インスタントフィクション 風が吹く
哀愁を漂わせているのは、スナックのママの夕凪だ。秘蔵していた二十年物だというウィスキーを空を見遣ってはグラスを回し、氷をカランコロンと鳴らしている。夕凪がこんなにも落ち込む事は珍しい。客商売という事もあり、いつも朗らかに徹している。しかし、今日に限っては少し違っていた。常連客が詐欺の容疑がかけられたからだ。
他の客は終電を機に帰り、今は男と夕凪の二人きりで居る。
「今日は私の話を聞いてちょうだい」
夕凪はウィスキーを注いでくれた。男は氷を回し、ウィスキーと馴染ませる。
それから、夕凪は馴れ初めを語り始めた。店主と客、女と男。どこにでも落ちてるような話。そんな事を夕凪は楽しそうに話した。
「ここは日常の辛いことを忘れられる、騙してくれるお店。みんなの特別な居場所なの」
そう言った彼女の目は少し潤んでいた。
お代を置いて席を立つ。
「またいらっしゃい」
外へ出ると風が吹き、男が進む方角へと導いてくれた。