第10章
晴翔が目を覚ますと、見慣れた天井で起き上がると体中が痛む。
よく見ると包帯だらけで痛々しい姿になっていた。
「……あぁそっか、昨日蛍ちゃん大丈夫かな」
「あら自分より他人を心配するのね」
「えっ?!」
「よく眠れたかしら?」
驚いて隣を見るとそこには琥珀が椅子に座って本を読んでいた。
気配に全く気付かず晴翔は驚いて音を立てる心臓を抑えながら琥珀を見る。
琥珀は薄らと微笑み晴翔の体に触れる。
「傷の具合はどうかしら?痛むところは?」
「結構体中痛いです」
「素直ね、まぁ昨日あれだけ能力を使えばそうなるわ。貴方あまり使ったことないでしょう?」
「あ……はい。母に止められていたので」
「お母様に?どうして?」
「母がその能力はいま使うべきではないからと無闇に使わないようにって」
「そうなの…」
「はい、でも昨日のは仕方がないかなって久々に使ったなー、検査の時以来だ…」
顔色一つ変えずに晴翔の話を聞く琥珀に晴翔は少し笑ってみせる。
手の平を見て昨日の炎を思い出す、熱くて体中が燃え上がる気持ちだった、それと同時に微睡みの中で見た緋色の苛立ち気な瞳を思い出す。
「その能力は使えるわ、でもねもう少しコントロールしないと、死ぬわよ」
「はい……」
「だから緋色ちゃんはあんなに苛立ってたのよきっと……気付いてたのでしょう?」
「まぁ…気を失う寸前に見たってだけですけど」
「緋色ちゃんは根は優しい子だから、心配なのよ嫌わないであげてちょうだい?」
「いや、俺を思って言ってくれてるんだってことは分かります、怖いけど」
晴翔は苦笑いをしながら琥珀を見る、琥珀も少し笑っていた。
「そうね、ねぇ晴翔くん?貴方が望むなら能力のコントロールを手解きしてあげるけど?」
「え!いいんですか?!」
「その能力は後々必要になるし自分の身を守ることにも繋がるだから早い方がいいでしょう?」
「はい!よろしくお願いします!」
「ふふ、いいわじゃあ今日はゆっくり寝なさい、また明日ね」
「はい!」
そう言うと琥珀は本を持って部屋を出ていった。
晴翔は嬉しくて堪らなかった、まさか琥珀のほうから言われるとは思わなかったのだ。
晴翔は大人しく布団に入り微睡む。
次の日にはすっかり痛みも消えていたが、やはり傷跡は残るようで1日で体中に傷跡が増えてしまった。
学校に行くと、蛍は休みだった、怪我が長引いているようで明日病院を退院するのだという。
放課後は専攻の授業を受けに体育館に急いだ、緋色が居れば昨日のことを謝れると思ったがそこに姿は無く、授業が終わってすぐに家に帰ったがそこにも姿は無かった。
「あら、もう帰ってたのね」
「琥珀さん!」
「そんなにやる気があるなんて思わなかったわ、さぁ庭に出て、手解きしてあげるわ」
「よろしくお願いします!」
琥珀が帰ってきた所で、晴翔は神威と共に庭に出る、すぐ琥珀も庭に出て来て特訓が始まる。
「集中して、炎を一点に集めるのよ」
「はい……っ」
「乱れてる、駄目よもう1回」
何度も何度も繰り返し、炎を灯す。
炎の威力が安定しなければ周りに被害が及ぶためまずは威力を安定させる所から始まった。
手の平に小さく炎を出し、次に大きい炎を出す。
それを周りに浮かべていく、一つ一つに集中して全方位にも集中の糸を広げていく。
1つでも揺らぐと琥珀の風の刃が炎をかき消してしまう。
晴翔はその度に1から炎を生み出す。
その様子を買い物から帰ってきた、紗綾と真紅が微笑ましそうに見つめる。
「はは、珍しいな。琥珀が他人に手解きなんて余程彼の能力が気に入ったのかな?」
「真紅ちゃんも行かなくていいの?」
「僕が行っても邪魔なだけだよ教えるのは琥珀の方が上手い、琥珀は手先が器用だからね」
「確かに!琥珀ちゃんはお料理も得意だものね!包丁さばきがとても丁寧で助かってるの〜」
「ふふっそうだね〜(まぁあの子は刃物の扱いに慣れているからね…)」
紗綾が嬉しそうに話す隣で真紅は面白そうに特訓風景を見つめていた。
特訓は夕方になっても続いていた、しかし少しづつではあるが晴翔の炎は安定し沢山の火玉を作り出すことが出来るようになっていた。
「じゃあ次よ、私が放つ風の刃にその炎を当ててみなさい。いいわね」
「はい!」
晴翔は集中する、切れ始めてきた呼吸を整え離れた位置に立つ琥珀を見据える。
琥珀は手を横に振り払う、すると白く鋭い風の刃が晴翔に襲いかかってくる。
晴翔は身構えすぐに周りに浮かべていた炎を迫り来る刃に当てる。
数個外れ頬や腕を刃が掠れているが、集中力を切らさずに次々と襲ってくる刃に集中する。
「(落ち着け、大丈夫だ。一つ一つに集中するんだ)」
「これで最後よ!」
琥珀が叫ぶ声に合わせ大量の風の刃が襲い来る。
晴翔は大きく息を吸い刃一つ一つに集中する、するとそれはとても遅く見えた、炎を同じ量を繰り出し全てに当てる。
「!出来た!!」
「やるじゃない」
「ありがとうございます!」
晴翔は琥珀に礼をする、晴翔は興奮しながらずっとベンチで見ていた神威に手を振る。
「見てたかー!神威!」
「うん!凄く綺麗!」
「そうか!これで使いこなせるぞ!」
「もう1回!」
「え?!」
「もう1回見たい!」
「えっと……」
神威は目を輝かせながら晴翔に炎を強請る。
晴翔の体はさすがに疲労で限界が来ていた、困っている晴翔を見た琥珀が近くまで寄ってくる。
「どうしたの?」
「いや……神威が炎を気に入っちゃったみたくて……」
「もう1回!」
「て……」
「ふふふっ少し小さな炎を幾つか出してあげたら?」
「そうします、神威もう1回だけだからな」
神威は嬉しそうに頷くとじっと晴翔を見つめる。
晴翔は手の平に小さな炎を出すそれを周りに幾つか浮かべていく。夕暮れの光が炎に当たりそれはキラキラと輝きを放つ。
神威はそれが気に入ったのかうっとりと微笑んでいた。
「ふぅ……もういいだろ?」
「やだ!もっと!」
「1回って言っただろ?」
「いや!」
「神威ちゃん」
「もう1回!!」
「「?!!」」
駄々をこねる神威を宥めようとした2人だが神威は癇癪を起こすように叫んだ瞬間、晴翔の意志とは関係なく炎が生まれ晴翔の周りを包み込む。
「熱っ!」
「晴翔くん!」
外の異変に気付いたのか真紅が庭へと続く扉を開いて出てくる、それと同時に炎は強さを増す。
紗綾が悲鳴を上げ怯える。
真紅は紗綾を背後に匿うように前へと出るが広がる炎に太刀打ち出来そうもなかった、その時ー
「降り注げ-水鮫-」
突然大量の水が晴翔の頭の上から降り掛かる。
そのお陰で炎は消え去り水の勢いで晴翔は地面尻餅を付く。
扉の前には緋色が冷めた目で晴翔を見下ろしていた。その後ろでは透が呆れたように頭に手をやっていた。
「何してる、死にたいのか」
「っ!……ごめんなさい」
冷たい声が晴翔の心に刺さる、緋色が居なければ自分の炎に焼かれ死んでいたに違いない。
何も言えなくなり晴翔はただ黙り込むしかなった。
「待って、緋色ちゃん。これは私のせいよ止められなかった私のせいだわ」
「……」
「それに……」
琥珀は隣で黙り込んでいる神威を見る。
先程の炎は暴走は確実に神威の一言によるものだったと琥珀は認識している。
あの時晴翔は能力を発動させていなかった、完全に疲労困憊の中であれだけの威力の炎を出せるとも思えない。
「話は後で聞く、俺は忙しい」
「すまんな琥珀」
「いいえ」
琥珀の視線で察したのか緋色はため息を吐きその場を去っていった。透が変わりに謝るようにして緋色の後についていく。
琥珀は安堵の息を吐き真紅の手を引いて中へと入っていく。
「どうしたの?琥珀さっきのは……」
「真紅、出雲に貰ったあの子の資料に能力のことは書いてあった?」
「え?いや……書いてなかったよ」
「あの子の能力が分かったわ……多分無意識なのだろうけど……いいえあの子が忘れてるだけね」
「ちょっと待って琥珀どういうこと?」
琥珀は椅子に座ると頭を抑える、信じたくないとでも言うような表情に真紅は焦る。
外では紗綾が急いで取りに行ったタオルで晴翔を包み込んであげていた。
落ち込んでいる晴翔に手を貸す神威は同様に暗い表情をしているのが見て取れる。
琥珀は2人から目を離すと真紅を真っ直ぐ見つめる。
「神威ちゃんは、言霊一族の1人よ……」
琥珀の言葉に真紅は驚いて思わず神威の方を見る、そしてもう一度琥珀の方を見る。
「本当に?」
「ええ……間違いないわ、あの子がもう一度と望んで口にした途端炎が晴翔を包み込んだのよ」
「そんな…偶然かもしれないでしょ?」
「あの時能力の気配がしたの少しだけだけど……」
「嘘でしょ……だって、言霊の一族はいま壊滅状態で生存者はほぼゼロだって」
「その1人があの子よ、……何でもっと早く気づかなかったのかしら……何も能力を持たない子供を追い求めたりしないのに…希少価値があるからあの子が施設に居たのよ」
「出雲に言わなきゃ……待って、この事出雲は本当に知らなかったの?」
真紅の言葉に琥珀は首を横に振るだけだ。
琥珀は珍しく少し取り乱しているようで、顔を両手で覆っている。
真紅はそんな琥珀を抱き寄せ優しく肩を叩く。
優しく刻んでいた歯車が音を立てて崩れていく。