一歩前へ
外は怖かった。特に男の人が怖い。こわばる私の手を掴んでくれていた周が「俺が傍に居るから」と言ってくれる。私のリハビリは順調に進んだ。
2週間近くになると、流石に担任教師が家庭訪問を提言してきた。インフルエンザネタも底を尽きかけていたので、私はその提案を受け入れた。やってきた女性教師は、私の姿を見て「大丈夫なの!」「医者は何と言っているの!」と慌てていた。傍で付き添ってくれていた周が適当に対応してくれている。
私はなぜそこまで慌てるのか分からなかった。
私は気にしていなかった……というか、鏡で自分を見ていなかった。なんとなく怖かったのだ。私が私でなくなっている感覚があった。先生が帰ってから、意を決して鏡を見て愕然としていた。
「私……かなりゲッソリしてる」
首筋のアザは薄くなっていた。誰かに会う時はスカーフ等何かを周が巻いてくれていた。そのアザを見ると身体がすくみ上ってしまう。付き添ってくれていた周が後ろから抱きしめてくれる。何も言わないこの優しさが、私は嬉しかった。
しかし……顔の輪郭が……!
「これはヤバい、食べたほうがいい……」
私は無意識に呟いた。
「まぁ瘦せたけど、病気だったんだし、問題ないよ」
鏡の中の周がほほ笑んでいる。
「……まぁ、そうだけど」
その笑顔にドキンッとしつつ、本当に良いの? と私は疑問だったが、周の言葉を信用した。
❖ ❖ ❖ ❖
学校へ久しぶりに登校した時、最初に喜んでくれたのは親友の涼風美咲だった。
「ことはーっ! 心配したんだよーっ! インフルエンザだからお見舞いもできなかったし。LIMEも既読にならないし……」
抱き着いて喜んでくれる美咲を見て、私は学校へ戻れたことが嬉しかった。
「ホントだよ、お前が2週間休むとかありえんし」
そう言いながら笑っているのは、クラスで一番仲の良い男子生徒の朝霧大翔である。
私と大翔は「キャンプ同好会」仲間だ。同好会は2人しかいないが……それでも大翔とは気が合った。週末は2人して一緒に「ソロキャンプ」を楽しんでいた。
「大翔もありがと。またキャンプいこーぜい」
私は大翔と拳をコツンッと当てて笑ってみせる。またキャンプ行きたい欲求が出始めていた。
「それにしても、流石に驚いたよ。朝の登校……あの如月と来るんだからなぁ」
大翔が周を見ながらそう呟いた。
「ほんと、箏羽と如月とは『犬猿の仲』だと思っていたのに~」
美咲も不思議そうに周を見ている。周はクラスの向こうで仲のいいクラスメイトと談笑していた。
「まぁ一応『幼馴染』だから……かなぁ」
と、私は曖昧な返答をした。
「たまには優しいのよ」
「違うだろ?」
私の言葉を遮るかのように、背後から声がした。後ろを振り返ると、いつの間にか周がいる。
「何が違うんだ?」
大翔が不思議そうに周に聞いた。
「俺の彼女になったからだ」
私の頭を抱き寄せて、満面の笑みで答える周。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!」
クラス中が凍り付いた。
私も凍り付いた。
周……今何て公言しました?
私はパニック通り越して真っ白である。「周……」言葉がそれしか出てこなかった。
美咲なんて、びっくり過ぎて時が止まっている。大翔も時が止まっている。
「あ、そういうことだからヨロシク」
そう言い付け加えると、周は笑顔で去って行った。
私は慌てて廊下を歩いている周を捕まえた。
「周! その……こんな学校で言わなくても……」
私は恥ずかしくて、小声で呟く。
周はそんな私を見て楽しんでいるかのように、ニヤリと笑っていた。
「それだけ元気になったなら安心だな」
微笑みながらそう言う周にキュンとして……じゃないない! 私は慌てて自分の感情を吹き飛ばした。
「それは……周の責任じゃない」
私は悲しくなってきた。周の負担になっていることが……周は助けてくれたのに。
「俺が決めたことだからいいんだよ」
だけど周の笑顔は優しかった。こんな責任背負わせることの対価が、私の欲しかった「周」なのは、――自分がズルいと泣きそうだった。
俯いてしまう私に周は「箏羽は何も気負わなくていい」と頭を撫でてくれた。
「……ありがと」
私は小さく頷く。今までとは信じられない周が、そこに居た。
しかし、私たちのやり取りを見られていたことに、私は気づいていなかった。