第15章
女の子が泣いている、体を震わせて怯えた顔でこちらを見ている。
女の子の肩は血に濡れていて、それを抑えている手も真っ赤に染っていて、なのにそれを嬉しく思ってしまう自分がいる、片手に刀を持ってその刀は女の子の血なのか汚れていてそれを向けるとまた怯えて逃げようとするから思いっきり刀を女の子に向けて振り下ろしたー。
「っ!!!」
晴翔は目を開く肩を上下させ呼吸が荒くなっていることに気付く。
思わず周りを見渡し手を見る、何も無い赤くもない血の匂いもしない、あの怯えている女の子もここには居ないと気付くと安心した。
「よ……良かった……」
「何が?」
「うわあああ!?」
「うるさい…急に大声出さないで」
「ごめんなさい…って、あなたは……」
「……昨日はちゃんと帰れて良かったね」
急に目の前に現れたのは迷子になっていた晴翔を助けてくれた少女だ。
どうしてここに居るのだろうかと思った時ふと気づく気を失う前少女が現れた事を。
「見えた?」
「え?」
「夢、見れた?」
「夢……変な夢ならいま」
「それ、ぼくが見たもの…記憶っていうのかなぼくのじゃないけど、多分キミの知っていなければいけない記憶の断片」
「記憶の断片……?俺の?」
「そう、キミが無くしているものでもキミの中にある王が持っていたもの、本当はこれから先知らないこと」
少女がトンと晴翔の胸を指で小突く。
先程見た夢が晴翔の中で蘇る、それに呼応するように心臓が跳ねる。
少女は悲しげな瞳で晴翔を見て両頬を両手で包む、その手はとても冷たくてまるで氷のようだ。
「冷たっ」
「忘れるな、お前を愛している人が居ることを」
「どういう意味?」
「キミが何者になろうが運命は変えられない、だけど未来は変えられる、ぼくはそれに賭ける」
「……」
「彼女は殺させない、これ以上苦しませたくない彼女は幸せにならないといけない」
「彼女って誰?」
「キミが1番知ってる、ずっと守ってきたのだから」
少女は立ち上がるのと同時に晴翔の両頬から手を離し、後ろを向く。
その瞬間に外に咲く桜が風と共に舞い散る、少女を包むように部屋になだれ込んでくる。
「待って!!」
「ぼくはキミが死のうが生きようがどうでもいい、でも大切な人を傷付けるなら許さない」
「っ……?!」
気付いた時には少女は目の前から消えていた。
最後に残していった言葉がやけに冷たく突き刺さる、何かを呼び起こされるような気さえしてくる。
それを拒絶する自分がいるのが分かる。
「わけわかんねぇ……」
「ハル?」
「神威」
「具合悪い?これお水っ」
神威が水の入ったコップを手に晴翔の目の前に膝を着くのを見た晴翔は思わず神威を引き寄せた、コップは畳の上に落ちる、何も言わない晴翔が心配で神威は何度も名前を呼ぶが返事はない、泣いているのかとも思ったがそうでも無い、よく分からないが自然と晴翔の頭を優しく撫でてやることにした。
「ハル、よしよし」
「あはは……子供みたいじゃん」
「よしよし、いい子いい子」
神威の声は心地が良い、心に拡がる優しさに身をあずけてしまいたくなる。
神威は嫌がる素振りを見せず晴翔が落ち着くまでずっと頭を撫で続けた、しばらくするとそのまま寝落ちたのか規則正しい寝息を立てて晴翔が寝始めてしまい、押し入れに入れてあった毛布を起きないように静かに掛けてやる。
先程落としたコップを拾い、部屋を出る。
「桜……綺麗」
「神威、まだ起きてたのか?」
「緋色さん、透さん」
「今日は悪かったな巻き込んじまって、神威も疲れたんじゃないのか?大丈夫か?晴翔は?」
「ハルはいま寝た、私は眠くないから大丈夫」
「そうは言ってもな…明日帰るんだぞ?また帰りも長いし……」
「でも眠くない」
「じゃあ、勉強するか?言葉の」
「でもテキスト持ってきてない」
「お前らが遊びに行っている間に部屋で絵本を見つけた、それで勉強すればいい伝説の話だから、昔の話の勉強にもなる」
「そりゃいいな、神威どうする」
「見たい!」
「決まりだな」
神威は目を輝かせ、緋色と透に着いて廊下を歩いていく、緋色の部屋に入るとそこには書籍と絵本が机に並んでいた。
「どれでも好きなのを読むといい、読めない所は教えてやる」
「ありがとう」
神威は机の上に置いてある絵本を手に取る。
表紙には綺麗な女の人と鬼の角を持つ綺麗な男の人が背中合わせで並んでいた。
絵本を開くと平仮名で文字が並んでいた、言葉や心を忘れてしまった神威にとってはとても読みやすい本だった。
「むかしむかし、あるところにー」
緋色は隣で絵本を読む神威の言葉に耳を傾けている、透は縁側で座り刀の手入れをしながら話を聞いている。
その本は儚く美して悲しい話だった、鬼の一族に伝わる逸話。
ー世界には神がいた、その神は人々の悩みや話を沢山聞いた、雨の日も風の日も晴れの日もいつも神様は一人一人に寄り添い話を聞いた、だが神にも心はある。いつの間にか心はボロボロでそんな神は自分の心を5つに分けた、そうして5つの神が生まれた。人々を照らし導く天光神、傷つついた心を愛で癒す愛神、秩序を守り正す鬼神、歪んだ心名を呼べない呪神、そして最後に全てを破壊しつくす闇黒王邪神の5つの神だ。
5つの神には1人ずつ巫女が仕えた、巫女を神々は愛していた、どんな姿をしていても包み込む巫女をただ愛していた。
だが、3つの神は愛を知ると狂ってしまった。
狂った3つの神は愛していた巫女を自らの手で殺してしまった、それからその3つの神は忌み嫌われてしまった、その3つの神は鬼神、呪神、邪神、の3つだった。その神がまたこの世界に産まれた時災いが起こるだろうー。
と書かれていた。
神威の瞳から涙が溢れ出す、何故か分からないが涙が止まらないのだ。
「神威?」
「どうした、泣かんでもいいだろうに……お前の事じゃないだろう?」
「私……知ってる……」
「え?」
「知ってる……?なんで?なんで知ってるの?誰?怖い怖い怖い!!」
「落ち着け、大丈夫だ」
神威が急に怯え出す、透は背中を摩ってやる。
緋色は絵本を手に取る、神威が読んでいた部分はまだ前半部分でここから話は鬼神と巫女の話となる。読んでいた部分は5つの神の説明の部分だ、それに反応したということは何かしら関係があるということだ、この話は代々受け継がれておりこの話の一族は必ず読み聞かせられてきている、緋色と透もそうである、実際緋色はこの世に巫女として生まれたのだいつか鬼神を自らの手で納めるために生まれた贄だ。
「(この話に関係あるのか……?)神威、どの神を知ってる?」
「……この神様……」
神威が泣きながら指を指したのは、1番厄介と言われている破壊の闇黒王邪神だ。
寄りにも撚って面倒な神を知っているのかと緋色は驚きを隠せずにいた。
透も驚いているようだった。
「そうか、怖かったなこれはやめよう、ほらこれを貸してやる、これは兎の話だ可愛いぞ」
「……可愛い……」
「(これで気が紛れればいいが……)透、少し神威を見ていてくれ俺は少し離れる」
「ああ」
緋色は神威に可愛らしい表紙の絵本を渡すと部屋を出た、そのまま迷うことなく一直線に向かった場所に彼女は居た。
着物を着た少女だ、似た顔をした少女は周りに舞う桜に手に乗せ遊んでいるようだった。
「……」
「どうしたの?もう夜遅いのに珍しいね緋色」
「少し聞きたいことがある」
「なぁに?」
「知っていることを教えてほしい」
「いいよ、全部教えてあげる」
「……神威と晴翔のことだ、あの2人はー」
「それ、どうしてぼくに聞くの?わかってるくせに」
嘲るような笑みを浮かべる少女の肩を力強く掴んだ緋色の顔は必死でその少女は驚く。
今まで見たことない焦ったような辛そうな緋色の顔に少女は表情を消す。
「緋色が思ってる通りだよ、ぼくにははっきり見えた最初は分からなかったでも、晴翔の力が強くなるのと同時に神威の力は晴翔を呼び戻してる、どっちが負けても結果は変わらない運命は変えられない、分かってるでしょ?緋色も見たなら分かるでしょ?それは間違いじゃない」
「すまない……」
まるで縋るような力強い手は離れていく、その手を少女は掴む。
少女は少し怒っているようだった。
「ねぇ、緋色ぼくは緋色がどの道を選ぼうとそれは間違いじゃないと思ってるでも、彼女が傷付くならそれはいけないことだよ」
「それは、昔の話だ」
「それを引き摺ってるのはいけないこと?じゃあなんでまた生まれたの?災いが起こってからじゃ遅いんだよ?時代は変わった人も増えて守るものも増えたもう頼む者もない神は朽ちた今でさえ、ぼくらは生きてる、その意味が分かるよね?」
緋色は少女の怒りの含んだ瞳を受け止める。
言いたいことは伝わってくる、それを受け止めることも出来る、けれどもそれを現実にするには恐ろしくて受け止めきれないのだ。
こんなにも弱いのかと思い知らされる。
「ねぇ緋色、緋色はそれでいいの?」
「俺は……いいんだよ。アイツが幸せならそれでいい一緒に死んでやる昔も今も」
「……そんなの苦しいよ」
「誰かの為に生きるのも悪くない」
「分からない、ぼくには分からない」
「そうだな、幸せは人それぞれ違うんだろうな。
誰かの幸せは誰か不幸、誰かの希望は誰かの絶望だ、それは変わらない」
緋色の悲しげな瞳はいまにも崩れそうだ。
各々が抱える深い闇が心を蝕んでいく音がする。
暗い闇が音を立てて彼らを連れていこうとしているのが少女には耐えられなかった、ずっと見てきた最後まで一緒に居たのに"また"消えるのかとそう思わざるを得ない。
お互いの額をくっ付ける、緋色は驚いたがすぐに瞳を伏せる。少女は不安になるといつもそうするから。
「折角こうして生まれたのにな……願いは叶わない」
「ごめんな」
「大丈夫、またやり直せばいい」
優しさに身をあずけて、それは誰かの幸せじゃなくてもいつか実るものだと信じて願い続ける。
例え叶わなくてもー。
部屋に戻ると透が1人部屋に居て絵本を読んでいた。
「神威は?」
「さっき出雲が引き取りに来た、これ最後破けてるけどどうしたんだ?」
「…………さぁ、忘れた」
その絵本は昔緋色が母から貰った絵本であり緋色の出生に関係のある絵本だ、何度も読み返し意味が分かるようになった時そのページを母親の前で破り捨て泣き喚いたのだ。
母親は何も言わなかった、言えなかったのだ。
忘れてなどいないそれは昔から何度も繰り返した最後だから。何度も味わった"最後"いまでも生々しく覚えている。匂いも感覚も全て、目の前にいる男に渡したのだから。
「明日は早いもう寝るぞ」
「あ?あぁ……」
「はぁ……いつまで読んでも最後のページはここにはない」
「いやでもなんか久々に読んで気になってよ…最後だけが思い出せない」
思い出せないの言葉に少しだけ安心した自分がいた緋色はニヤリと笑う、その顔に透気づかなかった。
「いつか分かるさ」
「は?」
「さっさと寝ろ明日学校だろ先生」
「げ……忘れてた……仕事溜まってんだろうな」
透はグチグチ文句を言いながらも布団の中に潜り込み眠り始める。
透が眠ったのを確認してから緋色は布団を抜け出し机の上にある絵本を手に取る、そして引き出しにしまった。
「最後は死んじまうんだよ、どっちもな……」
ー鬼神と巫女は愛し合っていた、何度生まれ直しても強い力に心を無くしてしまう鬼神に巫女は心を痛めた、だがどうしても離れたくなかった2人は最後は2人で身を投げるか他の神に頼み殺してもらうのだった、それは2人にとってはとても幸せな事だったのだー。