ズルい女
次の日、私は寝不足な目を起こすために洗顔に勤しんでいた。
「おはよ」
隣に立ったのは周である。
「あ、周おはよぉ~ちゃんと眠れた?」
「その顔で聞くなよ」
周はそう言うと隣で顔を洗い始める。私は顔を拭きながら「そんなに凄い顔してるのかなぁ」と心配になってしまった。
「え? 私そんなに凄い顔してる?」
「そんなことないない、いつもと変わんないぞ」
ふっと後ろから大翔が声を掛けてきたので振り返った。いつもと変わらない大翔に私はかなり安心してしまう。
「よかった。ちょっと心配したんだから」
私は少しぶつけるように言うと、周を睨んだ。普通ならそこでケンカになるのだが……あれ以来周は私にぶつかってくることは無い。そして大翔はそれにツッコむことをしてこなかった。
なんだろう……凄い違和感。
これって二人の関係とか突っ込んでいいのかなぁ。何なんだろう、この空気。
ど……どうしよう……今まで大翔ともこんな空気なかったし、何がどうなっているんだろう。そう思って二人の顔をチラリと見る。
二人とも笑顔なのが逆に怖い……。
「と! とりあえず朝食にしよう!」
私はパンッと手を叩くと、うんうんとか言いながらその場から退散してしまった。
あのぉ~
大翔くん、周くん~
もしもーし
私は帰りの車の中、心の中でそう叫んでいた。
何なのだ、この空気は。
「あのぉ~、二人とも?」
なんかピンッと張られた糸のような空気を感じる。耐えきれなくなって私は声を掛けた。朝食時から……いや、洗顔時から続いている。
「ん? どうした、箏羽?」
大翔が後ろを振り向き、お菓子の袋を出しながら尋ねた。そのお菓子をもらいながらモグモグ……ゴクンッ。
「いや、なんでもない……」
やっぱりよく分からないけど、聞けない……聞いちゃいけないと、私の警告センサーが告げている。
そのまま、静かに大翔を見送り私たちは静かに帰っていった。
❖ ❖ ❖ ❖
「あーもうなんかよく分かんないキャンプだった!」
私は携帯をハンズフリーにして叫んでいた。
《なにその三角関係~》
私は愚痴を美咲にぶつける。向こう側でケラケラ笑っている美咲の声がしていた。
「三角関係っていうか……別に大翔とは友達だし。そんなものでもないし……」
そう言ってふっと話していた言葉に詰まる。
あれ? そういえば、あの大翔の言葉って……「鈍い」を思い出した。
「私さぁ、大翔に『鈍い』って言われたんだよ~。何か気づいていないようなことってある?」
素直に美咲に質問してみる。
その後に沈黙が続いた。
《まぁ、今までは良かったんだろうけど……如月が出てきちゃったからねぇ》
という返答が沈黙の後に返ってきた。
「どーいうこと?」
《そこが鈍いんだよ。朝霧は箏羽のことずっと『特別』な目で見てたの知ってる?》
「へっ?」
想定外の言葉に、変な返事をしてしまった。
なにそれ!
大翔が私にラブと言うやつですって!
いやいやいやいやいやいやいやいや
ないないないないないないないない
と思って「あっ」と思い出す。
あの夜の大翔の言葉って……
冷静になって思い出す。
《どうやら心当たり有りそうじゃん》
美咲が突っ込んでくれて我に返った。
「うーん……でも……」
《如月と付き合っている……から?》
その言葉がズキンッと心に刺さった。
「私は……周のこと……」
《好きなんでしょ? そんなことお見通しだけどね》
そう言われると思わなかったのでびっくりしてしまった。
《箏羽ってわかりにくいのよ。あんなに如月に突っかかっていたのに、一人になると切ない目で如月のこと見てるんだもの》
《朝霧もそんな感じよ。箏羽と仲良しみたいな態度していて……いつも箏羽に向ける眼差しはそんな『仲良しオトモダチ』とは違うものだったし》
ため息を尽きながら、美咲が説明してくれる。私にとっては青天の霹靂というものであった。
《でももう答えは出てるじゃん? 箏羽は如月と付き合いだしたんだし》
「……うん」
そう、私は混乱に乗じてこの地位を得た。棚から牡丹餅というのか……そんな良いことではない。通話の向こうで美咲が《ごめん! お母さんが呼んでるから》と言い《またね》と通話を切る。
私は大翔のこと、周のことを考えてソファーで三角座りをしながら俯いた。俯いていたら涙が溢れてくる。
私はどうしたらいい?
私は周が好き! 好きなの……
――でも
今なら周を「解放」できるかもしれない。
そんな「ズルい女」にまた逃げようとしている自分が嫌だった。嫌で嫌で――
どうしたらいいのか分んない
……涙は取り止めもなく流れ落ちていく。
私はそのまま声を押し殺して泣いていた。