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第十話

「本当にさっきの山っスかァ? ……これ」

 ノーラは真っ暗な木々の隙間を見たまま、一歩も踏み出せずにいた。

「ノーラ……森っていうのは暗いものよ。山も同じ」

「でも……ご飯の匂いがしないっス。表側に戻りません?」

「焼いた魚の匂いが染み付いた服を着てか? 狩人に弓矢で貫かれるぞ」

 リットは諦めてランプに火をつけるように言った。

「今回は本当に私は馬車みたいな扱いっすねェ……」

「そんなことねぇよ。御者にこの道のぼれって言ったらぶっ飛ばされるしな」

「そんなところを登らせるんスかァ?」

「大丈夫よ。精霊との交流会なんだから、その場所に選ばれた山で野生動物が騒ぐわけないでしょう。普通にしてればいいのよ」

「私が心配してるのは、そういうことじゃないんスけど……」

 ノーラの嫌な予感はすぐに当たることとなった。



「あーもうイライラする!」

 山道に入って大して時間も経たずに、チルカが声を張り上げた。

「ほら……太陽がないとすぐイライラするんスから」

「ちょっと鬱蒼と茂りすぎじゃない? 見てよ、雑草も枯れて死んでるじゃない。まぁ、だから精霊との交流会の場所に選ばれたんだけど」

 チルカの話によると、精霊との交流会が開かれる場所は荒れてきた土地が多いらしい。

 妖精に種を運ばせるのも、魔力の乱れで荒れた土地を治めるためだという。

「本当にオマエらって魔力が好きだな……」

「好きじゃなくて、あるのが当たり前の生活なの。魔力が好きってのは、アンタと交流のある魔女のことでしょ。グリザベルに今回のことを話すんじゃないわよ」

 精霊が訪れた土地などというのは、魔女が集まってくるに決まっている。それはリットにも容易に理解できた。

「魔力ってのもわかんだけどよ……一向に成長しないってのはどういうこった?」

 種から芽は出たものの、ある程度まで育ってからは、すっかり変化を見せなくなってしまっていた。

 太陽の光の松明はしっかり夜の間に当てている。

 何か別の原因がありそうだと、リットが指摘した。

「簡単でしょう。魔力と縁のないところを通ってきたんだから、変化があるのはこれからよ。本当にただ運ぶだけだったら、アンタを頼るわけないでしょうが。ややこしいから、アンタしかいないのよ」

「ややこしくしてるのは、オマエだと思うけどな」

「ややこしい妖精社会に首を突っ込んだのアンタよ」

「ややこしいってのは、こいつの頭で理解出来ないってことだ。それで通ると思うか?」

「わかったわよ……」

 チルカノーラに指示を出して近くの枝に飛び移ると、リットにもついてくるように言った。

「おい……このサイズだぞ。登るのにどれだけかかると思ってんだよ」

「私は妖精よ。どうにだってなるんだから」

 リットはてっきり羽がないことをチルカが忘れてるのだと思っていたが、木の様子をノックして確認すると、次第に場所変えて音を大きくしていった。

 すると、キツツキと勘違いした芋虫が穴から逃げ出してきた。

 チルカはそれに素早く乗り移ると、リットにも乗るようにいった。

「まさか芋虫に乗って移動するとはな。それもこんな巨大な。なんか過去にも経験があったような……」

 リットが決して引き出されることない記憶を遡っていると、チルカがバカして笑った。

「そんなわけないでしょう。人間が乗れる虫って、相当でかいわよ。馬並の虫がそこらをウロウロしてるの見たことある?」

「今ちょうど目の前に、オレと同じサイズの虫がいる」

「アンタね……芋虫の乗り方教えてあげないわよ」

 虫と話せるチルカは、芋虫に木の頂上まで運ぶように言った。

 芋虫は垂直に木を登っていくので、普通に乗ったら落ちるはずだ。だが、見たところチルカが対処する為の道具を用意しているようにも見えなかった。

「まさかコイツが成虫になるまで待っててのか?」

「アンタ……本当におバカちゃんね……。そんなわけないでしょうが。こうするのよ」

 チルカは芋虫のヒダの間に両足を挟み込むと、これで準備は完了だと胸を張った。

 試しにリットもやってみると、芋虫の筋肉は意外に硬く、しっかり足が固定された。

「なんか変感じだな……。芋虫に乗って大冒険か……おとぎ話にもなんねぇよ」

「あら、いいじゃないのよ。アンタに子供ができたら聞かせてやれば? このスーパーチルカちゃんの活躍を」

「そうだな。虫と話せるなら、羽の生えた虫を探せば良かったってのは言わない方がいいのか?」

「それは――」チルカは少し考えてから「周りにいないでしょう」と言って、自分が正しいと言い切った。

「まぁ、乗れる虫なんて限られるか……鱗粉で窒息しても嫌だしな」

 リットはいつか乗った牛車よりマシだと諦めた。

 そうして長い時間をかけて木のてっぺんに辿り着くと、チルカは山の様子を確認した。

 山の上と地面。流れる魔力は違っている。これで精霊がこの山に来ているか確かめることができる。

 そして、精霊の魔力の気配を感じ取ったチルカは、道を決めてから、下にいるノーラの頭へ戻った。

「もう少し裏へ回るわよ。どうやら精霊はそこから入ったみたいだから」

「そんなのわかるんスかァ?」

「わかるわよ。精霊が通った道っていうのは、一足先に魔力が安定するの。だからちょっとだけ他と植物の成長様子が違うのよ。そこを歩いていけば、安全なはずよ。動物も虫も季節を楽しみに来てるだけだから、襲われることもないわ」

「よくそういう重要な情報を忘れられるな……」

「思い出したからいいでしょう。それより、急がないとまた夕方になるわよ」

「二日もかけて、まだ山の麓はシャレにならねぇな」

「私はジョークでしたで済ませて、このまま家に帰ってもいいですけど。今の旦那サイズなら、私一人でも養えますよ」

 リットはふと考えた。ノーラに店を任せた後の隠遁生活だ。

 体のサイズが縮んだままということは、衣食住の食と住は楽にクリアできる。衣服もリットにこだわりがあるので問題はない。カーターの店に一日いたとしても、コップの半分も飲めない。

 かなり節約できると、リットは前向きに考えていたのだが、チルカはリットの頬をつねって想像をやめさせた。

「こっちは死ぬつってんでしょ! 言っとくけど、ここまで来たら私が死ぬ時がアンタが死ぬ時よ」

「そんなプロポーズがあるかよ……」

「初めてモテて良かったわね」

「しゃーねぇな……。ほら、急げノーラ」

 リットが頭をコツコツ軽く叩くと、ノーラはスキップでもするようにしてスピードを上げた。

「なんかムカつくわ……」

「オマエのプロポーズを受け入れろってのか。それなら遠慮なく殺してくれ」

「あーもう……」

 ああいえばこういうと、チルカは苛立っていたのだが、ある木の実を身つけるとテンションを上げて、ノーラに止まるように言った。

「『ムシイチゴ』よ! 取りましょう!」

「嫌だ……」

 リットは虫の卵でも植え付けられていそうな、ぼこぼこした木イチゴを見て眉間に深いしわを作った。

「ただの木イチゴよ。でも、すごい美味しいの。特定の株。それも不安定期にしかならないの実よ。栄養をたっぷり詰め込んでて、甘々なんだから。まるでジャムそのものよ」

「なら、ジャムを食ったらどうだ?」

「アンタ……」チルカはリットのことはもういいと話を打ち切ると「当然食べるでしょう?」とノーラに聞いた。

「そりゃ、もう当然。旦那ってば、わかってないんスから。苺ジャムの味がする苺っすよ? それはもう食べてみなきゃってもんすよ」

「不気味だろう」

「食べたくないならいいのよ。そういえば……アンタの横にあるその草。葉先を千切って噛めば、アンタの大好きなウイスキーの味がするわよ」

 チルカは地上に降りると、その辺りに生えている雑草を指した。

「んなの騙されるわけねぇだろうが……」

「私はただ教えただけ。行くわよ、ノーラ」

 ノーラはリットを頭の上から下ろすと、チルカを連れて歩いていってしまった。

 一人残ったリットは種を見守りながら留守番なのだが、ノーラとチルカが離れたのを確認すると、種を地面に置いて、チルカの言っていた草をちぎった。それを口に入れようとした時、隠れていたノーラが草を踏む音が響いた。

「あーもう少しだったのに!」

「なにやってんだよ……」

「こっちのセリフよ。アンタが屁理屈をこねるから、からかってやったの」

「オレはただ草をちぎっただけだ」

「はいはい。アンタにも食べさせてあげるから、素直に手伝いなさいよ。どうせノーラじゃ取れない場所になってるんだから」

 チルカは小さく短い棘が密集する枝を指した。ノーラが手を突っ込めば、血だらけになるのは誰が見ても明らかだった。

 そこでチルカが考えたのは、小さい自分とリットが枝の中に入り込んで実を落とす。それをノーラが地面に落ちる前に拾うというわけだ。

「本当にそんなに美味いのか?」

 リットは枝の上を慎重に歩きながら、周囲に虫がいないことが気にしていた。これが栄養のたっぷりの実ならば、動物と虫がいないのはおかしいと思ったからだ。

「美味しいわよ。毒もないしね。ただ甘すぎるから動物は来ないのよ。虫は花蜜だけ狙いに来るの。その虫のせいで、あんな形になるんだけどね」

「卵じゃねぇって言わなかったか?」

「違うわよ。花蜜を狙うけど、花を傷つける虫もいるの。そうすると、より強くなろうと特殊な実がなるってわけ。私の森にはないのよね」

「だからよ、それって――」

 リットは結局虫の卵だろうと言おうとしたのだが、それより先にチルカにちぎった木イチゴを殴るようにして口に入れられた。

 むせて吐き出したリットだったが、口に砂糖のような甘さが広がっていることに気付いた。

「本当にジャムだな……ちょっと甘すぎるけど、イミル婆さんのパンによく合いそうだ」

「そうでしょう。すごい甘いんだけど、舌に残らないの。甘いのが好きじゃないアンタも食べられるでしょう」

「もういらねぇよ。すげえ残ってるぞ。甘いのが」

「普段甘いもの食べないからそう感じるだけ。ジャムと比べてみなさいよ」

「ジャムじゃなくて、他の木イチゴと比べろよ」

 リットは文句を言いながらも、変種の木イチゴを次々落としていった。

 というのも、棘を利用して木イチゴを枝から切り離すのだが、その感触がなんとも気持ちいいのだ。

 しかし、すぐにチルカに止められてしまった。

「乱獲はしちゃダメよ。木の実の栄養は、木に与える栄養でもあるの。取りすぎると枯れちゃうわ」

「取れって言ったり、取るなって言ったり、面倒臭え女だな……。同じサイズになってみて改めて思う……」

「アンタにどう思われるよりも、自然の方が大事よ」

 それだけ言うと、チルカは枝から飛び降りた。先はノーラが広げたシャツだ。

 木イチゴへダイブしたのだが、そこに一つも木イチゴはなかった。

「美味しかったス。甘いから数粒でも満足すスよ」

 ノーラは果汁で汚れた指をしっかり舐めとると、ゲップをした。

「どうする? 自然を破壊するか?」

「一個は食べたからいいわよ……」

 チルカはノーラのために一仕事しただけかと、もう今日は何もする気力がなくなってしまった。

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