タイムカプセルに入れた物
小学6年生の2月。卒業前にクラスでタイムカプセルを埋めることになった。入れるのは、まず未来の自分あての手紙。そして大切なもの。
その条件を聞いて困ったのを覚えている。大切なものなんて、何もなかった。女の子ならぬいぐるみとか、アクセサリーとかなんだろうか。でも私はそんなものなかった。だから、ルール違反だったけど手紙だけ入れた。
大学4年、就職も決まり特にやることもなかった。だから、なんとなく。本当にただの思いつきだった。タイムカプセルを掘り起こしてみようと思ったのだ。もちろん誰も誘わずに一人で。
きっかけは些細な事だった。大学に小6の時同じクラスだった男子がいたのだ。向こうが気づき、覚えてる? と聞いてきたがあいにくほとんど覚えていなかった。名前は覚えがあるような、程度。それを聞いてなんだよそれー、とあははと笑っていた。そこから話すようになって仲良くなって私たちは付き合っている。
そんな中、何気ない会話の中でタイムカプセルの話になったのだ。私はかろうじてそういうことをしたのを覚えているが、手紙を入れたこと以外は何も覚えていない。勿論何を書いたのかも。あれから10年、覚えていないのも無理はないのかもしれない。
掘り起こそうよ、などと言ったら反対されるに決まってる。だから一人で行くことにした。12月の年末近くなので小学校は冬休みだ。教師も誰もいないことを確認し、校庭に入る。
昔埋めたタイムカプセルが見つからない、というニュースなどあったので絶対わかるように「××年6年1組タイムカプセル」と目立つ看板を立てておいたはずだ。周囲を見渡しながら進むと、ちゃんとあった。誰かがいたずらで掘り起こしてなければ、だけど。
そこからは体力勝負だった。土はガチガチに硬くて、女一人スコップで掘るのは本当に大変だった。なんと1時間半もかかったのだ。でも、そのおかげでタイムカプセルは見つかった。ちゃんとあったのだ。
腐食したり雨水が侵食しないようがっちり頑丈に包装されている。寒い中汗をかきながらぜえぜえと息荒く、でもやっぱり空気は寒いので軽く鼻水が垂れてきているが気にせずに箱の包装を開けていく。そして蓋を開けようとしたとき、言いようのない不安が湧きたった。
本当に、開けていいのだろうか。後悔しないか? 何故かそんなことを考えた。何でだろう、と思ったが蓋を開ける。他の人の宝物なんてどうでもよかった。ひっくり返して、ばらばらといろいろな物が落ちる中手紙がひとまとめに束ねられている。解いて自分の手紙を探した。
見つけた。自分の名前を見つけて封を開ける。
細谷咲夜様
この手紙を見ている今は、あなたは幸せですか。
私は幸せじゃないです。埋められる宝物なんてありません。
だから、手紙は残します。心を込めて書きます。
あなたは、幸せになる努力をして下さい。
今の私は幸せになる努力をしてないけど、
きっと、だから幸せじゃないんです。
だから幸せになる努力をしてください。
大人のあなたならきっとできると信じています。
この手紙には、私の心を込めます。
私のたった一つの宝物は心しかないから。
それを見て、涙がこぼれた。
そうだ、ずっと忘れていた。小学校の時はいろいろな事が上手くいってなくて本当に辛かった。両親は共働きで、家に帰ることなんて一か月に一回あるかどうかだった。私と会話もしない。辛かった。
友達もいなかった。いつも一人でいた。でもそれを誰かに相談したことはなかった。
それを、記憶とともにこの手紙に込めたんだ。心を、記憶を。私は幸せになる努力をしなかった。それをする勇気もなくて、子供だった私には何もできなかった。
だから大人の私に希望を託した。未来の私に。ぎゅっと手紙を抱きしめると、その場で少しだけ私は泣いた。
ピンポン、とインターホンが鳴り鍵を開けると亮が入って来る。寒かったー、と言いながら手土産のシュークリームをくれた。それを受け取ってテーブルに置くと、ちょいちょいと手招きをした。
「ん?なに?」
「いいからいいから」
私の前に立たせると、私は亮に抱き着く。え、と動揺したような亮の声にくすくすと笑う。だって私から抱き着くとかしたことないし、手を繋いだこともない。亮はやりたがったけど、私が嫌がっていた。そういうイチャイチャは好きじゃない、やりたいならキャバクラ行ってこい、とばっさり言っていたからだ。亮はしゅんとしながらもキャバクラに行くことも浮気することもなく私が嫌がらない程度のちょっかいを出していた。それがまた猫みたいでおかしかったのだけど。なんでも小学校の時から好きでついついちょっかいをかけていたのだとか。
耳を、亮の胸に押し当てる。ドクン、ドクン、と早い鼓動が聞こえてくる。私に抱き着かれて本当にドキドキしているようだ。
「どうした、突然。嬉しいけど」
「うん」
「なんかあった?」
「うん。すごく、幸せな事」
そう言うと亮から離れる。見れば、腕が私を抱きしめようとしていた形で止まっている。
「え、もう離れるの。もうちょっとでぎゅってするところなんだけど」
「ねえ、目閉じて」
「今度は何」
「いいから。プレゼント」
「えー」
亮が嬉しそうに眼を閉じる。
「もしかしてチューですか?」
「似たようなもんかな。目絶対開けないでよ」
「イエッサー、絶対開けません」
ふふ、と笑う。良い奴だな、本当に。そういうところが大好きだ。
ポケットに入れていた、私からの手紙をもう一度眺めた。
最後に。
この手紙を見ている今、あなたの近くに北澤亮はいますか。
私をしつこくしつこくしつこくしつこくしつこくしつこくしつこくいじめた
自殺を本気で考えるくらい追いつめたクソ野郎です。
今の私は怖くて何もできないけど、大人のあなたは
私にかわって復讐してくれると信じています。
幸せになるために。
私はクッションの下に隠していた包丁を取り出すと、しっかりと握る。先ほどちゃんと位置確認した亮の心臓目がけて振りかざした。
END