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星誕のオレオール  作者: 志山ミヲ
第一夜
5/12

タイムリミット

 皇族が乗る馬車は、魔法で制御された乗り物を馬が引き、魔法技術士が運転する。


 人間がマナを直接取り込んで扱う通常魔法、精霊から授けられる究極魔法とは別に、魔法石を用いた魔法科学という概念が存在する。


 魔法石はどの属性にも属さない、言わば無属性の魔法だ。それに人が魔力と術式を込めることで効果を発揮する。結界の原理もそれだった。


「ねぇ、どうしておうまさんのくるまなの? ぼくもきかんしゃにのりたいなぁ」


「機関車は平民のためのものなのよ。皇族が無闇に乗れないわ。ロビンの誕生日には、夜に鉄道を貸し切って機関車で旅行しましょうか」


「うん! たのしみ!」


 ロバートは兄からもらった機関車のおもちゃがお気に入りで、いつもくまのポシェットの中に入れて持ち歩いている。今日も例外ではなく、馬車の中で取り出して遊び始めた。


 帝都は莫大な魔法石を使って機関車を通しており、平民たちが広い帝都内を短時間で移動するための命綱になっている。


 本当ならその原理で自動に動く車も開発されており、東大陸では実装されているというが――機関車よりも細かく動く自動車はたくさんの魔法石を要する。西大陸にはそれに割けるような資源がないので、細かい移動は馬に任せ、人が乗る部分に細工をするので限界だ。


 ロバートは兄と姉の間にちょこんと座り、ポシェットの中から折り畳んだ紙を取り出す。


「あら、お絵描きしたのね」


「うん! おとうさまと、おかあさまと、おにいさまと、おねえさまと、ぼくと……もうひとりのおにいさま!」


 子どもらしくクレヨンで描かれた絵は、五人家族にも関わらず六人の人間が並んで描かれている。


 六人目の人物はというと、褐色肌に淡い金髪、青緑色のクレヨンで瞳を塗られた男性だった。


 その容姿にどこか既視感があり、セリーナは急に恥ずかしくなってくる。


「これは……セリィの夫(・・・・・)じゃないか。ロビンに教えたのか?」


「まさか! 子どもの頃の話だもの……」

 

 ルカーシュもそれに心当たりがあったのか、絵を覗いて微笑ましげに言う。セリーナは急に顔が熱くなり、両頬を押さえて目を逸らした。


 まだライアが来る前、幼いセリーナは神話の中の白夜の勇者に憧れていた。先祖である黎明の勇者と対になる存在で、ペルシラビアの皇族の祖先だと言われている。


 青い炎を扱い、果敢に魔王と戦った勇者に、幼いセリーナは神話に書かれていない設定を盛り付けた。


 強くて、優しくて、唯一の伴侶だけを愛する一途な男。見た目は東大陸人の特徴である褐色肌で、輝くような淡いプラチナブロンドに、彫りの深い優しげなタレ目と、印象高いピーコックブルーの瞳を持っているのだと――。


 完全にセリーナの理想の男にカスタマイズされた白夜の勇者は、今も兄からセリィの夫(・・・・・)と呼ばれている。天然な彼には、からかっているつもりもないのが厄介だ。


「だからもう一人の兄というわけか。幼子は不思議だ。何も知らないようでありながら、何もかも見透かされているようだな」


 何となく腑に落ちたルカーシュは、優しく微笑みながらロバートの小さな頭を撫でる。


 セリーナは少し不服だったし、何より恥ずかしい。だが、巻き戻る前にロバートがその黒歴史を語ったことはあっただろうか。なかったような気がしたが――些細なことだと、深くは考えなかった。




 そうしているうちに馬車は郊外の病院に辿り着くが、何やら騒がしかった。


「どうしましたか?」


 兄のエスコートを経て馬車から降りたセリーナは、薬品の入った鞄を持って職員に話しかける。魔法で治せるのは外傷だけで、病には従来の医学や薬学の知識が必要になるのだ。


「皇女殿下……他の街から帝都に向かう最中、結界外区域で魔物に襲われた患者がいまして……そろそろタイムリミットなんです……」


 白衣を纏った病院の職員たちは、揃って青ざめた顔をしてそう言った。


 東大陸にあるペルシラビア帝国は、土地そのものが魔法石であるが、それは稀な例だ。ブリタニカを始めとした国々は、人工的に魔法石を埋めて結界を作っている。


 そのため、国内の土地の中でも、結界がある地域は限られるのだ。主に人が住む区域や、街と街を繋ぐ連絡道路――そこから外れると結界外となり、群れで生活する飢えた魔物が押し寄せてくることがある。


 普通なら警備の行き届いた結界内を通るが、たまに悪いことをしようとして結界外区域を通る者がいると言う。そういった人々が、こうして魔物に襲われることもしばしばあるのだ。


(そう言えば、前にもこんなことが……)


 前回の人生でも同じようなことが起こったのをセリーナは思い出した。その時も患者を救えなかったのだ。


「その患者のもとに案内してください」


 セリーナは半ば諦めながらも、職員にそう言った。ルカーシュはロバートを抱っこして付いてくる。


「帝都近郊の結界外は魔物がそこそこいるが……それを知らないで帝都に入ろうとした小悪党か」


「そうでしょうね。でも、悪人だからと話を聞かずに見殺しにすることはしたくないわ。最善を尽くさないと」


「あぁ、そうだな……急ごう」


 皆が焦るのには理由があった。


 魔物の生態は普通の生き物とは違い、群れで行動する。その群れは一体の巨大なオスに、何体ものメスが集ってできた一種のハーレムのような形態だ。


 大量のメスは群れの中心たるオスから精を受け、卵を体内に持っている。その卵は目視できないくらい小さくて、人間の体内でなければ孵化しない。


 ゆえに魔物たちは人間を見つければ襲いかかり、時にはその肉を食い散らかし、時には傷だけ付けて去っていく。


 食われるのも恐ろしいが、問題は魔物と遭遇した後に生存した場合だ。一瞬の接触で傷口に卵を産み付けられ、その小さな卵は一日ほどで体の中のどこかで孵化する。


 中で生まれた魔物は中から人体を食い、瞬く間に成長するのだ。宿主の人間はやがて激しい出血と痛みを伴い、中から食い破られて死んでしまう。


 孵化してからでは助からないので、タイムリミットというのは産み付けられて一日が経過しようとしているという意味だ。


「まもの、いるの? こわいよ……」


 状況を理解していたのか、ロバートは不安そうにルカーシュに抱きついた。


「大丈夫だ。いいか、卵を産み付けられた患者は不安なんだ。ロビンは皇子として、怖がらずに無事を祈ってやってくれ」


 患者を結界の中に入れても大丈夫なのは理由がある。孵化した幼体が人体から出てきたとしても、強い結界の中なら空気に触れた途端に死滅するので、患者がいても周囲に被害は及ばないからだ。


「うん……ぼく、おうえんするよ!」


 兄にあやされ、小さな弟は凛と表情を変えた。


 だが、セリーナは不安を拭いきれなかった。


 魔物の卵を外に排出する方法は二つある。外科的手術と、薬で散らす方法だ。


 前者は荒業だが、見えないくらい小さな卵は、血に触れると膨張して目視できる大きさになる。一時間以内ならば、触診で場所を特定し、切開して取り除くこともあるのだ。


 後者はそれを過ぎた場合、薬で卵を散らすことができる。この薬はセリーナが開発したもので、万能ではない。薬が全身に巡るまで時間がかかるので、産み付けられて半日もすれば効果がなくなるのだ。


 タイムリミットが近いなら薬も効かないので、救える確率は極めて低い。セリーナもルカーシュも、それは承知の上で急いでいた。


 案内された先の病棟は感染症患者を入れる隔離棟だ。魔物の卵は感染しないが、常に痛みを伴って苦しみ、患者は死ぬまでのたうち回る。


 セリーナは何度かそんな光景を目の当たりにし、救えなかったこともあったのを思い出した。


 今回も例外はない。部屋の外から漏れる呻き声と、痛みで苦しむ様子が音だけで理解できた。


 急いで駆けつけた部屋の中では、三人の男たちがベッドの上でもがき苦しんでいる。内出血の酷さから、魔物の卵が全身に巡って孵化する直前であることも分かった。


「ごめんなさい、触りますね」


 セリーナは鞄を置き、患者の状態を診て回る。正直に言うと、既に手遅れだった。


 光魔法の治癒ヒールはあらゆる属性のそれよりも優れている。魔物に付けられた傷や、そこから化膿した場所は完全に癒すことは出来るが――中で蠢く卵を消滅させることは不可能だ。


 応急処置として薬を注射するも、無駄な痛みを伴うだけだ。ここまで進行してしまった場合、通常ならば痛みを止めて安楽死に向かうよう、手助けをするのが一般的な処置――せめてもの慈悲だった。


 彼らのためにはその方がいいのかも知れない。卵が中で孵ると、今以上の苦しみが待ち構えているからだ。


「セリィ……俺がやろう」


 察したルカーシュが弟を下ろし、セリーナの肩を叩いた。安楽死させるための薬品を鞄の中から取り出す。彼も戦地に赴くことがあり、同じことをするのは慣れているのだ。


 前世と呼べる未来でも、セリーナはいつだって兄に守られ、手を汚したり死地に立ったりすることは避けられてきた。


(どうにか救えたらいいのに……)


 彼らに少しの罪はあったとしても、死んだ方がマシなくらいの苦しみを与えられるほどなのだろうか。 残酷な未来を経験してきたセリーナには、その痛みが身に染みて伝わってくるかのようだ。


 そんな中――暇そうにしていた猫の精霊がすりすりと寄ってきて、ぴったりと体をくっつけてくる。


 一般人に精霊は見えない。病院に猫がいても、誰も気にとめていなかった。


「シルヴィー……」


 途端、淡い光がセリーナを包み、頭の中に新たな文言――四つの術式以外の言葉が降ってくる。


 それは聞いたこともないのに、懐かしいような感覚さえある言葉だった。


「精霊契約か……?」


 薬品を使おうとしていたルカーシュも手を止め、その様子を観測する。


黄金に輝く微睡みの夢アリス・イン・ワンダーランド……」


 患者の手を握り、浮かんできた術式を唱える。絶対に皆を治してやるのだと――固く、固く誓い、そして願った。


 途端、眩く青白い、月のような光に包まれる。


 部屋中が急に明るくなるので、よその部屋から患者や職員がその様子を覗きにやってくるが――そんなこともお構い無しに、セリーナは目の前の患者に集中する。


 その患者の体を青い光が包んだかと思うと、全身がみるみるうちに癒えていった。膿んだ外傷だけでなく、内出血なども綺麗に消えていく。


 そして、患者を纏った光は心臓の辺りに一点に集まると、手のひらに乗るくらいの赤い球体の塊を体の外に押し出した。ブヨブヨとした物体だったのが、途端に乾燥した塊となって転がり落ちる。


 光は消え、苦しんでいた患者は嘘のように起き上がり、不思議そうな顔をする。


「孵化直前の魔物の卵だ。セリィの究極魔法は……何でも癒してしまうんだな」


 ルカーシュは乾いた魔物の卵を手袋で回収する。中から幼虫のようなものが潰れて出てくるが、既に結界内の空気に触れたために死んでいた。


「これが精霊魔法なのね……」


 努力では補えなかった未知の力。状況を理解した人々は、女神でも見るかのように恍惚とセリーナを見つめていた。


 彼女は続けて残りの二人も癒してしまい、小さな病院の中で初めての治療が行われる。その間も猫の精霊は顔を洗っているばかりだったが――確かにその生き物が与えた力であることが証明されたのだ。


「おねえさま、すごい!」


 治療が終わると、ロバートがぴょんぴょんと飛び跳ねて拍手する。それにつられてか、見ていた人々も同じように喝采を送った。


 けれども、慣れていない魔法を使ったからだろう。途端に魔力切れを起こし、崩れ落ちそうになるのをルカーシュがそっと支える。


「お兄様……」


「素晴らしい能力だ、誇っていい。慣れないから仕方ないだろう」


 たった三度の治療で倒れることに不甲斐なさを持つところだったが、兄の優しい言葉によって救われる。


 もっと鍛えなければならないようだが――ライアを逃がすという失態を犯した自分を、少しは許せたような気がした。

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