表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/251

2章

――次の日の朝。


息が白くなるほどの寒気の中、陽が丸太小屋を照らし、窓から光が入って来る。


アンは(まぶ)しそうに目を覚ました。


その傍には、豊かな白い毛で(おお)われた子羊――。


電気仕掛けの羊――ニコが、まだ寝ぼけているアンの顔をペロペロと舐めている。


「おはよう、ニコ」


声をかけると「メェ~」と鳴き、アンに寄り()うニコ。


カーキ色の寝袋の中にいるアンは、まるで芋虫(いもむし)のようにウネウネと動いていた。


アンは、軍から支給された寝袋を気に入って、毎日これで眠っている。


寝袋には、封筒型とマミー型があり、封筒型は布団を袋にしたような、まさに封筒の形をしているタイプ。


マミー型はもっと身体にピッタリとした、どちらかというと寒冷地(かんれいち)向けのタイプだ。


軍から支給されたのは後者。


一緒に住んでいるグレイは、何度もベットで眠るように言った。


だがアンは、それをけして聞こうとはしなかった。


今日も寒いためか、ウネウネと寝袋のまま床の上を移動する。


ニコも同じように動きながら、その後をついていった。


「おはよう、今日も横着(おうちゃく)だなぁ。ニコまで連れちゃって」


グレイが、床を()って動くアンを見下ろしていた。


アンは挨拶(あいさつ)を返すと、芋虫状態のままでピョンっと立ち上がる。


よほど()れているのだろう。


無理な体勢から、何の()も無くやってのけた。


グレイが言う。


「早く(さなぎ)から(ちょう)になりなよ」


そういわれたアンは、不機嫌そうに首を振った。


グレイは、ため息をついてから続ける。


「今からニコを連れて出るけど、2~3日は留守にするよ。あと数日分の食事は作っておいた。全部貯蔵庫(ちょぞうこ)に入れてあるからね」


「あぁ、よくわからんが頑張ってこい」


無愛想にいうアン。


グレイは気にしせずに外へ行こうとすると――。


「待った」


アンが寝袋姿のままで、グレイを止めた。


そして、左右にユラユラと動きながら言う。


「おみやげを頼む」


「おみやげ? いいよ、なにがいいかな?」


「わからん。だけど、欲しい」


「う~ん、そう言われてもなぁ」


「大事……そういう気づかい大事」


変わらずに無愛想にいうアン。


ユラユラと動くアンを見ながらグレイは、両腕を組んで困った顔をしている。


ニコは、そんなグレイの足に自分の頭を(こす)りつける。


グレイが(かが)み、ニコの頭を()でながら言う。


「わかったけどさ、アンが欲しいモノがわからないと、なにをおみやげにすればいいのやら」


「なんだっていい。こういう約束が大事」


そんなアンを見てグレイは、変なところで甘えん坊だと、またため息をついた。


そして、お土産(みあげ)の約束をすると、手を振ってそのまま部屋を後にする。


それからアンは寝袋から出て、寝間着(ねまき)から着替えた。


白いパーカーに、軍服である深い青色のカーゴパンツ。


任務中(にんむちゅう)と、さして変わらない格好(かっこう)だ。


アンは、グレイが用意してくれた朝食に目を向ける


庭で育てている生野菜とそれを使ったスープ、それから自家製のパンだ。


アンは、一人で食べながら思う。


……グレイはなぜ機械が作った料理を食べないようとしないのだろう。


仕事中の食事も、絶対にお弁当を持たせるし。


食材集めだって大変だろうになぜ?


なにかと骨董(レトロ)なものを集めているし、手間がかかって面倒くさいのが好きなのか?


そう思っていたアンは、スープを口に運ぼうとしていた。


だが、急に手が止まる。


……手間がかかって面倒くさい。


ああ……私のことだ……。


一人、(にが)い顔をしたアン。


食事を食べ終え、そのまま外へ。


今日は部隊の同僚たちと会う約束をしていた。


通りを歩いていると、レンガ作りの家が並んでいる。


その街の中で、人型の機械が掃除をしている。


当然、どのお店も機械が販売口に立っていた。


すべてが機械仕掛けの国――ストリング帝国。


荒廃(こうはい)した世界で、唯一高度な科学力を(ほこ)る国だ。


この国では、年齢が13歳になると適性検査を受け、精子·卵子に異常がある者は全員軍に入れられる。


労働はすべて機械がするので、軍人以外は働いていない。


いや……働いていた。


この国での住民の仕事は子作りだ。


それは、世界崩壊後(せかいほうかいご)に、人口が減少してしまったためだった。


国は、子供を作った者へ、より良い生活ができるように金銭(きんせん)を与える。


その数は、多ければ多いほど与えられる金銭は増える。


逆に、軍隊に入った者は子供が作れないため、裕福になることはないが、そのことに文句(もんく)をいう者は誰一人としていなかった。


何故なら軍に入れば、最低限の生活の保障(ほしょう)はされるからだ。


それもあり、しょうがないと思いながらやる者が多い中、アンは違った。


家族を殺したキメラを根絶(ねだ)やしにするため、自分の意思で軍に志願(しがん)した変わり者だった。


そんなアンに、軍隊にいた者たちは誰も近寄らなかった。


アンは、いつも無愛想で、心無いことをつい言ってしまうところがあったからだ。


それもあって、これから会う者たちはアンにとって数少ない友人である。


街をしばらく歩き、アンが足を止めた。


そして一軒の家の前に立ち、ドアをノックしながら声をだす。


「ストラ、レスいるか? 私だ、アンだ。開けてくれ」


その声を聞いて、ドアがゆっくりと開かれた。


「おはよう、ストラ」


家の中から出てきた人物を見て、無愛想なアンの顔が微妙(びみょう)に笑顔になる。


それは、わかる人間にしかわからないアンの喜びの表情だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ