宣戦布告
俺は横切っていった影が朝霧だと気づき、箏羽を追うことはせず見守ることにした。
箏羽は静かな湖畔にチェアを置き、ボーっとしている様子だった。
俺は少し離れた木陰で見守っていた。
案の定、朝霧が自分のチェアを持って箏羽に声を掛けている。二人で語っている内容まではオレには聞こえなかった。
二人の雰囲気を遠目に眺めながら、これが「今までのキャンプの姿」だったのかな、と想像する。
俺は何をしていたんだろう……アウトドアなら回数重ねて準備だけして……箏羽が誘ってくれるのを待っていたのか!?
そんな自分が滑稽で笑いが漏れる。
俺は箏羽が振り向いてくれるチャンスをずっと待っていた。
箏羽はきっと俺の事は幼なじみという感覚で「恋愛感情」はない兄妹的な感覚なのだと思う。そんな箏羽に今更恋愛感情を突きつけても……嫌がられることは明白だった。
だから……。
俺は箏羽がしたいことに首を突っ込むことはできなかった。
箏羽が楽しんでいる事について、俺が入ることで壊したくなかった自分がいる。
今この事態になってやっと、「その関係」が変化した。
勝手に自分が箏羽の彼氏宣言をしているが……箏羽はどう思っているのだろう。
嫌がっている……のか?
そんな不安が、湖畔の二人を見ていると過ってしまう。
箏羽の心を占めているのは誰なんだ……。
立ち上がった朝霧が琥珀に向けている視線は……遠巻きに見ている俺でも「何を意味している」のか容易に読み取れる。
その視線が……俺と合う。
俺に気付いたのか。
その後を自分のチェアを持って、朝霧は一人テントへ戻って行く。
その途中、俺の傍で立ち止まる。
「本気なのかよ」
俺はその質問には答えなかった。朝霧の気持ちも本気度も理解したからだ。
俺は、朝霧お前がどれだけ「今」を積み上げてきたとしても、容赦はしない。箏羽のことは何一つ譲る気はない。
「お前が本気だとは知らなかったが、こればかりは譲れない」
俺に掴み掛りそう告げる朝霧の目は本気だった。
〝なんで今になって表れたんだ!〟
そう無言で訴えている。
「お前には関係ない……」
それが俺からの『答え』だった。俺は朝霧を掴み返すと「箏羽は俺の女だ。手を出すな」と釘を刺す。
それが俺の答えなんだよ。
朝霧は俺を睨みつけていたが、チッと舌打ちすると、その手を振りほどくかのように、荒っぽく手を離した。
俺は改めて朝霧に宣戦布告したことになる。
朝霧はお前に譲る気はない。
こればかりは……俺は誰にも譲れない。
テントへ戻って行く朝霧の背中を、俺は無言で見送った。




