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星誕のオレオール  作者: 志山ミヲ
第一夜
4/12

家族との再会(2)

 三人でのピクニックを楽しんだ後、セリーナとルカーシュは猫の精霊を連れて両親と謁見した。ロバートは侍女や騎士たちに任せ、部屋に戻す。


 貴族の多くは魔力の強さで継承順位を決めなければならない。そのために必要な正妻とは別に、側室や妾を寵愛して傍に置くことが多いが、現ブリタニカ皇帝はその限りではないのだ。


 皇族にしては珍しく一夫一妻であり、今いる三人の子どもたちは皆が母親を同じくする。


 この時間軸では今朝会ったばかりの家族だが、時間旅行してきたセリーナからすれば数年ぶりの再会だ。


 両親の姿を見て泣いてしまい、何があったかを改めて事細かに話した。ピクニックの時に兄にも話せなかったことを――。


 体にされたことだけはとても詳しくは言えなかったが、家族は悟ったのだろう。父と兄は震え上がり、母は青ざめて口を押さえ、静かに娘を抱きしめた。


 セリーナが死んだのは今から四年後、つまり二十歳の時だ。立派な成人だが、人が受けるような苦痛を凌駕している。家族でなくとも、耳を覆いたくなるような仕打ちだった。


「セリィ……辛かったでしょう。いえ、そのような言葉で片付けられないほどに……わたくしの可愛い子たちがそんな目に遭うなど、許されないことですわ……」


 国母たるササラ・インペリアル・ブリタニカ皇后は、実の娘を慈しむように抱きしめた。四十手前なのに未だ二十代にしか見えないくらいの美人で、娘と瓜二つである。


 額を出した状態でさらりと腰まで瑠璃の髪を長く伸ばし、横髪を真っ直ぐに切りそろえた髪型。瑠璃色の髪はセリーナと同じく毛先の部分だけ青白く光っている。


「あぁ、本当に……あんなものなど最初から皇籍に入れなければよかった。全ては私の判断ミスが招いたものだな……」


 少し落ち着いてくるセリーナに、父もまた悔しそうに声をかける。


 エドワード・インペリアル・ブリタニカ皇帝は、ブリタニカの皇族の特徴を絵に描いたように体現した美丈夫だ。


 やはり四十代には見えないが、若さで見くびられることもないくらいの威光を放っている。


 ハッキリとした顔立ちに、美しく輝く銀髪のオールバックがよく似合っていて、オーロラ色の瞳を心配そうに細めた。


「違います。お父様やお母様は立派です。それに、私ももし従妹の存在を知っていたら、見過ごすことは出来なかったでしょうから……」


 セリーナも自責を持つ。愛情を持って接すれば、いつかは分かってくれると――そんな甘い考えでいたから、国を滅ぼしてしまったのだ。放逐するべきではなかった。


「害悪なのはあの女のみです。俺の家族は誰も悪くない」


 ハッキリと言い切ったのはルカーシュだった。


 というのも、ライアが来てすぐの頃は、よくセリーナの悪口を言って回っていたものだ。れ


 そこで皇帝は隠密的に騎士を何人も付け、二人の様子を見張らせた。結果、むしろ悪意があるのはライアの方であると誰もが証言したのだ。


 ルカーシュはセリーナに対し、家族以上の感情を抱いたことは一度もない。それを恋愛感情だと勘違いされることも、ライアに好意を抱かれることも、何もかもが不愉快だった。


「それより……セリィの話を聞いて疑問に思ったのですが、そもそも皇族が毒殺されたことが不可解ではありませんか? それに、仮に父上が亡くなったからと言って、すぐに消えるほど脆弱な結界でもありません」


 ロバートがいたから話せなかったが、ルカーシュはそういった疑問を最初から持っていた。セリーナのことを信じていないわけではなく、未来での出来事に何らかの陰謀が絡んでいるのだと見込む。


「未来のお兄様もそう言ってたわ。すぐに魔物の侵攻が起こったから、原因を調べる前にお兄様が最前線に立たなければならない状況になったの。毒は食べ物や飲み物からは検出されなかったし、恐らく新種のものだって……そのためにライアは準備していたのかも……」


 ライアの名を聞くだけで、両親はいたたまれないような顔をした。


 皇族はあらゆる毒を飲んで耐性をつける。皇帝も皇后もルカーシュもそうだが、セリーナやロバートは守られているゆえに飲んではいない。


 戦争中に警戒もしていたし、食事前には必ず検査をしていた。それなのに起こってしまった毒殺事件は、未来の記憶を見てきても分からないままなのだ。


「新種のものか……或いは毒魔法かも知れないね。帝都の結界は私がメインにかけているが、何かあった時のためにルカと二重にかけている筈……他国でも侵攻があったのかい?」


「はい。最初に狙われたのは隣国フランチェスカでした。クーデターが起こり、国王夫妻が殺されたのです。その後、西大陸全域が崩壊し……ブリタニカは最後です。全て内側から魔物に攻撃されたのが原因ではないかとお兄様は見ていましたが、確証は得られませんでした」


「確かに、ブリタニカの結界だけは何重にもかけられているからね。私と皇后を殺さなければ、内側からも破るのは不可能だ。皇宮にいたアレなら分かっていただろうが、そもそも動機が意味不明だ。弱ったな……魔法石の取引もあの事件で白紙になってしまったし」


 皇帝はもはやライアを〈アレ〉呼ばわりしており、それくらい怒り心頭なのは見て取れる。


 今から二年前、東の帝国ペルシラビアの皇族を招いたのは、結界の弱点を補う魔法石の取引をするためだった。こうなることを予想していたわけではないが、以前から皇帝は気にしていたのだ。


 結界は属性を持たない魔法石を用い、そこに魔力を注ぐことで発動する。


 しかし、ブリタニカを始めとした西大陸には魔法石自体が希少で、結界の強度を魔力だけで補っている。もし魔法石がもっとあれば、少ない魔力でより強度な結界が作られるのだ。


 だからこそ、資源が潤沢なペルシラビアとの交流を図ったのだが――その国の皇太子とライアが問題を起こして話が先送りになり、そのうちに向こうの皇帝が病に伏せてしまった。


 今は代理人として皇太子が内政の権力を握っており、セリーナと結婚させてくれなければ取引しないと言っている始末なのだ。


「今思えば、陛下の不調も示し合わせたようなタイミングね。わたくしたちが動けば、少しずつ変わりゆくのも事実……未来のことは参考までにして、囚われ過ぎない方がいいとは思うけれど……東大陸がどうなったのかは覚えてる?」


 皇后もこれには頭を悩ませつつ、セリーナに問いかけた。


「はい。今から一年後に陛下が亡くなり、あの皇太子が継いで……国を守っていた魔法石の地盤を詐欺師に貢いだようです。ライアが表舞台に立つ前には、東大陸の全土が崩壊していました。今思えば……これも出来すぎていますね」


 あの時は気付けなかったし、皇太子や皇后が馬鹿なのは分かっていたから、いずれそうなるのは誰もが予測できていたことだ。


 だからと言って、ペルシラビア側は断固として話を聞くつもりもない。遠く離れたブリタニカに出来ることは、せいぜい難民の保護くらいだった。


「確かにな……そもそも、あの皇太子の存在自体が正当な継承者とは程遠い。肝心の魔力も平民レベルだ」


 ルカーシュは同じ皇太子として、嫌悪感を露わにして言った。


「やっぱり私が嫁ぐしかないのかしら……」


「自分から傷付きに行くんじゃない。それに……あんな男に皇女を捧げれば、他の国から見下されかねないぞ。ただでさえ先帝のことがあるんだ。皇族の品位を下げることは、民衆への不利益にも繋がる」


「多くの人の命には替えられないと思ったけど、それも一理あるわよね……」


 ブリタニカは帝国として君臨しており、現皇帝の権威と品格で保っているようなものだ。


 絶世の美少女、皇帝の愛娘。そう呼ばれた皇女の結婚は、多くの人々の関心を集めている。


 とは言え、ルカーシュは最もらしい理由を付けながらも、セリーナには幸せになってもらいたいだけだった。


「そうそう、釣り合わない結婚はダメよ。今すぐ結論を出すわけではなく、慎重に考えて他の方法を探しましょう」


 母がその場を締める。セリーナを嫁がせるという選択はない以上、今すぐに出せる案はないのだ。


「そう言えば、その精霊……まだセリィと契約したわけではないんだね」


「時が来れば力を発揮してくれる筈よ。セリィが受け持つ領地はそう大きくないから、精霊魔法をたくさん使えるでしょうね」


「その能力がどう開花するかにもよるな。私たちも今後のことは考えるから、二人ともしばらくは公務に当たりなさい。皇宮から出る場合は、ルカが必ずセリィを護衛するんだよ」


 両親の関心はセリーナの足元で毛繕いをする猫に移る。両親も精霊契約者であり、精霊魔法を使うことができるようだが、結界に割く魔力が多いのでほとんど発揮したことがなかった。


 皇帝の命令に、皇太子と皇女は頷く。


 話題に出したからか、銀の狼と鶴の二体の精霊が現れ、猫の精霊と遊び始めるのだった。



 ☾



 魔法というものの仕組みは複雑だ。


 強さは個体差があるが、生きている限りは誰もが魔力を持っている。魔力には自然を司る属性が伴い、適合できる属性は一人につきひとつだけだ。


 その魔力を攻撃アームズ防御シールド治癒ヒール創造クラフトの四つの術式で展開し、大気中のマナと呼ばれる物質と呼応させ、効果を発揮させるのが通常魔法と呼ばれる。


「いい? 属性によって出来ない魔法もあるのよ。ロビンは風属性だから、創造クラフト以外は出来るわね。創造クラフトというのは、自然から物質を具現化させるもので……例えばお兄様の氷属性なら、氷で何かを作れるでしょう? 多くの属性は三つの術式を使えるのよ」


 翌日、セリーナは公務の前にロバートに魔法を教えてやっていた。広い庭は魔法の実技を行うのに最適で、護衛たちが遠目で見守っている。視界も開けているので出入りする貴族たちからちょっかいをかけられることもない。


「わかった! じゃあ、おねえさまは?」


「私の光属性は治癒ヒールに特化していて、他の三つは出来ないのよ」


「どゆこと?」


「そうね……使える術式の種類が多い分、力が分散してしまうの。たとえば、風属性の人の治癒ヒールは、いくら頑張っても軽傷しか治せないわ。でも、光属性の治癒ヒールは頑張り次第でどんな怪我でも治してしまうの」


「そっか! おねえさまもすごいんだね! でも、どうやったらつよくなれるの?」


「そうね……魔力はスタミナで、精神力がパワーといったところかしら。強い感情に反応するのよ。上手く言えないけど、絶対に治す! って気持ちが大事なの」


「そっか! ぼくもがんばる! シルヴィーも、ぼくのせいれいさんならよかったのになぁ」


 ロバートは頬を輝かせ、嬉しそうに白猫の精霊を撫でる。勉強はあまり好きではないだが、魔法は大好きなのだ。


 精霊にも属性があり、同じ属性を持つ人間としか契約が出来ない。シルヴィーを調べたところ、光属性の魔力を持っているのが分かったので、間違いなくセリーナに付いてきたのだろうと言えた。


「ロビンにはいずれ他の精霊が来てくれるだろう」


 姉と弟が仲睦まじく話していると、その後ろから兄がやってきて、優しい口調で言った。


 銀髪をたなびかせて現れるルカーシュは相変わらずの美しさであり、皇宮で仕える女たちの視線を奪っている。後ろには騎士団を従えており、妹や弟には優しい口調の主人に、騎士たちは圧倒されていた。


「おにいさま!」


 ロバートは立ち上がり、てちてちと走って兄の脚に抱きついた。


 第二皇子の愛らしさは騎士団たちも承知で、いつも場が和やかになるのだ。


 そして、皆が同じことを思う。無愛想で怖い兄とは大違いだ、と。


「お兄様、公務は終わったの? 騎士団の皆も、いつもありがとう」


 セリーナが笑顔で話しかけると、騎士たちはいつも以上に背筋を伸ばす。不埒な考えは抑えているが、誰が見ても美しいと感じる発育のいい少女は、血気盛んな男たちにとって目の毒だ。


「あぁ、今日の分は済ませてきた。行こうか」


 今日は午後から病院への訪問という公務がある。セリーナは治癒能力を持っているので、週に何度か各地の病院を訪れて治療に当たるのだ。


 皇帝の命令どおり、ルカーシュが付き添うことになった。今日はロバートも初めての公務で、兄や姉に付いて学ぶ日だ。


「うん! おててつなご!」


 ロバートは小さな手を伸ばし、兄と姉の間を橋渡しするかのように手を繋ぐ。それから二人の手にぶら下がったり、後ろからついてくる精霊や騎士たちに愛想を振りまきながら、馬車の待機場に向かった。

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