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第十九話

「あちい!」という悲鳴にも似たリットの声は、小動物が去った湖ではまるで鳴き声のように響いていた。

「なにやってんのよ……アンタが自分で気をつけろって言ったのよ。熱いからって」

 チルカは葉のカーテンの向こうで呆れていた。

「なにって。断熱材に葉の壁を作ってんだよ……。どっかの誰かが手伝わねぇからな」

「本当にお城を作ってるみたいね……」

 チルカは葉によって緑に彩られていくかまどを見て、満更でもないと思っていた。

 あそこの窪みには背の低い花を植えて誤魔化して、もう少し天井を高くすれば湖も見えるいい城だ。チルカはそう思っていた。

「そう思えるのは今だけだ。元のサイズに戻ってみろ。いかにも噂話が出来そうな祠にしか見えねぇよ……」

 リットは一度手を止めた。

 煙道付近は断熱効果のある葉でカーテンを作ったので、付近で待機が出来るようになった。

 しかし、気流の強さを上げるのに火を強くすると、とても耐えられる強さではない。

 蒸し焼きにされそうなほどだ。

「どうします? いっそ投げます? 命をかけるなら、炎で丸焼きもドワーフに投げられても同じっスよ」

 ノーラは自分で火を起こしているので、リットとチルカがこの炎の熱に耐えられないのはわかっていた。

 かと言って火を弱めれば、風に乗って浮かぶことは不可能。

 だが、今度はリットが頭を悩ませる前にチルカが提案をした。

「仕方ない……私が服を作るわ」

 その顔は真剣そのものであり、なにかしらの覚悟を決めた雰囲気だったが、リットはなにを大げさにと思っていた。

「たかが服だろう」

「ただの服を作るのに、こんなに思い詰めた顔をすると思う?」

「思ったから言ったんだ」

 リットはチルカ――つまりは妖精が作る服というものにピンときていなかった。

「まったく……」とチルカは呆れつつも、得意げに鼻の穴を膨らませた。いつも偉そうにしているリットに仕返しするチャンスだからだ。「妖精の服について知らないのね」

「靴くらいしか楽しみはないってのは聞いた。コンプリートの靴屋の話の時に言ってたからな。オマエが着てる服は植物だけど、枯れ葉にならねぇってのも知ってる」

「アンタは本当にムカつくわね……たまにはアホな顔して、なんで? どうして? 教えてチルカ様って言いなさいよ……」

「太陽神が云々の話だと思って聞かなかったんだよ。答えられるもんなのか?」

 妖精の植物の服が枯れない理由。それは妖精が太陽神の加護を受けるのと同様に、服も何かしらの加護や祝福を受けているのかもしれないというのがリットの考えだ。

「まったく……本当に可愛くないわね。最初に会った時のほうがまた良かったわ」

 チルカはリットがリゼーネにある。故郷の迷いの森へやってきたことを思い出していた。

 今思えば、妖精の白ユリの生えている場所へ案内したのが一番偉そうに出来ていた頃だ。

「最初にあった時のオレじゃあ、こんなことは思いついてねぇよ」

 リットはかまどから降りると、熱気で溢れ出る汗を拭いた。

「思いついたなら、私がどうするかもわかってるんでしょう」

「断熱性のある葉で服を作るんだろう。人間じゃわからねぇような材料で」

「そうよ……そのとおり! そのとおりよ! 人間にはわからないもので作るの。なんでも知ってると思ってるんじゃないわよ」

「そうだな。とりあえず、あのクモの巣をどうやってとるかだ……」

 リットは家主が逃げ出したクモの巣を見上げながら言った。

「アンタ……なんで知ってるのよ……」

 葉を縫い合わせて妖精の服を作るにはクモの糸が必要。

 妖精はそういうものだと思って使っているが、魔女学から考えれば魔力の糸で縫い上げるということだ。

 魔女がクモの巣から魔法陣を思いついたという話を思い出したリットは、人間では使えないなにかしらの魔力が籠もっていると思っていた。

「――それによ。前に妖精はクモの巣によく引っ掛かるみたいな事を言ってだろう? つまりクモの巣に近付く必要があることをしてる。妖精がクモを食わないことは知ってるしな。そう考えると自ずと答えは出てくる」

「どんだけ人のことを見てるのよ……気持ち悪いわ……」

 リットの言ってることが当たっていたので、チルカは負け惜しみに悪態をついた。

「妖精が増えたせいだろ。人に知られたくなかったら、さっさと人里から離れろよ」

「アンタの庭が森に――いいわ……もう。今これで揉めてもしょうがないもの」

 一見チルカが折れたかのように思えるが、実際はリットに言い返せないから話を打ち切ったのだ。

 それに突っ込まれないようにあれこれと矢継ぎ早に話し始めたので、自分がどれだけ重要な話をしているのかはわかっていなかった。

「あのクモの巣はダメよ。服を縫うようには出来てないわ」

 チルカはノーラの頭の上に乗っかって、枝から枝へと伸びる大きなクモの巣を指した。

「糸の太さか?」

 リットはノーラの頭を小突いて足を止めさせると、木漏れ日に光るクモの巣を見上げた。

「違うわ。クモの巣っていうのは、クモによって色々な種類があるでしょう? 地域によっても違いがあるのを知ってた? あれはその土地の魔力の影響を受けているのよ」

「なるほどな。魔女がクモの巣を見て魔法陣を思いついたってのは嘘じゃなさそうだな

「嘘に決まってるでしょう。クモの巣の模様じゃなくて、クモの糸に魔力が影響してるんだから」

「そういう捻くれた構造こそ。魔女が好きなもんだろう」

「まあ……そうね。知りたくもない知識だけど。あっ! ストップよ!!」

 チルカはノーラの髪の毛を掴んで叫んだ。

「この止め方されたら……ハゲますよ……」

「ごめんなさい……。でも、あれよ。あれが私達が探してたクモの巣」

 チルカのテンションは一気に上がったが、リットにはただのクモの巣にしか見えない。

 それも、木漏れ日に反射してやっとわかるくらいのクモの巣だ」

「なにが違うんだ? まさか反射してキレイだからじゃねぇだろうな」

「あら、鋭いじゃない」

「バカな女が宝石屋に来たんじゃねぇんだぞ。そんなんで決めるなら、もっと低いところにあるクモの巣を選べよ」

「あれじゃないとダメなの。アンタ……いつも聡いじゃない。なんで気付かないの」

 チルカはクモの巣の反射をよく見ろと言った。

「見てるぞ。あれに引っ掛かる妖精はマヌケだな。見ろよ。あんな虹色に反射してるのに、なんで引っ掛かんだよ」

「その虹色に光る糸が、魔力の籠もった糸よ。私達妖精が服を縫うのに使う糸」

「あのなぁ……クモの巣が虹色に反射するのは稀なことじゃねぇだろう」

「そうよ。稀なものを材料にするわけないでしょう。服を縫うんだから。裸でいろっての? このスケベ」

「じゃあさっさと糸を巻けよ」

 段々と調子に乗ってきたチルカを見て、これ以上調子に乗らせるとうるさくてたまらない。

 リットはそう思って服作りを急かしたのだが、今までの上機嫌が嘘だったかのように黙ってしまった。

「……巻く道具がねぇんだな」

 魔法の糸を巻くなら、それ相応の道具が必要なのはわかりきっている。

 チルカがあまりに自信満々でいたので、そこの心配はいらないと思っていたリットだったが、結局一旦クモの糸は諦めることにした。



「必要なものは先にまとめろよ……」

「だから今思い出してるしょう」

 かまどの場所へ帰ってきた二人は激しく口論を始めているが、ノーラはもう馬車になると決めたらしく、二人の会話に口を挟むのを止めた。

 必要なものは葉と針と糸と糸巻きだ。

 葉と糸は見つけているので、必要なの針と糸巻きだ。

「針なんて一言も出てなかったな」

「今出したんだから同じよ」

「虫の牙なんて聞いてねぇぞ」

「安心しなさいよ。生きてる虫を退治しろってんじゃないんだから。死んだ虫の牙でいいの。言っておくけど草食の虫の牙よ。葉に糸を落とすんだから、肉食の牙は必要ないわ」

 チルカは私に任せておきなさいとリットの背中を叩いたのだが、その後しばらくしてから同じようにリットに背中を叩かれ返されていた。

「任していいんだろう? 悪いな」

 人間社会と違い、自然社会というのは死骸の取り合いだ。

 リットとチルカは遠くからアリの行列を眺めていた。

「無理。絶対に無理! アリって物凄い強情なのよ。ちょっとのことで兵隊を呼ぶし……他を探しましょう」

「いいや、あれから持ってく」

「アンタねぇ……話聞いてた?」

「聞いてねぇよ。虫とは話せねぇんだから」

「今度虫扱いしたらどうなるかわかってる? 今アンタは私と同じ大きさなのよ」

「オマエは虫と話せるんだから交渉しろってことだ。アリなら雑食だろう。ノーラの食料でどうにかならねぇか?」

「どうにかなるんだったら女王アリなんて生まれないわよ」

「仕方ねぇ……」とリットはノーラを見た。

「それはダメだって言ったでしょう。ノーラはヒノカミゴの力を使うんだから、ノーラに虫の死骸を拾わせたら魔力が混ざっちゃうかもって」

 ノーラにすべてを任せるというのは最初に考えついたことだ。

 しかし、今チルカが述べたような懸念がある以上は、余計なことをさせないのが一番だった。

「周りに餌を追加すりゃ、多少は分散されるだろう。そのすきに牙をひっこぬく。他に方法あるか?」

「ないけど……一年中餌を集める虫よ。そんなのから食料の一部をぶんどるってどうなるかわかるでしょう? 戦争よ」

 チルカは大真面目に言うが、人間のリットにはピンとこなかった。

「だから餌はばら撒くって言ってんだろう」

「ばら撒けるわけないでしょう。あの顔見てよ……」チルカはカバンを死守するノーラを指した。「ばら撒いたら馬車をなくすわよ」

「仕方ねぇな……。ゴミを漁るか……」

 アリというのは綺麗好きであり、巣の外にゴミ捨て場を作る。

 仲間の死骸や、食べ後の虫の殻や牙などのゴミがある。

 そこから失敬しようというわけだ。

 問題はゴミ捨て場は巣の近くに作るということ。

 巣の近くというのは当然警戒されているので、近く付くだけで危険。

 ならばどうするか。

「絶対に殺してやる……」

 チルカは空中でリットを睨んだ。

 羽が復活して飛んでいるわけではない。低い枝に吊るされているのだ。

 植物のツタをロープにしてチルカの胴体に巻き、枝の上からゴミ捨て場に向かう。井戸のバケツのような仕組みで、上から牙を取ろうということだ。

 チルカの力ではリットを引き上げることは出来ず、危険な作業はチルカがするしかなかった。

「他に良い案があるなら聞くぞ」

「ないから殺してやるって言ってんのよ」

「虫の解体はそっちのが慣れてるだろう」

「わかったわよ……。絶対に力を抜くんじゃないわよ!!」

 チルカが気合を入れて自分の頬を叩くと、それを合図にリットは慎重にチルカを下ろしていった。

「いいわよ。ゆっくりまだ気付いてないわ。はーいオッケイ。なんだ、楽勝ね」

 チルカは鼻歌を響かせながら、ゴミの山からちょうどいい虫の牙を探した。

 太すぎると葉に大穴があいてしまうし、あまり小さすぎると蜘蛛の糸を通す穴があけられない。

 チルカがゆっくり吟味していると、急に背中を叩かれた。

「ちょっと待ってよ。今忙しんだから。待ってって言ってるでしょう!」チルカはしつこいと振り返ると、兵隊アリがカチカチと顎を鳴らしてるところだった。「あら……バイバイ」チルカはにっこり笑うが引き上げられることはなかった。

 引き上げる時の合図を決めていなかったのだ。

 チルカが悲鳴をあげるとようやくリットは下で襲われていることに気付いた。

 手で引き上げたら間に合わないと判断したリットは、自分にロープを巻くとチルカとは反対側に向かって飛び降りた。

 リットの体重でチルカは勢いよく引き上げられ、アリの驚異からは逃れられたのだが、引き上げ手もいなくいなったので、二人揃って宙ぶらりんの状態になっていた。

「どうすんのよ……」

「そのうちノーラが気付いてくるだろう」

「それまであれを見てろっていうの?」

 チルカは下を睨みつけた。兵隊アリが空に向かって威嚇をしている。もしもロープが切れてしまったら、餌にされるのは間違いなかった。

 羽があるならなんてことない光景も、今では地獄絵図だ。

「その横の四肢をもがれた虫を見るよりいいだろう」

「ちょっとぉ……視線を向けちゃったじゃないの!」

 チルカが睨んでくると、リットはあることに気付いた。チルカと自分の目線の高さが全く同じなのだ。

「待った! オレと同じ体重なのか?」

「バカ! 両手に抱えてる牙が見えないわけ!」

「一個ありゃ十分だろう? 試しに一つ捨ててみろよ。そうすりゃ、オマエが引き上げられるだろう」

「……絶対いや」

「なんでだよ。さては太ったな」

「アンタ……羽が戻ったら覚えてなさいよ」

 リットとチルカの言い合いはノーラが見つけるまで続いた。

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