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薫風(くんぷう)の一輪草 ランプ売りの青年外伝8  冒険譚シリーズ  作者: ふん


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第九話

「さぁ! 来たわよ! いざ――……なんて名前の山?」

 ノーラの頭の上で勢いよく拳を掲げたチルカは、全容の見えない山を見上げて静かに下ろした。

「知るかよ。オマエが勝手に馬車を降りるって言ったんだろうが。言っとくけどよ……馬車はもう姿どころか、蹄鉄の音が聞こえない場所まで離れたぞ」

 リットはノーラの頭上で不満げに腕を組んで、馬車が消えていった方角を睨んでいた。

「ここで間違いないわよ。魔力の流れをビンビンに感じてるんだから」

「男がビンビンに従う時は、大抵間違いを犯す時だ」

「いつどこで誰がそんな話をしたのよ……。大丈夫よ、精霊の魔力の流れを理解出来ないとでも思う? 妖精よ、私は」

「なら、さっさと本物の妖精に戻ってくれ……」

 リットは歩くように頭を叩いて合図を送るが、ノーラはその場から一歩も動かなかった。

「ちょっと……ノーラ。どうしたのよ」

「ここを歩くんスか?」

「そうよ。山を登るって話してたでしょう」

「道のない山を登るだなんて聞いてませんよ! 獣道すらないんですよ。ドワーフの私には無理ですって……」

 リットについて回っていたノーラだが、クーから無理やり叩き込まれた知識をリットがノーラに教えることはなかったので、山を歩く知識はほぼゼロだった。

「自分がやられて嫌なことは人にやっとくべきだな……。良い教訓だ」

「今からでも、遅くないっスよ。さぁ――どうぞ私を今すぐ立派な冒険者に仕立て上げてくださいな」

 ノーラは自分は無抵抗だと両手を広げた。

 本当に一流の冒険者に仕立て上げられるものなら、楽が出来るので願ったり叶ったりだと思ったからだ。

「本当にその気があるなら、木のてっぺんに半日放置するぞ」

「なんでそんな意地悪を……」

「オレがされたからだ。とにかく歩け。草の根元を踏み潰しながら歩くんだ。多少はマシになる」



「マシになるってなんスかァ?」

 珍しくノーラは怒っていた。

 というのもここの草は固く、踏み外した時に鞭のようにしなって襲ってくるからだ。

 擦り傷だらけになり、どうにか川辺へ辿り着いたので、今日はもう歩かないとノーラは座り込んでた。

「オレからすりゃよ。ただ草の根元を踏むだけなのに、踏み外す理由がわかんねぇよ」

「簡単すよ。どこかに木の実でもなってないかなァ……とよそ見をしながら歩くんス。とにかく、私はもう今日は歩きませんし。ご飯の支度もしません。もしも、旦那とチルカが用意をしないのなら、私は起きた瞬間に山を降ります」

 ノーラはプイッと焚き火に背中を向けると、ふて寝を始めた。

 幸いまだ夕方にもなっていないので、食料集めをする時間には最適だが、結局夕方前で歩くのやめてしまったので、進捗としては微妙なところだった。

「どうすんのよ……」

「うちの小豚の餌を探すんだよ……釣りでもするか?」

 リットが川面を見ながら言うと、すかさずチルカの皮肉が飛んだ。

「勇気あるわね。わざわざ魚の餌になるわけ? 私達のサイズじゃ川底に引き摺り込まれるわよ。万が一釣れたとしても、私達が釣れるサイズじゃノーラが満足するわけないでしょう」

「まったく……こっちはサイズが縮んで飯の心配がなくなったってのに。これじゃ変わんねぇよ」

「いいじゃないの。ノーラが巨大化するよりも。ノーラが何十倍にも大きくなったら、私は一日だって生き延びる自信はないわよ……」

 仮にノーラが巨人並みに大きくなった場合。問題は食糧だ。牛を丸々一頭食べても満足はしないだろうと考えると、今の状況がいくらか幸せのように思えた。

「かと言って、良い手が思い浮かぶわけでもねぇしな……」

 リットは太陽で宝石くずのように光る川面を見ながら、どうしたものかと考えた。

 大きな魚を釣る方法はいくつか知っている。だが、それは知っているだけで実践できるかどうかは別問題だ。

 方法というより、夢物語が正しいのかもしれない。要するに、ダークエルフで冒険者のクーに教わった知識ということだ。

 その方法というのは、まず自分より一回り小さい魚を釣り上げ、その魚の骨を利用して釣り針を作り、徐々に釣り針のサイズを大きくしていくというものだ。

 釣れる魚のサイズが多くなれば、骨も大きくなるというバカが考えつきそうな理屈は、見事のクーがリットの目の前で成功させていた。

 だが、それが自分で出来ると思うほどリットは自惚れていない。

 もう一つ実践できそうな罠があるが、それは人間サイズだから作れるものだ。ノーラを叩き起こしたとしても、不器用なので作ることは出来ない。

「ちょっと……考え事のときに黙る癖はやめなさいよ。不安になるでしょうが」

 チルカはリットの背中を強く叩いて、現実世界へと引き戻した。

「あのなぁ……普通考え事ってのは黙ってやるもんだ。ピーチクパーチク喋るから、考え足らずって言われんだよ」

「考え足らずかどうか、その目でよーく見てなさい」

 チルカは種をリットに押し付けると、勇んで川岸に立って息むように力を入れた。

 しかし、なにも起こらない。

 それでも妖精の力というものがあるのかもしれないと思い黙っていたリットだったが、先にチルカが音を上げて力なく息を吐いた。

「羽がないのを忘れてたわ……」

 チルカの考えとは、羽を光らせて魚をおびき寄せるというものだ。

 実際に、妖精が川辺で遊んでいるとホタルと勘違いした魚が飛びついてくることはある。

 だが、結局はリットと同じく、今は使えない方法だった。

「本当に頼りがいがある女だな……。オマエがいなくなったら生きていけなくなりそうだ」

「本っっっ当! 嫌味な奴ね……。アンタだって打つ手なしなのは同じでしょうが」

「それはどうかな」

 リットは肩をすくめると、春に雪が溶けた流れの早い下流へ目をやった。

 近くに人里はないものの、それが幸いして釣りの穴場になっているので、少年が釣り竿を川へ垂らしに来ていたのだ。

「アンタねぇ……あんな小さい子から魚を奪うっていうわけ?」

「よく見ろ。オレらのほうが小さい」

「今はでしょうが……。きっと病気の両親を持って、子供ながらに必死に生きてるのよ」

「よく見ろよ、あの服装を。どう見ても、貴族なり土地持ちのガキだろ。釣った魚が晩飯になるとでも思うか?」

「はい、クソガキ決定」

 ただ魚を弄ぶ趣味の釣りなら、同情の余地はないとチルカは草むらをかき分けて少年の元へと向かった。

「それで? どうやって泣かすわけ?」

「魚を奪うんだ。泣かせてどうすんだよ」

「自然の大切さを教えるのよ。大人になってからこじらせないようにね。いるでしょう、人間にも環境バカが。淘汰も自然の摂理ってことを知らないから、騒ぎ立てるのよね」

「あのガキを淘汰するつもりか?」

「当然。あの子供の家は親が金で建てた家で、何千年も続く川岸が家じゃないんだから。追い返すわよ……手伝いなさい」

 チルカはシャツの袖をまくると、忙しくなると気合を入れた。

 まずリットが手伝わされたのは小枝集めだ。それも、頑丈過ぎずに、乾いて折れやすくなった小枝。

 それをいくつも束ねて厚みを出すと、ツルで縛っていった。

 形は決まっておらず、なんとなく塊に見えるものならなんでもいい。

 とにかく大きくするために、いくつも組み合わせては結んでいくのだが、羽のないチルカとリットではなかなか上手いこといかなかった。

 それでも、チルカが構いはしないと完成させた頃にはもう夕方になっていた。

「ちょうど良いころね」

 チルカが合図を送ると、リットは枝で作ったものを立たせた。

 普通なら重すぎて一人では立てられないものだが、風の影響を受けるように設計されているので、最初に気合を入れて少し浮かせると、驚くほど簡単に持ち上がった。

 そして少年からは、それが川に突如現れた不気味な獣に見えた。

 夕方になり、影が伸びることにより、枝の人形が何倍にも大きく見えるのだ。

 チルカの思惑通り、少年は悲鳴をあげると釣り竿をほっぽり出して逃げていってしまった。

 それと同時に、拭き上げた川風により枝の人形もバラバラになってしまった。

 小枝は川に流れ、証拠は完全に隠滅。

 誰にもバケモノの正体はわからなくなってしまった。

「どんなもんよ」

 チルカは得意げな顔でリットを挑発した。

「見事なもんだ」

「そうでしょう。もっと具体的に褒めてもいいのよ」

「生け簀の魚を取りに来たガキを脅かすなんて、大の大人が出来ることじゃねぇよ。どうする? 囚われの同胞を開放してやるか? 命も助けて、兵糧攻めも出来るなんて一石二鳥だぞ」

「……なんで先に言わないのよ」

 チルカは人間や他の種族が漁をして生きるのに、なんの反論も持っていない。命を弄ぶ漁や釣りが嫌いなだけだ。

 なので、川の一部を生け簀にして、食べる分だけを確保するのに一つの文句もなかった。

 少年は生け簀で育てている魚を捕まえに来ただけだったのだ。

「先に確かめなかったからな。慰めの言葉をかけるとしたら、釣り竿じゃなくて網を持って来いだな」

「慰めの言葉なら私にかけなさいよ」

「考え足らず」

「慰めの言葉って言ったでしょうが」

「非難してんだ。今頃トラウマだろうな。まっ、知ったこっちゃねぇけどな」

 リットは雑草の茎をつかむと、身を乗り出して生け簀の様子を確認した。

 そこそこの深さはあるものの、ノーラなら危険のない深さの生け簀だ。わざわざ魚を釣らなくても、ここの魚を失敬すれば今日の食料は心配する必要はなさそうだった。

「結局泥棒ってわけ?」

「妖精の習性だろ」

「そんなわけ――なくもないけど、土地的な話で言えば先に盗んだのは人間よ」

「それは種族の価値観だろ。人間だって、他種族の習性を諦めて暮らしてるんだ」

「私は折り合いの話をしてるの」

「オレだってそうだ。今回の折れどころは、魚は見つけたんだから自分で取って焼いて食えだ。文句あるか?」

「……ないわね」

 その後、ノーラを起こして生け簀の位置を教えたリットは疲れたと先に眠り、チルカはぼーっと白ユリのオイルの松明の炎を眺めながら夜を明かした。

 いつの間にかチルカは眠ってしまい、松明は消えてしまったのだが、幸いそれは朝を迎えてからだったので影響はなかった。

 だが、ノーラの様子がおかしい。二人を起こして、しきりにここを離れようとするのだ。

「おい……まだ、薄暗い早朝じゃねぇか……」

 リットはまだ寝ると言ったのだが、ノーラが人差し指でお腹をくすぐってくるので起きるしかなかった。

「旦那ァ……早くしませんと」

 霧がかった朝。光のモヤに煙って見えるノーラの顔は必死のように思えた。

「あのなぁ……昨日の正体不明の獣の話。正体はオレとチルカだ……。ここにいても問題はねぇよ」

「それはどうっスかねェ……」とノーラがゲップ混じりに言うと、一気にリットの脳は覚醒した。

「ちょっと待った……なんだ? 今の香ばしい匂いは?」

 リットは霧の正体が、水蒸気ではなく煙だということに気付いた。

「なにって魚っスよ。旦那が焼いて食べろって昨夜言ったじゃないっスかァ」

「言ったぞ。昨夜な。今朝じゃねぇよ」

「そう……そのことで大事な話があるんスよ」

「焚き火はどうした……」

 ノーラが切り出す前に、リットは綺麗さっぱり火の元が消えていることに気付いた。

 まるで元から焚き火がなかったかのようだ。

 そして、これまたノーラが切り出す前に、チルカの悲鳴が響いた。

「魚が全部いないわ!!」

 チルカは生け簀を覗いていた。

 昨夜のうちに、ノーラが全て食べてしまったのだ。

 ノーラでも簡単に魚が捕まえられるという、簡易的な生け簀が災いしたのだった。

 三人が焚き火が合った場所に戻って、改めてノーラの話を聞こうとすると、猟犬の鳴き声と大人と子供の話し声が聞こえてきた。

「ここか?」

「そう……。ほら!! 全部食べられている! あのモンスターが出たんだ!!」

「言い伝えは本当だったらしいな……。まだ死臭と焦げた臭いがしてる……。近くにいるぞ……増援を呼んで来い!」

 大人は少年に強い口調で言いつけると、自身はナタを持って雑草を刈り始めた。

 既に移動し、遠いところから眺めていたリットは「ややこしいことするなよ……」とノーラを叱っていた。

「いやー……ついついっスよ。夜は一匹で我慢できたんスよ。大きいお魚でしたし、でもカリカリに焼いたらどうなるんだと思いましてですね。ドゥゴングでもあったじゃないですか? 鱗に油をかけてサクサクにした料理。チャレンジしようと思ったんですけどね……。見事焚き火ごと消滅っス」

「火のバケモノ誕生だぞ……。まったく……遠回りするぞ。まっすぐ登ったら追いつかれるからな」

 ノーラはリットが指示した通り、山の裏から改めて登ることにした。

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