第26章
第26章 登場人物
高原 晴翔 [たかはら はると]
イレギュラーであり五心の第1神『邪神』。
炎の能力を持つ。
衣沙羅 神威 [いさら かむい]
言使いの一族。『邪神』に仕える巫女。
言霊の能力を持つ。
咲桜 緋色 [さくら ひいろ]
鬼の一族。 『鬼神』に仕える巫女。
水の能力を持つ。
獅子島 透 [ししじま とおる]
鬼の一族。 五心の第3神『鬼神』
影の能力を持つ。
緋室 昴 [ひむろ すばる]
鬼の一族。 五心の第5神『呪神』
闇の能力持つ。
咲桜 翡翠 [さくら ひすい]
鬼の一族。第5神『呪神』に仕える巫女。
氷の能力を持つ。
猫村 華子 [ねこむら かこ]
獣人の一族。五心の第2神『天光神』
光の能力を持つ。
風早 杏李 [かぜはや あんり]
獣人の一族。第2神『天光神』に仕える巫女。
無効化-キャンセル-の能力を持つ。
ロゼッタ
五心の第4神『愛神』
日本語がおかしい
マリン
第4神『愛神』に仕える巫女。
暖炉の中の木が小さな破裂音を響かせながら燃える。
部屋はその暖かさが満ちる。しかしそれと反比例して空間は静かで冷たい空気が流れているキッチンでの物音が部屋にまで響いてくるくらいだった。
誰も何も話す気はないのか黙っていてその中でも昴と透は不機嫌そうにしていた。
「そうデスカ…アナタがフラムなのですネ」
「フラムは母から聞いた名前で…えっと」
「そうですねぇ、ではなまえ聞かせてクダサイ」
「高原晴翔…です」
「ハルト、なんて書くのですか?」
ロゼッタの言葉に不思議に思いながらも手渡された紙に漢字で名前を書く。
それをロゼッタのほうに向けテーブルの上に置く、名前の書かれた紙をそっと撫でるロゼッタの顔は少し悲しげだった。
「そう…このなまえネガイが込められてますネ」
「願い…」
「そうデス」
ロゼッタはその紙を晴翔に渡す。
晴翔はまじまじと紙に書いた自分の名前を見る。
「アナタの母はアナタに願いを込めたそしてアナタを命の最後まで愛した」
「…はい…」
「その愛はアナタを幸せにできないかもしれないけれど」
「え…」
ロゼッタの瞳は悲しいような諦めたようなそんな複雑な感情が大きな瞳に宿っていた。
晴翔はそれに気づいたが出かかった言葉を飲み込んで紙を握りしめる。
それに気づいた神威が手を握るが晴翔は優しい目で見つめ返し首を振った、神威はそっと手を離した。
「話は終わったか?ロゼッタを呼んだのは都合がいいと思ったからだ試させてもらう」
「無駄で終わるかもしれねぇぜ?」
「それはそれで仕方がないだろう、賭けてみる価値はあるだろうこの存在自体が私達にとってイレギュラーなのだからな」
コーヒーカップを片手に現れた華子は真剣な顔で昴に牽制する。
昴が諦めたように手をひらひらと降ると華子は昴から目を離し晴翔に向ける。
晴翔は思わず姿勢を正す。
「キミは神の物語を知っているか?」
「いや知らないです」
「ではキミの知識は断片的な記憶ということか…」
「カコ、彼が知らないというのなら教えてあげたらどうデース?」
「そうだな、折角すべての神が揃っているのだからそれぞれの神から聞くのなが良いだろう」
「待て、それはどうかと思うぞ。それで目覚められても困る」
「透アナタ結構丸くなりましたーネ?他人の心配なんて…やっぱり鬼神デース!」
「やめろいちいち引っ付くな!」
謎の感動を抱いたロゼッタは隣にいた透を抱きしめる。
華子は頭痛がするのか頭を押さえ眉をしかめたあと持っていたコップでロゼッタの頭に衝撃を与える。
「話を進めるぞ、キミは我々と同じ悲劇の女王と呼ばれた母なる神の心、五心と言われる心から生まれた神だ。その中で一番最初に生まれたのがキミだ晴翔」
「俺が第1神」
「そうだ…キミは闇の王と呼ばれた第1神『邪神』」
華子の言葉はすんなりと晴翔の心に届く真実なのだと思い知らされてしっかりと受け止められた。
でも少し胸の奥にある何かがざわめいた気もした、そんなことを気にしている暇は晴翔にはなかった知りたかったのだ自分は何者でこれからどうなるのか。
晴翔の真っすぐな眼差しに華子は安心したのか微笑む。
「邪神は全てを破壊しつくす人の闇の嘆きから生まれた神だ。それ故に一番人に恐れられて人に嫌われた神でもある。怒りに触れればこの世界は一晩で終焉を迎えるだろう」
「…それが俺、でもどうしてみんな俺を殺そうとするんですか」
「キミの覚悟に免じて話してやろう、キミが犯した過去の罪を」
華子の言葉に部屋の雰囲気が一気に変わった。張り詰めたようなそんな空気が部屋の中に満ちる。
何よりも隣に居た神威の表情が険しくなり俯く。
それを見た華子が神威の隣座り肩に手を置く、神威は咄嗟に顔を上げる唇を噛み締め華子を見つめるその顔は優しい顔をしていた。
そうそれは、一番触れられたくないこと思い出したくないこと。
「キミは神の集まりの日の夜、自分の巫女、神威を殺したんだ」
「え……じゃあ…」
「そう、私は貴方に仕える巫女」
「あ……」
神威は辛そうに笑う、その笑顔には見覚えがあった蘇る情景で女の子が血だまりに沈む前に向けた笑顔だあの夢で見た女の子は神威だったのだ。あの夢が本当ならと考え夢が鮮明に思い出される、手にかけたのだ彼女の細い首を何の躊躇いもなく鋭利な刃を突き立てたのだ。悲鳴もなくただ静かに息を引き取る彼女をあの時の自分はどう思ったのだろう、何も思わなかったのだろうか。最低だ非道だと自分を非難することはもう遅いのに心が痛む。
晴翔は思わず神威に手を伸ばす神威は驚きながらもすぐにその手を取り両手で包み込んでくれる。
「泣かないで、だって私はあの事を責めることはしないから。貴方のことは誰よりも傍にいた私が一番知っている」
「あ…あぁ…」
「でもきっと皆が許せないのは…私を殺したことだけじゃなくて」
「そうだ、キミは鬼神を取り込もうとして失敗した。だがそれは鬼神に苦しみを与えた鬼神はその後巫女と共に心中した」
「……!?」
晴翔は透を見る、透は黙っている黙ってこちらを見つめるだけだ。その隣で立っている緋色の表情は暗かった、過去を詮索されるのが苦手な彼には気分が悪いのだろう。
華子の口から語られる言葉はどんどん重みを増していく。
「知っているとは思うが、鬼神は秩序の神だ、それが居なくなったのは神威が居なくなる前だ、鬼神が居なくなり民は混乱に陥った。均衡が崩れたことによって世界はおかしくなりつつあった、暫くは私と愛の神であるロゼッタでなんとか保とうとしただが人は神をキミを呪った。そうしてその怒りは全て呪いの神である昴に捧げられた」
「そうだ、俺に神を呪えとそう言う輩が増えた。殺せないのなら自らが神に頼んで生ませた神を殺せとそう言うんだから滑稽だろ?ま、人間らしい願いだがな」
「そんな…」
「だがな、それは叶えられないことだ。呪うには何かを犠牲にしなければならないそれは重い枷になった。俺は結局大切な者を失ったがな」
昴はそう言いなが目の前に座る翡翠の頭をガシガシと撫でてやる。
翡翠は何のことか分かっていないらしく不思議そうに頭を傾げている。
晴翔はどうしても自分を責めてしまう、過去の自分が犯した罪だろうと魂は同じだ知らなかったでは済まされない。許されないから皆がこうしてここに集まっているのだろう。
ここにいる全員を敵に回してしまうかもしれないのに、こんな何も知らないまま、闇王、邪神の復活を願う父親が率いる軍団と戦っていたのだと思うと背中に冷や汗が伝う。
そんなことこそが愚かだと笑うだろう。自分自身も愚かだと何も知らずにいたことに後悔することなんてないと思っていた、そのうちこの頭の中の霧は晴れるだろうと思っていたのが甘かった。
何度も邪神の魂は晴翔自身を乗っ取ろうと奪おうとしていたのだから邪神自身もまだ諦めていないだろう。こんな話を聞いてまだ邪神を許してほしいと思うのは自分の弱さ故なのかは分からない。
「結局邪神はどうなったんですか…」
「やっとの思いで追い詰めた時に自害した」
「…自害…ですか」
「ああ、その時は私たちも民を守るので必死でね。話も聞けなかった、私たちは後悔しているんだ。あの時邪神の話を少しでも聞いて上あげれたらと…一応同じ母から生まれた兄弟だからね私たちは」
「俺は多分救われたかった…頭の中がぐちゃぐちゃで気づいた時には引き返せないところに来てて…なんて言ったらいいんだろう……殺したかったわけじゃないのは確かなんだ」
「今更なにを…」
「透、やめろ」
晴翔の言葉に透は明らかに苛立ちを露にする。
それはそうだ一度命を狙われたのだから、こんな言葉を聞いたところで今更何も救われない。
「ハルト、私たちはその言葉信じていいですか?」
「はい…」
「私からもお願いします、晴翔の言葉を聞いてあげてください。確かに彼のやったことは許されないことです。でも今ここにいるのは"あの"彼じゃないからきっと…そうでしょ?」
「…信じてくれるのか?」
「えぇ、だって私は貴方の巫女だもの」
神威のその言葉に晴翔は救われたそうだ信じてくれる人が欲しかったのだあの時、きっと迷子のようだった自分は何よりも傍にいて消えない光が欲しかったでもそれを誰かに否定されたか自らが見失ったんだ。
何か重要なことを忘れている気がする一番重要なこと。
「なんだ…何が……俺の」
「ハル…?」
「俺の生まれた理由…は……っ!!うっ」
「ハル!!」
強烈な吐き気に晴翔の視界が歪む、神威の声と共に誰かが駆け寄ってきた気配とその時晴翔の意識は途切れた。
世界は闇の中で赤黒い空、焼け焦げた大地に崩壊した町、所々で燃え上がる炎に、泣き叫ぶ声に諦めた顔をした人。水を求めて彷徨う人も居れば神に懇願するかのように祈る人に追い打ちをかけるように人外が人間に向けて閃光を放つ。なんて無力なんだ人間というものはこうも簡単に崩れ朽ち滅びていくのか。
祈りや願いなど届かない、絶望が広がる。
この光景を何というのだったかそうだこれはー。
「地獄だ」
虚ろな目をした青年がポツリと言葉を零す。
目の前に立つその青年は似ていた自らの姿に、いや違うこれは自分自身だ。
忘れた捨てた過去だ今目の前に立つのは自分自身でありかつて闇の王と言われた男、邪神だ。
「-----------------!!」
聞こえないなんて言っているのか分からない。
何かを必死に訴えているがその声は届かない、闇が後ろから手を伸ばしている。
銃声と共に青年は泣きながらこちらに斬りかかって来た。咄嗟に後ろに下がるとそこは足場がなく真っ逆さまに落ちるだけだった。
その時見た青年の顔は不気味な笑顔をしてこちらを見下ろしていた。
「ざまあみろ」
まるでそう言っているようなそんな気がした。
目の前が暗闇に包まれたとき、光が差した暖かさが掌に伝わる。
鳴き声が聞こえる、よく知っている声が。
「かーむい!どうした!」
「…ゆめみたの…」
「どんなゆめ?」
「ハルちゃんがみんながしんじゃうゆめ…」
「んー、それはこわいなぁ…でもだいじょうぶだ!」
空が見えない空間で少年は笑う。
偽りの空の下で少年は泣いている少女の手を握って、まるでどこかの物語の騎士のように膝をついて。
「おれがきっとかむいのことを守ってみせるから!」
「うん!ハルちゃん!!」
嬉しそうに笑う2人は幸せそうだったまるで夢物語だ、その場面もすぐに切り替わって炎が全てを包んでいく何もかも全てを燃やして消していく。
少し成長した少年は誓い通りに少女を背負い逃げていた。
「絶対に守って見せる、お前だけは絶対に」
子供のころのあの約束を馬鹿みたいに背負って自分を犠牲にしてまで守ろうと命を燃やす。
― 必ず守る ― とそう誓ったのだから。
炎と煙が視界を隠す。
一体自分は何を見せられているんだろう。
人は死ぬ前に夢を見るというそれは走馬灯と呼ばれるものだろうか。晴翔は何のために生まれて何のために生きるんだ、と自分に問いかけてみる。
答えは返ってなど来ないのに。
「俺は…」
― 晴翔 ー
「神威…」
そうだ と思うより早く晴翔の足は動き出していた。
だがそれを何かが引き留める、真っ黒で人型だということしか分からなかった。
だが呼び声が晴翔をそちらに向かわせる、影を振り払い闇を切り払い走る。真っ直ぐに、ただ思うがままに光に手を伸ばす。
「!!ハル…!」
「…か…むい…?」
「良かった……間に合いました…」
「危なーいデース」
カーペットの上で仰向けになっていた晴翔の右手を泣きながら強く掴む神威と、額に手を置いていたロゼッタ、心臓の位置に両手を重ね置く翡翠が眼前に広がり唖然とする晴翔の頭は混乱していた。
「フラムがお前を呼んだんだろう、見たか?」
「多分…あれはまるで……っ」
「あーやめておけ吐くぞ」
「うぅ…はい」
起き上がった晴翔の背中をロゼッタが優しく撫でてやるそのおかけで多少は楽になった気がした。
思い出しただけで強烈な吐き気が襲われるくらい酷い有様だった。
いまのこの世界では有り得ないだろうと思うくらいの景色に避けたくなるような現象だあれは災厄ではないきっと人間の間の争いでそれに絶望したのだろう。
人間を嫌いになったんだ、あの世界は綺麗だったのだそれを汚し滅ぼした人間が愚かで憎かったのだと。
「体は平気か?お前の魂が引っ張られた瞬間に翡翠が術式で引き戻してロゼッタが能力で強制的に目覚める治療を施したが…」
「そうなんだ…ありがとうございます。特に違和感とかはないです」
「良かったです、この術式、人間にすると戻ってくるとき魂が二つに分かれてしまうかもしれないので不安だったのですが…緊急事態だったので…」
「どうして助けてくれたんですか…」
「それは彼女が悲しむから、ほら怒ってますよ貴方の巫女様が」
翡翠の優しい瞳がまだ泣いている神威に向けられる。しかも晴翔を今までに見たことがないような顔で睨んでいる。
晴翔は慌てふためきどう話しかけるか困り神威のまえで正座をする。
「怒ってるんだからね」
「はい、ごめんなさい」
「ハル諦めたでしょ…分かるんだから」
「え…なんで」
「私は貴方の巫女なの巫女は仕えている神の波動が分かるようになってる」
「そうなんだ…神威ごめんね」
「戻ってこれて良かった」
「えっと…声が聞こえてあと…神威が覚えているかは分からないけど、昔の夢を見た。騎士の真似事してた時の」
「……!覚えてる」
「だから一度誓った誓いは破れないから…かな…はは…それに神威の泣き声も聞こえてきたし戻らなきゃって思って」
晴翔の照れたような笑みに神威は驚き心が温かくなる。
神威は思わず晴翔を抱きしめる、力一杯抱きしめる、存在を確かめるように、晴翔は微かに震える神威の肩に気付き優しく抱きしめ返した。
こんなにも温かいものだとあの必死な時にもつらい時にも傍にいたのは笑顔を向け続けてくれていたのは神威だったのだと今頃気付かされた。
「(きっとあの時の自分は見失っていたんだ、この暖かさも優しさも闇に飲まれてしまったんだ、今度こそ大丈夫だ神威を"二度"と悲しませない)」
その夜晴翔は一人外に出ていた少し大きめな岩に腰を下ろし街並みを眺める。
車の音や町の街灯や家の明かりがとても綺麗だとそう感じた。
人間を一度は憎んで見捨てたにも関わらずそれでも人間として生まれ人間の作った世界を綺麗だと感じてしまうのは心から憎んではいなかったのかと疑いたくなる。
あれから、心のざわめきも無くなった。
「ハル」
「神威、どうしたの」
「ハルが居ないからどこに行ったんだろうって思って探してた。寒くない?大丈夫?」
「うん平気」
「そう……綺麗」
「綺麗だよねこんな世界を汚したくなんてないな…」
「きっと大丈夫だよ。ハルは負けない」
「ありがとう」
2人で岩の上に腰を下ろし離れた自分たちが住む守る場所を街並みを見下ろす。
こんな場所が闇に堕ちるのかとこんなにも明るい街の光が消えるものかと思いつつ家の中に戻ろうと立ち上がったその時、割れんばかりの破裂音と爆発音があたりに響くと同時に光が消えた。
「な…んで…」
「ハルこれ…」
「どうして」
この異変に気付いた緋色たちが外に出てきて全員が驚愕の表情をする。
そこに広がるのは先ほどまでの綺麗な街並みではなく暗闇で煌めくのは真っ赤な炎だった。
現実というものは残酷だ。




