13章
体から出ている黒と緑の炎。
アンは、目の前に立っている男の姿を見て思い出していた――。
「そういえば知ってるか? 最近ここらで、キメラを相手に人間が戦っているって話」
――そう。
廃墟へ向かうときにリードが言っていた話だ。
「その炎で、何体ものキメラを焼き尽くしているのを見た奴がいるんだってよ」
「人間の体から火が出るわけないだろう。それに火は赤いんだ。黒と緑の炎なんてバカげてる」
……噂じゃなかったのか?
この男……本当に体から炎を出している。
アンは動けなかった。
幸いなことに、黒と緑の炎に包まれた男は、アンの姿を見ると戦意を失ったようだった。
アンは、口の中に溜まった唾ゴクリと飲み込むと、男のことを観察した。
身長は180cmはあるだろうか。
まだ幼さが残っている眉目秀麗な顔。
やたらと手足が長い。
年齢はアンとさほど変わらないように見える。
体から出ている炎と合わせているのか、緑のジャケットに黒いパンツを穿いて、首にはゴーグル、手には革のフィンガーグローブを付けている。
男は体から炎を消し、ニコの姿を見て微笑む。
それから、そっと近づいて頭を撫で始めた。
ニコは恐ろしいのか、動かずにただ震えている。
そして、男はアンを見て言う。
「君、迷子かなにか? ひとりじゃ危ないよ。この辺はキメラも多いしね」
少年のような無邪気な笑みを浮かべて続ける。
「でも、あらかた燃やしちゃったからしばらくは大丈夫かも♪」
アンは、友好的な態度で接してくる男に安心していた。
リードの話では、噂の男は誰にでも無差別に襲い掛かると聞いていたからだ。
だが、アンは思う。
……そういえば、さっき、大人じゃなかったのかって言っていたけど。
もし大人を見たら……。
アンがそう思っていると、グレイが立ち上がった。
「一体なにがあったんだよ。帝国の追手でも来たのかい?」
グレイの姿を見た男の体から、激しく炎があがる。
「……なん~だ。大人いるじゃん♫」
そして、グレイに向かって炎を放った。
黒と緑の炎に吹き飛ばされたグレイは、すぐに体勢を整える。
パンコア·ジャックハンマーを構え、男の様子を窺っていた。
アンが叫ぶように訊く。
「やめてくれ!! 私には何もしなかっただろう!? どうしてグレイには攻撃するんだ!?」
ゆっくりと言う男の前に、アンは両手を広げて立ちはだかる。
「そんなの決まっているじゃないか」
男は笑みを浮かべた。
先ほど見せた少年のような無邪気な笑顔だ。
「大人とキメラはすべて燃やす。だって世界をこんなにしたのはこいつらなんだから」
それからまた男の体を纏っている炎が激しく動く。
体から出る黒と緑の炎がスパイラル状に混ざっていき、グレイに向かっていった。
その炎の前にアンが立った。
機械化した右腕で、スパイラル状になって飛んでくる炎をガードする。
「アン!! やめろ、やめるんだ!!!」
アンの後ろからグレイの声が聞こえる。
「グレイ!! いまのうちに逃げてくれ!!!」
叫び返すアン。
スパイラル状の黒緑の炎はさらに回転し、堪えきれなくなったアンはそのまま川へと吹き飛ばされた。
「アン!? 待ってろ、いま助けにいく!!」
「おっと、逃がさないよ~ん♬」
川へ飛び込もうとしたグレイの前に、男が立ちはだかった。
「クソッ!! アン、アンッ!!!」
グレイの叫びも空しく、炎に吹き飛ばされたアンは、そのまま流されていってしまった。




