第4章
目が覚めると外は真っ暗だった。
晴翔はベットから降り、廊下に出る。
下がやけに賑やかだったので気になっておりてみる。
そこには、大勢の人が居た。
「えっと……」
「あ、晴翔くん!ごめんね少しだけ待っててくれる?もう少しで閉めるから!」
紗綾は忙しそうに客のほうへと走っていく。
その後ろをチョコチョコと歩いている神威を見て晴翔は驚き、そこで本当は昼間に病院に迎えに行く筈が気分が悪くて眠っている間に紗綾と共に戻ってきていたことに気付く。
「神威」
「?」
晴翔の声に神威が振り向く。
キョトンとした顔が次第にほころび嬉しそうな顔で晴翔の元へ走っていく。
「走ると危なっ!」
そう言ったのもつかの間に神威が段差に躓く、咄嗟に手を伸ばした晴翔だが間に合わない、そう思った時神威を支えたのは緋色だった。
「危ないでしょ、段差、気をつけて」
「??」
「だ ん さ、下にあるから」
緋色は片手にトレーを持ちながら神威の手を引き、段差を上がらせる。
そして惚けていた晴翔を見て睨みつける。
「そんな所でぼーっとするな、邪魔だ」
「なっ!!」
「コイツのこと後で聞くからな、様子がおかしい」
「神威の様子がおかしい??」
神威が緋色の手を離し晴翔のほうに駆け寄ってくる。
緋色はその様子を見て背を向け去っていった。
よく室内を見てみるとそこには楽しそうに笑い合う客と忙しそうに走り回る紗綾、透、緋色の姿があった。
「…………」
「は……る?」
「あ、ごめん神威……神威お前そんなたどたどしい喋り方だったか?」
「あ……えっ…と」
神威の言葉は途切れ途切れで、何か話そうとはしているが上手く言葉が出ないのか黙り込んでしまう。
晴翔がどうしたものかと困っていると後ろから誰かが降りて来る音がした。
「あれ?可愛い子がいるね」
振り向くとそこには美人が2人顔を覗き込んでいた。
1人は中性的な顔立ちでもう1人は髪が長く大人っぽい女性だ。中性的な女性がもう1人の女性の腰を引き寄せ立っていた。
「本当、可愛らしいわ……どっちも美味しそう」
「えっ……」
「こらこら、ダメだろ琥珀そんなにお腹がすいているの?妬いちゃうな」
「いいえ、若くて美味しそうだと思っただけよ。それに私にとっては貴女が1番よ」
「それは良かった」
何故か2人だけの世界を見せられている。
晴翔はハッとして神威の手を引いて階段を降りきる。それから横にずれ階段を空けた。
すると2人はニコリと笑い静かに降りてくる。
「キミは昨日来た子だよね?」
「はい、高原晴翔ですこっちは伊沙羅神威」
「そう。僕は真宮真紅よろしく」
「私は八坂琥珀よ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
晴翔が頭を下げると神威も一緒に頭を下げる。
真紅が神威の頭を撫でる。
「この子…」
「真紅、琥珀、起きたなら手伝え」
「あらあら、透くんが手を焼くなんて」
2人を呼びに来た透に、琥珀はくすくす笑いながらからかう。透は眉間に皺を寄せて睨み付けるがその後意味などないと思ったのか奥のほうに姿を消してしまった。
「ごめんなさい、私達お店のお手伝いをしなくてはいけないの」
「ここはショップをやっていてね、夕方から結構混むんだ。学校帰りの学生とかでね。ほら、あそこのソファが空いているからそこに座って待ってるといいよ」
そういうと2人は店仕舞いでバタついているフロアに入っていった。晴翔と神威は言われた通りにソファに座り終わるのを待つことにした。
時間が経つにつれ客も居なくなり静かになる。透が店の外の看板を中にしまいCLOSEの札を掛ける。
「はい、お疲れ様〜みんなありがとう!いまお茶を淹れるから待ってて!」
「そういえば今日は緋色ちゃんと透くんは担当じゃなかったわよね?」
「ああ」
琥珀の問いに透が不機嫌そうに答える。
「俺達が喧嘩したから罰で手伝えって言われたんだよ」
「あらそう、でも出雲さんは?」
「出雲なら出てった、情報屋に連れていかれた」
「また報告書を忘れたみたいだね」
「出雲さんも相変わらずね」
「暫く帰ってこないでしょ小言言われなくて済むから俺はいいけど」
4人は集まってあれこれ言い合っている。何もすることの無いのでその様子を晴翔は遠くから眺める。
やはり、緋色と透の2人に違和感を感じるのは何故だろうと考える。
「なんだっけ……あああ思い出せないー!喉まで来てるのに!」
「なんだ、急に……」
急に立ち上がった晴翔に緋色は不機嫌そうに声を掛ける。
晴翔は気まずそうに座り直し小さい声で言う。
「いや……なんか、何処かで会ってるような」
「当たり前だ、昨日会ってるからな」
「違くて…それよりもっと前に」
「他人の空似だろう。そんなことでいちいち騒ぐな」
「あ…はい」
縮まりかけた距離がまた広がったと思いながらも大人しく2人から目を逸らした。
すると、店の扉がカランカランと軽い音を立てて開く。
出雲が帰ってきたのだ。
「ただいま、みんな集まってるね」
「おかえりなさい、出雲さん次の任務は?」
「まぁ、そう焦らないで、昨日の今日だから任務はないよ」
「あらそう、つまらないわ」
「だったら昨日行けば良かっただろうが夜の任務だったんだからな」
「嫌よ、汚いじゃない」
「ふんっ」
緋色はそっぽを向き近くの椅子に腰掛ける。
その隣に透が座る。
「もう!喧嘩はだーめ!お茶淹れたからこれ飲んで落ち着きなさい!」
紗綾の一言に琥珀と緋色は黙り込む。4人は紗綾からコップを貰い各々飲み始める。それは1口飲むと口の中に優しい味が広がる。4人の顔がほころぶのを見て紗綾はニッコリと笑う。
「はい、晴翔くんと神威ちゃんにもどーぞ」
「ありがとうございます」
「……ぁ」
「神威?」
神威が言葉を紡ごうとしたがすぐ俯いてしまう。
晴翔は心配そうに神威の顔を覗き込む、神威は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ごめんなさい、神威ちゃんは言葉が喋れないのかしら…?」
「いや、施設に居た時はちゃんと話せてました」
「じゃあどうして……」
晴翔は神威の頭を撫でてやる。
すると神威が泣きそうに何か言いたそうにして見つめてきた。
「はい。これ使いな」
「ん!」
様子を見ていた出雲がペンとメモ帳を差し出す。
神威はその2つを受け取ると即座に何かを書き始める。
書いている間に全員がソファの周りに集まる。
「『怖い』」
「神威…」
筆談で書かれた一言に周りにいた全員が黙り込む。
何となく晴翔には神威がそう言った事が分かった。昨日あったのは襲撃だけじゃなかったから。
「昨日……神威は定期検診の日だったろ?覚えてないか?」
晴翔の問に神威はハッとするそして凄く怯えた表情になる。
「っ先生が私を睨んでるの!役に立たないって!あの一族の娘の癖に役に立たないって!ずっと私を殴るの!」
「神威、待ってっ落ち着いて!ごめん!変な事聞いて……もういいもういいよ」
神威の掠れた声とヒューヒューと言う息の音が周りを緊迫させる。
晴翔は焦って神威の肩を掴む。ビクっとした神威が何か話そうとしたが声は出なかった。
「落ち着いたせいで暗示が解けたようだな」
「そうみたいだね」
昼間の晴翔と同じ状態になった神威を見て出雲が悲しそうな目をした。
それを見た紗綾が神威の傍に行き、そっと優しく抱き締める。
「大丈夫よ神威ちゃん。もう怖くないのよここには誰も貴女を傷付ける人は居ないからだから、大丈夫大丈夫」
「(暖かい……優しい人……)」
まるで幼子に言って聞かせるように囁き、神威の背中を優しく撫でる。
ホッと安心したのか紗綾の肩に顔を埋め項垂れる。
「いい子。神威ちゃんはいい子ね強い子。1人で耐えたのねとっても強い子もう大丈夫だからね」
「うん……」
その言葉に場の空気も穏やかになった。
その後、神威が眠ってしまった事によって、その場は落ち着いた。
晴翔は部屋に神威を寝かせ、寝付けないまままた下の階に降りて行く。下にはお酒を飲み交わす出雲と紗綾がいた。
他の4人は庭で話しているようだった。
真紅が晴翔に気付き手招きする。招かれるまま庭に出ると4人の手には各々の武器が握られていた。思わず後退る。
「ハハハ、大丈夫だよ攻撃したりしないさ」
「……はあ……あの何しているんですか」
「何って稽古だけど」
「稽古?」
「僕らはいつでも戦えるように稽古しているんだよ」
「へぇー」
透と緋色は刀を手に、真紅は銃を両手に持ち、琥珀は弓矢を手にしていた。
「そういえば、皆さんは人間なんですか?」
「……違うよ」
「じゃあ『イレギュラー』?」
「それも違う」
晴翔は首を傾げる、それを見た真紅はクスッと笑う。
「別に隠すまでもないから言うと、僕と琥珀は吸血鬼、緋色と透は鬼だよ」
「え……そうなんですか?」
「まぁ姿形は人と変わらないからね、そこは人間やイレギュラーと同じかな」
晴翔は驚きつつもまじまじとした顔で話を聞く。
「僕らは基本夜に起きるから、朝に何かあれば彼らに頼むといいよ」
「そうね、それに貴女も戦いに出た時の為に稽古をしたほうがいいわ」
「えっちょっちょっと待ってください。俺も戦いに出ないと行けないんですか?」
「当たり前だろ、自分の身くらい自分で守れ」
「それはそうですけど……戦う意味が……」
晴翔の言葉に4人は顔を合わせ、困った表情をする。
緋色が透に指示し室内に戻っていく。
「ちょっと待ってろ」
透は晴翔の肩に手を置き、室内に入り出雲に声を掛ける。
「どうした?透」
「明日アイツを街に連れて行ってもいいか?」
「いいけど、晴翔くんだけ?」
「どうせなら神威も連れて行きたい」
「分かった、昼間には車の手配をしておくよ」
「ああ、頼む」
出雲と話をつけ透が戻ってくる。
「いいってよ」
「え?何が??」
「晴翔、明日街に行くぞ」
「街に?なんで?」
「お前は今の街を知らない、そうすれば戦えるようになるさ自然とな」
「少なからずお前はそうなる」
「…………?」
透と緋色の言葉にあまりピンと来ない晴翔はとりあえず頷いた。
晴翔は街に行ったことがない物心着いた頃にはもう施設の中で基本的な学習も施設の中で学んだため外のことは何も知らなかった。だから、知るためには都合がいいとも思った。
その後、晴翔は明日のために早めに寝床に着くことにして4人と別れた。部屋に入ると神威は幸せそうに眠っていたので起こさないように自分のベットに入り眠る。
その頃の4人は外で稽古の最中だった。
透と真紅が稽古している中、椅子に腰掛けて休憩をしていた緋色に琥珀が声を掛ける。
「いいの?街に連れて行って」
「何も悪いことじゃないだろ?いまの世の中を知るのはとてもいいことだ、それに早く心を切り替えないと潰れちまう」
「あの子達の心は綺麗だわ、あの施設に居たにも関わらず」
「いま平然と装っているようだが"何もしらなかった"っていうことは晴翔の心にはもうあるだろうな、後悔の色が見えた」
「うふふ、あの子達の理想が崩れるっていうのに呑気なのね」
琥珀は怪しい笑みを浮かべる。
緋色はため息を付きつつ稽古中の2人を見つめる。
「早く夢から目覚めさせないとな……」
「そうね、夢はいつか終わるものよ綺麗事はこの世には通じないわ」
「壊すか壊されるか……ただそれだけだ」
緋色は目を伏せる。
琥珀は何も言わなかった。
その場には透と真紅の武器がぶつかり合う音だけが響いた。