はじめてのお買い物1
「ほら、これでも飲んで落ち着け」
ゼハゼハ呼吸が定まらない私に、近場の店で、見たこともない丸くて黄色い果物の器に入った果実水を買ってきてくれたクロードさん。見た目も中身もイケメンすぎて貴方が神かと崇め奉りたい。
「あ、ありがと、うござ…います…」
からっからの喉を潤すべく、とりあえず一口口にすれば口内に広がるのは葡萄みたいな味。見た目はどちらかといえばグレープフルーツなのに味は葡萄。因みにクロードさんいわく、皮を剥いてかじるとしゃきしゃきした食感のコループの実というポピュラーな果物らしい。
情報量が多すぎてついていけない。林檎や梨みたいな感じかな?味は葡萄だけど。
飲み干していれものをどうするべきか暫く迷っていたら、生活魔法の初歩の可燃というので燃やしてくれた。凄い…!手は熱くなかったし、ゴミは残らなかった。何という便利スキル…!
私もこういう実用性のあるスキルがほしい。
切実に。
「で、先ずは予算から聞いてもいいか?」
「えっと…昨日のぶんと、宿屋二日分先払い済ませたので手持ちはあと銀貨二枚ですかね」
「…マジックバック買うにも予算全然足らないな。かといって防具買っても銀貨二枚程度のじゃシオンの紙さは補えないし…」
困りきった顔をするクロードさんと、ステータスを思い浮かべ悟りきった顔になる私。初心者ダンジョンの町の平均装備ぐらいはしっておきたいけど、仮に装備補正が入ってももし十分の一になるなら誤差の範囲な気はする。
「とりあえず、武器屋と防具屋冷やかして…錬金術の店か、冒険者用の雑貨屋…でいいか?」
「うぅ、さっぱりわからないのでお任せします…」
「了解、はぐれるなよ?」
大通り沿いを歩き、先ずは武器やを何件か回る。安いものは木のこん棒で小銀貨一枚ぐらいから、短剣や、長剣、杖、弓矢などになると安くて銀貨二枚~高ければ小金貨一枚。
安いので攻撃力5~15、高いので攻撃力30~45ぐらい。思ったより低い。防具やも似たようなものだったが値段が最低で小銀貨三枚の布の服(防御力5)、次にやすいのが銀貨三枚の皮の鎧や皮のローブ(防御力10)、鉄の鎧(防御力15)が小金貨2枚。マジックバックは日本でいうとこのA3サイズ厚さ50cmほどまでのものが入るらしい一番小さいポシェットでも金貨一枚。
もっと入るやつは値段もとんでもない額である。絶望。この町で買える最高の防具を買っても私の防御力は1.5しかあがらない。試着させてもらって試したので間違いない。素のステータスは十分の一でも、もしかして、装備はそのまま、いけるんじゃ…!なんて淡い希望は儚く砕け散った。…泣いてもいいですか?
「……防具は無理っぽいです」
「あー…じゃあ、おいおい武器揃えるとして…錬金術屋と雑貨屋行くか」
十分の一じゃあなぁとでもいいたげな生暖かい視線いただきましたー!悲しい。二万円相当って…着の身着のままから人並みの暮らしになるには全然足りない。住む場所も、安定した仕事もないのだ。テレビの前に寝っ転がって科○研の再放送眺めてる訳にはいかないのが悲しすぎる。…因みにこの世界にはテレビもない。
刑事さんに追い詰められ断崖絶壁のとこで自白しだす手に汗握る展開を眺める代わりに、躓いただけで瀕死という緊迫だらけの世界にお金もなしって人生ハードモードすぎる。異世界チートどこいった!?
がっくりと肩を落として黄昏つつ案内された錬金術店に入ればそこはThe☆ファンタジー!店の奥にはデカイ大鍋や、怪しげな機材がたくさんあり、棚には初心者用からハイポーションまで様々な値段と種類のポーション類が置いてあった。因みに、クロードさんが初回にぶっかけたのは普通のポーション(体力300回復小銀貨7枚)で、二回目以降は初心者ポーション(体力20回復、二瓶で大銅貨一枚)らしい。
値段をしって慌てて返そうとしたらそれはそれは困ったものをみる顔をして、丁重にお断りされた。とりあえず小銀貨五枚(大銅貨10相当)分初心者ポーションを買い、残金銀貨一枚小銀貨五枚。
本来は飲むものだし、もしや…!と思いつき借り物の袋にいれるふりをしてアイテムボックスにいれてみたら入った。やっと役に立ったアイテムボックス!嬉しすぎる。でも目立つから一時的にアイテムボックスから出して袋にいれておく。アイテムボックスが一般的なスキルかもわからないし、一般的なスキルだったにしろ食料品関係しか入らないとかなんか恥ずかしい。
勿論、塗り薬とか、飲用じゃないものは当然ながら入らなかったこともついでに報告しておく。
「雑貨屋行くまえに昼飯にするか」
「クロードさん、おすすめの店とかありますか?」
店をまわる間にすっかり時刻も昼時で、広場の屋台には行列が出来ているところもしばしば。ちらちらとどんなものが売ってるのかを盗み見ていると、串に刺されて焼かれた肉、固そうなパン、野菜スープに腸詰めが浮いてるもの、魚の塩焼き、大体そんな感じ。菓子パンや惣菜パンなんかはなさそう。
「んー…この町でなら、銀熊亭かな。安いわりにボリュームがあって旨い。そこでいいか?」
「はいっ、是非行ってみたいです」
クロードさん紹介のお店なら安心。私にとってクロード印とは安全、信頼の証なのだ。絶対に道を覚えて一人でもこれるようにしよう。
広場から離れ大通りから裏路地に入れば少し薄暗くて人通りが減り、寂しい雰囲気になった。そこに見合わぬ、可愛らしい雰囲気の看板。熊が片手に包丁、片手にパンを持っている。絵柄はほわほわした可愛らしい感じだが、包丁持っているのが地味にホラー。
何が銀なのかはわからないが、多分ここが銀熊亭だ。
クロードさんがなれた手付きで扉を開ければ、カウンターの奥に見えるのは…
(あぁ、こういうことね…)
銀髪の超短髪、ガッチリムッチリな熊みたいな顔の大男が可愛らしい感じのフリルのついたエプロンをつけている姿。店主だろうか?
キャラが濃い。そしてその横にいるのはとっても小柄で細身の同じフリルのエプロンをつけている美しい青色髪の女。
「よぉ!誰かと思えばクロードじゃねぇか」
「あらあら、クロードちゃん、何年ぶりかしら…」
少なくとも熊っぽい方はオネェではないらしい。絵面が凄くて顔が思わず能面になってしまうのは仕方ないと思ってほしい。
「……ガンツさんも、ミリィさんも元気そうで何よりだ。こいつはシオン、まだまだ駆け出しの冒険者だから気にかけてやってくれ。」
「し、詩音ともうします。宜しくお願いします」
「宜しくな、嬢ちゃん。よーし、クロードの連れなら沢山おまけしてやるよ!」
ガハハ!と豪快に笑うフリルのエプロンのガンツおじさまに促されるまま席につく。大銅貨一枚から小銀貨五枚のメニューがあったが、とりあえず小銀貨二枚をセレクトしてみたのは、異世界の料理店でどんなものが出るのか試してみたかったのもある。だって日本で二千円ぐらいならファミレスとかならそこそこのが食べれるし異世界でもきっと変わらないと信じたい。因みにクロードさんも私に合わせたのか小銀貨二枚のを頼んでいた。
「二人とも同じやつだな、よっしゃ!今日は値段はそのまま特別に五枚コースのやつ出してやらァ!待ってろ」
「うふふ、この人の料理美味しいから楽しみにしてて」
カウンター席に座っているから、調理風景がよく見えた。何よりも器具が気になる。分からないところは正直に聞いた。記憶がないことになってるからクロードさんが丁寧に教えてくれる。コンロなんてものは当然なく、店には竈と、飲食店だからかパン焼き窯があった。
地球でいう冷蔵庫などは氷の魔石を特殊な壺につけて魔力を定期的に補充して管理するフラーゴという魔導具がそれにあたるようだ。ひとつのサイズは大体高さ一メートル幅七十センチぐらいの壺なので結構嵩張るし使いにくそうに見える。横開きの冷蔵庫が懐かしい。お店でこのレベル、ということは多分一般家庭は竈一つに、フラーゴはない気がする。みるからに高そうだし。
そして木製のまな板の上にはみたことのない不思議食材の数々と、あの憎ったらしいキャロッツが並んでいる。
(…とうとう、あれを食べるの…?お腹の中でキョホホーイとかいいだしたりしないよね?怖い)
刻まれたり炒められたりする不思議食材に戦々恐々としつつ、眺めること半刻ぐらい。
カウンターの机の上はそれはもう大変なことになっていた。
「な、な、なんじゃこりゃーー!?」
長すぎて分割します;