大罪を犯す
箏羽が襲われたとき……side周で進めていきます。
箏羽のことが好きなのは、いつからだろうか。
幼稚園の時から一緒に育ったようなものだった。物心つくまでは手をつないでよく歩いていたものだ。
だから、俺の中で箏羽の存在はかけがえのないものだった。
いつからだろうか、その〝カタチ〟が狂い始めたのは。
俺は歳を重ねれば重ねるほど、その原点を探るようになっていた。狂ってから探るのは遅いとも思う。
気が付けば箏羽と俺の方向性が違っていた。
でもそれでもいいと思っていた。
繋がっている部分があると信じていたからだ。
いつからだろうか、箏羽が〝羽ばたく練習〟を始めたのは。
外が好きで動くことが好きな箏羽はいろいろなことに挑戦する子だった。興味を持てばすぐ行動に起こす、そんな元気な子だった。
俺は、箏羽と一緒ならそれでよかったんだ。
でも箏羽の〝羽〟は大きく羽ばたき、俺の手からすり抜けていくかのように飛び立つ準備をしているように思えて焦ったのを思い出す。
だから「気を引きたくて」敢えて真逆のことをした。
俺の方を向くように接していたんだ。
それを拗らせてしまったのは俺の落ち度だ。
高校に入る頃には、オレと箏羽に共通のものが無くなってしまっていた。
そして羽ばたくきっかけを与えてしまったのが……朝霧だ。
キャンプという機会を得て、朝霧と行動するようになっていた。
本当なら、隣で一緒に行動しているのは俺のはずだった。
箏羽が俺の掌から飛び立ってしまったと実感した。
俺は自暴自棄になっていたのかもしれない。
もしかしたら、箏羽が意識してくれて戻ってきてくれるかもしれない。
そう思って、とっかえひっかえ言い寄ってきた女と付き合った。
しかし、箏羽は戻ってきてはくれなかった。
もう俺は諦めるしかないのか……
嬉しそうに朝霧と話す箏羽の笑顔は俺には向いていない。
今までなら言い合いしても怒っても、オレと対峙してくれていた。俺を見てくれていた。
今は……
俺の存在は箏羽には無いのだと錯覚してしまう。
俺はいつものように一人リビングで本を読んでいた。
女々しいと思うかもしれないが、隣に住んでいる箏羽を感じたかったのだ。
些細な音でも俺にとっては〝宝物〟だった。
もうストーカーの領域かもだな。
でもその日は違っていた。
確かに「悲鳴」だった。
最初は〝錯覚〟かと思った。ゴキブリか何かが出て大騒ぎしているのだと思った。
しかし、そんな〝可愛い音〟ではなかった。
ドンッ、と鈍い音がしたときに、俺の中で恐ろしい警告音が鳴っていた。
〝なんだ……これ!?〟
俺は無意識になくさないように置いていたスペアキーを手にすると、自分の家の玄関から靴も履かずに飛び出していた。
箏羽の家の鍵穴に鍵を挿そうとするが、なぜか動悸がして手が震えて上手く入らない。
鍵が開いたのと、室内からガラスが割れる音がしたのは同時だ。
「箏羽―っ!!」
真っ暗な室内。
荒らされた室内が、月明かりに照らされていた。
箏羽はその部屋の真ん中で横たわっていた。
全身から冷や汗が噴き出す。
俺は無我夢中で駆け寄って箏羽の名前を呼んでいた。
箏羽
箏羽
箏羽
箏羽
目を覚ましてくれ!
お願いだ、もう何も望まない!
箏羽を奪わないでくれ!
薄っすらと目を開けた箏羽の瞳を見た時……俺は箏羽を強く抱きしめていた。
生きていた……。
それだけで、もう十分だった。
しかしそれと同時に俺は箏羽に伝えなければならない。〝真実〟を。
しばし意識が混濁しているようだった。
もう一度箏羽を〝確認〟する。
首にくっきりとついている指の跡
はだけた胸元
しかし、俺は確信していた。
〝箏羽は無事だ〟
寸でのところで俺は間に合ったことを。
逃げる直前の微かに覚えている傍観者の輪郭。
その輪郭から〝未遂に終わった〟と、俺の脳が結論をはじき出す
俺の脳は同時に〝画策〟した。
箏羽を〝繋ぎ止める方法〟を。
俺は大罪を犯す。
「箏羽……大丈夫か」
そう声を掛けた時には心を決めていた。