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星誕のオレオール  作者: 志山ミヲ
第一夜
2/12

魔女を殺して

※暴力描写ありなので、苦手な方はご注意ください。

 先代皇帝の悪政から国を建て直し、数年で豊かな国に変えたのが現皇帝エドワード・インペリアル・ブリタニカ。彼は国民の圧倒的な支持を得て、強固な皇権を維持し続けた。


 エドワードは絶世の美女と呼ばれた皇后を唯一の妻とし、才能溢れる銀髪の皇太子を授かる。その二年後には愛らしい皇女を授かり、幸せに暮らしていた。


 皇帝は特に娘のセリーナ皇女を溺愛した。


 ブリタニカ皇族の特徴たるオーロラ色の右眼と、母由来の蒼銀の左目を持つ女の子だ。瑠璃色の髪は毛先が淡い青色になっていて、夜空を想起させるような神秘性も兼ね備えている。


「セリィ、おめでとう。パパからのプレゼントだよ」


「父上、ずるいです。俺が先にあげたかったのに」


 と、皇女の誕生日が訪れる度に、皇帝と皇太子が競って皇女の笑顔を独占しようとする始末だ。


「あらあら、セリィは人気者ね。これではママの出る幕がないわ」


 そんな家族を眺め、皇后は優しく微笑む。幸せに満ちた家族絵図は、長らく冷たかった皇宮を明るく照らしていた。


「おとうさま、おかあさま、おにいさま。わたしはみんなだいすきよ!」


 愛をめいっぱい受けた皇女は、我儘になるどころか、愛を他者に分け与えられる子に育つ。


 光魔法による治癒能力が発現すると、民を救うために医者になるのだと張り切っていた。


 そんな彼女が七歳になろうかとしている頃、帝都でとある噂が流れる。


 先代皇帝が処刑される前に召使いの女を孕ませており、その女が産んだ子どもが帝都にいるのだと――。


 皇帝と皇后は悩みながらも、哀れな子どもを引き取って皇籍に入れることにした。


 その子はライアという名前だ。セリーナよりも数ヶ月後に生まれており、黄色の髪と黒い瞳を持つ。


 皇族の容姿は何一つ継いでいなかったが、先代皇帝の遺品を持っていたのが決定的な証拠となったようだ。


 ライアが皇宮に来るのを知り、セリーナは彼女が来るのを楽しみにして待った。


「いもうとができるのよ。きっとかわいいわ。いっしょにあそびましょうね」


 と、白い猫のぬいぐるみに話しかけ、ライアが来るのを待ち侘びていたくらいだ。


 だが――ライアは顔を合わせた時から、何故だかセリーナを激しく憎んでいた。


 皇太子の挨拶は返したのに、セリーナが手を差し出しても無視して睨むだけで、兄の腕に抱きついていく。


「あなたがルカーシュお兄様ね! ライア、お兄様と一緒に遊びたいなぁ!」


 セリーナはこれまで兄の愛を独り占めしてきた自覚はあったから、そっと身を引いた。




 そんな顔合わせがあった日の夜、ライアは一人でセリーナの部屋を訪ねてくる。


「ライア、きてくれたのね。わたしはおねえちゃんだから、なんでもいってね!」


「じゃあ、あんたのそれちょうだいよ」


「このこはね、かわいがるってやくそくしたの。ごめんね。ライアにもかわいいぬいぐるみをあげるようにって、おとうさまにおねがいするわね。なにいろがすき?」


「もういいわ!」


 セリーナはお気に入りの猫のぬいぐるみをベッドに寝かせていたが、ライアがそれを欲しがった。父からの大切なプレゼントだから、渡すわけにはいかなかったのだ。


 そんな提案をしたら、ライアは怒ったような声を上げ、奪い取るように持っていく。


「まって……」


「うるさい! 悪役のくせに!」


 癇癪を起こしたライアは、持ってきていた鋏でぬいぐるみをズタズタに切り裂いた。


 可愛がっていたぬいぐるみを目の前で壊され、セリーナはその場で大泣きしてしまう。


「何事だ?」


 使用人たちよりも真っ先に兄が駆けつけ、仲裁に入る。すると、ライアはいきなり大声で泣き始め、彼に抱きついて行った。


「セリーナお姉様が……ライアにぬいぐるみを触らせたくないって言って、自分で壊したんですよぅ……」


 この時、皇太子は優しい実妹がそんなことをする筈がないと感じていた。


「セリィがそんなことをする筈が……」


「おにいさま……わたしのせいなの」


 けれども、セリーナはライアの言葉を否定しなかった。事実を言えばライアが叱られ、居場所がなくなってしまうだろうと思ったからだ。欲しがるものを渡していれば、こんなことにならなかったのかも知れない、と。


 以来、ライアはセリーナの持っているものを全て欲しがるようになる。時にはドレス、時にはアクセサリーやおもちゃ――酷い時には部屋に勝手に入り、盗んでいくこともあった。


 視線に気を付けていたつもりでも、使用人はしっかり見ている。皇宮で働くのは殆どが貴族の出なのもあり、すぐに社交界でライアの悪評が広まった。






 ある日、セリーナはライアに付いて行った先で小児性愛者に襲われそうになった。しばらく恐怖で部屋から出られない日々が続く。


(ライアはあのあと、もっとこわいおもいをしたって……わたしだけにげて、ごめんね……おとうさまやおかあさまは、ライアにあやまっちゃダメだっていうけど……)


 聖堂に連れて行かれたセリーナは、司祭の私室に閉じ込められ、無理やり強く抱きしめられた。窓から侵入した皇太子に助けられ、司祭が伸びている間に二人で逃げ出したのだ。


 そして、別室にいたライアが身代わりのように司祭に悪戯をされたのだと、使用人たちが言っていたのを聞いた。幼いセリーナによく意味は分からなかったが、怖い目に遭ったことは分かる。


 それがライアへの負い目になるのだった。嫌われるのも仕方がない、と。


 やがて弟が生まれ、セリーナは妹に注げなかった分をその子に注ぎ込むように可愛がる。自分は自分で国の役に立とうと、若くして医師としての資格を取得した。


 ライアが追放された後も、最後まで仲良くなれなかったことに寂しさを覚えていたのだが――。





 それから更に五年――セリーナが十八歳になった頃、密教で閉ざされた王国が未来を預言する聖女を迎えたと聞いた。


 最初はブリタニカ側も相手にしていなかったが、否が応でもそうせざるを得なくなる。


 その聖女の正体が、追放したライアだったからだ。彼女は復讐の神託を世界に発信した。


『セリーナ皇女は世界を破滅に導く魔女です。魔物を使役し、西大陸を滅ぼす元凶……生きたまま火で燃やさなければ、世界は滅びてしまうでしょう』


 残酷な神託はセリーナへの個人攻撃だった。


 西大陸全土に広がったそれは、最初こそ誰も相手にしなかったが――皇帝と皇后が暗殺されてから雲行きは怪しくなる。


 皇帝夫妻の死と同時に、国を守ってきた結界が一時的に壊れた。ほぼ時を同じくして魔物が大量発生し、多くの犠牲が出たのである。両親の死を悲しむ間も与えられなかった。


 皇太子が食い止めに出征したが、彼も戦場から帰ってこなくなる。


 魔物を操っているのは明らかに聖女ライアだ。人々は皇女に報いようと、必死に戦った。


 だが、犠牲は日に日に増えていく。セリーナはそれを止めるため、自らルーシャンに出頭し、祖国を幼い弟に託すことを決めた。


(私が死ぬことで満足するなら、そうするしかないわ。これ以上の犠牲を出すよりも……)


 男も女も問わず人々の視線を奪う皇女は、皇宮から出るだけで注目を集める。


 横髪を真っ直ぐに切り揃えた瑠璃色の髪は、襟足だけ腰まで長く伸びている。襟足の毛先は淡い青色に光り輝くようで、その後ろ姿だけでも視界に入った途端に視線で追い始めるほどだ。


 右眼は父親譲りのオーロラ色の輝きを持ち、左目は母親から授かった月を思わせるような蒼銀。つり目気味の幼げな顔立ちに、肌は白くて桜色に色づく頬や唇は妖艶さすらあり、視線が合うだけで男たちを虜にした。


「お姉さま……」


 十にも満たない弟が縋るようにして、平民が着るようなスカートの裾を握った。魔物が帝都にまで侵略しており、皇女ですら煌びやかなドレスを着てはいられなかったのだ。


 七色の光を取り込むような銀髪にオーロラ色の目をした、父親似の八歳の幼子。可愛くない筈はないが、全ては生存させるべき彼のためでもあった。


「ごめんね、ロビン。いえ、皇帝陛下。私は皇女として務めを果たします。国をお守り下さいね」


 腰を落とし、弟のダイヤモンドのような瞳と視線を合わせる。二度と会えないことも予期しながら、身に付けていた母の形見の髪飾りを渡した。


 最後まで仕えてくれた家臣たちとも別れ、セリーナは皆の前で自らを魔女と認める。


「私が魔女よ。それで世界が救われるのなら、殺しなさい」


 そう言えばライアも嘘の神託を覆せない。魔女であるセリーナが死ねば、魔物を操って人々を襲うことに矛盾が生じるからだ。






 ルーシャン王国からの馬車に乗せられ、行き着いたルーシャンの街。一見すると普通の街に見えたが、よく見ると道を歩いているのは男しかいない。


 街の中心にある咎人の塔に連れて行かれたセリーナは、地下に連れて行かれ、しばらく監禁された。


 合間で醜い看守たちが春を貪っていく。それでも耐えられたのは、もうすぐ訪れる死を確信し、弟だけでも生きていてくれる希望があったからだ。



 何日経ったのか――しばらくそこで変な薬物だけを与えられて生き長らえていると、ようやくライアが箱を持ってやってくる。


「いい気味ね、お姉様。今からあんたに処刑宣告が出るけど……その前にいいものをあげる」


 何故だかセリーナのことを最初から嫌っていたライアは、その時ばかりは手錠を外してやり、楽しそうに箱を渡した。


 中から漏れ出る異臭も相まって、嫌な予感がする。


 恐る恐る箱を開けると――そこには子どもの頭部が入っていた。


 血のついた銀の髪、濁ったダイヤモンドのような瞳。腐りかけていたが、間違いなく弟のロバートだ。


 混乱した。何かの間違いだ、と。


 今も目を閉じれば無邪気な笑顔が浮かんでくる。気持ち悪い男たちに抱かれ続けるのすら、弟が生きていてくれればどうでもよかったのに。


 目の前の現実は非常であり、弟は無惨な姿で箱の中にいる。


 絶望に打ちひしがれたセリーナは泣き叫んだ。


「地位も、名誉も、美貌も、お兄様も……いつだって何もかも手に入れて、本当にムカついてたのよ。そのガキも生意気だったわ。最期まで皇帝のように振る舞って、あいつらを逃がしやがって。両親もそうよ。おとなしくライアに従ってれば、お父様は許してあげるつもりだったのに。ライアのお兄様は……あんたなんかのために犬死にして……あんたやあんたの家族がバカなせいじゃない!」


 茫然と座り込んだセリーナの心を更に抉るように、ライアは笑いながら言い放った。


 体も心もボロボロだったが、これまで耐えてこれたのは弟や祖国の存在があったからだ。


 弟の首をせめて埋葬してやりたくとも、この国はそれを許してはくれない。


 殺すだけでは足らず、死んでもなお冒涜される家族。我慢していた屈辱と怒りが一気に溢れ出る。彼女の死を心から願った。


「もう許さない……私が死んだら、貴女を呪う。髪の毛一本とて、貴女の存在がこの世にいることを許さない……貴女は存在しちゃいけないのよ……」


 セリーナはぷつりと切れ、ブツブツと呪詛を唱える。感情がぐちゃぐちゃになり、笑いたくもないのに笑みが零れてきた。


 自分に嫌がらせされようが、悪意を向けられようが、二人の問題だからと片付けられた。両親も兄も、自分も含めて、皇族として生きて大人になった以上は恨みを買われることが全くないとは言いきれない。


 だが、何の罪もない幼い弟を殺したことだけは――どう考えても、一方的にライアだけに非がある。皇族として受けた恩恵には自覚があり、どんな理不尽なことをされても歩み寄ってきたが、今回ばかりは憎まない理由がなかった。


「とうとうイカれたみたいね。やっていいわよ。殺さない程度なら、体の一部を持って行ってもいいから」


 鼻で笑ったライアは、セリーナを閉じ込めた部屋の扉を開ける。


 部屋の外で待機していた看守の男たちがそこにいた。彼らはセリーナを見るなり目の色を変え、興奮した獣のように扉の隙間を縫って押し寄せてくる。


「聖女様、いいんですか? こんな上玉いませんよ……」


 十人ほどの男たちは、寄って集って一人の少女を蹂躙した。


 薄い服を引き裂き、肉体を引きちぎるほどにひどく犯し、ありたけの性をぶちまけていく。


 痛みと屈辱に満たされ、殺してくれと懇願してもライアの笑い声ばかりが鼓膜に響いた。


「あはは! いい気味ね! 存在しちゃいけないのはあんたなのよ。あんたが物語を狂わせたんだから!」


 何時間それが続いただろうか――絶世の美少女も、ただの肉塊にな り果てる。戦利品のように体のパーツを奪い取られ、持って行かれた。両目をくり抜かれ、四肢を切り分けられた後、腹からは臓物を引きずり出され、血まみれで痙攣していた。


「いい気味。この女の何処が絶世の美少女なのかしら。もはや豚みたい! さぁ、豚の丸焼きにしましょ!」


 ライアは辛うじて繋がるセリーナの臓物を踏み潰した。もはや叫ぶ気力すらなく、呻き声を上げる。


 ギリギリ死の淵に立たされ、落ちそうになったら強制的に引き戻される苦痛。痛みすらも麻痺してきて、まともに機能するのは聴覚くらいだった。


 そのままの状態で、セリーナは男たちではない誰かによって何処かに運ばれた。耳で聞いた情報からして、いよいよ処刑される時が来たようだ。


 肌に残った感覚は、外の空気を感じ取る。


 神への賞賛と罵声が飛び交う広場の高台。セリーナはそこに設置された木の処刑台に吊るされた。


「聖女様を貶める魔女に制裁を!」


 美しい瑠璃色の髪は散々引っ張られてボサボサになり、殴られて腫れ上がった醜い顔に、異教の人々はあらゆる罵声を浴びせた。


 もはや怒る気力も悲しみもないが、最期に思い出すのは大切な家族のことだった。


(どうか、貴方だけは……)


 心の中で呟いた願いは誰にも届かない。


 罪状は読み上げられ、達磨状態のセリーナに間もなく火がつけられる。舌も切られ、反論の余地もなかった。真っ赤な炎は燃え上がり、たちまち喉が潰されていく。


 薄れた嗅覚でも感じられる、体が焼ける匂い。気が狂いそうになり、轟々と音を立てる炎の奥から、狂った信者たちの歓声が上がるのを聞いていた。


 全てはライアが作り出した舞台装置。それほどまでに、彼女はセリーナの死を願っていたのだ。


 願わくば、理不尽なこの出来事をやり直したい。


 家族や民を救いたい。皇女として、一人の人間としての祈りを最期まで持ちながら、業火の中に果てるのだった。

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