかしら……」


「奴らの考えることは尋常じゃないからな。念のため、今日は俺もカーテンの向こうで寝よう」


 徹底的に調べたが、今の技術で検出できるような怪しいものは何もない。ルカーシュはそれでも妹が気掛かりで、同じ部屋で過ごすことにしたようだ。


 この部屋には着替え用の空間もあり、カーテンで仕切られた更衣室が設置されている。そこにソファを引き摺って持って行き、待機する気のようだ。


「お兄様ったら、過保護なんだから。でも、もし前みたいなことがあるって考えたら怖いから……嬉しいわ」


 セリーナはまだライアがいた時のことを思い出す。ライアがガビを唆したことで、部屋の前まであの怪物が押しかけてきたのだ。


 ライアを不審に思っていた兄たちのお陰で、その時は顔も合わさず終わったのだが――。


「殺すことは出来なくとも、お前に触れさせない。傍には兄がいるから、安心して眠るといい」


 妹の気持ちを汲み取るように、兄はそっと頭を撫でる。実妹に恋愛感情は持ち合わせていないが、不純な気持ちで近づく男には嫌悪感しかないのだ。


(あの白夜の勇者が実在すれば……そいつにならセリィを託せられるんだろうか)


 ルカーシュは内心、セリーナを大切にする男が現れるのを切望していた。


 彼女だけを愛する屈強な戦士でもいれば、怖い思いをさせることもなくなるだろう。


 兄では一緒にいられる範囲が少しずつ限られてくる。あまり構っていたら近親相姦を疑う声なんかも出てくるし、可愛い妹に少しでも醜聞が付き纏うことは許せないのだ。


「うん……おやすみ、お兄様」


 セリーナは兄に頬を寄せ、おやすみのキスを送る。


 父や兄を超える男なんて、きっと理想の中に描いた白夜の勇者くらいのものなのだ。他の男は怖くて、恋愛どころではなかった。



 ☾



 ガビは母親の作戦を聞き入れ、宝物庫から皇室に伝わる秘宝を持ち出した。


 それは皇族の血を継ぐ者が扱える、〈希望の燭〉――古代魔法が刻まれた油差しランプで、現代人には術式を観測することが出来ない代物だ。皇族の意のままに何でも閉じ込めることが出来て、同じく皇族が取り出したい時に取り出せる。


 ガビはその中に入り込み、皇后の侍女に運ばせ、セリーナの部屋に侵入したのである。


 ランプの中にいる間は他の人間に姿を見られることもなく、出ていくタイミングを自分で決められる。おまけに会話も聞こえるのだが、疲れて昼寝をしていたのでルカーシュとセリーナの会話は聞いていない。


 目が覚めると夜になっているのが分かり、彼はいそいそと魔法を解除した。


 その姿は煙となってランプの口から少しずつ現れ、目当ての少女の体にまとわりつく。


(どれだけ待ちわびたことか……)


 ブリタニカのセリーナ皇女といえば、海を越えたペルシラビアでも有名だ。絶世の美少女と呼ばれ、その姿を一目見ようと男たちが皇宮に押しかけると言う。


 あの日は両帝国が初めて会談した。普段の世界会議ならば皇帝と皇后しか出席しないが、家族ぐるみの招待を受け、皇太子であるガビも招かれたのだ。


 セリーナを見た瞬間、これまでにないくらいの衝撃が走った。


 欲しい。自分のものにしたい。そんな思いからダンスに誘ったが、パーティーの最中に体調不良で倒れれてしまった。


 その後、ライアという第二皇女がガビに近づいて言った。


『セリーナお姉様が貴方のことを想ってるみたいなんですよぅ。ダンスも恥ずかしくて出来なかったみたいなんですぅ。でもぉ……お兄様に反対されててぇ。寝室に案内するので、逢瀬しませんかぁ?』


 あの美しい皇女が自分を求めていると知った日から、欲望が鎮まることを知らない。いくら身代わりの女たちを抱いても、満たされることはなかった。




 そして――精霊のシルヴィーと一緒にベッドに潜っていたセリーナは、異臭で目を覚ました。人の体臭のような、熱気を伴う不快な匂いに眉を顰めながら。


 見ると、皇后からの献上品であるランプが何もしていないのに光っている。その注ぎ口からゆらゆらと光る煙が溢れ、抱きしめるように体にくっついていた。


 明らかな異常に声を上げようとすると――天蓋の向こうから兄が現れる。


「セリィ!」


 間髪のところだった。汚い手がセリーナに触れようとした瞬間に、ルカーシュが抱き寄せて阻止したのである。


「また邪魔しよって……その女は朕の運命の妻じゃ! 逢瀬を邪魔することは兄とて許せん!」


 酷い体臭を放つ人間が姿を顕にし、セリーナは抱きしめられながらも足がすくんだ。全裸の状態でガビが息を切らし、ルカーシュに邪魔されたことに怒り狂っているのだ。


 シルヴィーは威嚇し、唸り声を上げて毛を逆立てている。ガビに対して明らかな警戒を示していた。


「それはそちらの妄想では? 汚い体を隠してさっさと去れ。ブリタニカはこの件について正式に抗議する」


 ルカーシュは剣を抜くことはなく、言葉で対抗する。仮に第三者に見られることがあるとしたら、剣を抜いた時点で不利になるからだ。戦場にも出たことがない相手なのだから、いざとなったら素手で殴り倒せると踏む。


 すると、窓が静かに開いた。


 その気配にいち早く気付いたのはルカーシュで、窓から遠ざかるように寝台から距離を取る。


 ガビの仲間が現れたのだろうか。外にいる護衛騎士たちを呼んで騒ぎにすることも出来るが、場合によっては悪手になるかも知れない――そう考えていると、ガビはよたよたと追いかけてくる。


 本気で気付いていない様子からして、仲間ではないのだと思われた。


「待て! 朕の姫を返せ!」


 ルカーシュが自分の騎士たちを呼ぼうとした矢先、醜い巨体の後ろに大きな人影が聳え立つ。


 侵入者だ――咄嗟に理解したルカーシュは、いつでも戦える体勢に入った。セリーナは兄の腕の中で、震えながらその光景を見守る。


 窓から入ってきた者は長い外套にフードを深く被っており、顔や姿は確認できなかった。


「ブリタニカ兄妹よ……安心して、僕は君たちの敵ではないから」


 優しく甘い声が聞こえる。


 初めて聞く声なのに、その低音な男の声は二人を確かに認識していた。


 どうしてか、懐かしくて安心できるものだ――セリーナは肩の力を抜いた。ルカーシュもまた、本能的にそれが敵ではないと感じる。


「何じゃ?」


 間抜けな顔で振り返った皇太子は、何があったのか理解するよりも前に侵入者より首を掴まれる。


 途端、太い鉄骨を無理やり粉砕するような異音が響いた。


 その太い首は呆気なくねじ曲がり、体と反対方向に顔を向ける。


 ビクビクと体を痙攣させ、そのままこと切れるのだった。

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