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第十二話

「旦那ァ! 見てくださいなァ! 虹っスよ!!」

 ノーラが空を見上げると、頭に乗っていたリットとチルカは背負ったリュックの上に落ちた。

「ちょっと危ないわよ! ――って……。あら、本当に綺麗ね」

 虹は三人の頭上に綺麗に輝いている。今まで見た中で一番はっきりと色がわかる虹だ。

「あんだけ雨が降ったんだ。虹が出来て当たり前だろうが……。なんだってんだよ」

 リットはリュックから身を乗り出して、水溜りを見下ろした。

 つい先ほどまで雨が降っていたのだが、今では雲一つない空。

 リットは不思議がっていたが、チルカは山の天気は変わりやすいと知っているので、いちいち相手にしていなかった。

「最初の大雨が上がってから、もう三回目だぞ」

「しつこいわね。そう言うもんなのよ。降って欲しい時に降る方が不自然でしょうが」

「そりゃ論点のすり替えだ」

「自然は人間にとって不自然なのよ」

「じゃあ不自然ってことだ」

「そうは言ってないでしょう……」

「二人とも……青空が見えてるんスよ。曇り空みたいなことしてたらもったいないっスよォ」

 ノーラは空を見上げながら、あの雲は魚に似ているとか、イミル婆さんの焼いたパンみたいだなどと言って二人を和ませながら歩いて行った。

 足取りは徐々に軽くなり、すっかり自分の世界に入ったノーラは、リュックからリットとチルカの二人が落ちたことなど全く気付かなかった。

「ちょっと! どうするのよ!!」

「腹が減りゃ気付くだろう。そしてもうすぐあいつは小腹が減る。リュックを漁る時に戻ってくるに決まってる」

「アンタねぇ……なんでそんなに冷静なのよ。普通は足がもつれるまで走って、泣き叫ぶ場面でしょうが」

「走っても追いつけねぇだろう。ありがたいことにこの獣道は一本道だ。これを伝って歩けば確実に出会える。……ノーラが大マヌケじゃなかったらな」

「大マヌケだったらどうすんのよ……」

「どっちにしろ。この道を歩くしかねぇだろう。必要なのはノーラじゃなくて、その種なんだからよ」

 リットはチルカが大事に抱えている種を見た。

 心なしか芽が成長しているように思えるが、はっきりとしたことは言えなかった。

「交代」チルカはリットに種押し付けると、背伸びをした。「一日中抱っこしてたらもう肩が壊れそうよ」

 チルカが体の柔軟をすると、小枝でも折れたのではないかと思うほどぼきぼきと関節が悲鳴を上げた。

「やめろよ」

「何言ってるのよ。元から交代の約束でしょう」

「オレが言ってるのはガキを押し付けるみたいに渡してくるなってことだ。抱っこじゃなくて抱えてんだろう」

「同じことでしょう。それにずっと抱いてるのよ。愛着も湧いてくるってなもんよ」

 チルカは服の裾を引っ張ると、葉の汚れをささっと落とした。

「オレは湧いてない」

「そりゃそうでしょう。アンタの子じゃないんだから」

「オマエの子でもないだろう」

「当たり前でしょう。私が言ってるのは、植物の捉え方が妖精と人間とでは違うって言ってるのよ」

「何度も聞いてるっての」

 リットは今更聞いていられるかと、歩幅を広げて歩くスピードを上げた。

 しかし、チルカは話を止めることなく、ぴったりついてきた。

「だから今回の妖精の呪いって納得いかないのよね。だって、こんなのってまるで魔女の呪いじゃない」

 チルカが言っているのは仮に妖精が呪うのなら植物の力を借りるということだ。

 条件が揃っただけで発動する呪いとは、チルカの指摘通り人間のもの。つまり魔女の呪いということになる。

「なんでもオレに聞くなよ」

「アンタ魔女に詳しいじゃない」

「仮に詳しくても、今回は妖精のことだぞ。それに魔女の呪いだったら、グリザベルが嗅ぎつけてやってくるに決まってる」

「それもそうよね。でも、今のところ妖精と呪いの繋がりはこの種だけなのよ」

 チルカはリットが抱えている種を人差し指でつついた。

「そもそも前提が違うだろうが、この種は精霊との交流会に必要なもの。たまたま呪いを解くのにも使えるだけだ」

「中身は同じことじゃないのよ」

「ちげえよ。その種は精霊にとって異物になるってことだ。だから呪いごと種をどうにかしようってことだろう。それとも呪いを解くための集まりのなのか?」

「……違うわよ」

「そうだろう。交流会だって場を荒らすためじゃなくて、収めるためにやるもんだ。まぁ、オマエらが種を持って移動する理由までは知らんけどな」

「アンタって本当にムカつくわよね。知識だけで語って」

「本当は体験だってしたくねぇよ。とにかくさっさと運ばねぇとな」

 リットは近くの雑草を一枚ちぎると、それに種を乗せて引きずった。

 細い雑草をクッション代わりに葉の上へ敷き詰めているので、種が傷つくことはない。

 だが、その人間的な行動がチルカには面白くなかった。

「もっと方法がないわけ?」

「なんだよ。苦労が美徳なのか? そんなもん朝のクソの時に一緒に捻り出せよ」

「情緒ってもんがあるでしょう」

「オマエ以外にはな。とにかく暇なら逆側を持てよ。引きずるより持ち上げた方が移動が早いのはわかってんだろう」

「わかってるわよ……まったく」



 二人の口喧嘩はそこで止まった。

 協力しているわけでもなければ、喧嘩が長引いて意地になっているわけでもない。

 急に気温が上がり、汗とともに体力を奪われ、喋る気力がなくなってしまったのだ。

 ちょうどいい木陰を見つけると、すぐにそこへ隠れた。

「まったく……汗だくよ。もう……」

「だから言っただろう。おかしいって」

「あのねぇ……荷物を持って歩いたら暑くなるに決まってるでしょう。あと、種も影に入れてよ。いきなり強い光に当てたら葉が焼けちゃうでしょう」

「オマエは口うるせえ恋人かよ。文句があるなら自分でやれ」

「だったら! ――やめましょう。暑さで気が立ってるのよ……」

「ほら見ろ。やっぱりおかしいと思ってるんじゃねぇか」

「わかった……思ってるわよ。思うでしょう!! 思わない方がどうかしてるわよ!!! 陽炎が立ってるのよ!!」

 チルカの言う通り、まだ春だというのに夏の香りがそこら中でし始めていた。

 夏の花は太陽に負けないようなカラフルなものが多い。

 直射日光にも負けず色とりどりの花を咲かせる姿は、とても綺麗で清々しいものだった。

 問題といえば、つい先ほどまではこんな花が咲いていなかったことだ。

「これも妖精の呪いか?」

「……そんなわけないでしょう。だとしたら、この種ももっと育ってるわよ」

 現在種は二人の間に置かれている。何か変化があればどちらかが絶対に気付くはずだ。

 チルカは念の為にと、種を守るようにぎゅっと抱えた。

「白昼夢でもなさそうだな。妖精が集まる山ってのはろくでもねぇな」

「まだ集まってないわよ。今頃準備してるんじゃないの? ……あの裏切り者達は飛べるから」

「そりゃまた。是非とも裏切り者は追い出してくれ。庭が静かになる」

 リットは近くにきたアリに向かって、邪魔だからあっちへいけと手払って追い返した。

「アンタってなんでそんなに順応してるのよ。犬サイズの小アリなんて初めて見たでしょう」

「さぁな。昔にでっかい虫の背中に乗ったからかもな」

「なによそれ」

「そんな夢を見たような。見てねぇような……。なんにせよ闇に呑まれた経験を一度しとけば、大抵のことには驚かねぇよ。驚いて金になるわけでもねぇしな」

「ならこれはどう? ちょっと待ってなさい」

 チルカは周囲を見渡すと、炎天下など忘れたかのように木陰から飛び出して行った。

 そして、戻ってきた時には複数の草を持っていた。

「いらねぇ」

「あげるなんて言ってないわよ」

「ならよかった。雑草をコレクションする趣味はないもんでな」

「今だけよ。そんなことが言えるのは」

 チルカは細い草を使って手早くカゴを編むと、そこにちぎった葉を順番に入れて満杯にした。

 リットはそれで終わりだと思っていたが、チルカは最後に小石を乗せた。

 すると不思議なことに小石は砂利に変わり、さらに砂利は砂へと変わっていった。

「やった! 成功よ! 私はまだ妖精なのね!!!」

 チルカはその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

「よかったな今度から先に言ってくれ。砂ならそこらに落ちてるからな」

「待ってなさいって言ったでしょう。あれは準備を待ってなさいって意味じゃなくて、効果が現れるまでって意味よ」

 チルカの偉そうな態度は気に食わなかったリットだが、この炎天下に外へ出るのも危険だと大人しく待っていることにした。

 しばらく何事もなく、ちぎった葉の上に砂が乗っているだけだったが、徐々に砂は葉を侵食していった。

 まるで季節が過ぎるかのように枯れ葉になっていったのだ。

 そして、焚き火ようなパチパチとした音が響いた。この音は実際に葉が燃えているわけではなく、砂が葉に小さな穴を開ける音だった。

 砂はゆっくりと葉を砕きながら落ちていく。

 とうとう枯れ葉の粉と砂だけになると、そこから雨雲が生まれたのだ。

「どうよ! これが妖精にだけ伝わる魔法よ。『草の記憶』っていうの」

 チルカは物凄いものを見せてやったと得意げだったが、待ち時間があまりに長いせいでリットは興味が薄れてしまっていた。

「よかったな。次は虫の記憶でも辿って、運んでもらうように言ってくれよ」

「アンタね……これって凄いのよ。擬似的に精霊の力を使えるんだから。エルフでも無理。妖精だけが使える魔法よ」

 チルカはあれこれと説明を始めたが、リットの興味はとっくに別のものへ移っていた。

 あの大雨はやはり精霊の仕業だと思ったからだ。

 大雨に干天。いつかグリザベルから聞いた。精霊の力とはそういうものだった。

「なるほど……手のひらの上ってわけか」

 リットは真夏のようにギラつく太陽を睨みつけた。

「なんの手のひらよ」

「精霊だろ。理由はわからねぇけど。こっちの邪魔をしにきてるのは確かだ」

「精霊がなんのためによ」

「理由はわからねぇって言っただろう。でも、こんなことが起きるか? 妖精の秘密よりも、でかい力が働いてるんだぞ」

「そのことなんだけど……忘れなさい」

「はあ?」

「妖精にしか伝わらないって言ったでしょう。自由に雨を降らせる種族がいるなんてわかったら問題になるでしょう?」

 チルカは大げさに言っているが、草の記憶が精霊の力に匹敵することはない。せいぜい地面を湿らせる程度の力だ。

「別によ、内緒にするのは構わねぇけどよ。たかが妖精だぞ。誰も興味ねぇよ」

「あっ! その言い方むっかちーん! 妖精は人間に一番人気なのよ。だからおとぎ話がいっぱいあるんでしょう」

 しばらくそのままチルカの文句を聞きながら木陰で待っていると、ようやく二人を落としたことに気付いたノーラが小走りで戻ってきた。

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