第13章
チクチクと目が痛む、痛みに目が覚め緋色は起き上がる、ふと隣を見ると隣で寝ていたはずの透が布団の中に居らずキョロキョロと辺りを見渡すがどこにも姿はない、緋色は不安になり部屋を出て透を探す。
「(どこに行ったんだ)」
しばらくの間探し回ると、目前に稽古場が見えてきた、そこに灯りが付いており誰かが使っているようだった。
気になり戸を開けて中を見てみることにした。
「誰か居るのか?」
「緋色様」
そこには汗を流しながら稽古をする透と冬真が居た。
2人とも何時からやっているのかは分からないが既に息が上がっていて部屋も熱気で暑くなっていた。
「こんな時間に稽古か?」
「そうです、緋色様はどうしたんです?眠れないんですか?」
「目が痛くて」
「……薬貰ってこようか」
「いい、透加減しろ制限破りかけてるぞ」
「……そのつもりは無かったが……」
「兄貴、目が……」
緋色は片目の痛みに耐えているのか眉間にシワがよっている、だがその痛みの原因である透は何故なのか気付いていなかったようだ。
冬真は透の目が変わっていることに気づく。
透の片目はいつもは髪で隠しているが闇のような黒さなのだが今はその瞳の中に茨の紋があり目の周りに茨が拡がっていた。
「なんで契約の印が」
「……兄貴の能力がまた上がってる」
「気をつけろ透、お前は混血種だ鬼の能力に体が追い付かなくなるぞ」
「分かっているが……気付かなかった」
「(透が気付かなかったなんてな…まずいな)印を強くするにも相手の能力に引っ張られたらこっちも困る」
「俺の能力に引っ張られたってことですか?」
「あぁ、久々の手合せで本気でぶつかりすぎだ2人とも」
「「すみません」」
原因が分かり安堵するよりも先に呆れる緋色は手を伸ばし透の印を結び直す。すると痛みはスっと消えた。
緋色は自らの印のある目に手を当てる、緋色と透を繋いでいる印は透の強過ぎる能力をある程度抑え自我を保つためにある、透と出会った頃に結んだ印である。最近では緩みかけているのか時々結び直すことが続いている。
透と冬真は鬼と人の間に産まれた『混血種』と言われる存在なので能力の高低差がある。
「こんな時間まで3人で稽古か?」
「兄上」
「日付けが変わっているだろう、さっさと寝ろ」
「「「はい」」」
見回りに来ていた煌夜が稽古場に灯りが付いているのに気付き注意をする。
慌てて後片付けをし始める透と冬真を見て先に戻ろうとした緋色を煌夜が引留める。
「透の様子はどうだ?」
「…契約の印が効かなくなってきてます」
「そうか、緋色すまないな……こんな役回りをさせてしまって」
「俺が望んだことです」
「緋色は強いな」
「兄上の弟ですからね」
「そうか、そうだな!私の弟だ!」
煌夜は思いっきり緋色の背中を叩く。
よろめいた緋色を片付けが終わった透が大丈夫か?と支える、いつもと同じ透がそこに居た。
煌夜と冬真は見回りに戻っていき、緋色と透も部屋へと戻る。
「なぁ、緋色」
「何」
「俺がもし俺じゃなくなったら躊躇わずに殺せ」
「……何、急に」
「言われたんだろう?雨竜様に。 緋色元々その為に結んだ契約だ果たさなければ意味が無い」
「……」
透の真剣な眼差しは緋色を捉え離さない、緋色は黙り込む。
急に手が伸びてきて髪をくしゃくしゃと撫でる。
「安心しろ元からそのつもりだ」
「それは良かったよ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
透はすぐに寝息を立て始める。
緋色は片目を抑える、この印は元々制御のための印であったがそれは能力だけではない、それは透も分かっている、それが緋色にとっては苦しかったいつか来る終わりが透を縛り付けていることに腹立たしさすら覚えるしかしそれは自らの手で解放させてやれる日が来る意味でもある。
緋色は布団を被り縮こまる、その日が来なければいいのにと願うことは仕方ないと思い目を瞑った。
昨日の雨とは何だったのかと思うほどに空は晴れていて清々しいくらいだ。
晴翔は車から降り天を仰ぐ、雲一つない空に見入る都会の街とは違い空気も澄んでいて綺麗な村だと思う。
出雲を先頭に一本道の山道を歩く、すると入口のようなところに見覚えのある姿が2つあった、緋色と透だ。いつもの服ではなく綺麗な着物を身につけ腰には刀を差している。
「よく来たな」
「お迎えはキミたちか、ありがとう」
「あぁ、頼まれたからな」
「時間が惜しいさっさと行くぞ」
緋色と透の後を着いて行くとたどり着いた先には、大きな門構えの古風な屋敷だった。
門扉を開けるとそこには着物を着た女性が3人立っていた、頭を深々と下げ挨拶をする。
「お待ちしておりました、出雲様、晴翔様、神威様。
煌夜様と雨竜様がお待ちです、こちらにどうぞ」
「女官に着いていけばいい、俺たちの役割はここまでだ」
「助かったよまた後で」
「ああ」
緋色と透はすぐに家の中に入っていき姿が見えなくなる。晴翔たち3人は女官に荷物を預け部屋へと通される。
その部屋には鬼頭の煌夜と本家筋の雨竜が座っていた、出雲がいつものように部屋に入ったあと緊張した面持ちで晴翔と神威が入っていく、その様子を雨竜はしっかりと見つめている。
出雲を前に晴翔と神威は後ろで座る。
「よく来たな、出雲、晴翔、神威歓迎する」
「ご招待頂きありがとうございます、またよりよい情報が交換出来ればと思います鬼頭様」
「あぁ、そうだな」
緊張感が漂う中会合が始まる、出雲は煌夜と雨竜にこれまでのことを事細かく伝え、煌夜と雨竜もそれと同等の情報を伝える。
「ではやはり、各地で売買が行われているという事ですか」
「あぁその中には、イレギュラーも居たと聞いておる」
「困りましたね、まだ能力が不安定な状態に精神的な負荷を掛ければ暴走させることになります」
「そうだな、出来り限り保護をし政府の管理施設に送り届け難を逃れているのは極1部だ、保護を優先するとなると対象を捕まえるのは難しい」
いつになく真剣な面持ちで煌夜と一体一で話し合う出雲は言葉も丁寧だ。
晴翔はふと視線を感じ見てみると雨竜がずっと晴翔を見ていることに気づく、雨竜は晴翔が気付いたのを見るとにっこりと邪気のない笑顔を向ける。晴翔は困惑しながらも会釈をする、少し恐怖心を感じたのは勘違いではない。
それから休憩をしながらも話し合い、気付くと日は傾いてしまっていた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫です」
「それは良かった、でも神威ちゃんは限界だったようだね眠そうだ」
「あー……神威!鬼頭さんの前だから!しっかり起きて!」
「何、構わぬ。移動で疲れたのであろう?女官を呼ぼう部屋へ案内する」
「ありがとう」
神威は虚ろな目でカクカクと船を漕いでいる。
晴翔は困った様な顔でため息をつくが、煌夜は優しい瞳で様子を察し女官に声を掛ける。
女官はすぐに神威を部屋へと案内する、晴翔も心配なので一緒に着いていくため客間を出た。
しばらくして出雲も疲れたように部屋へと帰ってきた、退屈そうな晴翔に気を利かせるように周りを探索してみるように出雲は促す。
晴翔は言われた通り部屋を出て屋敷内を探索する事にした、外はもう暗くなっていて月明かりだけが明るく輝いていた。
歩いている途中で冬真に出会う。
「こんばんは、晴翔さん」
「こんばんは!冬真さん!」
「屋敷内の探索ですか?」
「はい、もしかして駄目でした?」
「いいえ、大丈夫ですよ。あ、そうだ、あまり遠くには行かれないように危ないですからねもう暗いので気をつけてください」
「ありがとうございます!」
冬真は忙しいのかそれだけ言うとさっさと去っていった。
晴翔はそのまま屋敷内の探索を始める、思ったよりも人の姿は無く擦れ違う人は女官ばかりだ、稽古場や調理場など色々なところを見て回ったあと女官に裏庭があると言われて探し回ると、いつの間にか見た事ない所に来ていた。
「まずい……何処だここ、緋色さんに怒られる」
「こんばんは」
不安で辺りをキョロキョロしながら歩いていると、桜の木が沢山ある場所に辿り着く、まだ春ではないのに桜が綺麗に咲き乱れている、その傍に着物を着た少女が立っていた。
「こんばんは…(綺麗な人、でもどこかで見たことある顔だな)」
「これ以上は進めませんよ」
「すみません、道に迷ってしまって」
「大丈夫ですよ、そのまま真っ直ぐ何処にも曲がらなければ戻れます」
「ありがとうございます」
少女は晴翔に優しく微笑み、晴翔の後ろを指さし道を教えてやる。
晴翔は礼を言うとすぐに来た道を真っ直ぐ走っていく、闇夜に消えた晴翔を見送る少女。
その少女の後ろから1人の黒服の男が現れる。
「どうした?誰か来たか?」
「可愛い仔犬だった」
「は?仔犬?(こんな所に犬なんか居たか?)」
「とても健気で炎の様な温かさを持った仔犬」
「ふーん、どうでもいいが冷えるだろ中戻れ」
少女は男に促され桜の木の奥に消えていった。
晴翔は少女に言われたように真っ直ぐ進む。
するとすぐに道が開け裏庭に辿り着く。
「良かった……戻ってこれた!」
「おや?晴翔くんではないですか」
「え……?えっと確か貴方は……」
「雨竜と申します以後お見知りおきを」
「あ、ありがとうございます」
晴翔の目の前には雨竜が立っていた。
水色の髪が月明かりに照らされてとても綺麗に見える。
「丁度良かった、キミに聞きたかったんです」
「俺に?」
「えぇ、貴方は自分が何者かご存知ですか?」
「えっと……(種族かな?)イレギュラーですけど…」
「そうではなく、貴方自身の事ですよ」
「すみません、言ってる意味が分かりません」
「おかしいですね、貴方は"あの"生まれ変わりでしょう?」
「"あの"?」
「まだ分かりませんか?本当は分かっているのではないですか?」
晴翔の心がドクンと脈打つ、胸がざわつく。
雨竜が1歩1歩距離を詰めてくる、それに合わせ晴翔も後退する。
「貴方の母親はキミに何も教えなかったのですか?」
「母さん?あの、本当に言ってる意味が分からないのですが!」
「思い出してください、私が教えてあげてもいいですが?」
「!!」
雨竜が手を伸ばしてくる、恐怖で思わず目を瞑る。その時ー
「だめ!!」
「神威?!」
「近寄らないで!」
「これはこれは……とんだお邪魔虫ですね、ですが好都合です貴女の事も知りたかったので」
神威が晴翔を庇うように立つ、その目は怒りの色を帯びている。
だが、雨竜は少し笑みを深めただけでまた手を伸ばしてくる、晴翔は思わず神威の腕を掴み自分の後ろに引っぱる。
晴翔の目の前に1人の影が現れる。
「何をしている、雨竜」
「煌夜……」
「お痛が過ぎるのではないか?」
「邪魔をしないでくれないかい?」
「邪魔ではない、これは忠告だ雨竜」
「キミも知りたいだろう?彼等のことを」
「2度も言わせるな、雨竜下がれ」
「……分かったよ。またね晴翔くん神威ちゃん」
晴翔と神威の目の前に現れたのは煌夜で、雨竜は煌夜の怒気の含んだ言葉に気圧されたのか引き下がり屋敷内へと戻っていく。
雨竜の後ろには何かあった時の為に緋色と透、冬真が立っていた。
「怪我はないか?」
「はい!大丈夫です、助けて頂きありがとうございます!鬼頭様!」
晴翔は煌夜に頭を下げる。
煌夜は笑いながら良いと頭を撫でる。
その手は暖かく優しく大きな手をしていた。
「頭を下げるのはこちらの方だ、雨竜がすまなかったどうか我に免じて許してやってほしい、悪い奴ではないのだ」
「いいえ!大丈夫です!」
「ありがとう、さてここに居ると風邪を引いてしまうな中に入ろう夕餉の時間だ」
煌夜は少し離れた所に居た冬真を呼び寄せる。
冬真は晴翔と神威を連れ屋敷内へと入っていく、それを見送ったあと煌夜は緋色と透の隣に並ぶ。
「警戒しろ、雨竜は完全に気付いている。鬼にとっては、高原晴翔は脅威でしかない分かるな?」
「……」
「雨竜は確実に潰すに来る、鬼として忠実にな」
煌夜は静かに告げると屋敷内に入っていった。
緋色はただ黙ってその言葉を聞いていた、だが握り締めた拳は震えていた。
透は隣で見ていることしか出来なかった。
静かな夜はあっという間に過ぎていく、緋色は顔を上げ屋敷の中へと入っていく、透もその後に続き中へと入っていった。
少し離れた裏庭から死角となる曲がり角の所に出雲は居た、煙草を吸い気配を殺し一部始終を見ていた。
「……困ったな」
その表情は言葉とは反比例して冷たい氷のような表情をしていた。