クレープ食べましょ
★★★三鷹守のターン★★★
涼のやつ俺よりバッティングが上手いでやんの、チクショー。恋敵に負けてたまるかと必死に打席に立っていみたが、アイツは160キロの豪速球に対してホームラン連発しまくり。シェアハウスじゃ女装してるが、ここじゃ男気全開フルスイング。勝負するんじゃなかった!
「はい。奢るのは守に決定〜。さっさとお店に行きましょー」
「くそぉっ!」
俺の完敗ぶりにスタッフのオッチャンまでが冷やかしてくる。
「かっかっか。新顔の君、やっぱり涼君に敵わなかったなぁ。だからやめとけって言ったのに」
「涼の打撃センス普通じゃないですけど!実はアイツ、甲子園に出場してたりします?」
「いや高校じゃバレーをやってたって聞いてるがなぁ」
認めたくないが天性のものがある。コイツは真面目に野球やってればプロになれたんじゃなかろうか。とにかく敗北は敗北。自分から言い出した以上は奢るしかない。
「分かったよ。ラーメンでもカツ丼でも何でも昼飯を奢ってやる」
「じゃクレープに決定!」
それが昼飯とは想定外だった……。俺、腹膨れるかな?
ともあれ我々は涼の指定したクレープ屋に向かうことにした。着いてみればンマァ〜華やかな店。映えだ映え。田舎から出てきたばかりの俺には眩しすぎて、目が眩むね。
「おお……繁盛してるなぁ」
「でしょ?ちょっと高いけどね。テーブル席で食べようよ」
本来、女とのデートで行けば最高な店なんだろうなー。例えば……リボンカチューシャをつけた麗しの乙女なんかと。
──涼はここで彼女とデートしてたりするんだろうか。
そう思うと、頬にクリームをつけて美味しそうにクレープを頬張る涼が羨ましい。ところで彼はジャケッ卜を脱いでワイシャツ一丁になってるけど、暑いんだろうか。
「どしたの守?アタシの顔になんかついてる?」
「いやぁ。確かに顔にクリームついてるけど、それは別に……」
まったく恋人にクレープを奢るならまだしも、恋敵に奢ることになるとは。しかも女子ばっかの人気店に男2人で入ることになるとは……トホホ。周囲から変な誤解されてなきゃいいけども。
とりあえず腹も減っていたので、俺も自分のクレープに口をつけてみる。おや。これって紅茶生地というものかな。涼と同じ品を注文してみたが間違ってなかったな。
「こんなクレープは初めて食べたよ。涼は前に食ったことあんの……」
「やっぱ美味しい?でしょ。ここってアタシが生まれた時から通ってる店でさ」
俺は涼に尋ねたはず。なのに顔をあげてみれば、座っていたのは意中の乙女であった。驚きのあまりフォークを床に落としてしまう。
ロングヘアを縛った麗しい髪型に反して、頬に白いクリームをつけちゃう可愛らしさ。再び俺のハートを射抜き倒す。
──もう……好き!
◇◇◇北川涼のターン◇◇◇
うん。普通に女に戻っていたことに全然気づいてませんでした。ナチュラルに紅茶生地のクレープを注文してしまった私ってば迂闊すぎ。
「守?守ってば聞いてる?この店って実はね……」
「は……はい」
声のトーンの変化ですぐに気付く。この大人しい感じの守は……女の私と接している態度だ。やばっ。
「やっぱり俺、席を間違えちゃってるみたいですね。いつの間に座席を瞬間移動しちゃったんだろう」
不安な表情で周囲をキョロキョロと見渡している。たぶん男の私を探してるんだろうな。どうやって説明しようかしらと、頬についたクリームを拭いながら考えるけど妙案は浮かばない。
「あっれぇ!?涼のヤツも店にいないぞ。アイツ、どこに消えたんだ」
ホントどうしようかしら。ポケットには珈琲キャンディーが入ってるから、後でタイミングを見計らって男になるしかないか。でもそれまで時間を稼がないと。
「さっき涼さんは私とハイタッチして外に出ていきましたよ。交代だって」
「へ?」
うん。キョトンとしているね。無理ありすぎな説明に私自身、愕然としてるもん。
「帰ちゃったんですかアイツ!?」
「ええ」
「じゃあ俺、ちょっと呼び戻してきます。貴方の彼氏さんを」
「違う違う違うっ!」
そんなヤヤコシイ妄想を広げないで!だんだん収拾がつかなくなりそうだから、早めに釘を刺さないと。
「あの人は別に彼氏じゃないから、大丈夫っ!」
刹那、守の目が輝きだした。
「マ……マジで!?それマジですか?本当に?絶対に?常にペアルックなのに?」
「ペアルックだけど彼氏じゃないの。だから早く貴方もクレープを食べちゃって」
「もももももも……もちろん!」
急に興奮してきたけど大丈夫かしらこの人。鼻血が出てるみたいで、鼻を手で押さえてるんですけど。
「あの……血は大丈夫?」
「俺の鼻血は気にしないでください。自分、女の子と一緒に飯を食べるなんて初めてで。なんかデートみたいでビックリしちゃって」
デートとはなんと都合の良い解釈を!守が勝負挑んでアタシに負けただけなんですけど。そして私がうっかり紅茶生地を食べちゃっただけなんですけど。不幸な事故以外の何物でもないのよ。
「うぬ。確かにデートみたいじゃのう」
突然に私の隣に婆ちゃんが座って、勝手に人のパフェに手をつけていた。
「ちょっと婆ちゃんいつの間に!それに午前中は部屋でテレビ見てるって!」
「いやもう退屈じゃてな。孤独死しそうで怖なって外出じゃ」
100歳超えてるってのに、どれだけ健脚なのかしら。