84章
ルーザーの姿を見据えたストーンコールドは、自分の顎を上げてそこを掻きだした。
そんな半人半獣の合成種を見返する老人は、長い前髪を振って、折れた腕に巻かれた包帯を解いている。
「よう、会えて嬉しいぜジジイ」
「そうか。そう言ってくれて悪いが、私は嬉しくないよ」
笑顔のストーンコールドに、ルーザーは苦笑いを返す。
鼻で笑い、「つれねぇな」とストーンコールドが言うと、両腕組んでから話を始めた。
自分は生物を食うことで、その相手と同じ力を得ることができる。
生まれてまだ日が浅い分、他の兄弟たちの成長に早く追いつきたくてしょうがないのだと――。
「他の者たち? それはお前のような合成種が、他にもいるということか?」
ルーザーがそう訊くと、ストーンコールドは両目を大きく開けて首を傾げた。
その様子を見たルーザーは、眉間に皺を寄せる。
「お前、忘れちまったのか? ママのことを」
「ママ? 一体何の話かわからんのだが。説明してもらえると助かる」
ルーザーは丁寧な態度で訊ねたが、ストーンコールドは煩わしいそうに顔を歪めた。
それからルーザーは、自分の記憶があまりはっきりしていないことを伝えた。
疑いの目で見ながら、その話を聞いているストーンコールド。
不信感を隠さないその顔は、合成種とは思えないほど人間らしい表情だった。
「本当に覚えてねぇのか?」と訊き返すストーンコールドに、ルーザーはただ「ああ」と頷いて返すと――。
「あっそう。でも、説明すんの面倒くせぇし、どうせこれから俺に食われるんだからどうでもいいだろ?」
「そうか……。残念だよ。正直私は喧嘩が苦手でな。お前には勝てる気がしない」
折れた腕をブラブラとさせながら、ルーザーは続ける。
「だが……簡単に食われる気もないぞ」
それを聞いたストーンコールドは、ニヤケながら体ごと飛び込んで行き、ルーザーが翳した手から放つ光でそれを受け止めた。
地面の雪が辺り一帯に舞う。
その衝撃の離れたところで、倒れているアンに、ニコが回復薬――イージーキュアをその体へと打ち込んでいた。
激しく鳴きながら、アンが起きるように体を揺すっている。
「うぅ……ニコ?」
ウトウトと目を覚ましたアンを見て、ニコは目に涙を浮かべていた。
だが、彼女はニコから目を逸らして俯く。
「力だ……力がいる……」
アンは機械の右腕を見ながら、ストリング帝国の将軍――ノピア·ラシックのことを思い出していた。
……あのとき。
私とキャスとシックス3人を圧倒したあの力……。
マシーナリーウイルスの力……。
アンは機械の手に力を込める。
ストーンコールドの爪で傷ついていた腕が、ギギッと軋む音を鳴らした。
「マシーナリーウイルスは、感情の高ぶりに反応する。特に痛みや憎しみなどがスイッチになるんだ」
ノピアの言葉――。
そして、アンはルーザーのことも――。
「未知なる力を持った者に必要なものは想像力だ。それは、見て覚えるのでも聞いて試すのでもいい。考え抜いて、想像したことをやり尽くして、それでもダメなら大事な人のことを思うといい」
そしてルーザーの言葉――。
それがアンの脳裏を駆け巡った。
憎しみと大事な人を思う気持ちという矛盾した思考――。
その後、彼女の機械の腕から激しく稲妻がほど走る。
「ニコ……」
そう呟いたアンは、ニコを見つめてから両目を閉じた。
……ストラ、レス、モズさん、リード。
機械の右腕がアンの感情と呼応して、次第にその形状を変えていく。
……グレイ、私に力を。
そのアンの姿を見たニコは、その場で腰を抜かしてしまっていた。




