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星誕のオレオール  作者: 志山ミヲ
プロローグ
1/12

金糸雀の聖女

 『金糸雀の聖女』――それは聖女ライアが美男子たちと幸せに暮らす物語。


 戦争犯罪人として忌み嫌われる先代皇帝と、召使いの女の間に生まれた哀れな娘は、現皇帝夫妻のもとですくすくと育つ。


 何をせずとも皆に愛され、やがて聖女として君臨し、世界中の貴公子たちから想いを寄せられる。


 それは従兄にあたる皇太子ですら例外ではない。彼は皇帝の座を愛しいライアに譲って皇配となり、ライアが複数の夫を持つことすら許した。


 女帝となったライアは美しい男たちを複数の配偶者として傍に置き、愛され続ける一生を送るのだ。







 ライア・シュピンネはひっそり出産された時から、前世で読んだその小説の内容を覚えていた。


(ライアに転生したんだわ!)


 主人公に転生した以上、薔薇色の日々が約束されている。


 一般市民の中でも裕福ではなく、それでも福祉の力で何とか暮らしていける生活の中、ライアの母親は必死に働いていた。


(お母さんはどうせ本編開始前に死ぬし、手伝いなんてしなくていいよね)


 ライアは母親が死ぬのを楽しみに待っていた。そうでなければ本編が始まらないからだ。


 六歳になったある日、病で倒れた母親に寄り添ったかと思うと、彼女のポケットや鞄の中を漁った。


「ライア、何をして……」


「ねぇ、お母さん。先代皇帝の遺品を持ってるんでしょ? それがないとライアは困るの。死ぬ前に出してくれない?」


「何の話なの……? 皇族の方のことを気安く語るのは……」


「持ってないの? 役立たず! じゃあ、一体どこで遺品を手に入れるのよ……」


「待って、お医者さんを呼んで……」


 母親が先代皇帝の遺品を持っていないのを知ると、ライアは親指の爪を噛んでその場を離れた。


 放置され、自力で動けなかった母親は、そのまま数日後に死んでしまう。ライアはそのまま遺体を放置した。


(おかしいわ。原作ではライアが先代皇帝の遺品を持ってたから迎えられるのよ。母親が持ってるんじゃなかったの?)


 これでは計画が狂うと感じ、母の死を周囲にも告げずに路地裏で彷徨く。


 そんな彼女に、ローブを纏った人物が近付いてくる。


 男か女か分からないが、その人はオーロラ色の大きなダイヤモンドがぶら下がったペンダントを差し出した。


 裏側には先代皇帝の名前が刻まれており、紛れもなく遺品であることが窺える。


「君がライアだね。これは先代皇帝の遺品……持っていれば実子の証となるだろう。君が窮地に陥った時、また力を貸しにくるよ」


 男とも女とも取れる低い声をした人物は、ライアの小さな手にそのペンダントを乗せた。その人はすぐにいなくなるが、モブになんて興味はない。


(なんだ、やっぱり楽勝じゃない。ライアがヒロインなんだもの、世界はライアの味方なんだわ!)


 上機嫌になったライアは、家に帰って母親の死体の服の中にそれを忍ばせた。


 それから近所の人たちに泣きすがれば、あとは警備隊が呼ばれて検死が行われる。明らかに異質な宝石は、警備隊の間でも物議を醸し、その話は皇宮に伝えられるのだった。


 ようやく本編が始まる――胸を躍らせながら母親の葬式に出ている中、参列者たちが話しているのを聞いた。


「あの子が先代皇帝の……セリーナ皇女殿下なら妹として受け入れて下さいそうだな」


「皇女殿下はとても愛らしい方なんだ。先日もこんな俺を治療してくれて……」


「まだ六歳なのに、思慮深くて優しいのよね」


 原作との違いをそこで確認し、顔を歪ませるライア。


 戦争犯罪人として裁かれた先代皇帝により、傾きかけていた帝国を建て直したのが現皇帝エドワードだ。


 小説では皇帝が義父となってライアを溺愛し、セリーナ皇女はライアに嫉妬して虐待する。


 健気に耐えるライアの方が愛されるようになり、皇帝は実の娘を廃位させて処刑し、それを庇った皇后は離宮に追いやられて寂しい生涯を終えるのだ。


(セリーナって、元から評判の悪い悪役の設定でしょ? 何で本編開始前から目立ってんのよ……まさか、転生者が余計なことしてるの?)


 本編と違う出来事は、きっと原作破壊を目的とする転生者の仕業だ。ライアはそう信じて疑わず、会う前から悪役のセリーナを憎悪するのだった。






 苛立ちを抱えながら数ヶ月を過ごし、いよいよライアのもとに皇室から使いがやってくる。


「ライア様、お迎えに上がりました」


 皇室の騎士たちが跪く姿に快楽を覚え、ライアはにやりと笑った。


「じゃあ、さっさと皇宮に行ってね。ライア、まずい食事は嫌いだし、ドレスやアクセサリーも用意してよ」


 いずれ皇帝に愛される身だ。それくらいは許されるだろうと、騎士たちに命令する。


(悪役がいくら足掻こうと、原作のヒロインが登場すれば愛は全てこっちに向くのよ!)


 皇宮に連れて行かれたライアは、第二皇女の称号を得る。


 どうせ死ぬ予定の皇后やセリーナの挨拶は無視し、皇帝と皇太子にだけ愛らしく哀れな女の子のように振る舞った。


 これからは原作の流れのとおりになるだろうと、輝かしい未来に思いを馳せる。


 けれども、思ったような流れにはならなかった。


 皇帝と皇后は仲のいい夫婦であり、皇太子も実の妹ばかりを可愛がる。


 悔しくなったライアは、悪役であるセリーナを陥れるためにあらゆる手を使った。


 セリーナが父親からもらったプレゼントを引き裂き、彼女自身が悪意を持ってそれをやったと言いふらしたのだ。


「セリィ、本当にパパからのプレゼントを引き裂いたのかい?」


「おとうさま、ごめんなさい……」


 セリーナはその嘘を否定しなかったが、皇帝も皇后も、それに皇太子まで、ライアの仕業だということは悟っていた。


 皇宮での立場が悪くなるライア。


 悪役のセリーナばかりがいい思いをしているのが許せずに、誰も見ていないところで詰め寄った。


「あんた、何様のつもりなの!? 原作アンチなんでしょ!?」


「げんさく? わたしはライアとなかよくしたい……」


「しらばっくれるな! あんたなんて悪役なの! ライアが主人公で、皆から愛されるのよ? お兄様はライアのものなの……!」


「おにいさまはモノじゃないよ。ライア、おねがいだから、みんなにやさしくしよ? わたしのことは、きらいでもいいから……あなたもつらくなるよ」


「うるさい! 説教するな!」


 何度も怒鳴りつけたのに、転生者である筈のセリーナは尻尾を見せなかった。それどころか、本物の幼児であるかのように舌足らずな言葉遣いで振る舞うのだ。話すとイライラしてたまらなくなる。


(あの女、ナメやがって……原作アンチにも程があるわ。ライアが悪いみたいになってるじゃない……)


 このままではヒロインの座を奪われるのではないだろうか。


 焦ったライアは、聖堂にいる司祭がセリーナを性的な目で見ているのを知った。


(そうだ、セリーナをモブのキモ男とくっつければいいじゃん)


 この帝国では貞淑な女でなければ後ろ指をさされる。聖女となったライアだけが、例外的に複数の男を侍らせても尊敬される世界なのだ。


「セリーナ、仲良くしましょ」


「うん! なかなおりするわ!」


 馬鹿なセリーナはライアに言われるがまま、護衛たちを巻いて二人で町はずれの聖堂に行った。


 そこでライアは司祭を唆し、二人を閉じ込めたが――皇太子がセリーナを助けに来たために、計画は未遂に終わる。


 皇帝もさすがに幼いライアが仕掛けたとは思えなかったものの、二人の皇女は徹底的に接触を禁止された。







 それからセリーナは医学を志し、毎日勉強に励み、公務として孤児院や病院を訪れては治療の手伝いなどをしていた。


 ライアは原作にそぐわない行動を嫌い、貴族の男を誘惑して邪魔をしようとけしかける。


 けれども、ライアに寄ってくる男は不細工で無能なのばかりな上、いつの間にかセリーナに夢中になって裏切る始末だ。


 皇帝も皇太子もライアをあからさまに嫌うような素振りは見せないが、明らかにセリーナの方を可愛がっている。


 やがて皇帝と皇后の間に、原作にはいない末の皇子が生まれると、今度はそちらに注目が集まった。


 気に入らないライアは、幼い弟のことも見えないところで傷が残らない程度に虐めた。


(これもセリーナのせいよ……あんな女、どこか遠くのブサイクな男に嫁げばいいのに)


 腸が煮えくり返るような日々を繰り返す中、機会が訪れた。


 海の向こうの帝国との会談にて、黒豚と呼ばれる醜い皇太子がやってきたのだ。


 昔のような手口で女好きの黒豚を唆し、今度こそセリーナを襲わせようとする。


 だが、兄には見抜かれていたのか――またも阻止され、今度こそライアは責任を問われることとなった。


「これまで第一皇女がそなたを庇うから皇宮に置いてやっていた。それなのに、国賓にまで迷惑をかける重罪を犯してまで、第一皇女を害そうとした……もはや庇いきれん。斬首を命ずる」


 皇宮にて行われる、皇族の公開裁判。


 皇帝から冷たい目でそう言われ、ライアはセリーナに嵌められたのだと感じた。全てはセリーナが悪いのに、どうして自分ばかりが非難されなければならないのだろう、と。


「違います、お父様! セリーナお姉様が悪いのです! ライアがヒロインなのに、あいつが全部壊したの! 本当に処刑されるべきはセリーナなんだから!」


 そう主張しても、周囲は頭がおかしいとしか思っていない様子でライアの悪口を囁く。


「陛下……私に隙があったのも、あの事件を巻き起こしてしまった要因です。処刑だけは、どうか……ライアはただ、愛されたかっただけなのよね?」


 そんな中、善人ぶったセリーナだけが、泣きそうな顔でライアの味方をする。原作を壊した本人に言われる筋合いはなかったが、処刑されたくないのでライアは頷いた。


「そうよ! ライアこそ愛されるべきだったの!」


 その返答に周囲は辟易したような顔をするが、皇帝はため息をついて制止した。


「もうよい。セリーナ皇女の嘆願により、国外追放とする。騎士たちは速やかにこの女を捨ててくるように」


「待って! 追放なんて聞いてない! ドレスや宝石はどうすんのよ!」


 暴れるライアは騎士たちに取り押さえられ、ボロ馬車に乗せられる。


 慌てて付いてきたのは、他の誰でもなくセリーナだけだった。それ以外は誰一人として、見送りにすら顔を出さない。


「ライア……私は妹ができるって聞いて、ずっと楽しみだったの。それは嘘じゃないわ。もっと出会い方が違っていれば、本当の姉妹のようになれたのかもって……」


 最後に嘲笑いに来るのかと思いきや、悲しげな顔をして私財の金貨を袋いっぱいに詰めて渡す。原作という言葉も、転生者という言葉も、セリーナは本気でよく分かっていない様子だった。


「何よ、施しでも与えてるつもり? マジで鬱陶しい……あんたのせいでこうなったのに!」


 腹が立ったライアは、それを奪うようにして馬車に乗り込む。


(この国はもう狂ってるわ。いつか滅ぼしてやる……)


 原作からあまりに乖離した展開に、ライアは壊してしまおうという考えに至る。セリーナには特に酷い拷問を加えて殺そうと――連行される途中も妄想が止まらず、高笑いをした。


 これが二人の皇女の因縁の始まりである。

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