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第十三話

「精霊っスかァ?」

 ノーラは二人を頭に乗せながら、景色によそ見しつつ歩いていた。

「そうだ。どう考えてもおかしいだろう。大雨が降ったり晴れたり。……急に気温が上がったりな」

「旦那ァ……精霊っスよ? 精霊っては人間にかまったりしませんよ。まぁ……そんなには」

 ノーラは一度否定したが、リットは精霊の事件に巻き込まれたことがあり、その時自分も一緒にいたのであり得なくもないと思った。

「私もおかしいとは思うわよ。でも、普通精霊はイタズラしたら顔を出しに来るものよ。そうじゃないと、超常現象と勘違いされちゃうでしょう。それは精霊も本意ではないはずよ」

「なら、他の答えはあんのか?」

 リットが睨むような顔で言うと、チルカはその眼前に種を見せた。

「一番あり得そうなのは、この種の影響よ。妖精の呪いを吸ってるんだから」

「ってことは、そいつがある限りオレ達は超常現象の山を登るってことか?」

「もうすぐなんだから、気張りなさいよ」

「クソでも漏らして肥料にしろってのか?」

「どうせもうすぐなんだから黙ってなさいってことよ」

 チルカは魔力の流れが変わったことを伝えた。

 精霊との交流会がある湖までは、もう目と鼻の先だ。

 しかし、肝心の湖に到着しても精霊どころか他の妖精の姿もなかった。

「どうなってるの!? どうなってるのよ!!」

 チルカはノーラを馬のように操作して、湖を一周させたが結果は同じだった。

「オマエの勘も当てにならねぇな」

 リットはノーラの頭から降りて、岩の上で膝をつくチルカに追い打ちをかけた。

「勘じゃないわよ。絶対にここなの! じゃないと、ここの魔力がおかしいってことになるわ」

「おかしいから、それを精霊と勘違いしたんじゃねぇのか? 魔力が乱れることなんて、小規模ならよくあることだろ」

「精霊と間違えるような魔力なのに、間違えるとでも思ってるの? だいたい……こういう時に手がかりを見つけるのがアンタじゃないの? 普段からなんのために本を読んでるのよ」

「オマエを助けるためじゃないのは確かだ。この身長でどうしろってんだよ。見渡せど見渡せど草ばかりなんだぞ」

 リットはチルカと同じ岩に乗って周囲を見ようとするが、水場の近くということもあり雑草は存分に伸びきっていた。

 元のサイズに戻れたとしても膝丈くらいまでありそうだった。

 頼りに出来るのはノーラだけなのだが、目的地まで運んだことで仕事は終わりと言い切り、大の字になって眠っていた。

「湖の真ん中まで行けばわかるかしら……」

「どうやって行くつもりだよ。草ぶねでも作れってのか?」

 リットは冗談で言ったのだが、チルカはそんなものがあるのと驚いた顔をした。



 その後。チルカに草ぶねを頼まれ続けたリットは、普段作る何倍もの時間をかけて草ぶねを折った。

 そして、船を引き摺ってなんとか水面に浮かばせた。

「ほらよ、これがお望みの草ぶねだ。言っとくけど、ガキの遊びだぞ」

「アンタ凄いじゃない!!!」

 チルカはこれはもう自分の船だとテンションを上げた。

「聞いてたか? 草の船だぞ」

「なおのこと妖精の私にぴったりじゃない!!」

「オマエは今小人なんだぞ」

「なによ……気分が悪くなるようなこと言わないでよね」

「忠告してんだよ」

「いいの。行くわよ!!」

 チルカは拳を掲げて草ぶねに乗り込んだ。

 草ぶねが僅かに水面を賑わせると、チルカは茎を持って船を漕いだ。

 てっきりリットが後ろに乗っているものだと思っていたが、リットは別のものに乗っていた。

 それは木製ケースの蓋だった。

「なんでそんなのに乗ってるのよ……こっちに乗ればいいじゃない。広々として快適よ」

 チルカは草ぶねに寝転がると、足を空に向かって伸ばした。

 わざわざ生足を見せる理由はリットを挑発するだけの理由だ。

「いいんだよ。困ったらこれを使えって言われてんだ」

「アンタ……それお弁当の蓋じゃないの」

「そうだぞ。薄く削った木を編んだ特性の弁当箱」

「それがなんだってのよ」

「ダークエルフのクーに貰ったんだよ。困ったら弁当箱を流せって、そしたら下流にいる誰かが気付いてくれるからってな」

 リットは昔クーから教わった冒険者の知識を覚えているので、真っ先に蓋を浮かべたのだ。

「ここは湖よ。川と繋がってるように思えるわけ?」チルカがバカねと身を乗り出した瞬間。草ぶねに水が入ってきた。「ちょっと! どうなってるのよ!!」

「草だって言っただろう。ガキはただ浮かべて遊ぶ。簡単に言えば体重過多だ」

「ちょっと言い過ぎよ!」

「悪かった悪かった。簡単に言えばデブだったな」

「ぶっ殺す……。でも、その前に助けなさいよ!!」

 チルカが茎を伸ばして助けを求めてくるので、リットはそれを掴んで草ぶねを引き寄せた。

 チルカが弁当箱の蓋に飛び乗った瞬間。役目を終えたかのように草ぶねは底へと沈んでいった。

「危うく殺されるところだったわ……」

 チルカは草ぶね空気だまりが、ぷかぷかと水面に浮かぶのを見てゾッとしていた。

「殺されるんじゃなくて、勝手に死ぬところだっただけだろう」

「アンタが作った船じゃないのよ」

「だから草だって言っただろう」

「遠回しじゃなくて、ズバリそのものを言いなさいっての」

「こっちだってな。まさか弁当箱の蓋に乗ることになるとは思ってもねぇよ」

 リットは蓋に乗せていた種をチルカに押し付けると、自分は茎を使って湖の中心まで漕いでいった。

 穏やかな湖は波も弱く、大きな魚が水中を騒がせることもなかった。

 それが不気味といえば不気味だが、普通の湖の光景と言われればそれまでだ。

「絶対に精霊がいた後はあるのに……」

 チルカは透明度の高い水を見て言った。

 精霊。特にウンディーネが寄った水場は不純物がなくなり、氷のように透明な水になるのだ。

 今、湖は精霊と混じり合っている。魚や昆虫などの水棲生物が顔を出さないのも、それが原因だとチルカは説明した。

「なるほどな」

「なるほどなって……アンタ本当に理解してるんでしょうね」

「親玉が出てきたから、びびって家に閉じこもってるってことだろう?」

「ちが――わないわ……。なんでこう言う時だけ理解が早いのよ」

 チルカはもう少し偉そうに説明していたかったと頬を膨らませた。

「自分で言うのもアレだけどよ。理解度は早い方だぞ。面倒臭えからはぐらかしたりしてるけどな。魔法のことだって、魔女という遠回りの知識がなけりゃ、もっと素直に受け止められるってなもんだ。とりあえず、精霊はなんらかの原因で姿を隠してるんだろう?」

「そうね」

「なら岸に戻ったほうがいいな」

「なんでよ。せっかく湖に来たのなら、先に湖を捜索したほうが早いでしょう」

「透明度が高いってつってもな。水の中だぞ。ぐねぐね揺れる水中の変化がわかるか? 植物や土から手がかりを探したほうがよくねぇか?」

 チルカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、黙って岸へ向かって漕ぎ始めた。



「さあ着いたわよ。なんか文句ある?」

「文句があるのはオマエだろ。文句に付き合うのもいいけどよ。歩き回ったほうが利口だと思うぞ」

「わかってるわよ。なんか文句ある?」

 すっかりリットに立場をとって代わられたチルカは、すっかりやさぐれていた。

「ご所望ならごまんと文句は出てくるぞ」

「わかったわよ。歩けばいいんでしょう……」

「歩けばいいって言うけどよ。どこに向かって歩くかわかってんのか?」

「ちょっと!! アンタが岸に行くって言ったんでしょうが。私に任せるってどういうつもりよ」

「精霊の魔力を探れって意味だよ。本気で、湖一帯をしらみつぶしに探すつもりなのか?」

「まったく私がいないとダメね。ほら、持ってなさい。落とすんじゃないわよ」

 チルカは今日の山の天気のようにころころと機嫌を変え、リットに種を押し付けて精霊の魔力を探知した。

 しかし――精霊の魔力はすっかり消え去っていた。

「まだか?」

「待ちなさい!!」

 焦ったチルカは何度も精霊の魔力を探知しようとした。

 その姿はリットが声をかけるのも躊躇うほど、必死で泥臭いものだった。

 なぜチルカがここまで精霊の探知を諦めないのかというと、自分に魔力がなくなっと思ったからだ。

 今は羽がない状態の妖精だが、魔力までなくなってしまっては、本当にただの小人になってしまう。

「まさかわからねぇのか?」

「そんなはずはない。黙って! 魔力ー出てきなさーい。ここよー。魔力ー出てきなさーい」

 チルカは歌うようにぶつぶつ呟くと、餌を探す鶏のように腰を曲げて徘徊した。

「必死なのはわかるけど。滑稽だぞ」

 リットは絶対に魔力を探知する方法じゃないとわかったので、気を散らすように声をかけた。

「黙ってて言ってるのが聞こえないの?」

「精霊ってのは地面に落ちてるもんなのか?」

「落ちて――ないわね」

「じゃあ、なにしてんだよ」

「それは……その……魔力よ! 魔力を探してるの!!」

「魔力ってのは地面に落ちてるもんなのか?」

「落ちてることもある」

 ゴネていたチルカが急に開き直ったので、リットはこれはなにかあると踏んだ。

「さては……」

「そうよ! 精霊の魔力が探知出来ないの!! 文句ある?」

「体を冷やしたから、小便する場所を探してたんじゃないのか?」

「んなわけないでしょう! なんでアンタの目の前から、おしっこする場所を探すのよ!!」

「ならさっさと行くぞ」

 リットはノーラが寝る場所まで行くと、鼻の穴に小石を詰めて無理やり起こした。

「旦那ァ……この方法は二度としないでくださいな……。石のパンを口いっぱいに詰め込まれて、鼻から出てくる夢を見ましたよ……」

「そりゃ悪かったな。夕方になる前に、焚き火を起こしてくれって言いに来たんだ」

「そうじゃないでしょう!!」

 チルカは魔力の件はどうなったのかと吠えた。

「このために来たに決まってるだろう」

「よくわかんないっスけど。まあ……火を起こすくらないなら」

 ノーラは適当に生技を集めると、マッチを擦って火をつけた。

 普通は水分をふんだんに作った生木や生枝は燃えにくいが、ヒノカミゴというドワーフの女性だけが使える力を使えば一発で火をつけることが出来る。

「あっ! 魔力!」

 ヒノカミゴの魔力とは火ではなく風だ。

 妖精も風の魔力をよく使うので、チルカはすぐにそれを感じることが出来たのだ。

「どうやら魔力を探知出来なくなったわけじゃないらしいな」

「どういうことよ……」

 チルカは魔力が失われていないとわかると、緊張から力が抜けて座り込んでしまっていた。

「どうやら、精霊はかくれんぼをご所望らしいぞ」

 突拍子もない話に、チルカは思わず「はあ?」と声が裏返った。

「ウンディーネがいることは確実だな。後は他にもいるかどうかだ」

 リットは空を睨みつけた。

 その時。僅かに空間が動いたような気がしたが、それっきり違和感を感じることはなかった。

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