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イレギュラー -悲劇の子-  作者: 獅子島 虎汰
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第9章

目覚ましの音がけたたましく鳴り響く。

晴翔は手を伸ばしサイドテーブルにある目覚まし時計を止める。

起き上がると体中が痛む、昨日思いっきり緋色と真紅に投げ飛ばされあちこちぶつけたせいで1日でかすり傷と打撲だらけだ、これが毎日続くと思うとくるものがある。

溜め息をつき、ベッドから降り学校に行く準備をする。

神威はいまだに夢の中だ。


「神威ー起きてー」


晴翔の一言に神威は起き上がる。

寝起きはいい方らしくすぐに準備を始める。

晴翔はさっさと部屋を出ていく、流石にいたたまれない。


「(今更だけど部屋同じなの悪いよな……紗綾さんに相談しよ)」

「ハル」

「うわっびっくりした……」

「ごめん、リボン結べなくて……」

「ああ、貸して」


突然扉が開き神威がリボン片手に悲しそうな顔をする。そんな顔しなくてもいいのにと思いリボンを結んでやる。

その後いつものように紗綾が用意した朝食を食べ家を早めに出た。

透と琥珀は先に出たらしい緋色と真紅はいまだに部屋から出てきていないと紗綾が苦笑いで言っていた。

神威が外の物に気を引かれるので手を引いてやりながらバス停に向かうとそこに蛍が居た。


「蛍ちゃん!おはよう!」

「晴翔くん、神威ちゃんおはよ……って晴翔くんその絆創膏どうしたの…?」

「あぁ……これは昨日思いっきり投げ飛ばされて」

「えっ?!だ、誰に?!大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫!それより蛍ちゃんの方が大丈夫?怪我してない?」

「うん、大丈夫だよ」


蛍は晴翔の頬や腕の至る所にある絆創膏に気をかけてあたふたしているが、晴翔が蛍の怪我の心配をすると少しだけ表示が暗くなる。


「それなら良かった」

「うん」


暫くの沈黙の間、バスが来る。

お互い何も言わずにバスに乗り込みバラバラの席に座る。

そのままバスは出発する、バス停毎に次々と学校の生徒が乗りバスは賑やかになる。

晴翔は横目で蛍を見る、蛍の頬には絆創膏が貼られていて痛々しい。外を眺める蛍の表情は憂いを帯びていて辛そうだった。

そのままバスは目的地にまでたどり着き、続々とバスを降りていく生徒達に混ざりバスを降り教室へと向かった。

特に何も話さないまま昼休みになった。


「高原ー!咲桜先輩が呼んでるー」

「え?」

「晴翔話がある、来い」

「はい!」


突然名前を呼ばれ立ち上がると廊下には緋色が居た、その隣には真紅もニコニコと笑いながら手を振っている。


「どう?蛍ちゃん」

「どうと言われましても…」

「そんなに変わった様子無しかー」

「でも昨日の事を結構気に病んでるみたいでしたよ」

「だろうな、あれだけ派手にやればな」


緋色は窓から体育館に目をやる、体育館の窓は全て割れいまはその窓にビニール袋をガムテープで付けてあり復旧作業に教師たちが手を焼いている。その中には透も居て慌ただしい様子だ。


「あーいうのって能力で直せたりしないんですか?」

「その能力者はいるが、ここには居ない」

「そうなんですか、その能力者の人1人ですか?」

「時間を司る能力者はこの世で1人だけだ」

「へぇー」

「それよりもいまは蛍ちゃんでしょ」

「そういえば俺を呼んだのはその事でですか?」

「あぁ、お前に頼みたい事がある」


緋色が改まった様子で晴翔を見据える。

晴翔は息を飲む、少しだけ緊張が走った。


放課後になると蛍は専攻の授業ではなく晴翔をとある場所へと連れ出した。

そこは屋上で鍵は掛かっていなかった。


「ここ勝手に入っていいのかな?」

「大丈夫よ、誰も来ないから」

「へ、へぇ……」


蛍は表情一つ変えずに晴翔の問いに答える。

空気が重い。

晴翔は昼休みに言われた一言を思い出す。


「晴翔、牧島蛍を守れ」


その一言を残し緋色は去っていった。

よく分からないまま放課後になり、現在に至る。

真紅と緋色が蛍をマークしていることは気付いては居たが、今日言われた事は晴翔の中ではピンと来なかった。神威はいつの間にか琥珀の所へ行っていて気付いた時には居なかった。なので今ここにいるのは晴翔と蛍の2人だけだ。


「……ねぇ、晴翔くん私ね能力に飲み込まれてもいいと思ってるの」

「え……」


蛍の言葉に晴翔は驚く、昨日は希望に満ち溢れ強くなりたいと願った少女が今ここにはいない。

今ここにいるのは絶望に包まれた迷子だ。


「どうしたの?蛍ちゃん昨日は強くなりたいって家族守りたいって」

「もうさ、無理だと思う私には」

「そんなことないよ!」

「どうしてそんなこと言えるの?どうしてそう言いきれるの?!」


振り向いた蛍の顔は悔しそうな泣きそうな顔をしていた。

晴翔は目を奪われた。


「どうしてって言われても……」

「晴翔くんは何もしらないんだね、イレギュラーの事も何も」

「…………」


何も言えずに晴翔は黙り込む、だが蛍からは絶対に目を逸らさなかった。


「知ってる?イレギュラーは遅かれ早かれ堕ちる、能力に飲み込まれて終わりなのイレギュラーの命はそう長くないの!能力に蝕まれてボロボロになるの!そんな体で誰を守れるの?そんなリスクを負ってまでどうして生きようと思えるの?!」

「それは……」

「ねぇ教えてよ……なんで晴翔くんはそんな希望に満ち溢れた瞳をしてるの……?怖くないの?死んじゃうんだよ……もしかしたら大切な人を自分の手で殺しちゃうかもしれない」


蛍は顔を手で覆い隠しながら叫ぶ。

震える声で一生懸命伝えようと小柄な体で精一杯もがいているのが晴翔には分かる。

人で在りたいとただ切に願う少女の声が辺りに響く。


「おかしいよ……私はイレギュラーになんて生まれたくなかった、こんな能力いらない!使えない!人を傷付けることしか出来ない能力なんて!!いらないのよ!!」

「!!」


蛍の叫び声に呼応するように地面に亀裂が入る。

晴翔は察した蛍の能力は……


「破壊」

「また稀な能力だよな本当に」

「使いにくい能力だよ、使い方を誤れば周りを傷付ける、でもそれで救われるものもある」


透は作業が一段落したのか喫煙所で煙草を吸っている。その隣では緋色が携帯端末を弄り何やら連絡を取っているようだった。


「破壊なんて能力そりゃ嫌いにもなるないつ誰に被害が及ぶか分からねー」

「……生まれ持った物を選ぶことは出来ない」

「そりゃそうだな俺らもな」

「…………」


透が一瞬真面目な顔になり煙を吐く。

すると緋色の携帯端末が鳴る、表示された名前を見てすぐに端末を開く。


「どうした?」

「屋上、蛍ちゃんと晴翔くんが居るみたいだよ、さっき変な音がしたって周りの子が騒いでる」

「分かった」


端末越しの真紅の声は落ち着いていたが、周りは騒がしかった。

端末を仕舞うと緋色と透はすぐに屋上へと走り出す。


どんどんヒビが大きくなる地面を見て晴翔は焦る。このヒビや音で誰かが異変に気付いたことを祈るばかりだ。


「蛍ちゃん、落ち着いて話をしよう?」

「……」


蛍の瞳は徐々に輝きを失いつつある、くすんでいく瞳は晴翔を急かす。

このまま時間が過ぎれば確実に蛍は堕ちてしまう、目の前で失ってしまう大切な人を、大切な友達を それだけは避けたかった。


「それ以上力を使ったら本当に、戻れなくなる!」

「いいの!それでいい!!」

「いいわけないだろ!この!!わからず屋が!」

「!」


晴翔は蛍の手を掴む。

離してはいけないと心が叫ぶ。


「アンタが居なくなったら!弟や妹はどうなる?!大切なんだろ!守りたいって言ってたじゃんか、それ見捨てんの?」

「!うるさい!!これ以上辛いのは嫌なの!」


何かが晴翔の頬を掠める、血が頬を伝い落ちていく。

それを見た、蛍は戸惑いの表情を見せるがすぐ怒ったように晴翔の手を振り払う。

その時、頭上を影が覆う。

下から叫ぶ声が響く。


「2人とも!!上だ!」


真紅の声だ、晴翔と蛍の2人は顔を上げる。

そこには女が2人が空中に立っていた。

1人はこの前施設で出会った女で黒いドレスを身にまとっている。もう1人は深緑のパンツドレスを着ている。

深緑のドレスを着た女が一瞬で姿を消す、見失い気付くと蛍の後ろに立ち首元にナイフを向けている。


「動かないでくださいね、この子死にますよ」

「いやっ」

「あれ?おかしいですね貴女死にたいんじゃないんですか?先程そう仰っていましたよね?」


女は不敵な笑みを浮かべナイフを蛍の首元に押し付け少しだけ切る。

蛍は苦痛の表情を浮かべる、その瞬間に屋上の扉を内側から開ける音がした。


歪んでしまっているのか扉は中々開かない透は内側から体をぶつけ扉を打ち破る。

透と緋色が屋上に上がってきたのだ。


「どういうことだ……」

「あらあら、お姫様と騎士様お揃いで」

「あ?」

「カナリア……」

「うふふ覚えていてくださって嬉しいですね」


カナリアと呼ばれた女は緋色と透を煽るかのように笑う。

蛍に突き付けられた刃はもっと深く刺さる。


「相変わらず悪趣味だな」

「空から見物してる奴も降りてこい、鬱陶しい」


緋色と透は不機嫌そうにカナリアと空にいる女に告げる。空にいる女は降りてくると晴翔にニッコリと気味の悪い笑みを向ける。

晴翔は思わず後退る。


「はあ……その恐怖に満ちた顔が堪らないわ……」

「何言ってっ」

「そうは思わないのですか?フラム様」

「やめろ!!」


一気に晴翔との距離を詰めた女は次はフェンスの上に上がり下を見る。

下には生徒の避難を終えた真紅と琥珀、神威の3人が不安気な表情で上を見上げていた。


「わたくしたちは、騎士王様シュバルツ様の命でこの娘を迎えに参ったのです」

「どういうことだ」

「この娘の能力はとても貴重な素材ですので、お渡し願います」

「断る、俺の大切な生徒だからな」

「あくまで教師を貫くのですね、鬼のなり損ないが……」

「なんだと?」

「透」

「チッ」


カナリアの挑発に乗りかけた透を緋色が制する。

囚われた蛍は恐怖で怯え泣いている、早く助けてやりたいのに晴翔の目の前には女が立ちはだかる。


「まぁ別に生きたまま連れてこいなんて言われていないのでここで殺してしまってもいいのですけれど……」

「ーーーっ!!」

「うふふふふ」


蛍の首元にあった刃をそのまま肩に突き刺す。

声にならない悲鳴が蛍から発せられる、血が制服を染める。

助けを乞うような瞳が晴翔に向けられる。

晴翔の心をどす黒いものが駆け巡る。


『壊せ』


と囁く声がする。頭に血が上って怒りが全身を駆け抜ける。

気付いた時には駆け出していた。


「晴翔!!!」

「あの馬鹿!」


緋色と透の制止の声も聞こえず晴翔はカナリアに殴り掛かる。

その手には炎があった。

火柱が拳を叩き込んだ地面と空貫く。

その場にいた全身が息を飲む、凄まじい火の威力だった。


「その手、離せよ…」

「はる……と…くん」

「聞こえないのかよ離せって言ってんだろ!」


全身を覆い尽くさんと辺りを駆け巡る火にカナリアも気圧され蛍から手を離す。


「まさか……思った以上ですねでも、奏!」

「分かってるわ…!」


奏と呼ばれた女が瞬時に術を唱えると、鎖が蛍の体に巻き付く。あと一歩のところで手を取れずに蛍はまた奏の手の中に行く。

炎がまた強くなる。


「返せ!!!」


炎が上がる瞬間を下で見ていた、真紅と琥珀が驚いた表情で上を見上げる。


「上はどうなってる…?それよりもあの炎って」

「ハル」

「え?」

「ハルの炎、綺麗」

「晴翔くんの炎……」


神威は見惚れるように手を伸ばした。

真紅と琥珀は不安気なもどかしい様子で屋上を見上げるしかなかった。


屋上ではフェンスに火が燃え広がる。

炎が邪魔で思うように近づけない透と緋色は困惑していた。


「くそっ炎が邪魔だ!」

「これ以上能力を使えば共倒れだぞ!どっちも救えない!緋色!」

「晴翔!いい加減にしろ!」


緋色が指を鳴らすと水泡が辺りを濡らす、最小限の炎に抑え辺りに燃え広がるのを防ぐ。

だが、晴翔は怒りで炎を止められずにいた。


「蛍を返せ!」

「嫌ですね、この子は自ら死を選んだのですよ?ならばこの子を渡してもいいじゃないですか」

「違う、蛍は死にたいんじゃない!」

「ちょっとよく分かりませんね」


晴翔の周りを炎が包む、それが手に移る美しく赤く燃え上がる炎、熱くて熱くて堪らない。

晴翔の怒りを込めた瞳はカナリアを捉えて離さない。


「蛍!ホントにそれでいいのか?守るんだろ!家族守りたいって!あの時の言葉は嘘なんかじゃない!あの時の蛍の瞳は希望に満ちてた!

大丈夫だよ、そんなすぐに飲み込まれたりしない!いまが不安定なだけだ!だから! 生きろ 」

「!!」


晴翔の言葉が蛍の心を掴む、暖かくて優しい瞳自分の為に命を張ってくれている晴翔に突き動かされるように蛍の瞳は輝きを取り戻す。


「助けてっ晴翔くん」


蛍の言葉を合図に炎は益々勢いを増し、渦となりカナリアと奏に向かってくる。その瞬間に透の能力で蛍に巻き付いていた術は切られ、黒い影が蛍に巻き付き、緋色の水の能力が晴翔を包みそれと同時に影が晴翔を捕まえフェンスの外へと放り投げる、唖然とした蛍と晴翔は地面へと真っ逆さまに落ちていく。


「はあ?!ちょっと!!」

「なんてことをするの!」


下で見ていた真紅と琥珀の元に蛍と晴翔が落ちて来るのを見て、同時に駆けだす。


「風雲!」

「血風陣!」


2人が発した言葉に従うように風が晴翔を包み、血のように赤い飛沫が風のように蛍を包み2人を優しく地面へと下ろす。

晴翔と蛍は気を失っていた。


呆気に取られているカナリアと奏はハッとし奏が術式を唱え下に居る晴翔と蛍に放つ。

それを見計らったように透がフェンスを飛び越えるそしてそれに続くようにフェンスを飛び越えながら緋色が技をカナリアと奏に向け放つ。


「覆い尽くせ-水龍-」

「くっ!!」


水の龍が2人を襲う。

術式は透の影の能力でちりじりになり消える、上手く着地をした透は落ちてくる緋色を受け止めてやる。


「何とかなったな」

「……」


琥珀と真紅の腕の中で眠る2人を睨み付けるかのように緋色は苛立ちを放つとすぐに立ち去る。

透は急いで追い掛ける。


「……運びましょう」

「うん」


重たい空気を断ち切るかのように琥珀は晴翔を支え立ち上がる、同じように蛍を抱え真紅も立ち上がり琥珀に着いていく。

神威は真紅に声を掛けられるまで屋上を見つめていた、まるであの炎に焦がれるような瞳をして。



カナリアと奏は屋敷へと戻ってきていた。


「あと少しだったのですが……奏?」

「あの表情……とても素敵……やはりフラム様はあの表情でなくては」


奏は1人何かに取り憑かれたようにうっとりと微笑んでいた。

カナリアは呆れたように椅子に座り込む。


「いまの王は優しいですそれではいけません」

「なんだ、やけに嬉しそうだなお嬢ちゃんは」

「うふふふふ我が王……」

「とても嬉しそう……」


大鎌を抱えた男と手毬をつく少女は薄暗い部屋からカナリアたちのいる広間へと顔を出す。

奏は相変わらず1人何に浸っていた。


「まだ足りないよ……早くおいで」


闇の中で1人呟く男の声に4人はニヤリと微笑んだ。




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