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196章

正気(しょうき)を取り(もど)したルドベキア。


アンは安堵(あんど)表情(ひょうじょう)のまま、彼の体をまだ()きしめていた。


ルドベキアもまた彼女と同じように動かず、ただ笑みを()かべている。


「おい。2人ともお(あつ)いところを悪いが、目の前に(てき)がいる状況(じょうきょう)ではマズいだろ」


すでに、ルドベキアの体から(はな)れていたロミーがボソッと言うと、2人は大慌(おおあわ)てし始めた。


それぞれ顔を()()にして即座(そくざ)距離(きょり)()ける。


「いやッ!? これは(ちが)うんだッ!?」


「そ、そうだ!! 別にそういんじゃねぇよッ!!!」


アンとルドベキアは、(たが)いに顔を(そむ)けると、ロミーとニコに向かって抱き合っていた誤解(ごかい)()こうとする。


じ~と(うたが)いの目で2人を見ているロミーの横で、ニコがからかう(よう)()いた。


言い(わけ)にしか聞こえないと、言ってるようだ。


素敵(すてき)……とっても素敵だわ。私……感動(かんどう)しちゃった」


両腕(りょううで)で自分の体を抱きしめているクロエが、アンたちへ向かって先ほどの2人のやりとりと賛美(さんび)した。


その(そば)で、グラビティシャド―のほうは退屈(たいくつ)そうな顔で舌打(したう)ちをしていた。


クロエの表情は、2人を見て感動(かんどう)をしたせいか、(なみだ)ぐんでおり、けして(うそ)は言ってはいないように見える。


だが、アンたちはそんな彼女の姿を見て嫌悪感(けんおかん)(いだ)いていた。


何を言っているんだ、こいつは?


そもそもお前が仕向(しむ)けたことだろう、と――。


彼女のことを(にら)みつけ続けるアンたちへ、クロエはゆっくりと声をかける。


「でも、残念(ざんねん)ねぇ。アンとロミー、あなたたちの体はもう使えない。誰かわからないけど、さっきの黒い(ひつじ)とそこの白い羊に何か細工(さいく)されているみたいなの。だからここで……終·わ·り」


クロムの体を()っ取ったクロエ。


ロミーは、クロム――彼の銀白髪(ぎんはくはつ)(もてあそ)ぶクロエを見て、義眼(ぎがん)片目(かため)(はげ)しく点滅しっ(ぱな)しになっていた。


それに(くわ)え、(あふ)れる(いか)りで体の(ふる)えも止まらなく。


それはアンも同じだった。


先ほどクロエが見せた、(ほのお)、水、風――。


マナ、キャス、シックスを(うば)ったクロエを消し(ずみ)にしてやらねば気が()まない。


だが、2人がすぐに飛び()かれなかったのは、クロエの圧倒的(あっとうてき)な力を感じてのことだった。


……何故だ?


今すぐにでも(ころ)してやりたいのに、体がクロエ(こいつ)攻撃(こうげき)するのを止めようとして動かない!?


――ロミー。


……わかってる。


クロエ(こいつ)には(かな)わないことくらいわかっている……だけど……動いてくれ!!


――アン。


全身(ぜんしん)へ回ったマシーナリーウイルスが、2人の体を(とお)して、戦うことを躊躇(ちゅうちょ)させていた。


頭では戦いたいのに、体はそれを拒否(きょひ)する。


クロエは、そのことに気がついているようで、クスクスと笑い始めた。


「体は正直(しょうじき)よね。大丈夫、そんなに(こわ)がらなくてもいいのよ。(いた)いのは最初(さいしょ)だけ……最初だけなんだから」


そう言い、アンたちへ右手を向けた。


(かざ)された(てのひら)から、光が(はな)たれる。


高速(こうそく)――いや文字(どお)り光の(はや)さで飛ばされたオーラは、アンとロミーそれぞれの足を(つらぬ)いた。


「ぐわぁぁぁッ!!!」


アンとロミーの足に開けられた(あな)から、ダラダラと血が()れる。


悲鳴(ひめい)をあげる2人に向かってクロエは、今度は両手(りょうて)を翳した。


「これで2人とも逃げられないでしょ? じゃあ、終幕(フィナーレ)を始めましょう」


そう言ったクロエの両方の掌から、先ほどと同じように光が放出(ほうしゅつ)された。


そのオーラは地面(じめん)へと向けられ、次第(しだい)(かべ)となり、アンたちを(かこ)むようゆっくりと動き始める。


まるで光の(おり)――。


アンとロミーは足をやられて、その向かってくる壁を飛び()えることはできない。


「さあ、そこの彼、たしかルドベキアだったかしら? あなたは逃げられるわ。ねえ、これからどうする?」


ルドベキアは後ろを見た。


そこには青空が広がっており、ここから逃げだせないかと考えてみたが、おそらく飛び降りたら間違(まちが)いなく死ぬであろうと、(つば)をゴクリと飲み込む。


……ちくしょう、どうするッ!?


どうすりゃこいつらを(まも)れるッ!?


必死(ひっし)になって頭を(はたら)かせたが、ルドベキアに打開策(だかいさく)は思いつかなかった。


「もうダメだ……せめてお前だけでも……」


力なく(つぶや)くように言うアン。


彼女の言葉を聞いたルドベキアは、表情を(ゆが)ませると、突然走り出した。

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