5
よろしくお願いしますm(*_ _)m
「よく来たな。ティーナお嬢さん」
階段を降りて目の前にあった扉を開けると、広い空間に出た。
その空間の中心にぽつんと配置された赤いソファがある。そこに一人の男が座っていた。
男は透明なグラスに酒を注いで手に持つと、私の顔を見つめる。そして小さく、くくっと笑い声を上げた。
「…何がおかしいの?」
人の顔を見て笑う男に、私は睨みながらそう尋ねる。
「いや、別になんでもないぜ?…ただ、あんたみたいな綺麗なお嬢様がなんの用でこんなところに来たのかと思ってな?」
確かに今は私であるティーナ・クロスロードは悪役令嬢ってこと以外は容姿も成績も完璧だ。
ゲームでも王子の婚約者としては性格以外文句なしと言われていた。
容姿はいかにも可愛いといった感じのヒロインとは違い、どちらかといえば美しいといったほうがいい顔立ちだった。それもあって周りにはより悪役っぽく見えてたのかもしれない。
…って、いやそんなことはどうでもいいんだった。今はこの人からどうやって情報を聞き出すかを考えないと…。
「実はあなたに、ある情報を掴んでもらいたいの」
「情報?クロスロード公爵家の長女であらせられるティーナお嬢様ならこんなところまでこなくても、お父様に頼めばすぐ手に入るんじゃないのか?」
からかうように男はそう口にする。
「あら、あなたは私の事、既に調べてるんでしょ?なら、私がどんな生活を送ってるのかも知ってるはずよ」
初対面で私の名前を呼んだことからもわかるとおり、この男が私について既に調べているのは確実だ。
ま、私もこの男については今だいたいわかったからお互い様かな。
この男の名前はモルス。本当の名前はモルス・スィールといって、スィール子爵家の当主が入れ込んでいた娼婦との間にできた子で、生まれてすぐ捨てられた子だった。
なんと、私も今初めて顔を見て気づいたのだがこのモルスは、恋ものの攻略対象の一人なのだ。
「ふはっ。確かに俺はお前のことはだいたい把握している。しかしだからこそ俺は、お父様に頼めばどうだ?って言ったんだぞ。わざわざ学園を抜け出してまでこんな所にくる必要はなかったんじゃないか?何でも勉強さえ頑張ればお願いは聞いてもらえるらしいじゃないか」
「短期間でそこまで調べられるのね。これは期待出来そうだわ」
私が今日学園を出ることはもちろん誰にも言ってない。しかも私は転移してこの街に来たので、学園を出てからはまだ数分しか経っていない。それでも既にここまでの情報を掴んでいる。
やっぱり、この情報屋に頼むのが一番いい気がする。
「それはどうも。で、俺の質問には答えてくれないのか?」
モルスはグラスに入った酒を一気に飲み干すと、またグラスに酒を注ぐ。
「そうね。答えは不可能よ。確かに父は私のお願いは大体のことは聞いてくれるわ。でもそれはあくまで、私がいい子に王子の婚約者をしてるから。それをやめるようなこと、聞いてくれるわけがないわ」
「ふははは。そりゃあ、そうだろうな。グレス・クロスロード様は野心家で有名だ」
グレス・クロスロードというのは苗字の通り、私の父の名だ。父はモルスの言うように野心家で、すでに王の次に偉い、宰相という立場にある今でさえ、さらに権力を増やそうと模索中だ。
一体、どこを目指しているのか。もしかすると王座さえも狙っているのかもしれない。
「そうなの。だから私はわざわざあなたに頼みに来たのよ。あと、もし依頼を受けてくれるなら、魔法でこの事を誰にも言わないように契約してもらうわ。依頼内容も契約した後じゃないと教えられないわ」
「…契約?ずいぶんと大事にするんだな、内容も言えないとは。なんだお前も親父みたいに野心家か。王家の弱みでも握るつもりか?」
モルスは面白そうに私を見つめて、にやつく。
「別に野心家ではないと思うけど。でも王家っていうのはある意味間違ってないわね。…これ以上は契約してもらわないと話せないわ」
アルフォンス様は本当は第1王子だからなぁ。
もっとも、王家によって秘匿にされている彼のことを調べるのは危険なことなのかもしれない。
調べているのがバレれば、自分も王家に追われる身になるだろう。
だからこそ魔法で私について誰にも喋れないように契約しておきたい。まあ、契約で縛ってもモルスが捕まってしまえばどんな魔法で自白させられるか分からないから、捕まってしまえばあまり意味はないかもしれないけど。
危険な賭けをしてるのは理解はしてる。けどアルフォンス様に近づく方法はとにかく情報を集める、それ以外ないんだよね…。
ゲームだと、アルフォンス様は自分で王家を出ると決めて魔王になった、とアンナに話すシーンがあった。
なのでアルフォンス様が無理矢理ではなく、自主的に魔王として生きてるのは確かだ。
問題はどこで過ごしているか。ゲームでアンナと初めて会った場所も森としか語られていなかった。
「なに?本当に王家に関わることなのか。公爵令嬢が気にするものではないだろうに」
「そんなことあなたに言われる筋合いはないわ。それより、どうするの?私の依頼、受けてくれるの?それとも、王家とか契約とかいう言葉にびびって、やめるのかしら」
私は口元を緩めて笑みを浮かべながら、わざと挑発するように言う。
「挑発はやめろ。それとそういう危険なことに首突っ込むのはやめといた方が身のためだ。そもそも従者も連れてこないなんて不用心だぞ」
モルスは私に真剣な目でそう言うと、口元を歪ませ、手を合わせコキコキと音を鳴らした。
「あなたにそんな心配はされなくても結構よ。私のことを調べたならわかるでしょう。そもそもどうやって学園からこの街までこんな短時間で移動したと思ってるの?……それより返事を聞かせて。やるの、やらないの?」
「……金はあるのか?」
「あるわ。やってくれるなら望むだけのお金を上げる」
「……」
睨みをきかせながら黙るモルスを見つめて、私は拘束魔法をいつでも使えるよう待機させる。
これはモルスが依頼を断る、または攻撃を仕掛けてきた時の為だ。
もしもモルスが依頼を断れば、モルスを拘束し、依頼を受けるよう脅すつもりだった。
しかしこの手はあまり使いたくない。
なぜかといえば、人っていうのは無理やりやらされるものには本気で取り組めないから。それは学生の勉強や社会人の仕事へ行きたくないっていう気持ちだ。
だから依頼料は言い値で払うと言いことでモルス自身から受けてくれないかと考えた。
「…わかった。受けよう。で、どんな依頼だ?」
読んでくれてありがとうございます。