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第十五話

「行け行け!!」とチルカは太陽に向かって拳を掲げた。「風が気持ちいいわー」

 リットお手製の船に満足したらしく、チルカのテンションは上がりっぱなしだった。

「よくこんな今にも沈みそうな船で満足出来るな」

「私からしたらこっちの方が正しく思えるわ。変に加工されたものってどうしても……ねぇ」

 チルカは何か言いたそうにリットを見た。

 人間は勝手に自然を使いすぎだというチルカの嫌味は無視して、リットは船の調子を確かめていた。

 なんとか対岸までは船で行けそうだが、帰りにもう一度使うのは不可能だ。ノーラを対岸に待機させておかなかったことを後悔していた。

 歩いて帰るにも、小人サイズの足幅では時間がかかるのだ。

「自然が大事なら、今すぐ湖に飛び込んで泳げよ。船に乗ってる妖精が一番不自然だろうよ」

「羽がないんだから自然なことよ。それよりもこれよ、これ」チルカは船のヘリを軽く叩いた。「帰ったら同じもの作りなさいよ」

「どこに浮かべるつもりだ? 酔っ払いの小便溜まりか?」

「桶でもなんでもあるでしょうが。いいわー。水に揺られるって。やっぱり船っていうのはこれくらいのサイズよね。前のは大き過ぎ」

 生活に船と馴染みのない妖精のくせにわかったようなことを言うと呆れつつ、リットは湖を見渡していた。

 てっきり精霊が邪魔をしてくるものだと思ったのだが、なにもしてこない。魚すら水面に跳ねない状況だ。

 このまま風に吹かれる波と、オールで漕ぐだけで対岸には着きそうだ。

「なんでオマエらって儀式が好きなんだ?」

 リットはふと思った疑問をチルカにぶつけた。

 妖精に限らず、エルフ、天使、ハーピィなどどの種族にも儀式はつきものだ。

 いくつかの面倒臭い手順に関わったことのあるリットは、それぞれの思考が交差する儀式の存在価値がわからなかった。

「人間も同じでしょう。むしろ人間の方が多いわよ。お祭りって名前を変えてるけど、中身は儀式でしょう」

「まぁ……そうだな」

「そんな薄情な考えをしてるから、人間ってのは魔力を上手に使えなくされてるのかもね」

「魔法なんて使えなくてちょうどいい」

「本当そう思うわ。アンタが魔法なんて使えるようになったら世界が終わりそう。それにしても……時間がかかりすぎるわね」

 小人サイズの二人にとって湖はただの海だ。水平線の向こうがいくら経っても見えてこない。チルカじゃなくても、到着するか不安になる距離だった。

「早く着く方法が二つある。でも、成功はしないだろうな」

 リットは空と湖をそれぞれ見上げた。

 リットがクーに教わったやり方を真似るのなら、鳥か魚を味方につけるのが一番だ。要は船を引っ張ってもらう。

 だが、リットに一流の冒険者のように振る舞う術はない。経験もなく真似したところで失敗するのは目に見えていた。

 結局、地道に漕いでいくしかなかった。



 それからも二人で漕ぎ続けていたが、チルカもオールの扱いに慣れてきたこともあり、一度休憩を挟み、休憩後は交代交代で船を漕ぐと決まった。

「本当無力ね。いつもならひとっ飛びなのに……」

 チルカは寝転んで空を見上げた。今回の旅の労力は、普段の妖精のチルカならば必要なないものばかりだった。

 軽い休憩の度に、いままで気付かなかったそれ以上の疲労が襲ってきていた。

「何を今更言ってんだ。人間なんてもんはいつだって無力だ」

「私は妖精よ」

「オレは人間だ。だから無力には慣れてる」

 リットは慌てるなとあくびをして寝返りを打った。

 仰向けの視界に広がるのは湖よりも青い空。雲も止まって見える程度の微風だ。

 無風で水の上に取り残されるというのは初めての経験ではない。

 海賊になっていた経験が生きている。だが、役に立つかというのは微妙だ。

 なぜならイサリビィ海賊団は人魚を主とした海賊であり、無風の場合は人魚が船を引っ張って泳ぐのだ。

 魚に引っ張らせることも考えたが、釣り針や釣り糸の代わりになるものはない。加工するにも小さな体では限界がある。

 リットは空を見ながら考え事をまとめようとしていたのだが、どうしたらいいかわからないチルカに執拗に声をかけられて、それどころではなくなってしまった。

「ちょっと! 聞いてるの?」

「聞いてねぇよ。無視してんだから察しろ」

「次無視したら湖に突き落とす」

 チルカの目は本気だった。

 妖精なら絶対に起こり得ない。湖のど真ん中にで漂流という経験をしているのだ。不安になるのは無理もないことだった。

「じゃあ話しかけんな。そしたら無視にならねぇだろう」

「話しかけるわよ!! こんなとこで黙って寝転がってどうすんのよ!! 鳥の餌にでもなるつもりなわけ?」

 チルカが事態をもっと把握しろと憤慨すると、リットはもっともだと上体を起こした。

 しかし、やることは変わらず空を眺めることだ。

「無視したら突き落とすって言ったわよね……」

 チルカが背中を軽く押して脅かしてやろうとしたのだが、リットが急にしゃがんだので反対に驚かされて湖に落ちそうになってしまった。

「なにやってんだよ……」

 リットはすんでのところで、湖に落ちそうなチルカの腕を掴んだ。

「こっちもセリフよ……。ああもう! 本当に……死ぬかと思ったわ」

「見ろよ」

 リットは顎をしゃくって空を指した。

 青空。張り付く薄雲。一見、船に乗る前となにも変わらない空。

 しかし、焦げ跡のような黒い点が空に穴を開けるかのように動き回っていた。

「なによ。鳥じゃない。襲ってきてもクチバシを殴れば一発よ」

 チルカは山の中。それも湖の上空で鳥が飛んでいるのはなにも不自然ではないと、なにも気にしていなかった。

 だが、リットは違う。すぐさま思いつきを実行することにした。

「頑丈な水草ってあるか?」

「はあ?」

「だから頑丈な水草だよ。妖精なら植物に詳しいだろう」

「あるわよ。アンタの首も絞められるくらい頑丈なのが。じゃなくて……なにか思いついて手伝って欲しいなら詳細を話しなさいよ」

「……嫌だ」リットは短く答えた。

「アンタねぇ……精霊にも同じこと言ってたけど。なんなのよ。今更反抗期なわけ?」

 チルカの言うことはもっともだが、リットにも言えない理由がある。

 その理由とは実に簡単だ。チルカは絶対首を縦に振らないということ。

 リットには絶対の自信があった。なので、実行するまで詳細を話すことは絶対にしない。

 チルカも頑固だがリットも頑固だ。簡単に自分の意見を変えることない。

 長い貶し合いという名の話し合いの末。今回はチルカが折れることになった。

「もう……わかったわよ。それでどんな水草が欲しいわけ? 頑丈っていったって色々あるでしょう」

 細い葉がいいのか。それなら細いなりに、縮れていたり長短があったり種類がある。

 それが太くても大きくても小さくても同じことだ。

「薄くて破れなくて伸びる」

「……なんかエッチなこと言ってる? この状況で最っっっ低ね」

「オマエが詳細を言えってつったんだろうがよ。あるのか? ねぇのか? どっちなんだよ」

「そうねぇ……。精霊との交流祭がある湖だし……。『スケルトン・フィッシュ』が生えてるかも」

 スケルトン・フィッシュっというのは透けて見えるほど薄い水草だ。葉の形はクスノキの葉のようによく見かける形状をしている。

 水底に深い根を張る植物で、人目に振れることは稀だ。

 たまに岸に打ち上げられているが、すぐに乾燥してしまうので、小動物や虫などに踏まれて朽ちてしまう。

 妖精チルカでもあまり見かけることはない植物だ。

 波に漂う姿はまるで魚のようで、名前の由来はそこだ。

「底かよ」

 リットは水面を覗き込んだ。底は見えず、さすがにここに飛び込む勇気はなかった。

「運が良ければ浮いてくるわよ。ある魚の産卵に使われるから。そいつらに卵を産み付けられ、茎を切られるの。そうして住処を広げるのよ。そうだ! 釣りをしましょうよ!」

 チルカはさもいいことを思いつたと声のテンションを上げた。

「んな道具があるなら、魚に船を引かせる」

「妖精の遊びよ」

 チルカは樹皮で作られている船を削り粉にすると、それを湖にばらまいた。

「コマセにもなってねぇぞ」

「うるさいわね。見てなさいよ。ほら、見て見て!! 私ってばやっぱり運が良いわ!」

 チルカが指を向けた水面では、不思議なことに一箇所だけ色が変わっていた。

 それは樹皮が付着したスケルトン・フィッシュだった。

 リットは枝で水をかいて手繰り寄せると、その葉を拾って太陽に透かした。

 水をすくい上げたかのような透明な葉。その葉脈はくっきり浮かび上がっており肋骨のようだ。

 誰がつけたのかわからないが、スケルトン・フィッシュという言葉はぴったりだった。

 魚の卵も産み付けられており、若干不快になるくらいヌルヌルとねばついていた。

「よく触れるわね……」とチルカはバカを見る目でリット見た。

「まさか毒じゃねぇだろうな」

「そうだったらさすがに最初に言うわよ。そのヌルヌルベトベトを触れる神経がわからないわ。取れないわよしばらくはね。……って何すんのよ!!」

 説明途中に急にスケルトン・フィッシュを握らされ激怒するチルカだが、リットはお構いなしに自分がやるべきことを始めた。

 ポケットからある粉を出して使うことだ。それは精霊を燻り出そうとした時に作った残り。

 実はこのお香は精霊に対しての効果は適当ではあるが、ある生物に対しては効果を発揮するものだ。

 使い魔だ。グリザベルトの手紙のやり取りのために覚えたレシピ。

 問題は緊急用の呼び出しお香であり、誰かの使い魔限定で呼び出すことは出来ない。近くにいる使い魔が接近してくるだけだ。

 魔女が森で迷った際に、近くの魔女に助けを求める手段の一つ。

 便利なところはどこにでもあるような素材で作れることだ。 

 先ほどリットが上空を見た時に見つけた黒い点とは、グリザベルの言うことを聞かない使い魔のフクロウだ。

 しょっちゅう家に手紙を放り込んでくるので、リットは飛び方で区別が着いていた。

 つまり、お香を燃やして使い魔を呼び寄せ、その羽ばたきの風を利用して岸まで流れる後ということだ。

 スケルトン・フィッシュの役目は帆船の帆の代わりにしようという魂胆だった。

 卵を産み付けれて湿っているので、風の力で壊れることもない。

 なにより、産み付けられていた透明な魚の卵は、太陽の光を収れんさせて火をつけるのに都合が良かった。

「船の経験っての役に立つもんだ」

 リットが魚の卵をガラス代わりにして、太陽光を一箇所に集めてお香に火をつけているが、なにも説明されていないチルカはやることなすことすべてが疑問だった。

「本当に大丈夫なんでしょうね……」

 チルカはスケルトン・フィッシュの両端をギュッと握っていた。もうこのままくっついてもかまわないと思うど強い力だった。

「こんな夢を見たことあるか? クラーケンに襲われた船が、クラーケンが起こした高波によって岸までたどり着いたって」

「ないわよ」

「オレもだ」

「はあ? 意味わかんないわよ」

「オレだってわかんねぇよ。急に頭に浮かんだんだからよ」

 リットは自分の言葉に首を傾げながら言った。

 だがその疑問を追う時間はなかった。

 なぜなら、お香火がつくとすぐさま薫りが煙に乗って広がり、上空のフクロウを狙うかのように立ちのぼったからだ。

「ちょって待って……アンタ。どこで燃やした」

 チルカは焦げ付いた船底を見て目を見開いた。

「おいおい。気をつけろよ。見るべき場所は上だ」

 そう言ってリットが抱きついてきたので、チルカは叫んで振りほどこうとした。

 しかし、それよりもお香の匂いを追ってきたフクロウが、ものすごい憩いで滑降してきてるのが見えたので悲鳴を上げた。

「絶対に葉っぱを離すなよ!!」

 リットはチルカに抱きついて支えると、足は船に引っ掛けて飛んでいかないように固定した。

 風が来る――と思った時には、枯れ葉でしばかれたかのような痛みを伴う風に襲われた。

 刃物でも混ざっているのではないかと感じるほどの強い風。だが、リットの作戦は最高だった。

 船は湖を泳ぐどころか空を泳いでいた。

 びっくりしたチルカが両手を高く上げすぎたのが問題だ。

 前方へ向けていれば問題なかったのだが、手を上げたことにより、広げた葉は上昇する風を捉えてしまったのだ。

 お香は吹き飛ばされ、湖に落ちたことにより、フクロウが追ってくることはない。

 それに加え、妖精のチルカは風を感じるのに長けている。一度風をつかめば、優雅な船旅だった。

「ちょっと!! 凄いじゃない! これが妖精の船よ!! 最高!!」

 リットに抱きつかれていることなど、テンションが上りきったチルカには気にならなくなっていた。

「いいから下を見ろよ」

「大丈夫よ。任せなさい。妖精は風の魔法のスペシャリストよ。これ……みんなに自慢しよっと!!」

「もう一度だけ言うぞ。下を見ろ。そして上を見ろ」

「なんなのよ……」

 チルカは下を見た。もう湖を超え対岸の上空にいた。

 そして見上げると、風の影響を受けすぎたスケルトンフィッシュが乾いてきているのがわかった。

 その証拠に葉の先に乾いた卵が一つ。乾いて地面へと落ちていった。

「戻るわよ!! 面舵いっぱい!! いっぱいよ!」

「いっぱいいっぱいなのはオマエ心だろうが……」

 なんとか湖ギリギまで戻ったが、下に降りるまで時間はなく、結局真っ逆さまに落ちて水柱を上げることとなってしまった。

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