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第三話

 リゼーネの近郊にあるチルカの生まれ故郷の『迷いの森』は、

 人間が奥まで踏み入れることはなく、普段はとても静かな森だ。

 鬱蒼とする森は日差しがほとんど入らず、たくさんの虫とそれを餌にする小動物が集まる魔力豊かな森だ。

 そんな森でリットは火を起こすと、チルカにものすごい勢いで頭を叩かれた。

「ちょっと! アンタ! 森を焼くつもり?」

「たかが焚き火だろうが」

「そのたかが焚き火をするから、人間はこの森から追い出されてるのよ! アンタだって迷いの森と呼ばれる所以は知ってるでしょうが!!」

「よく見ろよ。マッチ程度の炎だぞ。飛んで逃げられないからって、ずいぶん弱気だな」

 リットはうろたえるチルカを鼻で笑うと、座っていたキノコのこぶしサイズにちぎって、それを研いだ枝に刺して焚き火で炙った。

「もっと恐ろしいことに気付いてないでしょう……」

 チルカは自分を抱きしめるとブルブルと震えた。

「毒キノコじゃねぇよ。エルフに教わったんだから間違いねぇ」

「それってアンタの知り合いのダークエルフでしょう。信用できるわけないじゃない。じゃなくて! 煙で気付かれたらどうするのよ!」

「誰にだよ」

「妖精に決まってるでしょう」

「あのなぁ……オレ達がなんでここにいるか知ってるか?」

 リットとチルカの移動法は主にノーラだ。長い距離を歩くのは不可能。馬車に乗るにもノーラの力が必要な状況だった。

 そんなノーラがなぜ今いないのか。それは、迷いの森で一番偉い妖精と話をしに行っているからだ。

 理由は一つ。直前でチルカが他の妖精に会いたくないとゴネたので、ノーラが一人で話を聞きに行くことになったのだ。

「この姿を他の妖精に見られないためよ……羽がなくなったのよ。何を言われるかわかったもんじゃないわ」

「普段の行いのせいだろう」

 リットはあくびを一つ混じらせると、炙りすぎたキノコの焦げを軽く取った。

「アンタは呑気過ぎるのよ……」

「オレは死ぬわけじゃねぇからな」

 リットは炙ったキノコを枝ごとチルカに渡した。

「なによ……」

「羽があろうがなかろうが腹は減るだろう。まさかノーラの燻製肉でも食うつもりか?」

「食べるわけないでしょう。別に羽がないからって小人になったわけじゃないのよ。妖精は肉を食べない。これ常識。アンタにも嫌ってほど教えてでしょう」

「だから、キノコなら問題ねぇだろって言ってんだよ」

 リットが自分の分を炙り始めると、チルカは眉を潜めながらもキノコをかじった。

 キノコの旨味は焦がされ、香ばしさを漂わせた。薪にした枝の甘い匂いが移り、スモーキーながらも華やかな味となっていた。

「美味しいわ……。アンタ……いったいなにを企んでるのよ……」

「腹が減ったから焚き火を起こして、キノコを焼いて食ってんだろう。いつもの旅と同じことをしてるだけだ。オレから見りゃ、そっちが企んでるように見える」

 リットとチルカは似たような価値観を持っているにもかかわらず、自他共に認める犬猿の仲だ。

 リットの家に庭が森とみなされて妖精が住み着く前は、他の妖精とリットが関わるような状況はなかった。

 それはチルカがわざとそうしていたからだ。個人ならまだしも、種族で人間の文化と関わる必要がないという考えを持っているからだ。

 それなのに今回は妖精の秘密とも言えるようなことをペラペラと話すので、リットは心のどこかでまだ疑っていた。

「こっちは命がかかってるのよ……遠慮なんかしてられないわよ。アンタだって小さいままは嫌でしょう?」

「最初はな。今は悪くねぇと思ってる」

 リットは手近な葉っぱを乱暴にちぎると、それを円錐状に丸めて、別の葉についていた水滴を集めてすくって飲んだ。

「なに一人で楽しんでるのよ……もっと焦りなさいよ」

 チルカは今がどんな状況かわかっていないと責めるが、リットはチルカこそ今の状況をわかっていないと反論した。

 今焦ったところでなにも変わらない。ノーラが話を聞いて帰ってきて、それから焦るなり絶望すればいいだけ。

 リットはそう考えているので、火に当たって落ちついているのだった。

「なんなら一緒に楽しむか?」

 リットは高級ウイスキーの入ったミニチュア水筒を開けると、草で作った円錐状のコップに一滴垂らし入れた。

「なに考えてるのよ……飲むわけないでしょう」

「なにも考えないために飲むんだ。こんな高え酒をあれこれ考えて飲むのは面倒臭えよ」

 リットは自然の中でウイスキーの水割りを楽しむと、恍惚の吐息を響かせた。

「呆れた……こんなときにもお酒だなんて」チルカはため息をつくが「……そんなに高いわけ?」と、味ではなく金額に食いついてきた。

「妖精のくせに俗世に触れすぎだろう……。オマエの羽がなくなったのは、それが原因じゃねぇのか」

「元々人間の俗世に寄り添って生きてるのが妖精よ。だから、人間には妖精が出てくる話がいっぱいあるのよ」

 チルカがやけ酒でもと考えた始めた時。遠くから大きく低い足音が響いた。

 それは巨大な山が動いてくるかのような大きな生き物であり、その影に浸されたリットとチルカは思わず抱き合って悲鳴を上げた。

「あんらァ……私がいない間にずいぶん仲良くなったんスねェ。……気持ち悪いっスよォ」

 巨人の正体は話を終えて戻ってきたノーラだった。

 いつもはリットに『チビスケ』や『ちんちくりん』と呼ばれているノーラだが、今回はリットよりも何倍も大きいのだ。

 他にもただの雑草が木のように大きかったり、小石が岩に思えたりと、見える世界はいつもと全く違う。

 それはリットだけではなく、チルカも同じだ。普段ノーラの頭に乗ったり、リットの視線の高さで飛んでいるので、改めて自然の壮大さを感じていた。

「旦那ァ……聞いてます?」

 いつまで経ってもリットから返事がないので、ノーラはリットをつまんで手のひらに乗せた。

「まるで……『フェムト・アマゾネス』だな……」

 リットはノーラの鼻の穴を見上げながら言った。

「それって、旦那がオークの時に世話になった巨人種の女の人でしたっけ?」

 フェムト・アマゾネスというのは巨人族の中でも小柄な種族であり、森から森へと住み替えを変えて、そこで伴侶を見つけながら生活をしている。

 過去リットは魔女のグリザベルと共に『ヨルムウトルの城』でフェニックスを呼び出す儀式を行ったことがある。その時に必要な香木は、オークのある魔力が必要なり、その魔力は女性と結ばれることにより発揮されるのだ。

「アンタがオークにフェムト・アマゾネスをあてがったって話でしょう。最悪ね……」

「おい勘違いするなよ。フェムト・アマゾネスにオークをあてがったんだ。最悪なのは変わりねぇ。酒場で浴びるほど酒を飲む女より下品なんだぞ」

「最悪なのはアンタって話よ。まったく……食事なのに汚い想像させないで」

 チルカが顔をしかめる横では、ノーラがテンションを上げていた。

「ご飯っスかァ!? 楽しみっスね! これが楽しみで遠出したってなもんスよ」

「ほらよ」

 リットは炙ったキノコを渡したのだが、ノーラは糸のように目を細めると、不機嫌に口をへの字に曲げた。

「旦那ァ……。私がこんなんで満足すると思います? 小指の爪程度しかないんスよ。このキノコってば」

「魚を釣るか保存食でも食えよ」

「こんなひもじい思いをするために迷いの森に来たんじゃないですよ……」

 魚を釣る道具を持っていないノーラは大人しく干し肉を食べたていたのだが、その間ずっと不服の顔をしていた。

「そうだ。オマエは呪いのことを聞きに来たんだ。どうだ? なんか言ってたか?」

 リットの言葉に、チルカは食い入るようにしてノーラからの返答を待った。

 ノーラはしばらく考えてからおもむろに口を開いた。

「教えません」

「ノーラ!」

 チルカが怒鳴るが、ノーラはそっぽを向いた。

「だって私にはなんのメリットもないんですよ。二人の馬車じゃないんスから、ただ働きは嫌っスよ。それ相応の報酬がなければ」

 ノーラはじゅるっとよだれを垂らした。

「わーったよ。美味いものを食わせりゃいいんだろ?」

「ちょっと!」

 リットが適当に返事をしたと思いチルカは慌てて止めた。嘘だとわかればノーラはへそを曲げるからだ。

「大丈夫だ。別に世界を手に入れろって言われてるわけじゃねぇんだぞ」

「そうだけど……」チルカはリットの耳に口を近づけると「どうするのよ。私達じゃなにも出来ないわよ」とノーラに聞こえないようにコソコソ相談をした。

「あのなぁ……オレらだから出来るんだよ」リットはチルカのおでこを軽く押して距離を取ると、ノーラに向き直った。「美味いものを食わせりゃいいんだな」

「そりゃそうっスよ。私のことは旦那が一番わかってるじゃないっスかァ」

「わーったよ。じゃあ――リゼーネに行くぞ」



 迷いの森を出て、ちょうど馬車を拾ったノーラは、リットとチルカをリュックに乗せてリゼーネの屋台通りに来ていた。

「アンタの良い考えって、エミリアに泣きつくこと」

 他力本願のリットに呆れ気味のチルカだが、リットは違うと鼻で笑い返した。

「違う。アイツはリゼーネにいねぇよ。どこの国か忘れたか遠征してる」

「そんなことまで手紙に来るわけ。変な関係でも築いてるわけ?」

「違う。自分がいなければ庇い立て出来ないから、問題を起こすなとよ」

「それなのに問題を起こすわけ?」

「それも違う。エミリアがいるから問題になる。いなけりゃ問題にならねぇ」

「わけがわからないわよ……」

 チルカが向けてくる訝しい視線に、リットは返事代わりに肩をすくめた。

 そして、リュックからノーラの肩に乗り、髪の毛を伝って頭頂部に到達すると、屋台の布製の屋根に捕まり更によじ登った。

 ノーラは「旦那ァ?」と店主に気付かれないように小声で言うが、運動不足のリットからの返答は遅かった。

 屋根の上で十分に深呼吸をしたあと、チルカにも登ってくるように言った。

 普段飛んでばっかりでリットよりも体力がないチルカは、ヒーヒー言いながら青息吐息でなんとかリットの元までたどり着いた。

「今凄いブサイクな面してるぞ」

 リットがからかいの笑みを見せるが、酸素を求めるチルカは言葉を口にすることが出来ずに、睨みつけるだけだった。

 下ではノーラが屋根に透ける二人の影を心配そうに見つめている。

 店主がノーラの視線に気付いて屋根を見上げようとした時。

 野良猫が屋台に向かって飛び込んできた。

 店主は追い払おうと屋台の外に出て、商品の骨付き肉を振り回した。

「まったく……リゼーネはいいところだけど。猫が多すぎるのが難点だな……」

 店主はため息をつくと、周囲の客に謝り屋台へと戻った。

 そこで異変に気付いた。あったはずの商品がないのだ。

 野良猫は一匹が囮になり、もう一匹がそのすきに商品を咥えて逃げ去ったのだ。

 その猫は慣れた様子で住宅の屋根から屋根へと移動していくと、ある裏地に降りた。

「ご苦労様ニャ……さてさて新人さんのお味はどうかニャー……。是非とも漬け込みやすい味であるといいニャ」

 猫の獣人であるパッチワークは野良猫を使い、新規に始める商人の品定めをしていたのだ。

 リゼーネは他種族国家であるがゆえに、屋台に売られるものは申請が必要になる。宗教観や種族観の違いで争わないようにだ。

 パッチワークは抜き打ち検査をして、手続きを取らずに売っている店があったら、そこにつけ込んで小銭を稼ごうという魂胆だ。

 パッチワークが違法な調味料や香辛料が使われていないか確認するために、大口を開けて肉にかぶりつこうとしたのだが、ゴミがついていることに気付き払おうとした。

 しかし、それがリットだと言うことに気付くと、驚いて毛を逆立てた。

「驚いたニャ……人間は年を取ると縮むとは聞いていたけど……まさかこんなに小さくなるとは……」

「腰の曲がったじじいに見えると思うか?」

「冗談ニャ。関わりたくないというのが本音ニャ……」

 パッチワークはまたなにか厄介な頼み事をされると思い、眉間にシワを寄せたのだが、リットはノーラに飯を奢れとだけ言った。

 そんなことで、上司のエミリアに秘密を黙ってもらえるのならと、行きつけの食事処へ行くこととなった。



「旦那ァ……なにかやるなら事前に教えて下さいよ……」

 リットとはぐれたノーラは、野良猫に誘導され食事処へ来ていた。

「急に思い出したんだよ。この変には泥棒猫が多いってな。ボスネコの存在も知ってるしな」

「またまた……ニャーのボスはお兄さんニャ」パッチワーク露骨に媚びを売ると、さてと切り出した。「お兄さん……いったいどうやって小さくなったのニャ?」

「おい……オマエは商売のチャンスかと思ってるだろうけどよ、こりゃ呪いだぞ」

「呪いで結構。この世には需要が多いのニャ。大きくなりたい小人に、小さくなりたい巨人。海で暮らしたいハーピィに、空で暮らしたい人魚。人間になりたいドラゴン。呪い上等。驚くほど多いニャ。憧れ、コンプレックスにつけ込むのコツニャ」

「パッチ……んなことばっかしてると、本当に呪われるぞ」

「呪いの身よりもお金ニャ。お金があれば呪い解く呪術師の類はすぐに見つかるのニャ。ところでお兄さんは誰に呪いを? よろしければお安く紹介しますニャ」

 パッチワークは肉球をぷにぷに押しつぶして揉み手をするが、リットは精霊よりもあてにならないと断った。

「このバカに責任を取らせるからいい」

「なによ……さんざん謝ったでしょう」

 チルカはしつこいとリットを睨んだ。

「謝った?」

「謝ったわよ。忘れたのね。それはアンタの責任だから、私には関係ないわ」

「妖精の呪い……ニャーは聞いたことがないニャ」

「そりゃそうだろうよ。人間は縮み、妖精は羽をなくす。獣人はただの獣に戻る。伝えられるものはわずかだからな」

「ニャーはただの猫に戻るなんて、二度とごめんなのニャ……。悪いけど、お先に失礼させてもらうのニャ」

 パッチワークは店主にリットの会計は自分のツケでと伝えると、呪いに怯えて足早に酒場を出ていった。

 リットは狙ったチャンスが来たと、パッチワークのツケで店主に保存食の注文をした。

「旦那ァ……こんなことしてると友達なくしますよォ……」

「オレに苦言もいいけどな。保存食は契約料だってことを忘れんなよ。自分で言ったことだからな」

「旦那ァ……私は美味しものをって言ったんスよ」

「じゃあ、食うのをやめろよ」

 リットは勝ち誇って笑みを浮かべた。反論が思いつかないノーラは仕方なくリットとチルカの馬車になることを了承したのだった。

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