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薫風(くんぷう)の一輪草 ランプ売りの青年外伝8  冒険譚シリーズ  作者: ふん


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第六話

 逃げ遅れた太陽の残り火が夜に彷徨う風景。

 通りがかった冒険者や商人は、この光景を見たらそう噂を広めるだろう。

 だが、幻想的な雰囲気とは裏腹に、光の中心では汚い言葉が飛び交っていた。

「だから言ってるでしょう! アンタが先に登らないと、下着が見えちゃうじゃない。バカなの? バカよね。バカ以外何者でもないわ」

「だから別の花に登るって言ってんだろうが」

「アンタが持ってる枝しか、私の羽明かりは再現できないのよ。別の花に登ってどうするつもりよ。本当バカ。信じられなくらいバカね。もう超がつくほどのバカよ」

「ならこうしよう。この辺り一面に油をまいて火をつけよう。生き残った花がオマエの花だ。ぴったりだろう?」

「冗談ならつまらないし、本気なら呆れるわ。悪口ならムカつく……」

 枝先で布を燃やしススを上げる炎は、チルカの顔の影を濃くした。

 今にも食ってかかろうとするほどの表情だった。

「これで最後だぞ。もう、寝ろよ。探しておいてやるからよ」

 リットはいい加減付き合いきれないと、ため息を落とした。

 もう既に夜は更け、普段のチルカなら寝ている時間になっていた。要するに、眠くて不機嫌になっているのだ。

「妖精の花を探すのよ。妖精の私がいないとわからないでしょう」

「そのためのこの光なんだぞ」

「私の存在が、その枝先の炎と一緒だって言ったら……冗談じゃなく殺すわよ」

「そんな魅力的な炎だったら、火をつけた瞬間から吹き消してるところだ。ったくよ……。昼は不安で情緒不安定。夜は眠くて情緒不安定。この分だと、明日は寝不足で情緒不安定か? ……付き合わされる身にもなれってんだ」

 リットは先に茎を登って葉まで行くと、葉の付け根を踏んで、チルカが登りやすいように傾けた。

「実際のところ、花が咲くのか花が光るのかもわからないのよ。私がいないとなにもわからないと思うけど」

「オマエが過去のことを覚えてりゃ済んだんだよ」

「毎年の恒例行事じゃないのよ? 妖精の寿命でも二、三回体験するかどうかのことを、アンタはいちいち覚えていられる? それを責めるだなんてアンタは最低ね」

「忘れたら聞けばいいんじゃねぇのか? なんで妖精に確認を取って来なかったんだよ」

「それは――それは……アンタだって言わなかったじゃない」

「妖精の呪いで小さくなったのに、平常心で妖精に聞き回れってのか?」

「そう! それよそれ! 私だって平常心じゃなかったの。お互い様ね」

「お互い様か……。人間の呪いって、どうやって妖精にかけんだよ」

「魔女に聞きなさいよ。本当にやったらどうなるかわかってんでしょうね」

「こうなるんだよ。オマエも目に焼き付けとけ」

 リットは松明で自分を照らしてから、先の炎をチルカに向けた。

「わかったわよ……もう言わないわよ。あーもう! 少しでもアンタに非があるのなら、全責任を転嫁してやれたのに!!」

 チルカは行き場もない怒りを地面で晴らすように、何度も地団駄を踏んだ。

「別に煽るわけじゃねぇけどよ。清く正しい妖精じゃないと、手に入らない花とかじゃねぇよな?」

「それで煽ってるつもりじゃないなら、アンタは生まれながらの嫌な奴よ」

「答えはどうなんだよ」

「私は過去にも精霊との交流会に出てるのよ! ……忘れたから、こうなってるんだけど。――とにかく! 妖精なら誰でも手に入れられる花よ! 一人ひとり違うの! なぜなら! それは!」

 チルカが急に言葉を止めると、夜の静寂が大きく響いた。

「それは?」

「……種を探すからよ」

 チルカの声は小声だった。

 少しでも人の喧騒があるような場所ならかき消されてしまうほどの声。

 だが、ここは静寂が支配する山の中だ。

 似た音のないチルカの声は、しっかり言葉になったままリットの耳に届いた。

「思い出したのはいいけどよ。今までの行動を全部無駄にしてくれたな……」

 リットは種を探すなら上ではなく下だろうと、地面に飛び降りた。

「まだ無駄って決まったわけじゃないでしょう。種は花や実をつけた後に出来るのよ」

「妖精と精霊の交流会だろうが。急に花を枯らして種を作るなんてよ。そんな自然の法則を無視するようなことをするのか?」

「人間らしく適当に驚いてればいいのに……。魔女の知識って、本当に余計よね……」

「オレからしたら魔女の知識のほうが安心するけどな。よく得体の知れない力を利用できるな」

「それは前にも話したじゃない。人間とは魔法に対する価値観が違うからよ。私からすれば、アンタのほうが得体の知れない力を利用してるわよ」

「そうでもねぇよ」

「闇を晴らすのに、妖精の花にドワーフの力が必要だったのよ。人間からしたら得体の知れない力だと思うけど」

「たしかにな……オレは得体の知れない力を持ってかも知れない」

 リットは立ち止まるとため息をついた。

「なにアピールしてるのよ。私は褒めたわけじゃないのよ。危険だって言ってるの」

「その危険ってのは、妖精の種を見つけることも入ってるか?」

 リットは松明を地面に向けて言った。

 明らかに地面から何かが出てきている。

 最初は虫かと思ったリットだったが、それが種だとわかったのは、まさに今発芽している瞬間だったからだ。

 強い香りを放つわけでもなく、光るわけでもない。

 地面を盛り上げ、顔を出した種が割れ、そこからひょろりと長い子葉を伸ばす。

 そんな当たり前の光景だが、その成長スピードは普通ではなかった。

 目に見える速度で、あっという間に双葉を開ききったのだ。

「ムカつく……」

 チルカはリットをひと睨みしてから、種に向かってしゃがみ込んだ。

 種は自力で這い上がってきたかのように、その身を半分以上土から出していた。

 それを優しく手で掘り起こすと、まるで赤子でも抱くかのように種を優しく抱いた。

「父親はオレじゃねぇぞ」

「不吉なこと言わないでよね……。でも、思い出したわ。種を運ぶのよ。種は妖精に抱かれて成長を続け、精霊との交流会には花になってるわけ。その花と精霊の作る花が合わさって、また種が出来るの。私達の呪いを吸い取った種ね。そして花を咲かせて、山頂から川を流れていくのよ。静かに魔力を放出しながらね」

 得意気に語るチルカに、リットは「よくそんな壮大な話を忘れられたな……」と呆れた。

「抱いていれば勝手に育つのよ。思いも入れもなにもないのに、覚えていられるわけがないでしょう」

「オレに怒るなよ」

「じゃあ誰に怒れってのよ」

「そいつの父親になる奴だな」

 リットが種を指して嫌味に笑うと、チルカは表情を歪めた。

「しつこいわね……。まぁ、でも……発芽してるってことは、問題なく呪いは解けるってことね」

 妖精の花の種が出てきたということは、羽がなくとも自分は妖精ということだ。チルカはすっかり笑顔を取り戻していた。

「本当に良かったな。それで、その精霊との交流会が開かれる山ってのはどこだ?」

 チルカは「さぁ」と首を傾げると「あっちのほうね」と人差し指を向けた。「魔力の流れを考えるに、方向は間違ってないわ。四、五日もあればつくんじゃない?」

 精霊が訪れる場所というのは決まっていない。そもそも開催日時も決まっていないのだ。妖精が察して勝手にやっていることと言ってもいい。

 交流会というのは報告をするわけでもなければ、楽しくお喋りをするわけではない。

 魔力の均衡を保つための儀式だ。風の精霊シルフと縁深い妖精は、その役目の一端を担っているのだ。

「呪いが解けるってのも、それが関係してるのかもな。服ごと体が縮むだなんて、普通の魔力じゃありえねぇだろ」

「それこそ魔女に聞きなさいよ。それより……なによ」

「なにってなんだよ」

「含みある言い方をしたでしょう」

「してねぇよ。山の場所を聞いただけだろう」

「言い方でわかるのよ。白状しなさい」

 チルカは良い気分が台無しになると、種を抱く力を強めた。

「四、五日ならなんとかなるだろうと思ってな。……寝なくても」

 リットが最後にぼそっと付け足した言葉を、チルカは聞き逃さなかった。

「ちょっと!? どういうことよ」

「人間は考える生き物だ。それで一つ今考えついたんだけどよ。妖精の羽が光る理由だ」

「キレイだからよ」

「オマエの羽って暗闇のほうが光るだろう」

「なんだってそうでしょう」

 どうせろくでもない考えだと、チルカは端から適当にあしらっていた。

「種に光を与える役目があるとすりゃどうだ?」

「ちょっと……恐ろしこと言わないでよね……。一日中抱いてないといけないわけ?」

「念のためにはな」

 リットの考えでは、夜の間は妖精のそばに種を置いておかなければならない。

 それは妖精の羽明かりが太陽の光の代わりをするからだ。

 妖精が抱いているということは、晴れでも曇りでも雨の日でも、一日中光を浴びているということだ。そうして急激に成長した花が『妖精の花』と呼ばれる。

 リットは憶測でしかないと付け足したが、チルカはしっくりきていた。

 長年ニュアンスで覚えていたものを、改めて言葉に直されたように納得していた。

「待った! 妖精の白ユリのオイルがあるじゃない! もう……脅かさないでよ」

 チルカはランプをつけっぱなしにすればいいと思いつき、ほっと胸をなでおろした。

「まだ脅かしてねぇよ。これからが脅しだ。夜中つけっぱなしにするなら、二日分しか保たねぇよ」

「なんで私が同行してるのに、それしか持ってきてないのよ!」

「長旅じゃねぇからに決まってんだろ。だいたいな……庭に生えてるからって、妖精の白ユリのオイルがただってわけじゃねぇんだぞ。ただでさえ息苦しい地下の工房で、鼻をつまんで作業してんだぞ。普段の生活だと必要のねぇオマエに、手厚く用意なんかするかよ」

「エミリアの時なら大量に持ってくじゃない。なに? もしかして惚れてるわけ」

「妖精のオマエと違って、すぐに体が痛むんだからしょうがねぇだろ。エミリアの機嫌を損ねてみろ。金が出なくなる……」

「情けない男……。じゃなくて! そんなことどうでもいいのよ! 問題は私が何日も徹夜なんて出来るわけがないってことよ!! 私は妖精なのよ? 忘れたわけ!?」

「オレは人間だぞ。覚えたか?」

「どうにかしろって言ってんのよ」

「どうにか考えた結果が徹夜だ。今やってるみてぇに、枝に布を巻いた即席松明でちまちま照らしてやりゃ……オイルは倍は持つかって言ったところだ」

「倍でも四日じゃないのよ!? 本当に大丈夫なんでしょうね」

「大丈夫とは言ってねぇよ。そうするしかねぇってことだ」

「なんでそう考えなしなのよ。いつもみたいに切羽詰まってから考えても遅いのよ」

「遅いか早いかは結果が決めることだろ。だいたい先のことばっかり考えてどうすんだよ。今やることをやれよ」

「ムカついてるんだから正論言わないでくれる? 考えなしで家を出たのはアンタじゃない。冷静に準備させる時間を私に与えた? アンタのペースに合わせたのに、そのペースが崩れたからってこっちに当たらないでよ」

 リットとチルカの声が大きくなってくると、二人に濃い影がおりてきた。

「普通虫の声って風流なものだと思うんスけど」

 ようやく起きてきたノーラをリットが睨んだ。

「誰が虫だって?」

「この場合は……旦那っスかねェ。悪い虫ってことで。まさかチルカとの間に子供を作るとは……」

「オマエがそんなもの抱いてるからだぞ」

 リットはチルカが抱く種に目をやった。

「いいでしょう。抱こうが背負おうが同じなんだから」

「二人の会話が、赤ちゃんが生まれてすれ違う若夫婦そっくりだったから言ってみただけっスよ。あの夫婦大丈夫でしたかねェ……」

「知るか……。とにかく、タイミングは良いな」

 リットがあくびをすると、伝染したかのようにチルカもあくびをした。

「そうね。……ノーラなら普通のオイルでもいいんだし」

「なんかタイミング悪く起きたような気がするんスけど……。まさかこれから山を登れって言わないっスよねェ……」

「んなこと言わねぇよ。山を降りれとは言うけどな」

「一人でっスかァ?」

「んなわけねぇだろう」

「そうっスよねェ。サイズ的に、今見捨てられるのは私じゃなくて旦那達ですし」

「いいから干し肉を口に突っ込んで黙って歩け。こっちは交代で松明を持つからよ」

 リットは手早く松明を作ると数本チルカに渡した。

「アンタって顔に似合わず器用よね」

「火を消すタイミングを間違えるなよ。地面じゃなくてノーラの頭の上なんだから、持ちすぎて手を火傷しても絶対に踏んで消すなよ」

「物騒な言葉が聞こえるんスけど……。せめてリュックの上はどうっスか?」

 リットとチルカが二人で決めたことならば絶対に覆らないと、なんとか妥協点を探ろうとした。

「すべって落ちる。別によ、ここでゴネて時間稼ぎするのが有効じゃないとは言わねぇけどよ。早く山を降りて馬車を探したほうが利口だとは思うぞ」

 リットは下山中に決まったことを話してやるからと、ノーラの支度を急がせた。

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