3章
「アン、相変わらず早いのね」
ドアからは、白いシャツを着た、赤いロングスカート姿の女性が出てきた。
彼女の名はストラ·フェンダー。
大きな瞳、小柄で細身、前髪を切りそろえたロングヘアの女性だ。
身長が143㎝とかなり小さいので、よく10歳くらいに間違えられるが、アンやリードと同じく16歳である。
「うん、時間大事」
アンがそういうと、ストラは家の中へ彼女を招き入れた。
案内された家の中は、狭いながらも掃除がきちんとされていて、清潔感が漂っている。
そして大広間に入ると、かなり鍛えられた体格をした、金色の短髪の男がテーブルの席に着いていた。
優しい眼差しをアンに向けて、笑みを浮かべている。
「ようアン、休みはどうだ? それともグレイにうるさく言われて、それどころじゃないか?」
豪快に笑うこの男の名はレス·ギブソン。
ストラと一緒にこの家に住んでいる。
今日は家の中とはいえ、そこそこ寒い日だ。
だがレスは、上半身に黒のタンクトップ一枚で、まったく寒そうにしていなかった。
下には、アンと同じように軍服である深い青色のカーゴパンツを穿いている。
今度、結婚式を挙げる二人だ。
アンは、ストラに椅子に座るように言われ、席に着く。
「朝は食べてきた? 残りものドライソーセージならあるけど」
ストラに訊かれ、無愛想に手を振り、食べてきたことを伝えるアン。
この二人やリードじゃなければ、その態度を見て、きっと彼女が何かに怒っているように感じただろう。
だが、細かいことを気にしないレスや、相手の内面を見ることを心掛けるストラ、そして何かとアンに付きまとうリードは、彼女が不機嫌ではないことを理解できる。
アンは態度には出さないが(本人は出しているつもりなのだが)、三人のことをとても大事に思っている。
それは、お互いに同じだった。
レスもストラもリードもだ。
城壁の外へ出て、化け物――キメラとの戦いの日々が、四人の絆を深めた。
それもあり、アンとリードも心から二人の結婚を祝っている(リードは憎まれ口を叩いてはいるが)。
レスが残りのものドライソーセージを、ストラに持ってくるように頼んでいた。
「まだ食べる気なの? いくらカロリー計算されたものだからって、食べ過ぎはまずいよぉ」
そういわれたストラが困った顔をしていた。
彼女は、食べ過ぎてよく体調を崩すレスが心配なのだ。
この国――ストリング帝国では、料理する人間などいない(いや、一人いた。グレイだ)。
すべて機械が作ってくれるからだ。
オート·デッシュと呼ばれる機械にカードリッジをはめ込み、後は食べたい料理のスイッチを押せば、カロリー計算されたものが出てくる。
便利であり、手間も時間もかからない、ストリング帝国の発明品の一つである。
だがグレイは、オート·デッシュのことを、あれは人間のエゴだと言い、けして使おうとはしない。
アンは任務で城壁の外から戻れないときに、何度か軍から支給されたスティックタイプの携行食を食べたが、とても味気なかった記憶があった。
それはオート·デッシュで作られたものだったからだ。
いくら完璧に計算され、簡単に栄養が取れるといっても、やはり食事はグレイの作ったものがいい――。
アンは、いちいち手間をかける彼のことを疑問に思いながらも、心のどこかでは賛成していた。
結局、レスはドライソーセージを食べた。
その横で、ストラが大きくため息をついている。
アンはそれを見て、微笑ましかったのか、慣れない笑顔を浮かべていた。
レスが最後のドライソーセージを食べようとすると――。
三人が腕に付けている腕時計タイプの通信デバイスに連絡が来た。
そこにリード·スミスと表示されている。
「あいつ、遅れる気か」
そういったアンの顔が強張った。
その横でストラが、遅刻くらいで怒らないように優しく声をかけている。
レスは、それを見て豪快に笑う。
そして、通信デバイスに触れるとリードの声が聞こえてくる。
「おい、モズ隊長とさっき会ったら言われた。軍から緊急召集だってよ」
それを聞いた三人の表情が、一瞬で軍人の顔へと変わった。