2章
――次の日の朝。
息が白くなるほどの寒気の中、陽が丸太小屋を照らし、窓から光が入って来る。
アンは眩しそうに目を覚ました。
その傍には、豊かな白い毛で覆われた子羊――。
電気仕掛けの羊――ニコが、まだ寝ぼけているアンの顔をペロペロと舐めている。
「おはよう、ニコ」
声をかけると「メェ~」と鳴き、アンに寄り添うニコ。
カーキ色の寝袋の中にいるアンは、まるで芋虫のようにウネウネと動いていた。
アンは、軍から支給された寝袋を気に入って、毎日これで眠っている。
寝袋には、封筒型とマミー型があり、封筒型は布団を袋にしたような、まさに封筒の形をしているタイプ。
マミー型はもっと身体にピッタリとした、どちらかというと寒冷地向けのタイプだ。
軍から支給されたのは後者。
一緒に住んでいるグレイは、何度もベットで眠るように言った。
だがアンは、それをけして聞こうとはしなかった。
今日も寒いためか、ウネウネと寝袋のまま床の上を移動する。
ニコも同じように動きながら、その後をついていった。
「おはよう、今日も横着だなぁ。ニコまで連れちゃって」
グレイが、床を這って動くアンを見下ろしていた。
アンは挨拶を返すと、芋虫状態のままでピョンっと立ち上がる。
よほど慣れているのだろう。
無理な体勢から、何の苦も無くやってのけた。
グレイが言う。
「早く蛹から蝶になりなよ」
そういわれたアンは、不機嫌そうに首を振った。
グレイは、ため息をついてから続ける。
「今からニコを連れて出るけど、2~3日は留守にするよ。あと数日分の食事は作っておいた。全部貯蔵庫に入れてあるからね」
「あぁ、よくわからんが頑張ってこい」
無愛想にいうアン。
グレイは気にしせずに外へ行こうとすると――。
「待った」
アンが寝袋姿のままで、グレイを止めた。
そして、左右にユラユラと動きながら言う。
「おみやげを頼む」
「おみやげ? いいよ、なにがいいかな?」
「わからん。だけど、欲しい」
「う~ん、そう言われてもなぁ」
「大事……そういう気づかい大事」
変わらずに無愛想にいうアン。
ユラユラと動くアンを見ながらグレイは、両腕を組んで困った顔をしている。
ニコは、そんなグレイの足に自分の頭を擦りつける。
グレイが屈み、ニコの頭を撫でながら言う。
「わかったけどさ、アンが欲しいモノがわからないと、なにをおみやげにすればいいのやら」
「なんだっていい。こういう約束が大事」
そんなアンを見てグレイは、変なところで甘えん坊だと、またため息をついた。
そして、お土産の約束をすると、手を振ってそのまま部屋を後にする。
それからアンは寝袋から出て、寝間着から着替えた。
白いパーカーに、軍服である深い青色のカーゴパンツ。
任務中と、さして変わらない格好だ。
アンは、グレイが用意してくれた朝食に目を向ける
庭で育てている生野菜とそれを使ったスープ、それから自家製のパンだ。
アンは、一人で食べながら思う。
……グレイはなぜ機械が作った料理を食べないようとしないのだろう。
仕事中の食事も、絶対にお弁当を持たせるし。
食材集めだって大変だろうになぜ?
なにかと骨董なものを集めているし、手間がかかって面倒くさいのが好きなのか?
そう思っていたアンは、スープを口に運ぼうとしていた。
だが、急に手が止まる。
……手間がかかって面倒くさい。
ああ……私のことだ……。
一人、苦い顔をしたアン。
食事を食べ終え、そのまま外へ。
今日は部隊の同僚たちと会う約束をしていた。
通りを歩いていると、レンガ作りの家が並んでいる。
その街の中で、人型の機械が掃除をしている。
当然、どのお店も機械が販売口に立っていた。
すべてが機械仕掛けの国――ストリング帝国。
荒廃した世界で、唯一高度な科学力を誇る国だ。
この国では、年齢が13歳になると適性検査を受け、精子·卵子に異常がある者は全員軍に入れられる。
労働はすべて機械がするので、軍人以外は働いていない。
いや……働いていた。
この国での住民の仕事は子作りだ。
それは、世界崩壊後に、人口が減少してしまったためだった。
国は、子供を作った者へ、より良い生活ができるように金銭を与える。
その数は、多ければ多いほど与えられる金銭は増える。
逆に、軍隊に入った者は子供が作れないため、裕福になることはないが、そのことに文句をいう者は誰一人としていなかった。
何故なら軍に入れば、最低限の生活の保障はされるからだ。
それもあり、しょうがないと思いながらやる者が多い中、アンは違った。
家族を殺したキメラを根絶やしにするため、自分の意思で軍に志願した変わり者だった。
そんなアンに、軍隊にいた者たちは誰も近寄らなかった。
アンは、いつも無愛想で、心無いことをつい言ってしまうところがあったからだ。
それもあって、これから会う者たちはアンにとって数少ない友人である。
街をしばらく歩き、アンが足を止めた。
そして一軒の家の前に立ち、ドアをノックしながら声をだす。
「ストラ、レスいるか? 私だ、アンだ。開けてくれ」
その声を聞いて、ドアがゆっくりと開かれた。
「おはよう、ストラ」
家の中から出てきた人物を見て、無愛想なアンの顔が微妙に笑顔になる。
それは、わかる人間にしかわからないアンの喜びの表情だった。