第14章
鬼の里に来て2日目の朝、朝食を済ませた晴翔は神威と屋敷の周りを散歩していた。
本家という通り屋敷は大きく広いので探索していると楽しいのだ、しばらく歩いている途中神威が急に走り出した。
「神威?!」
「おっと……危ないぞ」
神威が走っていった先には赤い小さな橋がありその上には鬼頭である煌夜と冬真が居た。
「すみません、お話中に……神威、急に走り出したら危ないだろ?」
「……ごめんなさい」
「何構わぬ、元気なのはいい事だ、な?」
煌夜は嫌そうな顔一つせず神威の頭を撫でてやる。その様子を見て、晴翔はホッと胸を撫で下ろす、もし機嫌を悪くされたら何が起こるか分からないので気が気ではなかったのだ。
ここは鬼の里であり、本当は鬼の一族以外は入れないのだと真紅が言っていたのを思い出したからだ。
その不安が分かったのか煌夜が優しい瞳でこちらを見てくる。
「大丈夫だ、お主らはこちらが招いた客人であり緋色の友人だ、取って食ったりなどせんよ安心しろ」
「えっと……すみません」
「謝らぬとも良い」
「……」
「冬真、この者たちと少し遊んでやりなさい」
「はい?ですが、このあとも業務が……」
「私の命令が聞けぬのか?少しだけで良い、下里を見て回るのでも良かろう、ここに居ては息が詰まるだろうからな少し息抜きさせてやれ」
「承知致しました、鬼頭」
晴翔が口を挟む暇もなくトントン拍子で話は進み、煌夜の計らいで本家から少し離れた下里に出掛けることになった。
その事を出雲に伝えるとなんの躊躇いもなく許可を貰い、門の前で待つ冬真の元へと急ぐ。
するとそこには、冬真だけでなく透と緋色が居た。
「あれ?緋色さんと透さんも一緒ですか?」
「俺は違う」
「緋色さんは違うんですか?」
「俺は行けない」
「……そうですか…」
いつになく真剣な顔で言う緋色の瞳からは少し悲しげな色が映る。
晴翔は思わず残念そうな声で返事をしてしまう。
「俺が居ると民たちが気を使う、だから駄目だそれにお前らも俺が居ない方が楽だろう?だから楽しんでこい」
「あ……行っちゃった」
「悪いな、悪気はないんだ」
緋色はさっさと屋敷内に戻っていってしまった、晴翔は声を掛けようとしたが掛けられず少し伸ばした手を下ろした。
透も困ったような表情で苦笑いをしている、その隣にいる冬真も同じような顔をして肩を落としていた。
「さぁ、日が暮れる前に行きましょう」
「はい!」
冬真を先頭に山道を歩いていく、澄んだ空気に包まれとても気持ちが良かった。
鬼の里は人間の出入りが殆どない、なので鬼の一族は住みやすく安心して暮らせるのだ。
どんどん目的地に近づく度に賑わっている声が聞こえてくる。
「下里では民たちが商売や祭りをしているので、いつでもお祭り騒ぎなんですよ」
「凄い!楽しそう……!」
「キラキラしてる、皆楽しそう」
下里は鬼の一族たちが商売の為に露店をしたり、広場では小規模なショーや様々な催し物が披露されていて、本当にお祭りのような賑わいを見せていた。
大人も子供も笑顔で楽しそうだ。
「あ!冬真殿!それに透殿ではありませんか!」
「ああ、久しいな爺、元気そうでなによりだ」
「冬真殿、聞きましたぞ。いま人間の客人を招いていると!しかも童が2人だと……」
「あぁ、だが害はない皆安心してほしい」
「それは良かった…また騙されてこの里をめちゃくちゃにされては溜まったもんではないですからね……ん?その後ろの童は?」
杖をついた爺さんが1人冬真と透に声を掛ける。
透は即座に晴翔と神威を隠すように前に立つが、爺の目は2人に釘付けだ。
「この2人は煌夜様の客人の2人だ」
「まさか…、この童が?……ほう害はなさそうですな」
「安心しろじじい此奴らにはじじいが心配するほどの力はない」
「透殿は相変わらず……ゴホン!まぁ良い良い、人間の童よ楽しんでいっておくれよ、またのぉ」
爺は透の威圧に圧倒されたのかそそくさとその場を立ち去る。
「ダメだよ兄貴、爺にあんな言い方したら一応の里の最年長なんだから」
「知るか」
「さて……すみませんが俺は少し用が出来たのであとは兄貴に任せます、すぐ戻るので」
「あはい!」
冬真は何やら透に耳打ちしたあと走って行ってしまった。
その後、露店を周り気に入ったものを購入しまた広場に戻ってきたがまだ冬真は戻ってこない。
神威は露店で購入した林檎を美味しそうに食べている。
「美味しいか?」
「とっても!晴翔食べる?」
「いいよ、神威が食べな」
「それにしてもいい食い付きっぷりだな」
「好物なのかもしれないです、少しでも感覚が残ってるなら神威が元に戻れるきっかけになるのはいいことです」
「そうだな、晴翔お前ここで少し待ってろ絶対動くなよ」
「はい、わかりました」
突然透は露店の賑わう通りの奥を見て走っていく。
晴翔は隣で黙々と林檎を頬張る神威を微笑ましがりながら2人の帰りを待つ事にした。
透は露店の通りを抜け少し開けた所に出る、そこは少し寂れていて人が住むには向かない所だったが、その道を1台の小さな車が通るその荷台には小さな子供が乗っていた。
運転しているのは鬼の一族のようだが、少し違う気配がした。
「混血種か……」
「兄貴も気付いた?」
「冬真、帰ってこないと思ったらこれか」
「そう、逃げられちゃってね探してたんだそれに煌夜様に頼まれてたから……全く混血種の面汚しも大概にしてほしいよ」
「全くだ」
透と冬真は車に乗る者に気付かれないように物陰に隠れながら様子を伺う。
この里には純血種と混血種の2つが混在している、混血種は少ない時には純血に劣るという理由から里を離れて暮らしている者もいるので、その1人だろうと2人は考えている。
「仲間は居ないのか?」
「いや俺が見た時3人組だったから……あと2人は居る」
「……1人戻ってきたな……」
1人の男が車に子供を投げ入れる、子供は荷台から降りようとしたがそれも抑えられ殴り飛ばされる。男の怒号が辺りに響き渡る、荷台に乗せられた子供達は恐怖で動けない。
透と冬真は怒りでどうにかなりそうになる気持ちを抑え機会が来るのを待つ。
だが、何時になってももう1人の仲間が戻らない、車の前で待つ男達は腹立たしいのか、1人は車に蹴りを入れている。
「どういうことだ……」
「兄貴はどうしてここまで来れた?」
「……子供の様子がおかしいのが1人いてなどう見ても……まさか」
「兄貴」
「冬真、俺は一旦戻るあとは任せるぞ」
「当たり前」
透は嫌な予感がしてすぐに元来た道を走る。
晴翔と神威は中々戻らない透と冬真の帰りをずっと広場で待っていた。
晴翔は辺りを見渡し、徐々に日が傾いていく様子を見ている人も段々居なくなっている。露店も奥から締まり始まって居た。
神威は小さな子供たちと地面に絵を描いたり追いかけっこをしたりと暇を潰しているようだった、その時、子供の悲鳴が晴翔の耳に響く。
「はなして!!やだ!おねえちゃん!たすけて!」
「返して!」
「黙れ!!いいなそこから動くなよ……」
いつの間にか口を布で隠した男が1人子供を抱えている。子供は涙を流し神威のほうに手を伸ばし暴れている。
神威は他の子供を守るように背に隠し男と対峙していた、晴翔はすぐに神威と子供たちの前に庇うように立ち、構える。
腰にはいざと言う時の為に短刀を携えている、長刀はまだ扱えないので基本的な動作と体術が出来る短刀を透から習っていたのだ。
「おいおい兄ちゃん、殺ろうってのかぁ?」
「その子を返せ、そうすればその必要は無くなる!」
「馬鹿言うな!こっちは生活が掛かってんだ!」
「生活……?まさか!子供たちを売って……!!」
「ああ!そうだよ!とある貴族には人気でね……異種族は高く売れんだよ!」
「最低だ……!」
「なんとでも言え!俺たちの苦しみがお前に分かるのか!」
男は怒鳴り声を上げ晴翔を威嚇する。
晴翔は怒りを抑え真っ直ぐ男を見すえると同時にだいぶ前に出雲に教わったことを思い出した。
「各地で色々な事件が起きててね、成人前の子供を連れ去って売る商売をしているのが居るんだ。まぁ種族によって成人年齢って様々で大体は15~18までの子供が対象なんだ。それで闇商売だね、よくパーティでもやったりする。人間の貴族には高値で売れるっていうもんだから生活に困ってる貧困層の種族や劣等混血種の奴らがやっているんだ。2人も気をつけてね」
晴翔はいま現実に起こっていることに驚きと怒りが入り交じる感情が心に拡がる。
『劣等混血種』これは異形と人間の間に生まれた子供を指す、普通の混血種となんら変わらないが能力を持たない混血種も存在しており純血種に劣っていることから付けられた物でもある。
「俺たちは混血種だ……純血種とは違う!」
「混血種の、人を見たことがある……でもその人はとても強くて逞しい人だ!そんな卑怯なことはしない!」
「黙れ黙れ黙れ!!」
「そんなことをしなくても生きていけるだろ!」
「うるせぇうるせぇんだよ!クソガキが!!」
「!!」
突然男が持っていたナイフで晴翔に斬りかかった、晴翔は短刀でそれを受止め押し返す。
子供を盾にされている為下手に刀を振るうことが出来ない。神威は子供たちを抱きしめ少し離れた位置へと移動する。すると異変に気付いた親がそれぞれを迎えに来て逃げていく。
辺りにはもう誰も居ない。
「……(いまなら能力を使うことが出来る…でももし子供に当たったら)」
「邪魔すんじゃねーよ……」
「っ」
子供は必死に逃げようと藻掻くが男の力は強いそを一瞬で抑える、神威は不安そうな顔で晴翔と男を見る。
晴翔は不安定な能力な為に中々攻撃に移れない。
不安が焦りへと変わり変な汗が頬を伝う。
「どうしたら……」
「ハル、大丈夫だよハルなら出来るよ」
「え……?」
神威が力強い瞳で晴翔を見つめていた。
晴翔はそれに答えるように頷く。
「余所見してんなよ!!」
男が真っ正面から斬りかかってくる。
晴翔は息を整え一点に集中する、琥珀と鍛錬をした時のことを思い出しながら、ただ力をその一点に集中させる、すると刀が赤く熱を帯び始める。
その刀を逆手にし男の顔面目掛け斬り掛かる、男はすんでのところでそれを避けた、それを見計らったかのように晴翔は子供の腕を掴み男の溝落ちに蹴りを入れる。
「ぐあああっ」
「……」
男は子供を離し後ろに後退する。
晴翔は子供を神威へと引き渡す、神威は子供を抱えて晴翔を見る、晴翔の様子が少しおかしかった。
「ハル……?」
「……」
晴翔の目は怖いほどに鋭く闇を抱えている、神威はその瞳に恐怖を覚え足がすくんでしまった。
動けない。そう悟るのもつかの間晴翔は悶えこんでいる男に近づいていく、あの蹴りに能力を乗せたのか男の服は焼けていて破けている。
静かに近づいていく晴翔に神威は見ていることしか出来なかった、止めなければいけないと瞬間的に悟るも声が出せない駄目だとそれ以上は駄目だと言わなければ止めなければいけないのに、足はすくんでしまっている。
そこに居るのは誰なのか分からないいつもの晴翔はどこに行ったのか、その間にも晴翔は男に詰め寄るそして何も言わずに刀を振り上げる。
「駄目!!晴翔!!!」
「ぐっ」
咄嗟の言葉に晴翔は反応したがそれも遅く刀は男に向け振り下ろされていた、その時、鈍い金属音が響く。
晴翔が振り下ろした刀を受け止めたのは男ではなく、透だった。鈍色の綺麗な刀が晴翔の刃を受け流し弾き飛ばす。
「落ち着け、お前にその覚悟は"まだ"ないだろ」
「はぁはぁ……透……さん……」
「…大丈夫だ後は任せろ」
晴翔はその場に力無く崩れ落ちる。地に着いた手は震えていて額からは汗が落ちてくる。
いま自分は何をしようとしたのか、それを考えると震えが止まらなかった。
「ハル……」
「神威、ごめん怖い思いさせて」
「大丈夫」
神威は子供を抱えながら走り寄る、晴翔は取り繕った笑顔で苦しそうに笑うばかりだ。
男を見ると恐怖で気を失ってしまったのか動かなかった、透は何処に連絡をしている。
あの時体が勝手に動いたのを晴翔は覚えていた、それに容易く人の命を自らの手で葬ることを躊躇う事もしなかった自分が怖かった、神威が止めなければ殺していたのかと思うと吐き気がする。
「大丈夫か?」
「あ……はい……」
「顔色が悪い迎えを手配したお前らは先に帰れ」
「はい……」
透は晴翔の顔色を伺い青ざめているのを見て眉間に皺を寄せすぐに立ち上がらせ噴水近くのベンチに座らせる。
暫くすると冬真が走って戻ってきた、透と冬真が話をしているその間に車が2台広場に到着する。
その車から出てきたのは煌夜と出雲、それと女官だった。
晴翔と神威は女官が運転する車に乗りこみ、一足先に屋敷へと戻った。
情けないと思いながらも神威に支えられなんとか部屋まで辿り着く晴翔、空は紫色で気味が悪いくらいだった。
朦朧とする意識の中桜の木が目に入るその下にはこちらを悲しげな瞳で見つめる少女が居た。
「なんで……(そんなに悲しそうなの……)」
「貴方は……報われないのですね……」
「……ど……いうこと……」
晴翔が伸ばした手を少女は優しく包み込む、その手はとても冷たくてまるで氷のようだった。
晴翔の意識はそこでぷつりと切れてしまった。