第11章
暗い室内で端末が光る。
端末を見ると短い文章が綴られていた。
『里に戻ってこい』
その短い文章を見た緋色は無言で画面を窓際で外を眺める透に向ける。
透は端末を確認すると頷き、部屋を出ていった。
緋色は一言返事を打ち込み返信すると立ち上がり透の後を追った。
今日は休日の為、1階には紗綾と出雲、宿題に手を焼く晴翔、神威の4名だけが居た。
「緋色ちゃんに透くんどうしたの?これからお出かけ?」
「いや、一度里に戻る」
「え?!急ね……?」
「すまない、兄上から連絡があったから戻らないといけない」
「そうなのね、煌夜さん何かあったのかしら?」
「分からない……」
紗綾と緋色が話して居た時、外へと続く扉が軽い音を立てて開いた。
「すみません、今日はお店お休み……で……」
「いや客で来たわけではない」
「えっと……」
中へと入って来たのは暗めの赤を縁にあしらった黒を基調とする和物の服を着る青年で、髪を後ろで結っている。
その顔は何処か見覚えのある顔をしていた。
紗綾は思わずまじまじとその青年の顔を見てしまった。青年は困っているようだ。
「冬真」
「え!もしかして透くんの……弟さん?」
「あぁ…はい、兄とうちの巫女様を迎えに来ました」
「迎えに来るなんて一言も言ってなかっただろ?」
「それが、頭が迎えに行くって聞かなくてな」
「てことは……」
冬真という青年は若干呆れたように背後に目を向ける、そこには赤と黒の綺麗な着物を着た美形の青年が笑顔で手を振っていた。
それを見た、緋色と透は呆れたように項垂れる。
紗綾は驚いているが手を振り返す、その様子を遠くで見ていた勉強組の3人が不思議そうに近付いてきた。
「兄上自ら御足労頂く必要は無かったのでは…」
「良い、私自ら迎えに行きたかったのだ、早く可愛い弟の顔も見たかったからな」
青年は緋色の頭をぐしゃぐしゃと撫でる、緋色は珍しく振り払う間でもなくされるがままだ。
「紗綾、久しぶりだな元気そうでなによりだ。それと出雲貴様も相変わらずのようだな」
「鬼の頭領が里から離れても良かったのかい?」
「何、問題ない。母上が居る、それに爺共も居るので問題なかろう、それにこの子らを本家に届けねばならなぬからな」
「兄上、何故本家に?」
「それは雨竜に聞かねば分からん、連れて来てほしいとそう言われた」
「……」
「気が進まんのは分かるが、雨竜の事だお前に話があるのだろう、大丈夫だ」
緋色の表情が一気に不機嫌なものへと変わる。
その様子を見た青年は困ったように笑うと、奥にこちらの様子を見ている晴翔と神威を見る。
「出雲、彼がイレギュラーか?」
「あぁ、そうだよ」
「まだ童ではないか」
「はは、キミから見たらそうだろうね」
「ん?待て娘のほうは本当にイレギュラーか?気配が違うが?」
「え……」
青年が鋭い目付きで神威を見る、神威は思わず後ろに下がる。
「煌夜さん!神威ちゃんを怖がらせないでください」
「いやすまぬ、そのつもりは無かったのだが……そこの娘…あー神威と言ったか、何やら欠けているようだが……早めに取り戻した方が良いぞそのほうが身のためだ」
「え……は、い……」
「それとそこの坊主、貴様の気配は何やら混じっているな気をつけろ」
「……??はい!」
晴翔と神威はお互い顔を見合わせ首を傾げる。
その様子を見た青年、煌夜は満足したように踵を返す。
「行くぞ冬真」
「はいよ頭。んじゃ2人連れていきますね」
「はい、2人とも気を付けてね」
「何かあれば端末で連絡してくれ」
「あぁ」
冬馬に連れられ、緋色と透は去っていく。
扉が軽い音を立てて閉まると、紗綾は少し不安そうな顔で晴翔と神威に駆け寄る。
「えっと…さっきのちょっと怖い人は鬼の一族の頭領さんで咲桜煌夜さんっていう偉い人で緋色ちゃんのお兄さんなの、その人のお付きの方が獅子島冬真くん、透くんの弟さん」
「そうなんですか……そういえば、冬真さん?が緋色さんのことを巫女って……緋色さんって男ですよね?」
晴翔の言葉に紗綾は少し戸惑う。聞いてはいけないことを聞いてしまったようで晴翔も慌てる。
代わりに口を開いたのは出雲だった。
「あー…いまの鬼の一族は複雑でね…緋色は特殊なんだ、緋色が産まれた時里は騒ぎになったくらいだからね、その事はこちらからは何とも言えないんだ知りたいなら直接聞いてみな、ただ1つ言えるのは緋色は巫女の力を持って産まれたってことだけだよ」
「巫女の力」
「うん、この世界に様々な種族がいるのと同じでそれぞれの種族に巫女が居てね、別に女性だけがその力を持っている訳では無いんだよまぁ、特殊なんだけどね」
「……そうなんですね、ありがとうございます」
「キミたちイレギュラーが特殊なのと同じように彼等も彼等で色々と抱えてる物があるからね、そのせいであの子は心に傷を抱えてる、多分透くんも見せないだけで、2人とも大きなものを抱えてるから、危なっかしいんだよね……戦い方とか特に」
「あはは……」
出雲は困ったように乾いた笑みを浮かべ、カウンター席にある写真立てに目を配る。
晴翔はその写真を手に取る、そこにはこの家の前で撮ったのであろう集合写真だった。
「これ……」
「いまと違うでしょ?緋色ちゃんこの頃本当に女の子みたいで綺麗な長髪だったのこの写真撮った数日後に切っちゃったんだけど…人がとても嫌いだったみたいで透くんから離れようとしなくて、お話するのも大変だったな〜」
紗綾は懐かしむように写真を覗き込む。
その瞳はとても穏やかで何処か悲しげだった、晴翔は自分の知らない緋色と透、真紅と琥珀の事を少し知りたくなった。
まだ出会って間もないけれど、一緒に過ごすいまでは大切な仲間であり家族のような存在である事に晴翔は嬉しく感じでいるのだ、少しでも彼等のことを知りたいと心が訴えている。
「もっと皆さんのこと知りたいな……」
「そうね……でも私達が踏み込んではいけないことあるのよ?」
「それでも、何か手助け出来るなら……助けてくれた恩を返したいです」
そう言った晴翔の瞳は真っ直ぐで輝いている。
話を聞いていた神威も隣で力強く頷いている、その様子をみた紗綾は2人が可愛く見えて仕方がなかった。
「でも、いま2人がやることは能力の特訓と……」
「と?」
「宿題ね」
「あ……」
紗綾は机の上に放置されている宿題を指差し微笑む。
普通の学校とは違い戦闘の基本や最近の時事ネタを主にした授業が多い為休日に出される宿題は多い、慣れない2人は朝から出雲の手を借り一生懸命こなしている最中だった。
紗綾の言葉に晴翔と神威は慌てて椅子に座り途中まで行っていた宿題の続きに手を付け始める。
その様子を微笑ましそうに見つめる、紗綾だった。
その夜は静かで外で鳴く虫たちの声とそれに混じって聞こえるのは特訓中の晴翔の叫び声、真紅の強めの指示の声だけだ。
「何だか……晴翔くんのあの真っ直ぐな目を見てると昔の出雲を思い出しちゃった」
「え、何急に」
「懐かしいなって思って、出雲くんも昔同じ瞳をしてたよ?なんにも穢されてない綺麗で真っ直ぐな瞳……」
「いまは曇ってるって?」
「……」
冗談のように笑いながら言う出雲のことを悲しそうな目で紗綾は見つめる。
その瞳には同情や慰めの意思は全く見えないが、まるで悲しんでいるような瞳に出雲は気まづくなる。
「なんて顔してんの……マザー、冗談だよ」
「……だって出雲、どんどん離れて行こうとするんだもの」
「それは……」
「私は!心配してるの、マザーとして貴方を育てる身として」
「でも、俺が"巫女の一族"じゃなければ見捨ててるでしょ?」
「私はそんな事言わない、出雲がどの一族だろうと見捨てたりしない」
「……それはその職業だから?それとも紗綾の意思で言ってる?……どっちでもいいけど、でも俺は確かに感謝はしてる。死ぬ訳にはいかなかったし助けて貰ってここまで育ててくれてマザーがいてくれてマザーの子で良かったなって思ってるから」
「……」
「だから、そんな顔しないでよ。マザーのこと置いていったりしないって安心してよ」
今にも泣き出しそうな紗綾に出雲は笑いかける、その笑顔は少し歪んでいて出雲の不器用さが滲み出るようだった。
紗綾はただ黙って出雲の隣に腰掛け、そっと寄り添う。
「……(本当は分かってるんだろうけど全部は言わないし否定しないな……紗綾は)」
「(本当は私の言いたいこと全部分かってる癖に出雲は何も言わない、何も聞かないんだもの……意地悪な子……)」
暗い室内には月明かりだけが2人を照らしていた。
その室内に、1人入ってくる。琥珀だ。
「あら、どうしたの?琥珀ちゃん怖い顔して……」
「少し話があるのだけれど良いかしら?」
琥珀はいつもの余裕な笑みはなく鋭い目付きで出雲を睨む。
出雲も琥珀の気持ちを悟ったように真面目な顔付きになる。
「あの子のことよ」
「……神威か?」
「えぇ、あの子イレギュラーじゃないでしょう」
「……」
「答えて、あの子は本当は言霊使いの一族じゃないの?」
「…本当の所は分からないがそれらしい情報は政府から貰ってはいる」
「まだはぐらかす気?貴方知ってるんでしょ?本当の事を言って私達が何の目的でここに居るかも分かってるのに嘘をつくつもりなの?」
「嘘をついている訳では無いけど、知ってはいたよイレギュラーでは無いことにはね」
「やっぱり……そのことを最初に教えなかったのは何故」
「聞かれなかったからね、それに確証がないことを言っても意味が無い、それは緋色もそうだろうね」
いつにも増して、2人の雰囲気は不穏な空気を放っている。紗綾は割って入るわけにも行かずただ黙って見ているしかできない。
一通り特訓を終え自主練をしている晴翔を確認して室内に戻ってきた真紅は不穏な空気に思わず顔を顰める。
「琥珀」
「真紅……」
「出雲、夢で見ているのだろう?」
「……」
「出雲」
「そうだよ」
「そうか、それならいい」
「出ていくかい?」
「いや、それはまだだ、確かめなければならない」
「好きにしたらいいよ」
「そうさせてもらう」
真紅は冷たく刺すような瞳を出雲に向けていたが、出雲はそれを殺すような瞳をしていた。
話をし終わった真紅は琥珀の肩を引き寄せ、外へと出ていった。
出雲は手に持っていた資料を見つめ苛立ちを含んだ表情で投げ捨てる。
「出雲!!何してるの……?大切な資料…なのに……出雲?」
「マザー……」
さっきまでの強さを持った出雲はどこに行ったのやらいま紗綾の目の前に居るのは捨てられた子犬のような寂しそうな苦しそうな瞳をした出雲だった、紗綾の中で1番見たことがある出雲だった。
「こんなチカラ……あっても意味ねーよ……」
「そんな事ないよ」
「紗綾に何が分かんの?」
「それは……」
「っ、ごめん意地悪なこと言った、ちょっと頭冷やしてくるから」
「出雲……」
出雲は紗綾の顔も見ずに階段を上って行った。
拾った資料には出雲の字で聞いたり見たことがびっしりと書かれていて、少しの変化でも見逃さないように、真紅や琥珀、緋色や透のメンバーが動きやすいように配慮した組み合わせ、配置や計画書もあった。
その努力は見えないかもしれないけれど、それは確かにいままで生かされてきた、救われた命があったのも事実だ。
「……ホント昔に戻ったみたい…皆どんどん離れてっちゃうな〜」
笑った顔は引きつっていて寂しげに呟いた言葉は誰に届くまでもなく消えていった。
静かに開かれた扉から見えるのは、月明かりに照らされて、水色の髪は綺麗な光を放つ1人の青年と一年中狂い咲く大きな桜の木。
風が吹く度に花弁が部屋に入ってくる。
「お久しぶりでございます、雨竜様。咲桜緋色ただいま帰還しました」
「よく戻ったね、待ってたよ。こっちにおいで」
「はい」
青年の言葉に従うように緋色は部屋へと入って行く。
青年はずっと月を見つめている、まるで恋い焦がれるかのように。
「緋色、私はキミに言いたいことがあるんだ」
「はい」
「透と晴翔と殺しなさい」
「……!」
青年は振り向き、光のない冷たく氷のような瞳で緋色を見つめる、その瞳に囚われたように緋色は身動きひとつ取れずにいた。
その時強い風が吹き桜の花びらが2人を包み込んだ。