第23章
カナリアの放つ音が辺りに響き渡る。
気分が悪くなるのを感じながら紗綾は怯まず術式の書かれた紙を放つ。
だがそれはいとも簡単に破かれてしまう。
「あら?どうしたのかしら?紗綾貴女…怖いの?」
「違うわ!」
「じゃあどうして本気を出さないのよ……私を見くびっているの…」
「違うわ…!カナリア話をしましょう!」
「…貴女はいつもそう…出来損ないの私を馬鹿にしているのでしょう?私は神族として生まれたのにイレギュラーだったから……だから!!お父様もお母様も私を捨てた貴女も私を見捨てたくせに!」
カナリアの怒りの声に呼応するように音は一層強くなる、立っていられなくなり紗綾は思わず膝をつくそのまま倒れこみそうになったところで煌夜が紗綾の腕を掴む。
「煌夜さん…」
「まだ倒れるには早いのではないか…政府のものであろう?人間だとしても神族であり政府の人間そうや和ではあるまい?」
「でも私はあの子に合わせる顔が無い…あの子は…」
「……カナリアと言ったな、貴様神族であろう何故そっち側にいる?」
煌夜の問いにカナリアの動きが止まる。
「答えられぬか…ならば良い、だがなカナリア、一つ忠告しておくぞ」
「なに…」
「例えいくら闇を演じようと貴様は所詮光の神族、闇は光にはなれぬ光は闇にはなれぬ。そしてその心はお前の邪魔をするいくらお前が闇に惹かれようとも所詮は光…闇堕ちでもせんかぎり貴様は光の住人だ、見たところ完全に堕ちてもいないようだしな」
「……!!」
煌夜の言葉にカナリアは動揺を隠しきれないようだった。
紗綾は煌夜の顔を見る煌夜はとても楽しそうにカナリアを見据えている。
「カナリア……」
「仕方がなかったのよ…この力は陛下から頂いたもの…ならば陛下の為に振るわねばならないのよ…だから仕方がなかったのよ!」
「それが貴様の本音か?」
「うるさい!……でも安心して紗綾もう少しで終わるからこれで貴女も救われるでしょう?もう姉さんの罪を背負う必要はなくなる」
「どうゆうこと…?」
カナリアは空高く舞い上がる、同時に人形たちの動きも止まる。
嫌な汗が紗綾の背中を伝う。
煌夜は紗綾を背に庇うようにして立ち構える。
「だって…闇王様がお目覚めになるのだから…この国はまた闇に包まれるそうすれば傲慢な人間どもは闇王様に下るしかなくなる…」
「そんな……」
「だから無駄な足掻きはしないで大人しく闇王様をこちらに渡して?」
「それはできないわ!それは姉さんだって望んでいないだって姉さんは…!」
「あの方の幸せを願っていた…でもそれは叶わないあの方が居なければ私たちは報われないのだから…」
カナリアは懐から一枚の紙きれを出しそれを屋上で交戦している神威目掛けて投げる。
「でも…あの子は邪魔なの」
「困るんだよねそんなことされたら」
「え?!」
「出雲!!」
その紙切れは神威に届くことなく空中で爆散する。
その煙に隠れ出雲は一気にカナリアに斬りかかるが寸でのところでカナリアが避ける。
「チッ」
「今日はここまでにしておきましょう、さようなら紗綾」
「待ってカナリア!!」
カナリアが姿を消した瞬間人形たちは突然動き始める。
咄嗟の判断で煌夜は紗綾を抱え後ろに下がる。
「さっきよりも数が増えちゃいねーか?」
「煌夜様!その人ら殺したらダメですよ!」
「だぁークソッ!生きている人間を操るとは悪趣味だな!」
冬真は能力で崩れかける建物を支えながら言い放つ。
煌夜は嫌々ながら刀を持ち換え手に電流をまとわせる。
「気絶させれば良かろう!」
「紗綾さん出雲こっちに!煌夜は見境が無い巻き込まれます!」
「り理不尽!!」
紗綾と出雲は急いで冬真の傍まで走る。
煌夜はそれを気配で察したのかニヤリと笑むと電流をまとわせた拳を勢いよく地面に叩きつける。
すると凄まじい雷鳴が響き閃光が辺りを走り回る。
確実に人形のように操られていた人間たちの動きを殺した。
それは一斉に倒れ沈黙する。
「えぐい…」
「ごめんなさい煌夜さん私が足を引っ張ったばかりに……」
「いや構わぬ煽ったのはこちらだからな、しかしカナリアの言っていたことは確かに納得がいく」
「……」
「誰かの幸せは誰かの不幸だ…それはどうしようもできない」
「そうね…」
気まずい雰囲気になり全員が黙り込む。
その時冬真の横から顔面擦れ擦れに誰かが吹き飛ばされてきた。
恐る恐る横を見ると崩れたがれきの中から身に覚えのある姿が現れる。
物凄い不機嫌そうな顔をした透が飛んできた方向を睨みつけている。
「と、透くん……」
「待て、紗綾近づくな、透の様子がおかしい」
「え……」
透に駆け寄ろうとした紗綾を煌夜が止める。
透は起き上がるとこちらに見向きもせず怒気をはらんだ瞳で壁を蹴りまた元の場所に戻っていく。
「……厄介なことになるかもな、冬真ここを離れるぞ」
「え、でも建物が崩れますよ」
「そんなもの緋色がなんとかするだろう、外で伸びている奴らを政府に引き渡す紗綾良いな」
「ええ…」
煌夜は交戦中の透を見据え急いで建物から離れる。
冬真が離れた為建物が支えを失い傾く。バランスを崩した神威が落ちていく。
「神威!」
「ありがとう…」
「気を抜くな」
咄嗟に伸ばされた緋色の腕にしがみつき難を逃れた神威は肝が冷えたがすぐに切り替え戦闘に集中する。
ふと下に視線を落とすとそこにはジョーカーとの戦闘に苦戦している晴翔と透、真紅の姿があった。
ジョーカー余裕の笑みを見せ三人の攻撃を軽々しく躱す。三人の攻撃は確実に当たっているはずなのに痛みを感じていないのか、相手の攻撃は緩まない。
まさに強敵と言ったところだろう。
「ハル…」
「神威?」
「ハルの様子が…」
心配そうに見つめる神威の視線の先には晴翔がジョーカーの攻撃を受け飛ばされたところだった。
立ち上がったはいいが様子がおかしかった、目は赤黒く背後には黒い靄が掛かっていた。
危険だ、そう思ったときにはもう既に遅く晴翔が手をついた木は朽ちる。
「何……あれは…」
「ハル…!」
「ここであれを放たれたらここら一体朽ちるぞ」
初めて見る光景に琥珀は息をのむ。
緋色は焦る、状況は完全にこちらが押されていてなんとか保っているところだ。そんな状態で晴翔がこの前のように暴れられれば緋色と琥珀だけでは抑えられない。ましてや兄である煌夜に頼ろうにも獣人の一族を逃がすことで手一杯なのだ。
「(どうする…下手に動けば全員が動けなくなるどころか"持っていかれてしまう")」
「緋色ちゃん!」
考え込んでいた緋色に琥珀が叫ぶ。
我に返った緋色は気付く。
先ほどまで周り居た人形たちが揃って下へと降りて行こうとしているのだ。まるで闇に惹かれるように。
「なんで…」
「このままじゃ死人が出るわ!この子たちを元に戻せなくなる!緋色ちゃん!」
「一旦ここにいる連中を…!?」
「地面が!!」
「神威手を!」
急に床が抜け落ち建物が崩れる、咄嗟に神威の手を掴み引き寄せ能力を使い水の泡で覆い衝撃を和らげる。何とか空中に逃げた琥珀が二人の元に駆け寄る。
「緋色ちゃん!神威ちゃん!平気?!」
「は、はい…」
「いっ…」
「緋色さん?!どうしたんですか?」
何とか立ち上がった瞬間緋色の視界が歪む。刻印が施されている瞳が痛みを放つ。
今までにない痛みに思わず膝をつく。
緋色には痛みの原因は気付いていた、能力に飲まれた人間たち人形が闇に惹かれたのなら一番近くに居たもので闇に存在が近い者は否応なしに引っ張られる。
「透………!」
緋色の事を支える神威はその呟きに反応し顔を上げ戦闘中の透を見る。
いつもの冷静な戦闘態勢の透ではなく苛立ちを見せた状態で攻撃を繰り出していた。それとしきりに隠している目を強く引っ掻いて血が流れている。
この状況で落ち着いて戦いが出来るはずもない、緋色は霞む意識の中痛みで意識を繋ぐ。
「琥珀…真紅を下がらせろ…」
「え?どうして…」
「早く!手遅れになる前に!」
困惑した琥珀に緋色は焦りを滲ませた声音で叫ぶ。
琥珀は驚きながらも真紅を呼び戻す、真紅も困惑したように前線を離れる。
「どうしたんだい彼らは何だか気配が…」
「この世のモノではない?」
「あ…あぁ…まさか」
「そのまさかだよ」
「出雲…」
瓦礫の上を出雲が険しそうな表情で現れる、その後ろには紗綾が困惑した表情で今の戦況を見定めているようだった。
「戦況は最悪のようだな…あれじゃ君たちが呼び掛けても聞こえないだろうね」
出雲の言葉に神威と緋色は黙り込む。
もう少し早く異変に気付いていたら間に合ったかもしれないが今の状況ではそうはいかない。
戦うだけ目の前の敵の息の根を止めるただそれしか彼らには見えていない。
「あちらさんが諦めて撤退してくれればこちらで手を尽くせるのだが…もし晴翔くんが連れて行かれてもこちらとしても困る、いままでのことが一瞬にして水の泡だからね…」
「私が止められれば……!」
「やめたほうがいいわ、いまのあの子には届かないどうにか物理的な何かで止めなくちゃ」
「でも!」
紗綾が真面目な顔で言う、出雲も賛同のようで首を縦に振る。
そうこうしている間にも闇は濃くなる、透の鎖が周りの瓦礫を掴みジョーカーに雨のように浴びせるその破片や粉塵が神威達の所に飛散する。
琥珀が風の能力で吹き飛ばすがそれも長くは持たないだろう、もう既に後方で戦闘を繰り返していた神威達の集中力も切れかけているのだ。
襲ってきていたのは能力を最大限に引き出された人間でシュバルツとジョーカーによって操られた人形にような"人間"なのだ。まだ引き返せる人間は殺さず生かすのが絶対な神威達にとっては神経を使う戦いだったのだ。
ならば他の手をと思うかもしれないが、煌夜と冬真は今回の騒動や何とか助かった人間たちの処理で手一杯でそれどころではない。
完全に退路を断たれたいまの戦況は地獄だった。
「まずいな…まさか無意識の状態の闇王様相手にするなんて…もうこれ目覚めてんじゃないの??」
「ジョーカーよ、撤退だ」
「は?本気で言ってるの?シュバルツ様」
「この状態では我々のほうが不利だ…だがしかしこれは好都合とも言える」
「…?」
戦闘中にも関わらずジョーカーはなんとか二人の攻撃を躱し応戦しつつ空中で不敵に笑うシュバルツと会話をする。
「分からぬか?今の状態は目覚めではないまだ何かが足りぬ…しかしこの状態となったいまだれも止められまい…そうすれば厄介な一族がまた一つ滅ぶ」
「はーん…そういうことね」
「我らが手を下すまでもない、それに獣人どもはしっぽを巻いて逃げよった。それがこたえであろう?」
「それもそうだな」
ジョーカーは嬉しそうに笑う、その笑みは晴翔たちに向けられたものではなく神威たちに向けられたものである。神威は緋色を支えている手に力がこもる。
全員が嫌な笑みだと恐怖を覚え身構える。
「ク…ハハハハハハハハハハ」
「なんで…なんでこの状況で笑えるの……」
「なんでって…分からない?ボクはねこの状況が楽しいんだよとってもね…」
「バケモンが…」
「どうとでも?ここで一つ滅ぶんだ面白くて仕方がないねぇ無力な生き物だ」
ジョーカーは笑うただ笑うその笑い声は狂っていて気がおかしくなりそうだった。
琥珀は怒りで飛び出しそうになるそれを、真紅が抑える。
「挑発に乗ったらダメだよ琥珀、相手の思うつぼだ……でも僕らはいつのまにか彼らに踊らされていたようだけれどもね…」
「あは…気づくのが遅いよ…馬鹿だね まそれもこれで終わりだよ精々生き延びることだね…じゃあね」
「待て!!」
晴翔と透の攻撃が二重になりその刃がシュバルツとジョーカーのいたところ目掛けて放たれるがそれは空を切った。
やっと落ち着いたかと思えば、悲劇は起こる。
隣同士で並んでいた晴翔と透がお互いに刃を向ける、闇は濃く広がる。
「まずい!」
「空間を拒絶する!」
紗綾の一言に地面に紙切れがばら撒かれるそれは黄緑の光を放ち紗綾たちの空間だけを切り取り結界を作る。
だが、攻撃が重すぎるせいで結界にひびが入る。
「ダメ!破れる!」
紗綾の結界を維持する力が押され始め腕に無数の傷が出来る。
緋色の瞳の痛みは強さを増し次第に抑えている手の隙間から血がにじみ出す。
「緋色さん血がっ!」
「うぐッ」
食い破られると緋色は察するが痛みで頭は動かないここで透にかけている制御の印を外せば楽にはなれるだろうが今の状態で解き放てば暴走は過激化する、緋色は必死に意識を保つ。
神威は茫然とただ過激化する戦いを見ているしか出来ない、いくら呼び掛けても聞いてくれはしないのだ。神威の言霊の能力にも欠点があり確実に相手に届かなければ効果はない、心が動かなくてはいけないのだ。神威は泣きそうになる思いをギュッと堪え時を待つ。
なんとか攻撃をしようと真紅と琥珀が遠距離で仕掛けるもそれはすべてはじかれてしまう。
お返しのように思い一撃が返ってくるのだから下手に手を出すことは出来ない。
「これじゃ…あの子たちもいずれ…」
「ハル!お願い…」
神威の悲痛な叫びは届かない。思わず涙が頬を伝う。
誰か…そう叫ぼうと思ったその時空から何かが降ってきた。
「アイスロック!」
透明なガラスのつぶてが振り上げられた晴翔と透の腕を貫く。
そしてそれは大量に二人の上に降り注ぎ身動きが取れなくなる、暴れもがくがそれは次第に全身に広がる。辺りの温度が下がり吐く息も白くなる。
「クラッシュ!!」
届いた声とともにの透明な宝石は砕け散る。
半透明な煙が広がり冷たさが体に染みる。
目を凝らして見てみるとそこには二人の刃を大鎌と素手で受け止める男とその男に抱えられている少年が居た。
その場に居た全員が唖然とする。たった数分で二人勢いを止めたのだ。
「敵を見誤るんじゃねーぞ餓鬼ども…」
「し…師匠……」
「俺はそんな風には育てた覚えはねーぞ透、頭冷やせ」
冷静だが冷たい心を射抜くようなそんな声に透は我に返る。
晴翔も目の前の男に見覚えがあるのか我に返った様子で座り込んでいる。
その瞬間緋色が倒れこみ神威も膝から崩れ落ちた。
男の腕から離れた少年は一目散に倒れた緋色に駆け寄る。
「緋色」
「ひ…すい…なんで……」
「間に合ってよかった」
消え入りそうな声に涙を流しながら少年翡翠は緋色を引き寄せ優しく抱きしめた。
そして血で溢れた目に手をかざす、すると血は止まり跡形もなく消え去った。
後ろから鎌を空間に消し去った男が緋色を片手で抱き上げる。
その様子を見た出雲が警戒心を帯びた表情で声を掛ける。
「君たちは……」
「あ?俺とは会ったことあんだろ?……まぁいいか。俺は五心の第5神『呪神』の緋室昴だ一応鬼の一族でな、鬼頭に頼まれてきたこっちにいるのは我ら鬼の一族の巫女」
「『呪神』の巫女としても仕えています…それと緋色の双子の弟の咲桜翡翠と言います」
二人の言葉に透を除く全員が驚く。
「ちょちょっと待って、だって君シュバルツ側に居たあの鎌の…」
「あれはちょっとした理由があってなそれは後で教えるとして、場所を変えねーか。な良いだろ?」
「ええ」
「下に車を手配してあるそれに乗るぞ」
昴は緋色を抱え歩き出す。
それに続き晴翔たちも歩き出す、唯一透だけ立ち尽くしているのに気付いた翡翠がゆっくりと歩み寄り手を取る。
「透さん、行きましょう。大丈夫だから」
透は何も答えない。俯いているため表情はよく見えない。困った翡翠は多少強引に手を引く。
やっと歩き出した透に翡翠は何も言わなかった。
辛いのも分かっているならちゃんと分かっているならこれ以上彼を追い込む必要はない。
「雨降ってきやがったな…うちの巫女さんと馬鹿弟子は何してんだ…おっと来たか」
「昴様少し言いすぎですよ」
「あー?全くお前は引きずられやすいんだ、過去から何も学んじゃいねーのか?………だんまりか…自分の守もるものを自分で傷つけてちゃ意味なんてねーんだよ。その力は無意味だ」
「………」
「今は休め、また鍛えなおしてやるお前が二度と間違った道に進まないようにな」
そう言うと昴は車の中に押し込むように透を入れ扉を閉める。
雨はまるで誰かを悲しむかのように強くなる。
「んで?お前はその傷どうすんだ?」
「あ…バレてたんだ…」
「肩代わりしてもいいけどな隠すんじゃねーぞ、おら顔出せ」
「いたた…ごめんなさい昴様」
「いい、雨の中に居ちゃ体も冷えちまうさっさと帰るぞ」
「はい」
昴は翡翠の瞳から流れる血を服の袖で拭ってやる。
それから翡翠をマントで覆い助手席に案内すると自らも運転席に座りハンドルを握る。
車はゆっくりと動き出す。車内はとても静かだった。
きっとこの雨で少しでも苦しみが楽になるようにと祈るばかりだった。