第1章
いつも見ていた空はとても綺麗とは言えない、偽りの空だった。見上げればいつも澄み渡った晴れた空に雲ひとつない景色が眼前に広がっていた。
しかし、いま目の前に広がっているのは紛れもない赤い炎と、人間の悲鳴。足元には息絶えた人間の亡骸がゴロゴロと転がるその景色は地獄のようだった。
「……ハル」
「急ごう、神威。早くここから逃げないと」
隣で不安気な表情で立つ少女、神威の手を晴翔は強く握り締め辺りを見渡し扉の方へと近づいてドアノブに手をかけた。その時、真横の壁が突然大きな音を立て崩れる。
「人が居たらどうするつもり?」
「大丈夫だろ、多分」
「あ」
風塵の中から現れたのは、黒いローブを身にまとった晴翔とそう歳も変わらないくらいの少年と、同じくローブを身にまとった背の高い青年だった。少年がこちらに気づいた瞬間、晴翔は神威を抱え走り出していた。
「あの人たちに捕まったらマズい気がする!」
炎が燃え広がって煙が充満している中、晴翔は一目散に奥へと走り出す、後ろから恐らくあの2人だと思われる足音が聞こえてくる。
この騒ぎを起こしたのはあの2人であることも、晴翔は分かっていた、見慣れない服装にいつも出入りしている人間とは違う気配なのだから。ここはイレギュラーの施設、いつ狙われてもおかしくは無いというのはこの施設の理事長からずっと聞かされていたことだった。
それがいま、現実となってしまっているのだ。
「待てって!!」
「ヒィッ」
辿り着いた扉に手を掛けようとした途端、背後から突然刃物が頬を掠め扉に刺さる。
恐る恐る振り向くと、少し離れた場所に先程出会った少年が投げた後のフォームで立っていた。
「……なんなんですか、あんた達」
「何って…ここに探し物をしに来ただけ」
「…ここにはイレギュラーしかいない。もしかして、あんた達が理事長の言ってたイレギュラー狩り?」
「そんなものと一緒にするな、不愉快だ。」
晴翔の言葉に少年は不愉快そうに目を細めこちらを睨みつける。晴翔は思わず一歩後ろに下がり、抱えていた神威を守るように体を捩る。
少年は、そのまま黙って近づいてきて扉に刺さっていた刀を抜くと腰に付けた鞘に収めた。
晴翔が唖然とした表情をしていると、突然真上の天井が綺麗に抜け落ち先程の青年が姿を現した。
「さて、帰るか」
「は??」
「選択肢をやるよ。こんな所に居たいというのなら、その女と一緒にここで死ね、死にたくないのなら一緒に来い。どうする?」
「なっ!?」
「早くしろ」
突然突きつけられた言葉に晴翔は唖然とするしかなかったと同時に、頭の中困惑している感覚を覚えた。
晴翔は頭をフル回転させ考えた、腕の中にいる神威はもう限界だ顔色も悪い。正直死ぬくらいなら一度でいいから外に出たいと思っていたなので晴翔は、伏せていた顔を上げ少年を真っ直ぐ見る。
「一緒に行く」
その言葉に少年は、ニヤリと笑うと青年に耳打ちし青年がこちらに歩み寄って来る。慣れた手つきで神威と晴翔を抱えると、そのまま来た道を戻るかのように壁を器用に使い、抜けた天井から外へと出た。
薄暗い建物から出た瞬間、晴翔の目に飛び込んできたのは、オレンジ色の空にいくつも浮かぶ雲と、そのオレンジ色を背後に立つタバコをくわえた男だった。
「……綺麗だ…」
思わず零れた言葉と、同時に晴翔と神威は地面に下ろされる。さっきの青年はもう一度下に降りていき少年を抱えて戻ってきた。
けたたましいくらいのサイレンの音が周りを包み込むと同時に赤い車が何台も晴翔たちの場所に駆け付けてくる。
晴翔はその瞬間目の前が真っ暗になった。
翌日、目が覚めると一面木目調の茶色い天井で、周りを見渡す限りどれも初めて見る景色だった。
「ここ…どこだ」
明らかにここは病院ではない。どこかの家の一室だろう。
ほんの少しだけ開かれた窓からは気持ちのいい風が入り込んで来ている。暖かい光が部屋中を包み込んで気分もいい。
「あ、起きた?おはよう、高原晴翔くん。気分はどう?」
「大丈夫…です」
「そう、流石だね。昨日は手荒な真似をしてごめんね、あのままだとキミが危なかったから。本当は違う名目だったけど、予定を変更してキミを保護することにした。突然の事でびっくりしていると思うけどこれからよろしくね。晴翔くん」
晴翔の脳内は完全にパニックになっていた。
目の前の男は微笑み、楽しそうにしている。晴翔は頭を抱え蹲る。晴翔はこの瞬間 選択肢誤った、そう悟った。