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涼の秘密

◇◇◇北川涼きたがわりょうのターン◇◇◇


「家を立て直すから引っ越し?」


 半年前、両親はとんでもないことを言い出した。娘の状況を分かっているのか。しかも家賃の関係で、私と婆ちゃんは4月からシェアハウスで半年暮らせと言い出した。


「それ絶対バレるわよ!せめて普通のアパートにしてよ母さん」

「無い袖は触れない!」


 断固反対したものの被扶養者の悲しさかな。両親に押し切られて、私達は4月からシェアハウスへ。しばらくは他に入居者はいなかったので気が楽だった。今まで秘密を誤魔化し誤魔化し……近隣住民や学校の住民にもひた隠し、これまで平穏に生きてきたんだ。


 だいたい珈琲を飲むと男になるって何なの?『珈琲豆にもよるんじゃろ』と婆ちゃんは無責任に言っているけど、普通そんなのないから。

 

 とにかく。秘密を隠し通して平穏な日々を守らなければ!


〜回想〜


 そう、あれは去年の夏に起きた悲劇だった。


 今でも後悔している。正体不明の胡散臭い珈琲を飲んでしまったことを。いや、飲まされてしまったことを!


「涼。受験勉強大変よね。珈琲入れたから飲んで」


 深夜まで勉強していると、母が勝手に差し入れを持ってきた。今にして思えばこれが罠だった。ただ差し出されたマグカップからは得体のしれない香りが漂っているので、嫌な予感はしていたんだ。


「これって……腐ってたりしない?大丈夫なの母さん?」

「お婆ちゃんが知らない人から貰ったエクアドル産の珍しい豆なんですって。『伝説の珈琲豆』とか。一人分しかないから涼に飲ませてあげる」

「娘に毒味させる気なのかしら……」


 しかし無類の珈琲好きの性が私を突き動かし、勢いよくグビッと口に含む。舌で味わうと何とも言えない妙味。悪くないかもしれない。すると突然、婆ちゃんが部屋に入って私の背中をドンと押した。


「あー涼!飲んじゃあイカンッ。危険な珈琲じゃというのにっ。終わってしもうたぁぁぁぁ!」


 その声と衝撃に驚いて、ゴックンと飲み干してしまった。


「ゲホッ。ちょっと何すんの!止めたいならもっと他にやりようがあるでしょ」


 でも一番驚いたのは自分の声。だって男のような低い声に変わっていたから。


「お婆ちゃん……涼が……男のような姿に」

「幹恵さん……。じゃからワシは止めたんじゃ」


 戦犯2人が抱き合って私の姿にドン引きしている。そこにいたのは娘ではなく……謎の大男だったから。そう、婆ちゃんが見知らぬ外人から貰った珈琲豆には、私の性別を転換させてしまう効能があったのだ。


「うっそ!最悪。明日からアタシどうすんのよ」

「安心せいっ!袋の注意書きにちゃんと書いてある。体に異常があった場合には、紅茶を飲みましょうとな」


 紅茶!紅茶!


 藁にもすがる思いで台所に向かい、紅茶を作って飲むけれど何杯飲んでも全然変化なし。


「お婆ちゃんっ。その注意書き正しいんですか!?涼は男のままです」

「知らんっ。途中から外国語になっとるんじゃ」

「アンタ達、本当に責任とってね!」


 絶望しかけたその瞬間、見事に私の体は女に戻った。紅茶を飲めば女に戻れると言っても時間はまちまちで0分〜30分の間になるらしい。母と婆ちゃんは抱き合って喜んでいる。


「良かった良かった!」

「ふう。やれやれ……これで元通り」


 だが私の体には、既に元に戻らない変化が起こっていた……。


「これからは変な珈琲飲ませないでよ!」


 と言って手にした市販の缶コーヒーを開けてグイッと飲むと、再び男に。


「何故ぇぇ!」


 慌てて母が『伝説の珈琲豆』が入っていた袋の注意書きを読み上げる。


「この珈琲は男性しか飲んではなりません。一度女が口にすれば、生涯珈琲に反応して男に変貌します……ですって。どうしましょ」

「なんてものを飲ませてくれてんのよ!」


 この時から私は『珈琲を飲むと男になる』という謎の宿業を背負うことになるのだ。


 と言っても珈琲さえ摂取しなければ、普通の女として生きていける。でも食べたお菓子に珈琲成分が混じっていたりするともう男。でも一番の問題は、私自身が極度の珈琲中毒ってこと。カフェイン絶ちなんて、どうしてもできない。数日の内に「男でもいいか」と開き直ってしまうに至った。


 とはいえ将来的には問題が起きるのは確実。だって妊娠しちゃったらどうなるのさコレ。いずれ何らかの解決策が必要になるのだけれど、ネットで製造販売元を検索しても出てくるわけもなく、お手上げ。


 もちろん病院には行ってみた。しかしながら変身速度が光の速さなので、医者の前で実演してみても手品としか思われなかったという悲劇……。こうして悪戯に時間は過ぎていく。


 そうこうしている内に私は大学に合格し、同時期に家の建て替えがはじまる。そして念願の一人暮らしならぬ、曾祖母ちゃんとの2人シェアハウス暮らしに至ってしまったのだ。


 それでもしばらくは平穏な日々だったし。三鷹守が入居してくるまではだけどね。


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