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第五話

「で、どの花なんだよ……」

 山の中腹。リットは一面に広がる花畑を見て驚愕していた。

 まるで世界の隅々まで花が敷き詰められているように見えたからだ。

 小さくなったせいで、リットの視界はいちいち世界が広く見えていた。

 それはチルカも同じであり、いつも飛んで上から見下ろしていたばかりの花畑は、地面に立って見回すと、まるで深い森のようだった。

「あぁ……最悪」

 チルカはうつむくと、足元の小石を乱暴に蹴った。

「オマエ……覚えてないんだろ」

「見つけるものじゃないの。惹かれ合うものなのよ」

「なるほどな。あぶれ者か」

 チルカが全く動かないので、どの花とも惹かれ合っていないのはリットでもわかった。

「うっさい! 時期が早いせいよ!」

「まぁ、そのために『妖精の白ユリのオイル』を持って来たんだけどよ……」

 リットはノーラを見た。一人山道を歩いたせいで、到着の瞬間から地面に倒れ込んでいた。

 今日は天気も良く、風はまだ寒さを運ぶ春の風。ノーラが起きるのはずっと後になってからだった。

 その間リットとチルカは一応花畑を歩いて回ることにした。

「なによ……意外に悪くないじゃない。花を見上げるのも」

 チルカはすぐそばのタンポポを見上げた。

 花びらはまるで放射状に伸びる光のようで、小さな太陽のように見えていた。

「いいわけあるかよ。虫がぶんぶんうるせえだけじゃねぇか」

 ハチにチョウ。それにテントウムシも。花の蜜を狙う虫だけはなく、それを捕食する虫達もたくさん飛んでいる。

 そのどれもが、リットとチルカには興味がなさそうだった。

「虫の羽音には意味があるのよ……アンタに言ってもわかんないわよね。あっ! 見なさいよ! まるで太陽の光を受け取ろうとしてるコップみたいじゃない?」

 チルカは重なり筒を作るチュリープを見上げて、テンションを上げた。

「生首に見下ろされてるみたいで気持ち悪い」

「こっちは気分が悪いわよ……。さっきからいちいち突っかかるじゃない。少しは同意して頷いたらどうなのよ。そんなの続けてたら老後ひとりぼっちよ」

「……あのなぁ。なんでオマエとデートをしなくちゃならねぇんだよ」

「別にデートじゃないでしょう。キレイな花って言ったら同意すればいいだけなんだから。ほら、キレイな花でしょう」

 チルカはチューリップの茎を曲げると、花をリットに向けた。

「そうだな。本当にキレイだな」

「……そうでしょう」

「そうだ」

「そうなのよ……。――あーもう!! なんなわけ?」

 チルカは居心地の悪さから、投げるようにしてチューリップから手を離した。

「オマエが同意しろって言ったんだろう」

「ちょうどいい塩梅って出来ないわけ?」

「出来る。でも、する必要はねぇ」

「しなさいよ」

「しねぇよ」

「もう……頼れる人物がこれだけって……私の人生を呪うわ……」

「人生ってか、性格の悪さだろう。誰もついてこねぇとはな。人望が足りなすぎねぇか?」

 チルカの旅に同行する妖精はゼロだ。その誰もが、後から話を聞いたほうが面白いからという理由だ。

 普段チルカが噂話をあれこれ広めているのが仇となってしまったのだった。

「アンタの悪友を全部集めても、私の人望には敵わないわよ」

「確かに……アイツらを全部集めても、人望のじの字もでなさそうだ」

 リットはため息を一つ落とすと、葉の位置が低く、登れそうな花を探した。

 何も言わずにリットが勝手に行動するので、チルカは慌ててあとをついていくと、その背中に不満をぶつけた。

「一言ないわけ? こっちは飛べないのよ。見失ったらどうすんのよ」

「こっちは元々飛べねぇんだよ。見失ったら、寝息を響かせてる巨人の元へ行けばいいだろう」

 リットは清々しい風の音の隙間に響いてくる、ノーラのどこか間の抜けた寝息を聞くと、呑気なものだと眉間にシワを寄せた。

「協調性を持ちなさいって話よ」

「不安を怒りで誤魔化そうとすんなよ」

「アンタが不安にさせるから怒ってんのよ……」

「わーったよ。話せばいいんだろう。花を探してんだよ。オマエら妖精が運べるような花なんてのは、たかが知れてんだろう」

 ひまわりサイズは当然のこと、チューリップでも妖精が運ぶには一苦労する。

 もし風の魔法でものを浮かせて運べるのならば、過去にリットはチルカで見ているはずだ。

 リットの記憶には、そんな場面は一つもなかった。

 妖精の魔力というのは、基本的に自分へ作用する使い方しか出来ない。

 ――というのが、リットの見解だった。

「オマエの攻撃はいつも直接的だからな。出来ても、せいぜい物を投げる時にブーストさせるくらいだろう」

「当たり前でしょう。だから妖精に戦争なんてないのよ。戦争に魔法を使い出したのは人間なんだからね。私達はいつでも話し合いで解決してきたのよ。野蛮な人間とは違うの」

「だから妖精ってのはどいつもこいつもお喋りなんだろうな。他にやることねぇんだろう」

「……悔しいけど認めるわ。『闇に呑まれる』だなんて事件は二度とごめんだけど、起伏のない人生はつまらないものよ。歌も踊りも出尽くして、古いのが流行るくらいよ。そしそれも飽ききたから、噂話が流行ってるってわけ」

「妖精の噂話ってのは、あることないこと大げさに話すもんだろう。暇な主婦か、酒の席で見栄を張る時くらいだぞ、そんな話をするのは」

「なによ……文句が多いわよ」

「お互い様だ。だいたいよ、正しいことを言ってるのはオレだろ。反論は一つもねぇみたいだしな」

 リットはさっさと小さい花を探せとチルカに背を向けた。

「同じサイズになると凄いムカつくわ……。アンタが女に人気がない理由がわかるわ」

「デカさが人気ってか? まるで男だな」

 リットが下品に笑うと、チルカはやってられないと肩を下ろした。

「アンタがそういう奴で良かったわ……」

 リットがまともなことばかり言うと、ころっとお礼を言いそうになってしまうので、いつものように下卑た男でチルカには助かっていた。

 それから起きないノーラはそのままに、リットとチルカは花畑を歩き回った。

 まるで森を一つ制覇したかのような疲労と満足だった。

 いくつかそれらしい花を見つけることが出来たので、全くの無駄な時間にならなかったのが、チルカの心を軽くしていた。

「ほら、ノーラ! 起きなさいよ!!」

 チルカはノーラの顔の上に立つと、よだれで汚れた口元を叩いた。

「まだ太陽が出てるじゃないっスかァ……」

 あくびの涙で滲む夕焼けを見て、ノーラはまだ足が重いと立ち上がることが出来ずにいた。

「真っ暗の中でランプに火をつけられるほど器用じゃねぇだろう」

 リットがせめて焚き火くらいは用意しろと言うと、ノーラは煩わしそうに間延びした返事をした。

 立ち上がることなく、自分の周辺にある枝をかき集めると、マッチを取り出して火をつけた。

 焚き火はまるで初めからつ火がいていたかのようで、炎の色が変わることも、形を変えて暴れることもなかった。

 そして、ノーラは「これでいいんでしょう」とでも言いたげに唇を尖らすと、リュックを枕にして再び横になった。

「体がでけぇと、態度もでかく見えるな……」

 リットの不満を、ノーラは寝息で返した。

 この分だと、夜中に起きてお腹が減ったと騒ぐのが目に見えていた。

「どうすんのよ。ノーラがいないと――いなくても、別にいいのよね。ちょっと! これからどうするのよ」

「どうするって、花を選別するに決まってんだろう。自分で言ったんじゃねぇか、どの花でもいいわけがないって。前に砂漠でアリアが言ってだろう。妖精を媒介にする花はあるってよ。その一つが妖精の白ユリ。妖精と馴染み深いってんなら、そういう花が関係してるもんだろうよ」

「妖精の白ユリってのは人間が勝手に呼んでるだけで、私達はサンラ――」

「呼び名なんては、隣の家とでも違うもんだぞ。問題はどういう効果があるかってことだ。毒か薬かなんて、文化って一言で変わる。大事なのは、今どういう効果があるかってことだ。過去も未来も、妖精も人間も関係ねぇ。そうだろう? 事実こそが先に進めるもんだ」

 過去にリットが迷いの森で、妖精の白ユリを人為的に咲かせているのを見ているので、チルカはその言葉を疑う材料はなかった。

 本来『妖精の白ユリ』は、妖精が木々の枝を切り落として花に太陽の光を浴びせることで、花が光を放ち咲く。

 リットは擬似的な太陽の光を作ることで、それを人の手でも出来るようにしたのだ。

 今回に必要な花も、同じような太陽の光か、または媒介とする妖精の羽明かりのような光を浴びせることで、判別できるかもしれない。

 説明されればされるほど、チルカはリットの言葉を納得するしかなかった。

「なんかムカつくから……頼りになること言わないでよね……」

「オマエは全く頼りにならねぇな……」

「アンタが無駄に精通しすぎなのよ……。アンタの考えって普通は理解されないのよ。バラバラな種族間観を自分なりに組み立てて、答えに持っていくんだから」

「オマエも褒めたり貶したり忙しい奴だな」

「心配してるのよ……。余計な一言で首が飛ぶ歴史もあるのよ」

「心配するくらいなら、妖精の呪いなんて初めからかけるなよ」

「別にかけたくてかけたわけじゃないわよ。色々な偶然が重なった結果よ」

「なるほど、アリバイにはもってこいだな。色々な偶然が重なった結果か」

 リットが足元の枝を足で踏んで折ると、適度な長さのものを拾った。

 その尖った枝先を向けられたので、チルカは距離を取った。

「まさか……殺すつもりじゃないでしょうね」

「頭の中に花でも咲いてんのかよ」

「なに急に褒めてんのよ」

「頭の中がお花畑だつってんだよ。暗くなる前に、準備をすんだよ。ノーラが起きそうにもないからな」

 リットの枝はチルカではなく、その後ろのランプを指していた。

 いつもリットが持ち歩いている古いランプ。今では、まるで物置小屋のように大きく見えている。

 油壷の中には、チルカ用に調合した妖精の白ユリのオイルが入っている。

 チルカと呼応する花ならば、このオイルを燃やした光でも効果がある。

 枝はたいまつを作るために折っただけで、リットにはチルカをどうにかしようという気はなにもなかった。

 その優しさが、チルカをますます混乱させていた。

「アンタね……本当になにも企んでないわけ?」

「企むかよ。そっちは羽がなくなってずいぶん苦労してるようだけどよ、こっちも縮んで苦労してんだよ。寒くて縮んだなんて言い訳もできやしねぇ」

「毎回思うんだけど、なんでアンタって冷静なわけ? 少しは焦ったら?」

「毎回焦ってんだろうが」

「そうだけど……。どっかで自分は絶対に助かるって思ってない?」

「半端に冒険者の知識を持ってるから、そう見えるだけだろう。一度経験してると、冷静になるもんだ」

「過去にも妖精に呪いをかけられたわけ? まぁ……納得ね。いつの時代に会っても、私はアンタに呪いをかけそうだもん」

「常識はずれなとこに連れて行かれすぎたって意味だ」

「それって、ダークエルフに?」

「そうだ」

「本当……ダークエルフって厄介者ね」

「あのなぁ……厄介をかけられたのはオレだろ」

「そうよ、だからアンタみたいなのを育てたから厄介だって言ってんの。なに怒ってるのよ」

「別に怒ってはねぇだろ」

 リットが顔をそらしたような気がしたので、チルカは顔を覗き込んだ。

「ほら、怒ってるじゃない。……なるほど。大好きなお姉さんを貶された怒ったんだ」

「だから怒ってねぇだろ」

「わかったわよ。怒ってない。心配してるのよね」

「悪態をつく元気が出たみたいだけどよ、誰が元気になるよう情報をまとめたと思ってんだよ」

「自分のためでしょう。言ったじゃない。縮んで困ってるって。アンタがダークエルフに懐いてるのは事実でしょう? いいじゃない、可愛いとこあってからかい甲斐があるわ」

 チルカはリットの背中を叩くと、からかいながら励ました。

「オマエよ……解決したと思ってるだろ。これから、精霊との交流会に必要な花が判明したとしてもだ。ここから別の山に運ぶんだろ? いいのか? オレが敵のままで」

「……わかったわよ。もう言わないわよ」

「よかったな命拾いして」

「本当に殺すつもりだったんじゃないでしょうね」

「場合によっては苦しめた。命の選択権を持ってる奴に、よく噛みつけるな」

 リットは妖精の白ユリのオイルを染み込ませた枝を軽く振って言った。

 ノーラが夜中まで起きないということは、ランプの光をつける者もいない。

 リットが持っている枝が、妖精のチルカにとって命綱なのだ。

「別に数日くらい太陽の光を浴びなくてもしなないわよ」

「じゃあ、もう一言付け加えてやる。荷物を持ってるのはオレじゃなくてノーラだぞ」

 いつもはリットが基本的なものを持っているが、今回リュックを持てるのはノーラだけなので、全てノーラのリュックの中に入っている。

 不注意で割れたり紛失する可能性がないとも言えない。

 その時に臨機応変な対応ができるのは、リットだけというのはチルカにもわかっていた。

「卑怯者……」

「同じサイズになったんだ。仲良くやってみるか?」

 リットはバカにした笑いを響かせると、枝とマッチを一本持って花畑へ入っていった。

「するわけないでしょう。バカ……」と、チルカも後をついていった。

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