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イレギュラー -悲劇の子-  作者: 獅子島 虎汰
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第19章

ふわふわした気持ちで目が覚めると、目の前には優しい男の人、私を抱き締めてくれて凄く温かかった。

そんな優しい夢、そんな…過去の記憶。


神威は目を覚ます。

そこは見慣れた天井で窓の外はまだ薄暗く日が昇るまで時間がある。

体を起こして少し離れたベッドで眠る晴翔を見つめる、晴翔は気持ち良さそうに眠っている。

神威は起こさないようにそっと晴翔の頬を撫でる。そのまま何も言わずに部屋を出ると1階へと続く階段を静かに降りる。

誰も居ないと思っていた1階に、真紅と琥珀が居た。2人はソファに座っていて、真紅は本を読んでいるようだった。

いま1番会いたくないと思っていた2人を見つけ気まずくなり神威は引き返そうとしたが真紅が静かな声で引き止めた。


「どうしたの?」

「……」


こちらを見ずただ本に目を向けたまま真紅は神威に声を掛ける。

神威は何と言おうか迷ったが言葉が見つからず黙り込んでしまった。


「そんな所に立ってないでこっちにおいでよ、眠れないなら話聞くよ?」

「……はい……」


神威は渋々真紅の隣に座る。よく見ると琥珀は真紅の肩にもたれかかって眠っているようだった。


「ごめんね、琥珀が眠っててあまり動けないんだ」

「いえ、大丈夫です……」

「…嫌な夢でも見た?」

「え……っと、嫌では無くて優しい夢でした」

「そっか、それならなんで眠れないんだろうね」

「それは……」


時刻は深夜を回っている。

真紅は神威が言葉を探しているのを感じてそれを待つ、だがまた見つからなかったのか神威は俯いてしまう。


「……何か言えないことかな? まぁ、誰しも言えないことの一つや二つあるよ、キミにも僕にもね」

「真紅さんにも?」

「うん、まぁ僕は秘密主義者ではないから言えないってより言う必要がない……かな、神威ちゃんはどっちかな?」

「私は……」


神威は考える。

ずっと心の中で隠し持っている思い、秘密にしている事を。


「私は皆に隠してることが……ある……」

「知ってるよ、キミが本当はお話出来ることもずっと忘れてた記憶が戻ってる事も」

「はい……あの!誰にも言わないでください!お願いします、ハルにはハルには知られちゃいけないんです」

「キミたちは……一体何をしようとしているの?」

「私……たちは、報われない想いを果たしたいんだと思います、でもこれで最後だからもう皆に、"あの人"に辛い思いしてほしくないから……私はあの人に……」

「僕はキミにも辛い思いをしてほしくないよ」

「……真紅さん……」

「神威ちゃんにも目的があるんだね」

「はい、私はその為に"此処"に居るんです、ハルの傍に居ないといけない」


神威の瞳は強い想いを宿している、いままでの神威とは表情が違う、真紅は察した、何かが動き始めていることに。

少しづつ動いていた時は一気に動き始めたのだと、これを止めてはいけない避けられない刻なのだと。

真紅は伸ばしかけた手を下ろし、真っ直ぐ見つめる神威の瞳を受け止める。


「(この子は僕らが思っているよりも強いのかもしれない、最初から目的の為に……)参ったな、降参だよ姫」

「ごめんなさい」

「いいんだ、前から僕らの目的は終わっててここにいる理由はほとんど無かった、強いて言うなら情だよ、人間や鬼に同情する吸血鬼なんて聞いて呆れるよね」

「そんな事ない、前から貴女はとても優しい人だったから……だからごめんなさい」


神威の言葉に真紅は悲しそうな笑顔を見せる。


「いま……言いたかった言葉を言ってもいい?」

「はい」


立ち去ろうとした神威の背中に言葉を投げる。


「一緒に国に帰ろう、民が家族がキミを待ってる」


その言葉に神威は驚き涙が出そうになる、だがその気持ちを堪え唇を噛み締める。

自分の立場も帰らなくては行けないことも全部分かっていた、ただまだ帰れない、こうして生まれたことや置いていけない者があるから。

神威は振り返り真紅を見る。


「ごめんなさい」

「いいんだ、分かってるから。キミはキミの成すべきことを……僕は僕の成すべきことを……ね?」

「ありがとうございます」


神威はそれ以上は言わなかった、感謝の言葉を残して去っていってしまう。


「聞いたかい、琥珀」

「ええ」

「僕らの目的は終わったよ……帰ろうか」

「いいの?」

「これは僕らが関わってはいけない」

「……そうね……」


まるで歪んだ笑みを隠すように真紅は手で顔を覆う、だが瞳は赤く底光りして楽しそうだ。

琥珀は少し伏せた瞳でそんな真紅の手に指を絡ませる。


「彼女らの運命はまるで悲劇ね……」


哀れむのでもなく悲しむのでもない心のない言葉はその場で消えた。


神威は部屋に戻ると少し明るみ始めた空を窓から見つめる。

静かに音を立てないように晴翔の眠るベッドに腰掛ける。

幸せそうに眠る姿に思わず頬が緩む、これからの日々に何の不安もないようなそんな寝姿に思わず涙が零れる。

雫が眠る晴翔の頬の上に落ちる。


「ん……か……むい?」

「ごめんなさい」

「どうした?怖い夢でも見たのか?」

「ごめんなさい」


ただ謝るだけの神威に晴翔は眠気に負けそうになる瞳を必死に開けながらも神威の頬に手を添えてやる。


「泣くな」


その一言に、神威の瞳は大きく見開かれる。

一瞬見えた姿は夢で見た優しい男の人の顔、忘れられない記憶の断片。

抑えていた気持ちが溢れ出す。

「(本当は全部覚えていたのに記憶に蓋をしてでもこれは全部"貴方"にあげるものだから誰にも渡さないし貴方が知らないなら覚えていないのならこれは要らないのだとそう思っていた、思い出さないなら思い出したくないのならそれでいいのだと、そう思っていた。

でも、きっとこれは必要なもので"貴方"にも私にも必要なものだから、だから忘れたフリをして今日も私は"貴方"の隣に立つの。

何も知らない真っ白な貴方の隣に。

嘘つきで本当の"貴方"の色を持つ真っ黒な私が立つの)」


涙を拭う手は大きくて優しい、神威はその手に頬を擦り寄せる。

何も知らない晴翔は再び瞼を閉じる。

それにつられるように神威も目を伏せる。


「(少しだけ……少しだけでいいからこのままあなたのそばに……)」



これは悲劇の物語。

刻は大きく動き始めた。


闇は深く刃のようにまるで包み込むように忍び寄る。


「うっふふふ、これでやぁ〜っとあなたのそ·ば·に!」

「どうした、やけにご機嫌だな嬢ちゃん」

「あらぁ〜昴様になずな様ごきげんよう、私やっと見つけましたの!我が陛下を!クラスは違いますわでも同じ学校ですものこれは運命……!」

「おー……そうか、そら良かったな」

「でもやはりあの女……邪魔ですわ……昔から陛下の傍をうろちょろと…目障りですわ」


闇の中の薄明かりの中の談話室には黒衣の昴と和服姿のなずな、それと可愛らしい顔を嫉妬に歪ませた女の子がナイフ投げを楽しんでいた。

そのナイフの先には写真がある。


「間違って陛下を殺すなよ嬢ちゃん」

「そんなヘマしませんわ!私は陛下の妻となる身……あの方に相応しいのはこの私、ジュリアだけですもの!ふふふ…」

「なんて愚かな子……陛下の妻だなんて」

「あら奏お姉様、なんですの?」

「陛下の寵愛は私のものよ、恥を知りなさい」


階段をシュバルツと共に降りてくるのは綺麗な黒いドレスを身に纏う奏だ、その後ろにはカナリアが無表情で立っている。

談話室には不穏な空気が流れる。


「やめないか奏、ジュリア、息子が知ればきっと悲しむそれこそみっともない」

「申し訳ありません、シュバルツ様」

「良い、ジュリア次はお前が行きなさい、人が足りないんだ人形が居ないと王は退屈するからね、いいものを飼っておいで」


シュバルツの言葉にジュリアの笑みが一層深くなる、その笑みは姉、奏に向けられ奏は舌打ちする。


「分かりましたわ、ジュリア頑張りまぁす」

「期待しているよ」


一瞬にしてジュリアの姿は消える。

談話室は一気に静かになる。


「さて、昴になずな久しぶりだね、この前JOKERから電話があってね……派手にやったそうじゃないか」

「あぁ、あれかすまん。邪魔が入ってな」

「我が息子を殺す気なのか?忠誠心が足りぬのではないか?」

「俺たちは元からそんなもの持ってないんでな、流れ者だそれに契約は監視と護衛だろ?間違っちゃいないさ」

「シュバルツ様になんて無礼な口の利き方を!」


怒りを見せる奏をシュバルツは手で制する。


「昴よ何が気に食わない?」

「……なんだ、急に」

「我が息子が目覚めればこの世は全て闇の中、素晴らしいとは思わないか?光なんぞ鬱陶しいだけではないか、目障りな人間も思うがままだ…」

「どうでもいいね、俺は生きてりゃそれでいい流儀に合わなければ斬るただそれだけだ、アンタも例外じゃねーぜ、シュバルツ」

「ふ……まぁ、これからも期待しているよ」

「そりゃどーも」


昴は立ち上がりなずなと共に姿を消す。


「良いのですか、あのまま好きにさせておいて」

「鬼はいまでは人口が減っている、一族が潰れるとなれば嫌でも従うだろう、それは我が息子の機嫌次第……」

「ですが……」

「心配するな奏、もうすぐだ……もうすぐで目覚める。我々の願いは叶う…(お前が残した絶望は私の希望だ……そうだろう…千世)」


シュバルツはジュリアが残していったナイフを取り壁にナイフを投げ付ける。

力強く刺さったナイフは途端に朽ちていく。

奏はそれを見て口元を手で隠し笑う。


桜の花弁が盃の中に入る、それを見た煌夜は盃を高く上げ月に照らす。

今日は綺麗な満月で傍には冬真が酒の入った瓶を持って座り呆れた顔をしている。


「あのー頭…明日早いんですからここまでにしといてくれませんかね」

「まぁ暫し待て……来たか」

「……はい」


薄明かりの廊下を静かに歩いてきたのは女物の羽織を纏う"少年"だった。


「翡翠が来たということは…やはり来たか」


一陣の風が桜の花弁と共に舞う中、黒衣の男と着物の少女が現れる。

そして一瞬にして黒衣から赤と黒の着物姿に、少女は美しい女性になる。

2人は煌夜の前に膝を付き頭を垂れる。

その場に居た全員が真面目な顔になり辺りは静まり返り風の音がやけに大きく感じる。


「ほう……動いたか」

「どうなさいますか」

「もう良い、戻れ」

「承知しました」

「ああ、散れ」


煌夜の一言に、2人は瞬時に反応し再び風と花弁を舞わせ姿を消した。


「……懲りんやつよなシュバルツ……」

「頭」

「冬真、報せを出せそして兵を呼べ」

「承知」


冬真は立ち上がると直ぐに姿を消した。

煌夜は盃に残っていた酒を飲み干し、床に置くと立ち上がる。


「翡翠決して1人になるな、昴の傍に居なさい。これから何があっても決してお前のせいでは無い」

「はい……兄上」


煌夜はニッコリと微笑むと薄明かりの中へと消えていった、いつもと変わらぬ背中なのに何処か寂しさや悲しさの匂いがした。


悲劇の始まりは突然訪れる、音や影もなく姿もないそれはいつのまにか背後に忍び寄ってきているものだと知る。

そして知らぬ間に捕まって身動きが取れなくなって気付いた時には手遅れなのだと思い知らされる。








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