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いつもありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけると幸いです(^○^)
目覚めたら実は全て夢でした、なんて展開を漫画などで見ることはあるが、いざ転生をしてみたら「やり直し」なんてものは効かないことがよく分かる。
それでも、これはあまりにも理解しがたいことだ。
目覚めたアシェラの眼前には、長い睫毛を伏せたままのラスボスの無防備な姿がある。
こんなスチル見た覚えもないし、そもそもアシェラは悪役だというのに。
つまり何かと言えば。
朝から衝撃が強すぎて、アシェラは声にならない悲鳴をあげる羽目になったということである。
「あっはは!それは災難だったなぁ。レイナスは寝ぼけて適当な部屋に入るときがあるから、これからは鍵をかけておくんだぞ?」
何とか部屋から避難したところで、丁度デオンに出会ったアシェラが今の出来事を相談すると、面白そうに笑われてしまった。
どうやらよくあることらしい。
だが、鍵をかけろと言われても、アシェラに与えられた部屋には鍵がついていない。
「まぁでも、師匠に信頼されてる弟子の証拠ってことで」
「ま、まだ何も教わってません……。適当に誤魔化そうとしてますね!」
あながち嘘じゃないんだけどな、というデオンの呟きは残念ながらアシェラの耳には届かなかった。
「何の話をしている?」
「っ!?」
後ろから聞こえたレイナスの声に、アシェラの肩が思わず跳ねあがる。
ゆっくりと振り返ると、まだ眠そうな様子のレイナスがそこに立っていた。
それを茶化すように、デオンがレイナスに事態の説明をする。
「よ、レイナス。何の話って、もちろんお前がアシェラちゃんの部屋に夜這いした話だよ」
「……は?」
意味不明だと首を傾げるレイナスに、デオンは呆れたように背後の扉を指差した。
「おいおい。じゃあ今お前は、誰の部屋から出てきたんだ」
「誰の部屋から……」
顎に手を添え、考える素振りをした魔王は背後を振り返り、ようやく事態を理解したらしい。
ハッと目を見開き、アシェラをじっと見つめている。
「アシェラ、お前……いくら弟子になりに来たとはいえ既成事実を……」
「いや、真っ先に自分を疑えよ!?違う部屋で目覚めるの初めてじゃねぇだろ!」
何気に罪をアシェラになすりつけようとしてくる魔王に、アシェラは段々と自分が実際にそんなことをしようとしていた気持ちになってきた。
「わ、私は何て罪深い……!」
「いや、何言って……レイナス、お前のせいだからな!」
「……」
自覚があるのか、レイナスはそっぽを向いている。
「レイナス様、どうか嘘はつかないでくださいませ。私も偽りは申しませんから」
「……」
「レイナス様」
「……部屋を間違えた気がしなくもない」
「ぶふっ。……ピュアな瞳には逆らえないんだな、いてっ!」
無言でデオンを殴るレイナスに、アシェラから笑いが溢れた。
「何故笑う」
「いえ、正直に話していただけたことが嬉しくて」
「……」
照れ隠しなのか、レイナスがアシェラに背を向け、扉の方を向く。
すると、ふわりとそちらから風が流れてきて、彼の体が少し横にずれると、ドアノブの上に鍵穴がついていた。
「これで、同じことは起きない」
「ふふ。ありがとうございます。……でも、すごく驚きましたけど、嬉しかったですよ。レイナス様の寝顔なんて貴重なものを見ることができて」
「……!」
アシェラの言葉の直後にピシリ、と何かがひび割れるような音が響いた。
「レイナス~。せっかく作った鍵穴にヒビが入ったぞ。これはお前の理性でも表してるのか、ちょ、だから、いてっ!」
「でも、魔力って便利なんですね。こんなことも出来るなんて」
感心した様子のアシェラに、レイナスはデオンを殴る手を止める。
その目には、諦念が浮かんでいた。
「人間たちのいうところの悪しき力というやつだろう。お前が祓うべきものだ」
「違いますよ」
「は?」
「魔族が邪悪だなんて、人間が勝手に言っているだけのものです。実際、不可侵の条約を結んでからあなたたちが約束を破ったことなんてありません。……恐れから、手を出すのはいつだって、こちらからなんです」
だからと、アシェラは笑んだ。
「あなたが優しい王だと知っています。傷を治してくれて、鍵をつけてくれて、準弟子にしてくれて」
「……最後のは違うぞ」
それでも、最後にはきっと許してくれる。
心の暖かい人なのだと、アシェラには分かるのだ。
少し離れて二人の様子を見ていたデオンの眼差しは優しい。
孤独なレイナスをずっと見てきた兄のような立場からしてみれば、これほど喜ばしいことはなかった。
(よかったな、レイナス。お前の優しさに気付いてくれる奴がいて)
聖女という立場から、実は少し警戒していたのだが杞憂だったようだ。
アシェラが弟子になりに来た理由は分からないが、彼女の言葉に嘘がないことは分かる。
今は、ただそれだけでよかった。
予感がする。
冷たい冬に雪解けが訪れ、いずれ春がやって来るのだと。
そんな優しい時が、すぐそこまで来ているのだと。