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第十四話

 山ネズミの骨灰に、なめくじ、ハーブは山ほど必要になる。そしてそれら全てをその土地の水で煮込む。

「私に一体なにさせてるんスかァ?」

 ノーラは悪臭を放つ鍋に顔を背けながらも、リットに言われるがまま材料を煮込んでいた。

「精霊を炙り出すんだよ。グリザベルに聞かされたのが役に立つとはな」

「グリザベルがっスかァ? そんなことを……本当っスかァ?」

 精霊に敬意を払っているグリザベルが、危険な方法をリットに教えるわけがないとノーラは思っていた。

「本当だ。精霊ってのは、魔力の乱れをいじる。つまりいじりたくなるような魔力の流れを作ればいいってわけだ」

「そんなことを旦那に教えたんスかァ?」

「いいや。オレが教わったのは魔力を感知するのに使う灰の作り方だ」

「そんなの素人が手を出していいんスかァ?」

「ダメに決まってんだろう」

「なに言ってるんスかァ……」

 ノーラはオタマから手を離した。今自分がやらされているのは危険な行為だと思ったからだ。

「だから素人が危険な魔女知識を元に実験をするんだよ。失敗が確定してる実験だな」

「なんのためにっスかァ……そんな危険なことを」

「危険になる前に精霊が慌てて出てくるだろ」

「旦那って、精霊のこと虫か何かに思っていません?」

「実体がある分虫のがマシだ。とにかくこの場に引っ張り出すぞ」

 リットが薪の火を強めるように言ったので、ノーラはリットが船に使っていた弁当箱も焚べた。 

 水気がなくなり、乾燥して風に流れるようになれば粉は完成する。

 魔力の流れが乱れると言っても精霊から見れば微々たるものだが、交流会が行われるこの湖でやるのなら話は別だろうとリットは思っていた。

 そして、その考えは正しかった。

 出来上がりかけの粉が風に舞っただけで、ウンディーネが顔出したのだ。

「わかったわかった負けたよ……。降参です」という精霊の声だけが聞こえた。

 目に映ってはいないが、確実に近くでリット達の様子を伺っていたということだ。

「前に会ったウンディーネか?」

「そうとも言えるし、違うとも言える。精霊は皆一緒であり皆違う」

「そうか。それならそれでもいい。とにかく妖精の呪いを解いてくれ」

 リットは精霊が顔を出したなら早いと、交流会を無視して呪いを解けないか聞いた。

 結果は無理とのことだった。

 妖精の呪いは儀式であり、呪いを解くのにも儀式が必要になるのだ。

「なんだってんだよ。その儀式ってのは。固まってる妖精に聞いてもよくわかんねぇしよ」

 交流会にやってくる精霊は、リゼーネの迷いの森の妖精と関わりがある精霊ということもあり、チルカはすっかりおとなしくなってしまっていた。

「簡単だ。この湖を横断するのだ」

 ウンディーネは湖に水柱を立たせると、対岸までいくつも作ってコースを教えた。

「嫌だ」

 リットがキッパリ言うと、精霊は少し困ったように「なぜ?」と聞いた。

「沈んだら死ぬからに決まってんだろう。今のオレのサイズが人間の平均サイズに見えるか?」

 リットは湖に落ちたら終わりだと精霊の意見を突っぱねた。

 精霊もまさか反対意見を出されると思っていなかったので、驚いて色々と条件を足してきた。

 頑丈な葉を教えたり、削りやすい木を教えたりするが、リットは首を縦に降らない。

 ダークエルフであり、リットに様々な知識を吹き込んでいるクーの言葉に、精霊とは深く関わるなというものがある。

 精霊の交流会までついてきておいて今更なのだが、条件を出されたと言うことはリットと取引しようと持ちかけてきたということだ。

 慎重になるには十分だった。

「アンタね……ここらで首を縦に振っておきなさいよ」

 精霊を前に強気の態度を崩さないリットに、チルカは内心ハラハラしていた。

 いつ精霊が機嫌を損ねて何かしてくるかわからないからだ。

「あのなぁ無理難題をふっかけられて、ただ首を振るのはマヌケのすることだ。見ろ。どう見ても、オレのが優勢だ。なぜかは知らねえけどな」

 リットが指摘した通り、なぜか精霊は下手に出てまで、湖を横断させようとしているのだ。

「本当に……怪しいわね。種ならここにあるわよ」

 チルカは芽の出た種を精霊に見せるが、ウンディーネがそれに目を向けることはなかった。

 脅すこともなければ、乗せることもない。ただの決定事項を告げると、ウンディーネはゴールの対岸で待っていると言い残していなくなってしまった。

 下手に出ようが上手に出ようが精霊は精霊。リットは手のひらの上で踊るしかなかった。



「ランプ屋だぞ。船造りなんかできるかよ」

 リットは文句を言いながらも、精霊に教えられた木の根元にいき、枯れ枝の物色を始めた。

 詳細説明はなし。とにかく船を作って漕げということだからだ。

「でもアンタがやらないと出来ないわよ。妖精が船に乗ってるとこなんて見たことある?」

 リットは無言でチルカを見た。あっちこっちと度に同行しているので、何度かチルカは船に乗っていたのだ。

「適正な大きさの船よ」

「あるわけねぇだろ。妖精に船なんて必要ねぇんだからよ」

 リットはその土地の植物を使うことに何か意味があるのだと思い、とりあえずノーラに樹皮をいくつか拾わた。

 それを湖に浮かべて、綺麗に浮かんだものを船として採用をしようと言うことだ。

「なによ……出来るじゃないの」

「ガキの頃に作ったきりのおもちゃだぞ。当然乗るようじゃねぇ、ただ浮かんでるのを見るだけのもんだ。草の船よりマシな程度。目に見える範囲まで浮かんでてくれりゃ恩の字だ」

「これから乗るのよ……。不安になるようなこと言わないでくれる……」

「不安にさせてるのはウンディーネだろ。過去にもこんなことがあったのか?」

「知らないわよ。でも、不測の事態は自然界につきものよ」

「自然界に船があるかよ」

 リットは一番浮かんで小人が二人乗れそうな樹皮をノーラに乾かすように言うと、自分は水が侵入しないように加工することにした。

 なんでもノーラに任せるリットを見て、チルカは「大きくないと役に立たないわね」とこぼした。

「こっちのセリフだ。羽のない妖精がこれほど役立たずだとはな」

「妖精に優しく出来てないのよ。この世界は」

「山の中の湖だぞ。妖精の為のような場所じゃねぇか」

「だったら今すぐ羽を戻しなさいよ。あっ、これ漕ぐのにいいんじゃない?」

 チルカは先端が枝分かれした小枝を二つリットの足元に投げつけた。

「これ漕ぐのにいいんじゃない?」

 リットがからかって真似すると、当然のことながらチルカは面白くなくなり不機嫌になった。

「なによ……」

「岸辺の水に突っ込んで漕いでみろよ」

 リットの言う通り、枝を湖に入れて漕いでみると、耐久性のなさからひと掻きで折れてしまった。

「折れちゃったわ……。まさか風任せにするつもりじゃないでしょうね……」

「そんな帆船技術があるわけねぇだろう」

 リットは使えないとチルカの持ってきた枝を適当に投げ捨てると、乾かした樹皮に溶かしたロウを塗るように指示した。

 ロウで防水加工をし、針と糸で側面が高さを持つように縫う。

 簡易な船で対岸まで行けるかは謎だが、自分達の不手際で精霊が人間を殺すはずはないだろうとリットは思っていた。

「アンタと二人で海の底に沈むもは嫌よ……死んでも死にきれないわ」

「安心しろよ。オレは生き残ってやるから」

「自己犠牲はどうしたのよ」

「今やってるこれが自己犠牲の精神だ。妖精の呪いはそっちのせいなんだからな」

 リットは船が湖に浮かんだのを見ると躊躇うことなく乗り込んだ。

「アンタね……怖くないわけ? どんだけ自分に自信があるのよ。ナルシスト?」

「浅瀬で船を怖がってどうすんだよ。これから行くのは巨大な水溜まりじゃねぇぞ。人間のサイズだって底に沈める湖だ。……言わなけりゃよかった」

 リットは一度身振してから揺らしたりジャンプしたりして船の強度を確かめた。

 浸水しないのを見届けると、チルカは恐る恐る船に乗った。

 一瞬水に浮かぶ不安定な足場が心を乱したが、水の侵入がないのを自分の目で確かめると肩の力を抜いた。

「本当にアンタは脅かすわね……。出来るなら出来るって言いなさいよ」

 チルカは安全だとわかるとリットがやったように、船を揺らしたり上で飛び跳ねたりした。

「出来てねぇから言ってねぇんだよ」リットは項垂れると「乗ってこいって一言でも言ったか?」とチルカを睨んだ。

「なによ。乗船に許可がいるわけ?」

「普通はな。ほら、手を振れよ。オマエが始めた出航だ。船長はオマエだ」

 リットはオールがわりの枝をチルカに押し付けると、自分は仰向けに寝転んで空を見上げた。

「なんなのよ」と文句を言うチルカにはなにも言わず、手だけを岸に向けた。

 チルカが振り返ると、ノーラが遠くで手を振っているのが見えた。

 チルカが船で暴れたせいで、船は湖の波に流されてしまったのだ。

 小人サイズの桟橋などなく。ロープで繋いでおくことは出来ない。

 チルカは陸に戻ろうとしたのだが、オールの漕ぎ方を知らないので漕げば漕ぐほど湖の中心へ進んでしまったのだ。

「助けて!!」

 両手を上げて叫ぶチルカの姿は、ノーラから見るとはしゃいで楽しいんでいるように見えた。

 手を振り返したノーラは「ようやくこれでゆっくり出来ますね。果実でも探しましょうか」と、森の奥へ消えて行ってしまった。

「ちょっと! ノーラ!! ノーラがどこかに行ったわよ!!」

「そりゃこの船には乗れねぇからな」

「誰が私達を助けるのよ」

「精霊に頼めよ。いちいち騒ぐなよ……今沈んでるか?」

「沈んでないわ」

「水は?」

「侵入してない」

「問題は?」

「アンタと二人きりなこと」チルカは船におとなしく腰を下ろすと「なんでこんな目に……」と水面に映る辛気臭い自分の顔に唾を吐いた。

「そりゃオレのセリフだろうが。湖の底へ沈みたくなけりゃ漕げよ。種もねぇんだから出来るだろう」

 チルカがここまで大事に抱えてきた種は、試練の邪魔にならないようにウンディーネが預かっているので、今までと違い二人は自由に動くことが出来る。

 しかし船は岸からの波に押されて流されたっきり、一向に前へ進んでいなかった。

「なにやってんだよ。同じところをグルグルとよ」

「アンタが言った通り漕いでるのよ。そしたらクルクル船が回り出したの。私のせいじゃないわよ!!」

「こうやって漕ぐんだよ」

 リットがもう一つのオールで船を漕ぐと、回っていた船は方向を定めて走り出した。

「出来るなら自分でやりなさいよ」

「交代でやるもんだろうが。対岸まで結構あるぞ。雨が降ったらおしまいだしな」

 リットは再び空を見上げた。今のところ雨が降りそうにもないが、精霊の言う通り魔力が乱れているのならばどうなるかわからなかった。

「ここでぐるぐる回るのが利口だと思ってる?」

「わーったよ……」

 リットがおとなしく船を漕ぎ始めると、チルカは「それでいいのよ」と高い声を出した。

 二人を乗せた船は春の陽気よりもゆっくりと流れ出した。

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