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王は「太陽」。
聖女は「月」。
それが大国エルメランドに伝わる伝統であり、歴史の正しい形。
民たちを照らす目映い太陽と、邪なる者たちから民を守る優しい月。
何があっても離れることはないのだと、漠然と、当然のようにそう誰もが思っていた。
その日、国王直々に王城フレーミア城へ呼ばれた神官のパルマは、その感動に浸る間もなく大広間へと続く回廊を早足で進んでいた。
途中ですれ違う兵士たちの表情はどれも険しく、それが一層パルマの歩く速度を速めさせる。
「パルマ殿」
謁見の間にもうすぐで辿り着くというところで呼び止められ振り向くと、そこには未来の太陽の姿があった。
「これはイル殿下。お久しぶりにございます」
現国王の第一子で、次期国王と名高いイル·エルメランドに、パルマは深く頭を下げる。
こうして直接顔を合わせるのは、もう10年近く前のことだ。聖女と認められたアシェラが、聖堂へ預けられることとなった際に、儀式の一環としてイルが同行してきたその時以来である。
それから時折聖堂を訪れるのは、王子の名代の従者ばかりで、花や宝石などの贈り物を持ってくるだけだった。
「……アシェラが姿を消したと聞いた」
「ええ。その件で、今から陛下にご報告にあがります」
話は終わりだと切り上げようとしたが、イルに制止される。
「待て。アシェラは、自分から姿を消したのか」
それを聞いてどうするのだろう。
アシェラはおそらく自ら姿を消したし、最後に会った時にはイルとの婚約破棄を望んでいた。
だが、それを聞いたところでどうなるというのだろうか。
「私ごときには、考えの及ばないことにございます。ですが、そうですね。殿下とのことについて、何事か悩まれているご様子でした」
濁して伝えてみたが、イルにはその意が伝わったらしい。
「……そうか」
金色の髪に、萌黄色の瞳。
この国随一の美貌と称される王子の表情が曇る。
これはどうしたことだろうと、パルマは首を傾げた。
これではまるで、イルがアシェラのことを気にかけているように見える。
「アシェラはいつも、国の安寧を祈っていた。私とてそれは同じだ。……太陽と月は出会えぬものだと聞くが、違いない」
「……?」
「だが、私をどれだけ拒もうとも、私は彼女を縛りつけておくことができる。この国という楔に、深く深く。……アシェラは私の聖女だから」
その言葉にパルマの背筋が凍る。
一体何があったのかは知らないが、この十年の間にイルは完全に捻れてしまっている。
アシェラの失踪が、それを完全なものにしてしまったのだ。
「アシェラは優しい。私にも、民にも。その祈りは平等でなければ、偏ってはならないのだから」
会えないあまり。
会わないあまり。
焦がれるあまり。
聖女は彼の中で神と化していて、太陽はそれを手に入れようとしている。
パルマが思わず身震いすると、そこに一人の衛兵が走ってきた。
どうやら謁見の間に用があるようだが、イルとパルマに関係があることなのか、二人を見るなり、顔を青ざめさせている。
「どうした。そのように急いで」
「はっ。……その……」
口ごもる衛兵に用件を言うよう促すと、ようやく彼は口を開いた。
「あ、新たな聖女が見つかったとの報せが……ございまして」
あまりのことにパルマはイルの顔色を窺って、すぐに目を逸らした。
見てはいけないものを見てしまった。
見なかったことにしよう。
「それでその娘は?」
「今、こちらに向かっておられるとのことです」
「そうか、分かった。下がっていいぞ」
王子に解放された衛兵は一瞬ホッとした表情を浮かべた後、すぐに背筋を伸ばし丁寧に一礼をした後、走っていった。
「……さて、パルマ。父上に用だったね。私も行こう」
神様これは試練なのでしょうかと、神官のパルマといえどもげんなりとした気持ちにならずにはいられない。
その輝きに灼かれてしまいませんように。
月がなければ、ただただ燃えてしまうだけだから。