第28章
第28章 登場人物
高原 晴翔 [たかはら はると]
五心の第1神『邪神』
衣沙羅 神威 [いさら かむい]
言の一族。 第1神『邪神』に仕える巫女。
咲桜 緋色 [さくら ひいろ]
鬼の一族。 第3神『鬼神』に仕える巫女。
獅子島 透 [ししじま とおる]
鬼の一族。 五心の第3神『鬼神』
秋月 紗綾 [あきづき さあや]
神職の人間であり政府の上の人間。
相馬 出雲 [そうま いずも]
謎の多い人物。
早乙女 右京 [さおとめ うきょう]
政府の人間。カフェの店長
緋室 昴 [ひむろ すばる]
鬼の一族。 五心の第5神『呪神』
咲桜 翡翠 [さくら ひすい]
鬼の一族。 第5神『呪神』に仕える巫女。
「あ、緋色さん。家居ますけど…分かりましたすぐにそっちに向かいますね」
「どうしたの?」
「人手が足りないから手伝いに来てほしいって」
晴翔の携帯端末に掛かってきた着信は緋色からのもので、緋色と透は先日の火災現場に片付けと災害調査に出ていた所だった。
どうやら政府の人間と共に調査をしているようだが範囲が広いのもあり被害者対応と共に人手が足りないようだった。なので、晴翔たちが呼ばれたのだ。
「でもどうしようか、紗綾さん出掛けてるし連絡すれば大丈夫かな?」
「そうね、そうしましょう」
晴翔は携帯端末を操作し紗綾にメールを送ると、2人は揃って家を出た。
空は清々しいほどに晴れていてとっても気持ちが良かった。
その時、すれ違いで紗綾が帰ってきた、家に晴翔と神威の気配がないのに気付き不思議に思ったが携帯端末にメールが来ていたことに気付き開いて納得すると、腕を捲り4人が帰ってくる前にご飯を作ろうと思いキッチンに立つ。
時計を見る、出雲にお使いを頼んでいたのだがなかなか帰ってこないことに気付く。
携帯端末にはそれらしき連絡は入っていなかったがよく一人でふらふらと出掛ける癖があった出雲のことだまたお腹が空いたら帰ってくるだろうと思って気にしなかった。
「…ふぅ…これだけあれば大丈夫かな?よしあとはご飯が炊けるのを待って…皆が帰ってきたとにすぐに出せるようにしないと…きっと皆任務で疲れてるでしょうから温かいご飯にしないと!」
切った材料を冷蔵庫にしまい冷蔵庫に残っていたものでデザートも作る。
少しでも疲れが取れるようにと紗綾なりの想いでもあった。
「出雲…遅いな、全くどこまで遊びに……」
その時扉のベルが軽い音を立てて開く時計を見ていた顔を扉のほうに移すと紗綾は目を疑った。
そこに居たのは血だらけで壁に凭れ掛りながら歩く出雲の姿だった。
驚いた紗綾はすぐに出雲に駆け寄り倒れそうになった出雲を抱きとめる。手には生温い血の感触だ、ゾクリとした感覚が背中に伝わる。
腕の中に納まった出雲は息をするのがやっとのようでか細い呼吸音が耳に響く。
「出雲どうして…?!一体何がっ」
「ごめんね…マザー」
「すぐに救急車を!」
離れようとした紗綾の手を出雲が掴むその手にはまだ力が残っていて何としても譲らない勢いだった。
出雲は朦朧とする意識の中なんとか言葉を紡ぐ。
「オ…レが……消えた…ら……右京さ…んに…れんっらく……して」
「どうして…彼に」
「だいじょう…ぶ、全部…わかってる…でしょ…?きっと…うまく…いくか…ら」
「待って!消えないで出雲!」
出雲の体が青く粒子のように光る、足先から消えていく。
紗綾は出雲の伸ばしてきた手を掴む、その手は頬に添えられる。
「行かないで…」
「はは…駄目だよ…オレは……この…世界…にはいられ…ない、だいじょうぶ…こうなることは分かってた…」
「どうして」
「もう…あんな…終わり…は…見たくっない…だか…ら」
「出雲!」
「…泣かないでかあさん」
「!!」
その言葉を最後に出雲の体は星の瞬きのように弾けて消える。
紗綾はボロボロと零れる涙を拭うことも忘れ、ただ震える手で腕の中に確かに居たはずの出雲が消えたことを確かめるように何もないその腕で抱きしめる、何も感じない。残っているのは玄関から続く血の跡だけだった。
また扉が開く今度は慌てた様子で紗綾が笑顔で迎えるはずだった4人が帰ってきた。
「紗綾…さん…?」
「あ……」
「どうしたんですか…コレ誰の…」
「紗綾、出雲はどうした」
「っ!!」
緋色の的確な言葉に紗綾は肩を震わせ愕然とした表情で4人を見る。
緋色にはわかっていたのかもしれないこの状況で足りないのだから、怪我をしていない紗綾の手や腕には血が付いていてその付き方は"誰か"を支えた時にしか付かないのだから。それに加えて紗綾の頬には血の付いた手で誰かが触れた痕があった。
(右京…さ…んに…)
「右京くんに…」
紗綾は混乱する中出雲が残した言葉を思い出し震える手で携帯端末に触れる血で汚れた手では上手く操作が出来ずに苦戦しながらもやっとの思いで右京の電話に掛けることが出来耳に当て出るのを待つ。
その間コール音がやけに長く聞こえた、早くと急ぐ気持ちにもどかしく思いながらも相手が電話に出るのを待った。
何コールか目の後に優しいけれどどこが悲しげな声に紗綾は心臓が押しつぶされそうになった。
この人も知っていたのだと分かっていたのだと、気付けなかったのは自分だけだったのだと。
「右京くん…」
《紗綾さん、出雲くんは死んでいませんよ。帰っただけです彼の居る場所に、だから貴女が苦しむ必要はないんですよ自分を責める必要もないんですからね、紗綾さん大丈夫です》
電話越しの右京の声は落ち着いていて安心させるように言葉を明確にゆっくりと話す、紗綾は頷きながらその言葉を聞く。
だんだんと落ち着いてきたときには既に空は暮れ始めていて、部屋は薄暗くなっていた。
《きっとキミが望むのであればまた出会えますよ、だからそんなに泣かないでください紗綾さん》
最初は慌てていた4人も紗綾が落ち着きを取り戻してきたことによって心を落ち着かせることが出来た。
紗綾の近くで神威は黙って背中をさすってやり残りの3人は血の付いた場所を黙々と掃除をして落ち着いて話ができるタイミングを計る。
「落ち着きました…ごめんね皆…」
「大丈夫ですよ、多分私たちも焦って余計に混乱させてたかもしれないので…それでこの方は?」
「彼は、私の友人の…」
「早乙女右京です。先程の連絡を受けてきましたが…必要はなかったようですね」
「右京くんもごめん…」
紗綾はこびりついた血を落とし着替えたのちソファに座り透が淹れたお茶を飲む、丁度良い温かさに心が安らぐ。
紗綾のことが心配に来たという右京は紗綾の隣に座っている、スーツをきちんと着こなし物腰が柔らかい彼に視線が集まる。
「少し話をまとめましょうか、皆さんにも理解できるように私のほうからお話ししますね」
「お願いします」
「では、まず出雲くんについてですが、彼はこちらの世界の人間ではありません。未来からこちらにいらした方です」
「未来から?それって可能なんですか?」
「ええ、可能です。時空の能力さえあれば」
右京の言葉に晴翔と神威は驚く、それもそうであろう普通なら有り得ないことだ。それこそ世界の理に反する行為だ。時空の能力者は世界に一人しかいないと聞いていた晴翔は余計に不思議に思い首をかしげる。
しかし、出雲が未来から来たということは何か過去か未来で"良くない事"が起こったということだ。
「一体どの時間軸から彼が来たのかは私には分かりません、彼の名前がリストには載っていませんでしたし、第一、時空移動は半端な気持ちでは出来ません、その移動に見合う事柄でないと時空移動するには荷が重すぎる。ですが彼はこうしてここにやってきていた、それは結構前のことです」
「出雲さんは何かを成し遂げるために何かを失ってでもここに来る必要があった?」
「そうです。ですがそれについては私には分かりません。その事柄を知るのは彼の居た時間軸の時空管理者のみですから…」
右京は調べようにも既にお手上げ状態のようだった、まず出雲がいつの時代の人間で本来どのようなルートでここに来たかもわからない以上これ以上は進めなかった。
「あの…その時空の能力者さんに何か聞けたりしないんでしょうか…確か一人しかいないんですよね」
「ええ、ですが全てを把握しているわけではありませんし、その事柄をお伝えするわけにもいかないのです。個人情報ですからね。それに願いは人それぞれ様々です、過去を変えたいその一心で訪れる方も沢山いらっしゃいます。その願いが強ければ強いほど時空は安定してお客様を届けることが出来ます、なので一つ確実なことを言うのであれば、彼は確固たる覚悟でここに来たしかも長い間ここに滞在していた」
「ちょ…ちょっと待ってください。右京さんってもしかして…」
何か異変に気付いた晴翔が焦った様子で右京に問いかける。
おかしいのだ、右京は時空の能力者に詳しすぎる、緋色でさえも世界に一人しかいないという事実のみを語っていたくらいなのに内部事情を右京は知りすぎていることに晴翔は違和感を覚えていた。
「あぁ…そうでしたね。キミたちは知らないのでしたねすみません。私はこの世界で唯一の時空の能力者です。普段はこの地域には立ち入りません。能力者の居ない一般人が暮らす街でカフェを営んでいます。
そうですね…ここに来るのは政府の仕事のときのみでしょうか。なので今ここに居るのもお仕事ですよ」
「やっぱり…」
「時空の能力者ってだけじゃないんだろ?」
「鬼の若君は鋭いですね」
「ええ。私は神職の生まれです。神に仕え神の御言葉を後世に伝える者」
緋色は少し離れたところで話を聞いていたが右京の言葉が気になったのか話に参加する。
右京は柔らかな言葉と表情に様々なことを隠しているようだった。
それに気づいてか緋色の口調は鋭くなる。
「神に仕えるってことは…右京さんも巫女なんですか?」
「ハル、それは違うわ」
「はい。神威さんの仰る通り、我々神職の者は巫女様方とは違います」
「でも…」
「巫女は、神に最も近くで仕え最悪の場合命を差し出す。簡単に言えば『贄』だ。全ては神の為にその為に身も心も神に託すそれが巫女の仕事だ」
「え……そんな」
「この世界では巫女はそういう扱いなのです。一般の考えとは違います」
晴翔は思わず隣に座っていた神威の顔を見る目を合わせてくれなかった、振り返り緋色のことも見たが緋色は晴翔のことよりも右京が気に入らないようだった。その隣に立つ透が気にするなというように口パクで知らせてくれるがその顔はあまり調子が優れないようだった。きっと知られたくはなかったのだろう。
実際そんなことを聞いていい気分にはなれない。
「贄を見つけるのも私達神職の務めでした。贄の者は異性でなくてはならなかったのですが…今は違うようですね。神の支えになれるように伴侶としても役に立つようにという上の者の考えは見事に打ち砕かれたのですが…まぁそれはどうでもいいのです。神々が生きておられるのであれば」
「はぁ……(なんか聞かなければ良かったな…)」
「話がそれましたね、晴翔様はお目覚め前だと聞きましたが…出雲くんが晴翔様を迎えに行くと言ったので彼直々に動くのは珍しかったのでよく覚えているのですが、もしかしたら晴翔様になにか関係があるのではないでしょうか」
「俺に…(どうしよう…心当たりがありすぎる)」
「ハル、どうしてそんな気まずそうな顔をするの…?もしかして何か」
無意識のうちにそうなっていたのであろう晴翔は顔を手で覆い引き締め直す。
だが、晴翔には心当たりがあるというのも一つしかなかった。その答えを今言っていいのかは分からないまた数人を怒らせる予感しかしないのだ。
もしかしたら隣に座っている神威はこの言葉次第でまた泣いてしまうだろう、晴翔に関しては過保護なくらい敏感なのだから。
「晴翔くんには何か思い当たるのかしら…?」
「あ、えっと。未来の俺が出雲さんに何かしたのかなって…」
「ハルが…?」
「待って神威、話を聞いてね。今の俺がじゃなくて多分その俺は多分邪神の俺のはず…目覚めてもおかしくなかった父親の実験が途中で邪魔されたりしなければそうなっていたんだと今なら分かる」
「そう…だね。私はあの時…衰弱してて抵抗できなかった…」
最初緋色たちが施設を襲ってきた時は丁度父親が晴翔と神威を準備ができたと実験室に呼んでいたのだ、その扉を開けた時に実験室は燃えていた。その実験室にはあの時の緋色と透が居たのだ。
父親はずっと何かを研究していたイレギュラーを使って人体実験を行っていた、それは今思うと恐ろしいことだ何も知らないうちに悪行に加担させられ利用されていたのだ己の欲望を叶えるために。
母は言っていた「あの人はきっと後悔すると」それはきっとそのことなのだろう。
だが欲望はエスカレートしていった、何もかもが手遅れに終わったそれが出雲の未来なのだろう。
きっとそのせいでここに居る人の未来が変わった幸せな道を歩んでいたであろう者も何もかもが変わっってしまったに違いない。
「出雲さんは俺のことで何かを変えたかった…ということですか」
「はい、恐らくは。ですがそれは途中で終わったということでしょう、その犯人はきっと晴翔様の目覚めを懇願するものその者に惜しくも敗れた。鬼の若君はそのことを知っていたのでは?」
「……」
「緋色さんが?」
右京の優しい瞳の中には有無を言わせない意志が感じ取れる。
緋色は睨み返すと右京は柔らかな笑みを返す、それを見た透が動こうとしたとき緋色が制する。
少しの沈黙の後緋色は閉じていた口を開く。
「ああ。"知ってはいた"だがそれだけだ。俺の未来予知は近々起こるはずの出来事を見るだけだそれが何時なのかどこなのかは分からない。だから出雲を殺った相手は分からないが傷の負い方からするとジョーカーだ。あいつは昔邪神の右腕と言われていたからな」
「右腕…」
「元は神職の人間だろう、情報はそっちが持っているんじゃないか?」
「紗綾さんが報告を怠るのであまりこちらに情報が回らないんです、あとで調べます」
「ごめんなさい。政府はすぐもみ消すから腹が立って…」
「神職の者にのみ伝えれば大丈夫ですよ…まぁその必要はもう無くなりましたが」
「どういうこと?」
「聞いていませんか?政府がこの件から手を引きました。政府が国民を見捨てたんですよ、手に負えないとね。あの狸どもは自分たちのことしか考えていないので自分たちの命のほうが大事なんでしょう。全くそんなことだろうとは思いましたが。なのですべて独自で動いています」
右京の衝撃的な言葉にその場に居た全員が耳を疑った。
政府が手を引いたということは国民の安全はどうなるのだ、例え能力を持っていたとしても生態は普通の人間とは変わりないというのに。
今はかろうじて神職の人間が支えているというがそれもいつまで続くかもわからない何せそもそもの人口が足りないのだ。
この緊急事態なので中立国にも協力を要請しているが吸血鬼の一族は検討中で、獣人の一族は拒否、言の一族はそもそも小さな村で戦いに出せるものが居ないだけでなく元々、吸血鬼の一族に守ってもらっているので協力することが出来ない。鬼の里は緊急時の避難所として人間の守護を許諾してはいるがそれでも自らの一族を守るので手一杯でそもそも人間をよく思っていないので上の者と言い合いになっていると緋色のもとに煌夜から連絡が来ている始末だ。
どこにも当てがない。挙句の果てにいまだにイレギュラー狩りが行われておりイレギュラーの人数も減っておりこの危機に街の外に出て行ったものも居るという。
「この時点ではどこに逃げても変わらないだろう」
「こちら側でも避難所を手配してはいますが、どこも首を縦に振ってはくれないのです。結界を張ったとしても貴方方神のぶつかり合いに耐えきれはしません」
「……あの、華子さんやロゼッタさんには頼れないのでしょうか」
これでは、もし本当に邪神が目覚めた時この世界はあの夢のようになるのだろうか。そうなればきっと多くの被害が出る、身を守るためにイレギュラーが力を使ったとしてそんな絶望のなか酷使すれば被害はもっと拡大する。
その為にやはり頼りに出来るのは万能の神たちなのだが、晴翔の問いに透は首を横振るだけだった。
「無理だ。華子とロゼッタは陽の神、戦い向きの神じゃない。それに華子は戦いを拒んでいる。ロゼッタは参戦しても前線には出られない。2人とも守護の神、戦闘向きの神ではない」
「……お手上げですか」
「すみません」
「いえ、なんとか要請を掛けてみます」
右京は真剣な面持ちで頷いた後、何かを思い出したのか紗綾に別れを告げどこかに出かけて行った。
部屋は重苦しくなっていた、現実はいかなる時も唐突で鋭い矛先を彼らに突き付けてくる。
逃げ場などない。
「お前がどちらかに転ぶかで選択は決まる。邪神なら俺と呪神が相手になるってことだ」
「……俺は…」
晴翔考える、きっと必ずその時はやってくる。
じわじわとひたひたと重くて冷たい闇が手を伸ばしてきている、その手に捕まれば逃げられない覗き見した過去でキミはなんて言ったっけと晴翔は問いかける。
その闇に堕ちた姿はきっともっと綺麗で神々しかったんだろう本当は望まれて生まれてきたのに、いつの間にか闇は濃くなって心と体は蝕まれていった、助けを乞う声を押し殺して全てに絶望して全てを一人で抱えたその瞳は閉じられて闇を嫌う者を見捨てて闇を称賛する者に救いを与えた。
間違った道で間違ったのだ全て気付いた時には大切な者が見えなくなって、手の中にあったものまで失って、独りになったんだ。
闇の中で独りでその手をそのすべてを血に染めた。
無くしたものとは何だったのだろうか、大切な者とは何だったのだろうか。救いたかったのは何だったのだろうか。
「■■■■」
「聞こえない」
「■■■■■■■■」
「分からない」
「■■■■■■■■」
「なんて言ってんだよ!」
黒い塊は何やらしゃべっているが全てがノイズ交じりで上手く聞き取れない。
どんどん近づいてくるのにその声は聞こえない。
何かを欲している、と本能的に理解する。
これは夢だ、きっと悪夢だ、これ以上は駄目だ。そう分かっているのにどうしても気なってしまう。
戻れなくなる、真実を知らないとと気持ちが急かす、すると急に空間が闇に染まる。
驚いたのも束の間気付くと黒い塊は至近距離にまで近づいていた手のようなものが晴翔の首に伸びてきたまずい、そう思ったその時視界が何かに覆われ暗くなる。
そして聞き覚えのある、声が耳に届く。
「光を照らせ、雷光!」
眩い光が辺りを照らすきっと目隠しをしないと目が潰れていたであろう光の強さだった。
思わず座り込んだ、その時顔を持ち上げられる。
「馬鹿ですか?!夢はまやかしじゃないんですよ!全て現実だと思いなさい!今ここで堕ちればみんなの努力が無駄になるとはどうして思わないんですか!」
「ご…ごめん…」
「闇と光は隣り合わせ、生と死も隣り合わせそれを努々お忘れないように。少しは生きて自分を大事になさってください。神は無頓着すぎる」
丁寧な口調に痛みを分かち合うかのように怒りをあらわにするのは、何度も引き返らせてくれた子だった。双子だと言っていた片割れとは似ても似つかないような純粋な心を持っている鬼の巫女姫、翡翠だ。
何故ここに居るのだろうかとぼんやりとした意識の中思う。もうすぐ目が覚める。
これは夢だ。夢の中にはいれる人間は限られているのだから。
「もうすぐ目が覚めます。彼女が呼んでますよ」
「あぁ…」
「あの核に触れないように一瞬で貴方の心は壊れる」
「え……」
そう言い残すと翡翠は姿を消した。
その一瞬で黒い塊が動いた気がした、気のせいかと思い目を離し光の当たる場所に手を伸ばす。
目を覚まさないと神威が呼んでいるそう思い光に身を任せる。
その時腕が晴翔の手首を掴みこう告げた。
「■■い■し■ほし■■■」
「な…に」
「捕まえた」
「っ!!」
目が覚めるとなぜか視界が薄ぼんやりしていて冷たい感触があった。目を擦るとその正体は水で似たようなこともあったなとまだはっきりしない頭で考える。
目の前には、技を撃った後であろう緋色が手をこちらに向けていてその隣では驚きと共に青ざめた表情の神威が居た。
「お前もう寝ないほうがいいんじゃないか?」
「……冷たい…」
「一回魂引っ張られて癖になってるだろ許してんじゃねーよ」
「(あの子とはホントに違うな…)いや、ホントに毎回すみません。神威は何でそんな顔してるの?水掛けられるなんてよくあることだし…特訓のときとか…」
「ハル…その腕…」
神威に言われた腕には火傷の痕のような誰かに捕まれたような痕が残っていた。
最後のアレかと思い至る。それと同時に翡翠が言っていたことを思い出す。
夢は現実だとそう言っていたのだ、その後こうも言っていたあの核心に触れるなと、晴翔の顔がみるみる青ざめる。
「落ち着け、そんなすぐにどうこうなるわけじゃない」
「良かった…」
「あとお前は危機管理能力をもっとどうにかしろ」
「はい…返す言葉もない…」
緋色は晴翔の腕の痕を見て気分が悪そうに眼を逸らす。
「めんどうな…」
翡翠は目を開ける。
そのすぐ近くには昴が月見酒を楽しんでいた。
「お、お目覚めか。大丈夫か」
「触れるなって言ったのに…変に気を許すから」
「ご機嫌斜めだな…」
「昴様お願いがあるんです」
「晴翔のところっていうのなら俺は嫌だな、お前を近づけさせたくはない」
「そう言うと思ってました、ではこれを届けてもらってもいいですか?」
「なんだそりゃ」
翡翠が渡したのは三枚の護符だった。名前が刻まれていてその上力が組み込まれているのか強固な護符であるのは確かだった。
その二枚を受け取り不思議そうにする昴に真面目な顔で近づく翡翠。
「うぉ、なんだ」
「それ、緋色と透さんと華子さんに渡してください。使い方は分かるはずだから」
「分かった」
「……」
「そんな顔すんな、こうなるのは分かってたはずだ」
「それでも出雲さんの居なくなったという事実は結構な痛手です。ジョーカーは気付いて出雲さんを始末した。そうなるとここから時間は一気に進みます。時間がない」
「そろそろ覚悟を決めねぇとな…」
そういう昴の顔はどこか寂しげで今まで見たことない弱々しい瞳をしていた。
それを見た翡翠も同様に悲しくなる、誰だって身近な者の死は悲しくて辛いものだ、しかしそれを自ら奪いに行くというのだからそれは壮絶な苦しみだろう。
神といえど痛みなどの痛覚はあるのだから心があって悲しみがある。何度味わってもなれない痛みがある。
悲しみを知って人はまた強くなる、痛みを知って人は優しさを得る。そこから進むのだ。
現実はいつだって残酷だ。




