養育費を支払い終えた次の年にかかって来た電話
それは、ある平和な日のことだった。
今は馴染みがなくなった番号からの電話からはじまった。
「もしもし」
「もしもし、弁護士事務所の上野と申します。斎藤様のお電話でお間違いないでしょうか?」
間違いねえよ。
不安になりながらも心の中でそう吐き捨てながら口では「そうです」と言った。
「お久しぶりです。私、弁護士の上野です。
突然で申し訳ありませんがお相手が養育費が支払われていないと言っているのですが心あたりはございますか?」
はあ?
「はあ?」
思わず心の声と口から出る声が一致してしまった。
それくらいの驚きだった。
え?養育費?
「私の記憶違いでなければ去年息子が成人して養育費の支払いは終わったはずでは?」
そう、去年息子が成人した。
離婚した時に成人するまで養育費を支払う、ということを約束した。
なので、成人した昨年度までは養育費を払っていた。
毎月きっちり支払っていた。
「何を思ったのか、相手方が養育費が支払われていないと言っているんです
もちろん私も、相手の弁護士も斎藤さんがしっかり養育費を払っていることはわかっています
何度説明しても納得していないようで何かトラブルなどはなかったかと思い連絡しました」
え?心当たり?
何年も連絡とっていないような相手と?
息子と面会してたのだって別れた当初の2年くらいだったし。
会いたくないって言ってる。と言われて今まで全然あっていないのに?
何のトラブルが起きるっていうんだ。
何も言葉を発さない俺に上野さんはなにかをかんじとったようだった。
「もちろん驚かれていると思いますが、相手方が我々弁護士を通り越してあなたに何かするかもしれないということも考えられます」
え?お金欲しさに脅されるかもしれないってこと?
上野さんの真剣な声にビビっているとまるでトドメを指すかのような一言がきた。
「もしものこともあります。十分に気をつけてください」
はい。
俺のその弱々しい返事が上野さんに聞こえたかのか定かではないが、そこで通話は終わった。
刃物を持った離婚相手が襲ってくるかもしれないという恐怖を感じていた1ヶ月だったが、特に何か起こることはなかった。
むしろ終わっていた。
どうやら離婚相手は俺が支払っていた養育費を自分の遊ぶ金として使っていたらしい。
そんな遊ぶための金がある時支払われなくなった。
離婚相手はさぞかし慌てたらしく弁護士に連絡したというのが今回の真相らしい。
俺は肩の力が抜け、一安心した。
しかし、この話はここで終わらなかった。
どうも離婚相手は息子に嘘をついていたらしい。
俺が養育費を払わないから生活が大変だとか、俺のせいで大学の学費も工面できないだとか。
それで息子は生活費のためにバイトをしたり、泣く泣く行きたかった学部のある大学への進学を断念した、という経緯があったらしい。
俺は相場よりも少し多めの養育費を支払っていたため、離婚相手は十分生活はできたし、息子の大学資金もあったはずだった。
息子はこの騒動が起きて離婚相手が養育費を勝手に使っていたことをはっきりと認識したようだった。
もう信用できないと、絶縁宣言までされたようだった。
なんで俺がこんなことを知っているかというと、弁護士の上野さんが教えてくれたわけでもなければ、共通の知人が教えてくれたわけでもない。
息子が教えてくれたのである。
この騒動で離婚相手が息子に吹き込んでいたという俺が養育費を払っていない話や悪口はほぼほぼ捏造であったことがわかったからだった。
誰に似たのか誠実に育った息子は今までのことを謝りたいと面会を申し込んできたのだった。
養育費を払っていないと思っていたことや、離婚相手の話を信じて俺を悪者のように思っていたことを謝罪された。
「気にしないでくれ」
俺は正直、そういうことしかできなかった。
何年も会っていなかったからなのか、俺は息子に大きくなったなあという感情しか持てなかった。
去り際に思い出したのはまだ小さい子供だった息子に言われた言葉だった。
「僕はお前みたいな悪党の言うことなんて信じないからな!」
ああ、いままで一緒に過ごしてきた俺はお前の中では悪党なのか。
その当時離婚相手が何か言っていたのかはわからない。
しかし、それまで一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったりしたことや。
俺が保育園のお弁当を作ったり持ち物に名前を書いたりしたこと。
息子の中では何も意味がないことだったんだな。
そう思ったことが思い出されて俺は少し泣きそうになった。
あれ以来、息子には会っていない。
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