外へ
玄関で俺は部屋から見つけたスカーフを首に巻いてやる。
だいぶ薄くなったとはいえ、首のアザはしっかり残っていた。
琥珀も理解しているのかなすがまま、何も言わなかった。
巻き終わった時に一言「ありがとう」と小さい声が聞こえる。
俺の方がその声に勇気を貰った。
早朝、少し明るくなったころ、俺たちは公園へ向けて歩き出す。
箏羽は最初玄関の前で立ち止まって震えていた。
「箏羽……今日は止めとくか?」
俺の方が弱気になる。
しかし、箏羽は「ううん、私は前に進まないとダメなの」
と一歩を踏み出した。
根拠のない不安が俺を襲う。
俺は箏羽の手を握ると、ゆっくりと外へエスコートした。
早朝の街には人通りもまばらで、時折ウォーキングをしている人々とすれ違う。
意外に歩いている人が多いことに気づき、俺はビックリした。
箏羽は……俺の影に隠れてゆっくりと歩いてくる。人とすれ違うとビクンッと肩を震わせ、特に男性の横を通る時は目を合わさないようにしているのが、手に取るようにして分かった。
しかし、一歩一歩はしっかりと前を向いている。
箏羽……何がそんなにお前に前を向かせているんだ?
箏羽はそれについて語らない。
箏羽は一生懸命前へ進もうとしているんだろうな、と思う。
俺がもっとしっかり支えてあげれば……箏羽の心の傷も癒えるのではないかと、もっと前へ進みやすくなるのではないかと、そう考えられるようになっていた。
俺は公園のベンチで休憩することにした。
箏羽の息は上がっていた。ずっと眠っていたのだ、かなりきついと思う。
「私だいぶ弱ってるね」
辛そうな寂しそうな笑顔で答える。
「まぁ、ずっと寝ていたんだから仕方ないさ。ゆっくりでいいよ」
「そうも……いかないの」
ほら、まただ。
何を見ているのだ?
箏羽を動かすモノって何なんだ?
公園では体操する人もウォーキングしている人、散歩をしている人。
箏羽は目を細めて見ている。
箏羽には今の世界はどのように映っているのだろうか。
帰り際に箏羽が「明日も行っていい?」と箏羽が歩きながら俺に尋ねてきた。
「箏羽が大丈夫なら」
俺は箏羽を尊重する。箏羽がそうしたいなら何でも寄り添うよ。
手を繋いでいた箏羽の手が震えてる。
立ち止まると、俺はその手を両手で優しく包み込んだ。
箏羽は外に対して少しずつ「前と同じように」歩けるようになっていった。
そのうち、俺と買い物にも行けるようになってる。
俺は密かなそれが楽しみになっていた。ちょっと新婚みたいで嬉しい――。
って箏羽には絶対言えない……。
俺は最近学校が終わるとダッシュで帰るようにしていた。
箏羽が待っていると思うと、学校なんぞに用はない。
その日は俺を呼び止める者がいた。
「如月くん、葉月さんはどう? あれから二週間も経過しているし」
この人は担任の教師だ。
「今度先生、訪問しようと思うんだけど……どうかと思って」
そんな訪問はいらないと思ったが、ここで拒絶すると後々面倒である。
「そろそろ大丈夫だと思いますよ」
と笑顔で返しておいた。
明日行くとか急すぎる!
俺は帰って箏羽に事の次第を話した。
「私大丈夫かなぁ、なんか変なところある?」
琥珀が不安そうに尋ねてくる。
その日の放課後、担任はやってきた。