鏡
俺の涙は……俺にも分からなかった。
贖罪の為でもある、しかしきっと箏羽に「楔」を打ち込んだ事への歓喜。
俺の箏羽を襲ったことへの激しい怒り。
俺はもうこいつを離さない。
どんな手を使っても……
箏羽は訳が分からない様子で、辺りをキョロキョロしていた。
意識が混乱しているのだと思う。
俺は彼女を優しくベッドへ移動させた。
布団をかけ、落ち着かせる。
箏羽は状況を理解しているのであろうか?
このままあっちの世界へ行ってしまわないか。
俺は怖かった。
「俺がこの先ずっとそばにいてやる」
これは俺の本心だった。そうこの状況を勝手に有利に使っている俺の傲慢。
「……俺しかこの事実は知らない。だから……背負ってやる」
俺は箏羽の手を握りそう伝える。
なんて愚かで浅ましい人間なのだろうか。自分でも嫌気が立つ。
でも、このチャンスを逃したら……もう箏羽は自分のところへは戻っては来ない気がした。
朝霧に持っていかれることだけは、俺自身が許せなかった。
箏羽は俺の女だ! 誰にも……誰にも……。
❖ ❖ ❖ ❖
彼女はあれからずっと眠ったままだった。
精神的なショックが酷かったからであろう。
俺は毎日朝夜彼女の家に通い、家の片づけをし、彼女が「戻ってくる」のを待っていた。
「あま……ね……」
そう言って目を開けてくれた時、俺は泣きそうだった。
いや泣いていた。
もう箏羽が戻ってこなかったら……と思うと怖くと怖くと、時々片づけをしていた自分の手が震えていた。
俺は箏羽に「着替えるか?」と尋ねた。
寝ている間に、勝手に触るのは……その前に静かにゆっくり寝かせてあげたかったからだ。
彼女は「お風呂に入りたい」と言った。
俺は湯を張り、箏羽の手を取りゆっくり風呂場まで付き添った。
「自分で入れるのか?」
俺は不安だった。
手を引かないと動けない箏羽を。
箏羽は「うん」と小さく頷く。
俺は脱衣所を出て、そのドアの前でへたり込んでしまった。
箏羽の弱り方が、思っていたのよりひどい……。
これには混乱していた。
少しして風呂場から「キャーッ!」と悲鳴が上がる。
オレは躊躇なくドアを開けた。
そこには箏羽が鏡の前で蹲り震えている。
「どうした! 箏羽!」
俺は慌てた。何が起きたか分からない。
これがPTSDというやつなのか、と焦った。
箏羽はそのまま意識を失ってしまった。
とにかく箏羽をベッドへ運ぶ。
とりあえず着替えさせた方がいいよな……と、箏羽のタンスを確認させてもらった。
俺も焦っていた。
まさか風呂に入ることでこうなってしまうことに戸惑ってしまったのだ。
可愛らしいパジャマ発見! うん、箏羽が着たらとても似合う、うん。
いや、そんな変態的なことを考えている場合ではない。こんな自分の不謹慎な感情に反省すると、無心になってパジャマを取り出した。本当は下着も変えたかったが……流石にそれは怒るかなぁとドキドキしながら、選択から外した。
箏羽は起きていた。
天井を見つめながら只々泣いていた。
「箏羽……」
俺は箏羽の涙を拭うと、額から頬を撫でる。
「オレ、ここにいるから……」
俺はお前の傍にずっといるから。
俺は心の底から箏羽を呼んでいた。