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イレギュラー -悲劇の子-  作者: 獅子島 虎汰
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第27章

第27章 登場人物


高原 晴翔 [たかはら はると]

 五心の第1神『邪神』

 炎の能力を持つ。


衣沙羅 神威 [いさら かむい]

 言使いの一族。 第1神『邪神』に仕える巫女。

 言霊の能力を持つ。


咲桜 緋色 [さくら ひいろ]

 鬼の一族。 第3神『鬼神』に仕える巫女。

 氷の能力を持つ。


獅子島 透 [ししじま とおる]

 鬼の一族。五心の第3神『鬼神』

 影の能力を持つ。


緋室 昴 [ひむろ すばる]

 鬼の一族。 五心の第5神『呪神』

 闇の能力を持つ。


猫村 華子 [ねこむら かこ]

 獣人の一族。 五心第2神『天光神』

 

ロゼッタ

 五心の第4神『愛神』


相馬 出雲 [そうま いずも]

 謎が多い男。 紗綾のことをマザーと呼ぶ。

 

秋月 紗綾 [あきづき さあや]

 神職の人間であり政府の上の人間。

 神術が使える。


牧島 蛍 [まきしま ほたる]

 政府特務機関所属。 破壊の能力を持つ。


宮里 優真 [みやさと ゆうま]

 政府特務機関所属。 盾の守護の能力を持つ。


四重 純莉愛 [しじゅう じゅりあ]

 闇王の臣下。 常に単独行動。

 

ジョーカー

 王の臣下。 カードが得意。

街は赤い炎に包まれていた。

燃え盛る炎の中人々は逃げ回る、それをビルの上で高みの見物をしていたジョーカーとジュリアはケラケラと笑う。


「燃えろ燃えろぜ~んぶ灰にしちゃえ」

「おもしれ~な悲鳴がまるで喝采のようだ…」

「陛下はここに居ないのかしら…そこまで深い傷は負わせていなかったのでしょう?」

「ああ、それにあの時にはすでに傷は回復しようとしていた…あと少しで目覚めが始まるよ」

「これで絶望すれば…陛下は戻ってくる」

「そうだよジュリア、ボクたちの待ち望んだ世界が来る」

「早く来て…陛下」


薄気味悪い蔵に笑うジョーカーの隣でいまだに現れない晴翔に苛立ちを見せ始めるジュリア。

街はどんどん炎に覆われていく。

サイレンが鳴り響きどこからともなく消防車が駆け付け消火活動を始める。


「目障りだな…役に立たないゴミくず風情が……」

「ジョーカー?どこに行くの」

「陛下が来るまで暇だし丁度いいからゴミ処理でもしようかなって、ジュリアも来る?」

「やめておくわ、私ゴミに興味なんてないの」

「あっそ…じゃ、またね」


そう言うとジョーカーはジュリアを残しビルの上から地上へと飛び降りる。

屋根伝いに消火活動をしている場所まで走っていくジョーカーを見下ろしジュリアは綺麗な顔を歪め舌打ちをする。


「くだらない。そんなもの放っておけばいずれ死に絶えるというのに。まだ材料が必要なのかしら…あら?………面白そうね暇つぶし程度にはなるかしら」


ジュリアが見つけたのは黒塗りのトラックで塗装には政府の紋章が施されていた。目立つことこの上ないそのトラックは炎が一番強く上っているいるところに一直線だった。

ジュリアにとっては都合がよかった歯応えがあって殺し甲斐がある人間でないとつまらないからだ。

ビルの上から高く飛びトラックの上に着地する。重い衝撃音がトラックの中に響き運転手はハンドルを切る、腰に装備していた鞭を取り出し思いっきり振るう。

すると、トラックは真っ二つになりそのまま横転する、間一髪で中から出てきたのは政府の特定制服を着たまだ若い子供だった。


「呆れた…こんな子供が戦場に向かわせられるなんて…ホント人間てどうしようもないのね…」

「キミは…」

「あら…見たことがあると思ったらアナタあの学校の生徒ね…ふぅん…少しは骨がありそう」


そのトラックから出てきた数人の中に居たのはジュリアがかつてただ一人の生徒の為に通った学校の生徒が居たのだ。

その生徒は蛍と優真だ、二人もジュリアと同じく晴翔を探すために前線に参加することにしたのだ。

蛍と優真もジュリアに気付いたのか驚いている、晴翔とボロボロになるまで戦い学校の体育館を半壊にさせた少女が今自分たちの目の前に立っている鞭を下ろし命を狙いに来ている。

恐怖が2人の背中を走る、覚悟はしていたのだ命を失うことがあることが分かっていた前線に出るということはそういうことだ。命を失う覚悟で挑まなければいけないでも恐怖というものは無くならなくていま対峙してわかることもある。怖いのだ足が震える。呼吸が浅くなる。


「どうしたの?…あぁ…そう。あなた達怖いのね。そうでしょうねだって、いつも安全な籠の中に居たんですもの守られてきたんですものね一度失いかけた命を救われて一度死地に立ったからと言っても恐怖は無くならないわ。甘いのよそんな覚悟で何を守れるのかしら?そんなくだらない正義感で私の前に立つというのなら見くびりすぎだわ、調子に乗らないで頂戴」

「……四重さん…キミは」

「全員構え!前方の敵を撃てぇえええええ!」

「待っ!!」


蛍の制止に耳も貸さずにこのチームを統括する男が残りの仲間を率い弾丸をジュリアに問答無用で浴びせる数十秒後銃声が鳴り止むと煙が立ち込める。

周りがやったかと喜びのような安堵のような声を発する前に黒い艶光りする鞭が優真の蛍の隣に居た仲間たちの体を引き裂く。血飛沫が舞う。顔に腕に生温かい液体がかかる。それを理解するのに数秒かかったが一気に恐怖が駆け巡る。

逃げろ、ここに居てはいけないそう思うことが遅いことにも気付かずに。

濃い土煙の中を一瞬で切り抜け距離を詰めてきたジュリアに蛍は気付くのに遅れ息を飲むその瞬間隣から影が飛び出す。


「優真!!」

「ぐっぅ!!」


ジュリアの打撃を優真の盾が受け止めるだがバランスを崩しそのまま吹き飛ばされる。受け身を取ったおかげで何とか2人は立ち上がる、その時目にした光景は驚愕の光景だった。

燃え盛る街を背に髪を翻し澄ました顔で立つジュリアの足元には血だまりで沈む仲間の姿だった。

相手はたった一人だというのに、力の差が圧倒的すぎる。


「つまんな~い、政府の車だったから少し期待したのに…やっぱり駄目ね。その能力はお前たちには無駄だったようね…折角陛下が授けてくれたものなのに粗末にするくらいなら返しなさい。…そして人間は無力だと思い知りなさい」

「どうしてこんなこと…!」

「どうして?愚問ね。これは査定よだってこの世界にはゴミが多すぎるもの。ゴミは捨てないと綺麗にしなきゃ陛下が戻ってきたらがっかりするものぉ」

「陛下…って…」

「誰のこと言っているの…」


まるで当たり前のことのように話すジュリアに2人は驚きを隠せないでいる。今目の前にいる少女は一体何を言っているのだろうか、人間がゴミだと処分される存在だとどうしてそう平然と言えるのだろうか。優真は彼女の言う陛下が最初誰なのか分からなかった、しかし心のどこかで何かが引っ掛かっていた。

彼女が求めるもは一つだけ彼女はその為に彼に決闘を申し込みそして追い込んだ、それ以来彼女の姿を見なかったのだから。

だが、信じたくなかったのだ今まで一緒に居て命を賭けてまで自分を助けてくれた彼が本当は敵の親玉だなんてきっと何かの間違いだ。


「あらぁ~?分からないの?」

「(やめろ…)」

「あなた達の傍に居たのに」

「え……」

「やめろ…」

「うふふふふ」

「優真…それって…」

「やめろ!!!」


優真の怒りの声に蛍は肩を震わせる。普段怒らない優真の怒りのこもった声に表情に真実なのだと気づかされる。信じたくなかった蛍は混乱するあんな優しい笑った顔をする彼が他人の為に自らの命を賭ける彼が本当は敵だったしかも陛下という頂点に立つ男だったのだ。

では、蛍はいま何の為に戦っているんだ何のために今彼を探しているんだ戻らない彼を、自分たちが見ていたのは一体何だったんだ偽物なのか、あの優しい笑顔も手も言葉も全て偽物だとそういうのか。

蛍の心は一気に引き裂かれたような感覚になる。


「僕は信じない、アンタが言う言葉を否定する。そうじゃないと僕たちは何でここに居るんだ。信じて待っているのに、彼が僕らに賭けてくれた命は偽物じゃなかった、言葉も優しさも全部本物のはずだ。

じゃないとおかしいじゃないか、こんなすぐに尽きる命をどうして助けてくれたって言うんだ」

「さぁ?気まぐれなんじゃない?」

「そんなはずはない!彼は…晴翔はアンタとは違う!アンタみたいに汚れちゃいない!!」


優真の言葉にジュリアは反応する、苛立ちが露になる。

鞭を握る手に力がこもる。


「なんですって…私が汚れているですって…余程その命を散らしたいようね」

「……」

「優真…」

「いいわ、陛下のご学友に免じて見逃してあげようと思ったけれど、その必要はいま無くなったわ。やはりあなた達は陛下に相応しくない!その体とその力私が貰うわ!」

「!!」


怒りに満ちた鋭い瞳が優真を捉える、心臓目掛けて鈍色に光る閃光が降り注ぐ。

それは同じく怒りに後押しされた力で作り出した盾ですべてを受け止める土埃が舞い視界が不自由になるじっと捉えて離さない瞳に移ったのは蛍のか細いなりの力一杯の思いの込められた拳だ。

破壊の能力は蛍の筋力を最大限に高め何もかもを破壊するかのように繰り出される、その一撃を拳に込める。それは咄嗟の判断で受け止めるジュリアに確かに打撃を与えた。

よろめくジュリアに2人は追い打ちをかけるかのように切り込んで行く。

その姿を見たジュリアの表情は喜びで満ちていた。


「そうよぉ!これを待っていたんだから!殺し甲斐がなくちゃつまらないじゃない!!」


激しい破壊音が街中に響き渡る。

カードを切りまるで的あてのように投げるジョーカーの顔は実に詰まらなそうだ。


「あっちは楽しそうだな~ボクも少し待てばよかったかも?ま、いいか。どうせ一瞬で壊れちゃうならジュリアにあげたほうがいいよねぇ~、ね?そう思うよね…ってもう聞こえてないか…」


赤塗りの消防車からは火の手が上がりその周りには防火服を着た消防隊員が血を流し倒れている。

その上を何事もなかったかのように踏み歩くジョーカーは狂気的な笑みを浮かべていた。時々口ずさむ歌は軽やかでまるで子供の暇つぶしに歌う歌だ。

その光景を見たもの全てがこう言うだろう、彼は悪魔だと。

何かが崩れる音がしてジョーカーはニタリと笑う、そこに居たのは怯えた表情でジョーカーを見る少女だった。


「あっれ~おかしいな人が居たなんて…キミいい表情をするね…こっちにおいでよ僕と遊ぼ」

「いっいや…来ないで……バケモノ!!」

「……キミ…面白くないねおもちゃとしての役にも立てないならいらないよ死にぞこないちゃん♪」


少女が放った一言にジョーカーの顔色が変わる、先ほどまでの笑顔が消え張り付けたような大きな口が引き攣ったような顔を作る。

カードを切り一枚を投げそれを少女に向けて弾く、一直線に少女の顔面目掛け飛んでいくカードは何にも当たらずに飛んでいく。一瞬の間に飛んできた鎖が少女の体に巻き付きその場から引き離したのだ。

ジョーカーはゆっくりと顔を横に向ける。張り付けた笑顔はより深くなり。


「あは…やっぱりキミたちか…すばるぅ~?」

「気持ち悪い呼び方すんじゃねぇよ、ジョーカー」


そこに居たのは黒い大鎌を抱えた昴と鎖を解き放ち少女を逃がす透だった。

ジョーカーはこの瞬間が嬉しかったのか顔に手を当てケタケタと笑う、その状況を2人は気持ちが悪そうに眉を顰める。

散々笑った後満足したのか一息つき2人を見据える。


「いやぁ~嬉しいよ神2人と会えるなんてさ~あ、知らないとでも思った?最初から知ってたよ。

昴キミが第5神だということも、透キミが第3神だということもね…でも神様2人を相手に出来るほどの力は僕の中にはまだ無いんだ……残念だよ本当に…残念だ」

「よく喋るな、どうした人間殺して満足ってか?」

「あぁ…とてもつまらなかったけどね」

「お前も人間だろう、なのに何故こんなことをする!」

「ごめんね~こんなに殺したら秩序に反する?かな…はははは。くだらない質問をしないでよ鬼神」

「なに」


まるで悪びれもしないジョーカーの態度に透は不快感を覚える。

悪びれるどころかそれすら当たり前のことだと、まるで正しい行いをしたかのように話すジョーカーは狂っている。

その態度に昴は大鎌を構えるその姿はいまにも斬りかかりそうだ。


「秩序なんてくだらない、この世界は生まれ変わるんだ。闇王の復活でこの世界は変わる必要のない人間たちは闇王に平伏し従うしかなくなる、ゴミが唯一生き残れる道だろう?でもそんなことに抗う心さえないんだろうけどね。太陽なんて無くなって闇が支配する。そのために与えられた力だ」

「お前はまだそんな反吐の出るような実験をしてるっていうのか!いい加減にしろ、そんなことをしても意味がないことにどうして気付かない!人間は愚かな生き物だ。だがな、愚かながらも必死に生きてんだよこの世界を作ったのは紛れもない人間だ、何度同じことをしたってそんな願いは叶わない。そんなこと分かってるだろう!今この世界は確かに酷い有様かもしれない、生きづらいと思っている人間だっているさ、そんな人間に能力を与えてどうする」

「キミとはつくづく意見が合わないなぁ、呪いの神が聞いてあきれるね。キミは沢山聞いているはずだよ?人の憎しみを悲しみを、吐き気がするような思いを…それに救いを我々が与えてやろうっていうんじゃないかいい事だろう?」


吐き捨てるかのような昴の思いに透はただ聞くだけだ呪いの神は一番人間の苦しみを呪いのような言葉を聞いている、それでも何もしないのは彼自身が呪うことを拒絶するからだ。憎しみや怒りは人を動かすそれに神が手を貸せば争いがおこる。話を聞いてやるだけ少しその呪いのこもった言葉を心を楽にしてやるのが本当の呪いの神の仕事なのだ、痛みを分かち合い癒しを分けるそれこそが神だ。いつだって願いを叶えるのは人間自身だ、例えどん底に堕ちようとも這い上がる力を人間は元々持っているのだから。


「黙れ、人を見縊るな」

「ははっいいねぇ、その正義感嫌いじゃない…でもね絶望した人間は決して立ち上がらないんだよ?光のない世界に希望はない。じゃあ、またね」

「なっ!待て!!」

「次はきっと絶望させてあげるから」


ジョーカーは空高く飛び上がる。その所作は優雅で余裕さえ感じさせる。透と昴が数歩前に駆け出すがその間にジョーカーは姿を消してしまった。


「師匠」

「チッ…滅茶苦茶にしやがって片付けるぞ。ジョーカーが帰ったってこったあっちも引き上げんだろう」

「はい」


ジョーカーを追いかけたい気持ちは山々だったが炎の威力は弱まることを知らずに範囲を広げていっている、手遅れになる前に生存者を探すことが先決だと察した昴は大鎌を消し羽織っていた黒いローブのフードを目深に被り炎の中に入っていった、その後を追うように透も駆け出していく。


 ジュリアとの交戦に苦戦しできた傷を庇いながら負けじと戦いに挑んでいた、蛍と優真だったが体力が限界に来ていたその瞬間突然強い槍のような雨がジュリアの頭上に降り注ぐ。その為狭まっていた距離がジュリアがその攻撃を避けたことによって広がる。

誰だと思い振り向くと崩れた瓦礫の上に見慣れない制服を着た緋色が立っていた。


「咲桜先輩?!」

「よく耐えたな、あとは任せて下がっていろ」

「はい…」


少し冷たいような口ぶりには2人を気遣うような言葉があった、2人はその後ろに現れた姿に驚く。

緋色の後ろに居たのは紛れもない彼の姿だった、晴翔だ。その隣には神威もいて2人とも緋色と似たような服装をしていた。

しかし安堵よりも複雑な気持ちになり思わず下を向いてしまう。

ジュリアが言ったことが本当なのか問いただしたい気持ちにかられながらもここは戦場であることを理解したうえでグッと気持ちを抑える。


「陛下…!やっと来てくださいましたのね!!」

「ジュリア」

「ああぁ!私の名を覚えていてくださっているだなんて光栄ですわ陛下!」


ジュリアが喜びに満ちた顔をしたのも束の間その顔は怒りに変わる。

ジュリアの瞳に映るのは晴翔ではなくその隣に立つ神威だった、ジュリアにとって神威は邪魔でしかないのだ目障りで仕方がない。


「気に食わないわ…どうして貴女が陛下の隣に立っているのよ!」

「神威!!」


怒りに任せジュリアは鞭を振るう、それは神威が立っていた岩を打ち砕く。間一髪のところで晴翔が神威を庇いその場所から遠ざける。受け身がうまく取れず倒れた時の痛みが全身に走る、揺らぐ瞳を開いて晴翔はジュリアを見つめる。

ジュリアの心は悲しみと怒りでぐちゃぐちゃだ、顔を覆いぶつぶつ独り言を呟く。


「許せない許せない許せない許せない許せない許せない…どうしてどうして」

「どうしたのあの子様子が…」

「ジュリア…」


神威はその苦しみに気付いていた、なぜそれが自分に向けられているのかも。 

 蛍と優真は緋色に庇われ攻撃に備える。だが背中越しに見えるジュリアの様子が明らかにおかしいことに嫌な予感が過る。空間が歪むぐにゃりと曲がり感覚がおかしくなる。

地響きが響き小さな岩が宙に舞いしっかりと意識を保っていないと持っていかれそうになる。


「だ~め。ここでそれは困るな」

「ジョーカー……」

「シュバルツ様が呼んでる、帰るよジュリア」


突然現れたジョーカーがジュリアの肩を掴み、耳打ちする。正気に戻ったジュリアは無表情な顔で頷くとジョーカーに腕を引かれ姿を消した。

完全に気配が消えた時に緊張の糸が切れたのか蛍と優真は膝から崩れ落ちる。足や手がガタガタと震える今まで抑えていた気持ちが溢れ出す。

その様子を見て緋色が2人の頭の上に手を置きそのまま肩に顔をうずめる形になる。


「よくやった、少し休め」


その言葉に安心したのか2人は意識を手放した。

 慌てて駆け寄ってきた晴翔と神威は2人の傍に膝をつき2人を支え立ち上がる。


「すぐにここから離れるぞ、政府の人間が来たら面倒だ。そいつらの治療もしてやらないとな」

「はい…」

「巻き込んだ、そう思っているなら違うと思うぞ。その2人は自らの意志でここに居るのだから。なにか目的があったんだろうそれに2人が着ているその制服には政府の紋章が書かれている、政府の特務機関にでも所属することになったんだろう」


緋色は能力で雨を降らす大粒の雨は赤く染まる街を包み一瞬で鎮火させる。

ぼたぼたと髪を伝う雨粒は頬を伝い落ちていく、暫くするとサイレンの音が近くなってきてそれに合わせて透と昴が瓦礫の間から姿を現し合流する。

 その日の炎は広範囲の街を焼き尽くした、その日以降は雨が続いたまるで大勢の人の悲しみを洗い流すように、火災の被害は大きく多くの人数の被害者が出た。

悲しみはそれからどんどん広がっていって外を歩く人は居なくなった、まるで何かに怯えるように恐怖は人の心に住み着いて蝕んでいく。

雨は止まない、もう緋色の能力も効いてないというのに華子は言った、人々が悲しむ時雨が降ると。落ち着くように、でもその後はきっと晴れるから安心しなさいと。そう言った。

 

 久々に帰ってきた部屋で晴翔は一人窓に打ち付ける雨音を聞きながら項垂れる。

その時軽いノック音がした後神威が心配そうな顔で部屋に入ってくる。


「ハル、蛍ちゃんと優真くん目を覚ましたよ」

「いま行く」

「2人ともハルに聞きたいことがあるって言ってた」

「うん…大丈夫だよちゃんと話す」


晴翔は悲しげな表情のまま部屋を出ていった、神威は掴みかけた手を下ろしその背中を見送った。

 一階は明かりがついておらず昼間にもかかわらず少し薄暗かった、その中で蛍と優真はソファに腰かけ晴翔のことを待っていた、その表情は重たい。降りてきた晴翔に紗綾は微笑みかけるとすぐに奥の部屋に去っていった。

この部屋には晴翔と蛍と優真しかいない。


「晴翔、僕たちは本当のことが知りたい。本当のことを言ってくれ」

「私たちはどうしたらいいの…何を信じればいいの」

「俺は…」

「晴翔キミは、闇の王なのか…?この世界を人間を滅ぼすのか」

「それは」

「ねぇ!嘘だよね?そんなこと晴翔くんしないよね?」


まるで懇願するような蛍の表情に晴翔の心が痛む、騙していたわけじゃないと自分にも分からないのだとそう言わなければいけないのだから。

言え、言うんだ。そう思うたびに心の痛みが増していくような気がした。

 しばらくの沈黙の後やっとのことで絞り出した言葉は震えていた。


「いままで2人が見てきた俺も、闇王だということもどっちも事実だよ」

「う…そ……じゃあ、これから晴翔くんは私たちを殺すの…」

「分からない」

「分からないって自分のことだろ?!それをなんで分からないって言えるんだよ!」

「…ごめん」


優真は晴翔の胸倉を掴む、晴翔から見る優真の目は必死で受け止めようとしても受け止めきれない思いで葛藤しているようなそんな表情をしていた辛いだろう、いままで信じてきて救われた相手は本当は逆側の人間でいまその人間は真実を平然のように語っているのだから。

例え知らなかったとしても信じてくれなんて言えない許してくれなんてどの口が言うんだ、殺したいだろうその掴んだままの手でその首を締めあげてしまいたいだろう。騙されたそう思っても仕方がない。


「信じていたんだ、お前がそんなはずないってあの優しさも温かさも全部嘘になってしまうのが僕には怖い、そんなはずないんだろう。なぁ嘘なんだろ?こんなの悪い冗談なんだろ?」

「……………」

「どうして何も言わないんだよ!友達だって言ったじゃないか!助けたのはなんでだよ…じゃああの時放っておけばよかっただろ?!どうせいらない命だったんだろ?!そうなんだろ…なぁ…晴翔……」


崩れ落ちる優真に引きずられるように晴翔は下を向く、少し顔を上げれば今にも泣きだしそうな蛍が居る。こんな状態なのになにも言えなかった必ずしも目覚めないなんて言えない希望もない、もしかしたら本当にこの2人の首を晴翔は締める事も折ることも出来るのだから、いっその事全部夢なら良かったのかもしれないこんなのは悪い夢でそんなものを長々と見せられているのは可笑しな話だと誰か笑ってほしかった。

手遅れなのか失うのか初めてできた友達だった、外に出て初めてできた友達だったのだ。

苦しい、辛い。悔しい。そういう感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う。影が差す。


「ごめん、ごめんなさい」

「……晴翔くん」

「晴翔」

「俺はいつか全部忘れて闇の王になるかもしれない、でも頑張るから誰も殺したくなんてない、皆に生きててほしいんだ!俺だってこの世界を消したくない!」

「晴翔くんっ!!」


晴翔の悲痛の言葉に涙をボロボロと零しながら抱き着く蛍はごめんねと疑ってごめんねと泣きながら零す、その言葉に晴翔の何かが崩れる。涙が止まらない。

3人は声をあげて泣いた。

空はいつの間にか晴れていて、まるで3人の心を照らすように光が部屋に満ちる。

泣き声に驚いた神威が二階から急いで一階に降りてきた、でもその思いは暖かい気持ちに満たされる。

さっきまで泣いていた3人はいつの間にか笑っていて楽しげだった。神威は心の底から安堵した、絆はそんなことで崩れることはないのだと、きっと分かり合えるとそう感じられた。


「良かったね」

「あぁ…少しだけ希望が持てたよ」

「私たちは真実を知りたかったの、ただそれだけ。友達止めるって思った?そんな簡単に離してあげないからね、待ってるから」

「あぁ、待ってる晴翔が戻ってくるのを待ってる例え闇に染まったって、信じてるからさ。ちゃんと帰って来いよ」

「ありがとう」


4人を照らす光は眩しい、笑顔は輝いてきっと切れない絆が4人を繋ぐ、いままでもこれからもずっと。

後悔などしない、晴翔の抱えているものを抱きしめたって痛みを分かち合えるわけでもない、分かってあげられるわけでもない、でも受け止めてはあげられる、少しでも日の当たる場所へ導いていきたいのだと晴翔を見つめる2人の目は優しいものだった。

絶望から立ち上がったのだから今度はこちらが助ける番だ、くだらない正義感だろうとなんだろうと見捨てる事なんて出来ないのだから。

立ち上がれないわけじゃない立ち上がらせる、キミがそうしたように。そう思うことは決して間違いではないだろう。

 だから、この手は決して離してはいけない。


「じゃあ、行くね。政府に戻らないと」

「2人を政府まで送っていくからお留守番よろしくね」

「はい。気を付けて。2人とも無理しないで」

「そっちもな」


紗綾についていくように蛍と優真は出て行った。

2人を見送る晴翔の背中は落ち込んでなどいなかった、希望を捨ててなどいない。

前に見た時よりも逞しくなった背中には既に多くの命が背負われていてその重さに押しつぶされなように強くなってく晴翔は勇ましかった。



ボタボタと息をするごとに零れる血は止まらない。

出雲はよろめきながらもなんとか二本の足で立つ、目が霞む笑う顔は歪んで見えない。


「しくじったな…もう…限界か……あぁマザー…怒るかな」


追い打ちをかけるように仕掛けられる攻撃を能力である幻術を使って避ける。

それにイラついて多数の攻撃を繰り出す相手はやはりしっかりと直視はできないが、幸いなことに逃げ延びた場所は人の多い繁華街の路地裏で、わざと壁や物に攻撃を当てれば嫌でも誰かが気付くのだ。

それを利用し、人が集まりだす。それを察したカード使いは姿を消す。

最後のカードは当てが外れ出雲の顔面すれすれの壁に突き刺さると同時に相対していた者は居なくなった。

一息つく暇もなく出雲はケガをした患部を抑えつつ歩く。

会わなければいけない人が居たのだ、最後に会わないといけない伝えないといけないことがあったのだ。


「マザー…」

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